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人の想い、絆の芽生え
未来へ向かって逃げ延びろ!
しおりを挟む飛昭は軽やかな身のこなしと巧みな飛刀術を用いて追撃部隊を翻弄。
特に将軍たる荀擲に対しては積極的な攻勢を仕掛けていた。
「飛昭っ!」
仲間の居残りを目の当たりにして、再び心を苦しめる涼周。
一方で当の飛昭は、その声を耳に入れながらも下がる事はなかった。
いや寧ろ、前に出る姿勢を強めていく。言葉で表すならば、死兵であろう。
ナイツも涼周も心底嫌う、死を微塵も恐れぬ姿勢だ。
「蓮! お前が飛刀香神衆を継げ! 女の身だが、お前なら充分できる! 涼周様を頼むぞ!」
文字通りの決死故に、飛昭は妹の飛蓮に後を託した。自分に代わって涼周を助け、飛刀香神衆存続に尽力しろと。
背を向けた飛昭から放たれる遺言とも思える言葉に、飛蓮は淡々と返した。
「……兄さんには兄さんにしか出来ない事がある! 私は兄さんと同じ様にはできない!」
彼女は水色の打掛の中から、直径八センチ程の球を投げ渡す。
飛昭は戦いの片手間に、妹からの餞別を慣れた動作で受け取った。
「だからそれ使って、頃合いを見て脱出して帰ってきてね!」
「何だこれ!」
花模様があしらわれた毬の様な球体に、飛昭は純粋な疑問を抱く。
妹は兄に背を向け、彼から託された主の頭を撫でて宥めながら返答する。
「私が作った特製煙幕! それ使えば敵の中から出るぐらいはできるよ!」
敵地に囚われた中にあって、ちゃっかりと兵器を作っている辺り飛昭の妹であった。
「ははっ! ありがとな! んじゃ暫くの間、涼周様は頼んだぞ!」
飛昭は少しだけ思い留める。可能であれば生き延びようと。
「飛昭! 飛昭っ!」
「大丈夫。兄さんはああ見えて超頑丈だから」
取り残される飛昭へ叫ぶ涼周を、飛蓮が優しく宥める。
この時ナイツや涼周は、飛蓮が見せた肉親への情の希薄さを嫌がったという。
――殿を務めて十分程。飛刀で荀擲を落馬させ、迂回して追撃に移ろうとした承土軍兵の足止めにも成功した飛昭は、自らの戦線離脱を前に一言だけ叫ぶ。
「殷撰! 今宵は逃げてやるが、貴様の首は必ず上げる! 我が一族の墓に供えられる前に、その不快極まりない焼け跡を消しておけ!」
彼は裏切り者への侮辱を済ますと、懐にしまい込んだ妹からの餞別品を取り出し、多分こんな使い方だろうと思った通りに勢い良く地面に投げつけた。
『わああぁぁーーい!!』
ドロン! と煙が立ち込めたと同時に、魔力で生成されたおかっぱ頭の幼女人形が無数に出現。小さな体で突撃をかまし、笑顔を浮かべて敵の体にまとわりつく。
「なんじゃこりゃー!?」
逃げるべき飛昭までも驚愕の声を上げ、数秒を無駄にするほどの異様な状況。
幼女人形は戯れてくる子供の如く純粋な眼差しを浮かべて承土軍兵の戦意を損ない、武器を振って追い払おうとすれば蝶の様に舞い引っ付き虫の様に付着。
その数も留まる所を知らず、煙の中から絶え間なく現れる幼女人形は恐れる事なく前進し、どんどんと遊び場所を拡大して敵軍を撹乱する。
「かっ、可愛い! ……けどあの男、なんて痛い趣味なんだ!」
「あれが飛刀香神衆の跡取り、飛昭か……何とも不埒な奴だ!」
「きっと作りながら薄ら笑いを浮かべる様な男だぞ!」
「絶対そうだ! だからこそ涼周を主と崇めているのだろ!」
承土軍兵は様々な反応を見せ、口々に飛昭を貶しだす。
「違うわ馬鹿野郎ども! 抑々それ作ったの俺じゃねぇーし!」
当の飛昭は全力で否定しつつ、罵詈雑言を背に逃走を始めた。
後に飛刀香神衆頭領として活躍する彼の、幼女趣味疑惑はここから始まるのだった。
「……父さん。私が彼を追います。父さんは荀擲将軍と共に、ナイツ達を追ってください」
涼周と別方向に逃げる事で追手を分散させようと考えた飛昭を、殷諞が追撃すると主張。
父・殷撰は、息子の指示に黙って従うのみだった。
その頃、ナイツ達はカイヨー兵の案内に従って郊外の森に到着。三十名の兵士と合流を果たし、協力してくれた馬商人へ礼を述べ、国境へ向かおうとしていた。
「…………ねぇ、飛昭は?」
今にも泣き出しそうな表情と声で、飛蓮に尋ねる涼周。
飛蓮は徐に頭を撫で、涼周の気持ちを落ち着かせるべく笑みを向けながら返答する。
「兄さんなら大丈夫。ただ、私達に追手が掛からないように別の道を進むだろうから、ここで待ってても来ないよきっと」
声音こそ穏やかであったが、ここでも彼女は淡々と返す。
涼周はそんな態度が気に入らなかった。
飛蓮にとっては実の兄であり、自分にとっては大事な仲間である飛昭が、危険な道を進むというのに至って平然としている様が、彼女の第一印象を薄情者と決めつけてしまう。
戦略的思考が先走るナイツも、この時ばかりは飛蓮を妙に透かした大人ぶった人物だと思い、彼女に対して好印象を抱いていなかった。
「……何で……何で、そんなに平気! 飛昭、一人! たった……一人……!」
語気を荒げた事で余計に感情的になった涼周。目元に涙を浮かべ、鼻をすすってしまう。
「兄さんの事を心配してくれてありがとう。でもね、私は兄さんの事を信じてるから。……あの人はうちの一族で「策略に向かない直情突破型力尽く男」って呼ばれるぐらいに馬鹿なの。そんでね、よく空振って帰ってくる。どんな苦境であっても、どんな絶望的な状況であっても、仲間と一緒に後ろ頭を掻きながら帰ってくる。やっべ失敗したわぁ、って言いながら」
涼周の機嫌を損ねてしまった飛蓮は一転して、寄り添う様な、ゆったりとした応対を見せる。
城へ遊びに来た子供達の面倒を、良く見て良く泣き止ましていた彼女ならではの姿だった。
「私はそんな兄さんを小さな時から見てきた。カイヨーが承土軍によって火の海となったあの惨劇でも、最前線にいた兄さんはああして生きて再び現れた。だからね、大丈夫。兄さんはきっと戻ってくる。それまで、私と一緒に待ってよう」
飛蓮は涼周を抱き締めて背中を擦りながら、感情的になった心を癒す。
ナイツやメスナの頭にも、実の妹が言った兄の失敗した姿が容易に浮かび、涼周以上の感情が起こらなかった。
「…………ぅん……」
十秒ほど優しく包み込まれた涼周は、飛蓮の肩に数滴の涙を落とすに留まった。
「……さぁ、国境に居る御味方の許へ急ぎましょう。敵には地理に明るい殷撰が居ます。彼にかかれば、この森だって直ぐに見付かってしまう」
きりっとした表情を作り直した飛蓮はナイツ達に出発を促す。
彼女の言う通りだった。永らく飛影の下で戦い続け、飛昭の下にも付いた事がある殷撰は、彼等の戦法を熟知しており、最初の陽動作戦からその後の脱出方法まで見破っていたのだ。
ナイツは直ちに出発し、一路国境を目指して駆け出した。
今作戦の失敗。それは急な異動で殷撰がカイヨーへ戻ってきた事に他ならなかった。
この後、飛昭は長期間の離脱を余儀なくされ、彼の代わりに飛蓮が飛刀香神衆を率いて涼周軍の一翼を担う事になる。
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