大戦乱記

バッファローウォーズ

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人の想い、絆の芽生え

総力突破

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「直に、町中に散らばっておる兵がここに集まるでしょう。悪いことは申しません。勝ち目なき戦は、降参なさられよ……若殿」

「黙れ! この痴れ者がっ!」

 裏切り者の登場に冷静を失った飛昭。
魔力を込めた飛刀を投げつけ、死したカイヨーの者達の仇を取ろうとする。

『ちっ!』

 舌打ちを交えて父の危機を救う殷諞と、飛刀を間一髪で弾かれて舌打ちする飛昭。
実力は飛昭が上なれど、殷諞も只のお坊ちゃんではなかった。

「……すまんな諞。助かったぞ」

「当然の事と言いたいですが、そう何度も防ぎきる自信はありません。……父さんは下馬して、重装兵の後ろに下がっていてください」

 殷撰の前に出る殷諞は、槍を握り直して飛昭と向かい合った。
それがまた、飛昭の心を逆撫でしてしまう。

「裏切り者・殷撰! 息子と兵の影に隠れる事しかできんのか! そんな弱腰の貴様に父や弟が殺されたなど……これ以上の屈辱はない!!」

 彼は完全に逆上してしまった。ナイツやマヤケイが突破口を考えているのを露にも思わぬ程、今この状況では激怒する以上にすべき事があるとも感じぬ程に。

 その一方で挑発を受けた殷撰は至極冷静。と言うよりは、気持ちを押し殺していた。

「…………やはり、そうなっておりましょうな。では、そう致しましょう。……掛かれ!」

 殷撰の号令が下ると同時、承土軍三千が一斉に襲い掛かった。
戦力差は実に二十倍。しかも戦闘形態は互いの総力を掛けた全面衝突。

「ナイツ殿、飛昭殿! 一点突破です! それしかない!」

 この状況では如何なマヤケイでも、一つの打開策しか見当たらない。
それは全員一丸となった我武者羅な突撃を以て、敵中を突破する単純な手だ。

「飛昭! 怒るのは後にしろ! 今は兎に角、涼周だけでも逃がす事を考えろ!」

 ナイツは飛昭より前に出て、大量の魔力で生成した光の刃を敵に飛ばす。
五つの光刃は迫り来る敵兵を四十名程切り殺し、戦列に穴を開ける。
マヤケイはそこへ光線状の魔弾を撃ち込み、か細い道を抉じ開けると同時に直線上にある敵兵を三十名ほど撃ち取った。

「御二方……それに涼周様、申し訳ないっ……!」

 飛昭は冷静を取り戻し、自分の立てた作戦が失敗してナイツや涼周、マヤケイやメスナまで巻き込んだ事実を認識した。
彼は気を入れ替え、覚悟を決め、ナイツとマヤケイに続いて敵中に突撃する。

「何たる強さ……。者共、少数だからと侮るな! 先頭の三人より、後ろに続く者達を先に討て!」

「させるか! メスナ、涼周と飛蓮を死守しろ!」

「はいっ!」

 荀擲の指示を聞いたナイツが、メスナに涼周と飛蓮の死守を命じる。
メスナは多節細剣を伸長させて近付く敵を薙ぎ払う。討ち取る事は重視せず、大勢の負傷者を生じさせる事で物理的な足止めを狙い、できるだけ広範囲に刃を届かせた。
涼周と飛蓮も、メスナやカイヨー兵の後ろから黒霧や飛刀による援護を行う。

 数でこそ大いに劣るナイツ達だが、一点突破という作戦に於いては彼等の士気や実力で充分果たせる程だった。

 承土軍の兵達は次第に押し返され、数の不利を跳ね返すナイツ達に恐れを抱く。

「ならん! 通してはならん! 刃を交えていない者は奴等の進路上に先回り、壁を厚くしろ!」

 荀擲は中衛及び後衛に多くの戦力を差し向けたものの、メスナを筆頭に、涼周と飛蓮の援護を受けたカイヨー兵が想像以上の奮戦を示して耐え忍んでいた。
故に前衛への備えが薄くなり、ナイツ等の死力が血路を開きつつあった。

「邪魔をするな! 立ちはだかれば、裏切り者ごとあの世へ送ってくれる!」

 飛昭が放つ魔力飛刀は敵兵を三人も貫通して射殺す。
更に、彼が一度に投げる本数は最大で八本。単純計算でも二十四人が一回の飛刀攻撃で絶命するのだ。
ナイツもマヤケイも、同程度若しくはそれ以上の威力を誇る剣撃、銃撃を以て敵を圧倒。
承土軍兵は瞬く間に朱に染まり、屍は払い除けられてナイツ達の周囲に積まれていく。

「おのれ……如何に数を集めても、強き心には勝てぬと言うのか!? いや、そんな事は断じて起こさせぬ。皆、拙者に続け! ナイツ隊を全力で阻むのだ!」

 実力も去ることながら、想いの強さこそ侮れぬと判断した荀擲。
もはや兵ごときでは止められないと見て、自らがナイツ達の前を遮ろうとした。

「ナイツ殿、敵の本隊とおぼしき一隊が接近している! その前に大技を仕掛けて包囲を崩そう!」

「了解! 行くぞ……はあぁっ!!」

 ナイツは最前列に身を乗り出し、大量の魔力を込めた剣を思いっきり振るう。
すると広範囲かつ強大な威力を誇る光の斬撃が発生し、敵兵の体を木っ端微塵に吹き飛ばす。
マヤケイもすかさず便乗し、光線状の魔弾を連続射撃。ナイツの斬撃が横に広いならば、マヤケイの魔弾は奥に長い攻撃範囲だった。

「今だ! 全員全速力で突破しろ!」

 前方に大空間が生じ、恐れ戦く承土軍兵は後退って穴の補修を躊躇う。
血路は開かれた。後はナイツの言う様に全速力で駆け抜けるのみだ。

「逃がしてはならん! ここで必ず討ち果たすのだ!」

 荀擲も歩兵と離れ、二十名の騎兵を伴って全速疾走する。

「新手は俺達が食い止めます! 涼周様はその間に離脱を!」

 荀擲が接近した時、ナイツ達は敵の包囲を脱していた。
故に荀擲は彼等を追撃する形となり、最後尾にあったカイヨー兵達がそれを阻む。

「どけどけぃ! 弱卒どもに用はない! 拙者の狙いは敵将首よ!」

 然し荀擲は、魔力が使えなくとも武勇に長けた武人であり、ナイツ達が承土軍兵を一蹴した様に、カイヨー兵を蹴散らしながら進んで来る。

「ウゥゥー……!」

 涼周は殿となって絶命するカイヨー兵達を見て良心を痛めた。
それと同時に、仲間を殺しながら追い掛けて来る荀擲を睨み付け、彼の言動に対して獣の様な唸り声を上げて怒りを露にする。

「童ちゃん駄目! 今は走るの!」

 今にも踵を返して荀擲を殺しに掛かろうとする涼周を、メスナは抱き上げた。
そして、涼周の仲間を想うが故の激情を見た飛昭は、覚悟の決め時はここだと認識した。

「メスナ殿、そのまま走れ! 何があっても涼周様を離さないでくれよ!」

「えっ!? ちょっと飛昭殿!」

 彼は涼周に代わる様に踵を返し、瞬く間に最後尾へ移って荀擲の追撃を阻みだした。
裏切り者の殷撰に背を向ける事が、同胞を躊躇わず殺す荀擲が、作戦を失敗しながら責任を果たせていない自分が、許せない。何より、涼周の心を苦しめる輩が許せない。

 飛昭は抑えていた激情を呼び戻す形で敵と噛み合ってしまい、自らの殿行為によって生じる矛盾に気付かぬまま、涼周に背を向けてしまった。
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