大戦乱記

バッファローウォーズ

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人の想い、絆の芽生え

マヤ家当主の才能

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 義士城裏手の軍港からシンシャク川を東に進み、遜康北東端にあたる南北に別れる突き当たりで右に舵を切って下れば、承土軍の本拠地があるラクウトゥナ小大陸の北部軍港に辿り着く。

 だがナイトが放った使者の一団は、ラクウトゥナ小大陸の姿を見る事なく、這う這うの体で遜康東部の軍港に逃げ延びた。
理由は単純。承咨の密命を帯びた元飛刀香神衆の裏切り者・殷撰インセンが、カイヨー東部の河川上を密かに警らしており、剣合国軍の使者と判明次第、これを襲撃及び撃退したからだ。

 使者襲撃が剣合国軍と承土本軍に伝わるや否や、両軍の関係は一気に修復不可能な程の断絶状態となった。

 カイヨーの守備を任されていた衡裔軍所属の将軍・ダンシャンは、事実確認の為にジョウハンへ更迭され、いわれのない罪を負わされる。
衡裔自身も承土本軍の将達から疑念の眼差しを向けられた。
衡裔は疑いを晴らす為、一定期間に亘り軍の指揮権を凍結。戦線を離れる事を余儀なくされた。

 然し彼にとっての救いは、優秀な部下達が彼の残した作戦に則り、アバチタ山岳軍領の角符を無事に攻略した事だ。
時をほぼ同じくして、寝起きの霍悦が出陣。沓顔も瞬く間に陥落する。
これらの戦果により、衡裔は前線に立てずとも北東部戦線を自在に操る事が可能となった。
一方で剣合国軍は、承土軍に敵対の意志があると判断せざるを得ず、承土軍の不義を世間に公表するとともに、前にも増して国境の守備を固めた。


 話は変わり、義士城帰還の四日後の事。連戦の疲れを癒す剣合国軍の許を訪ねる勢力があった。
彼等は武装した大型輸送艦三隻にて現れた。それは輸送艦とは思えぬ程に見事な威風を放ち、華美でありながら派手すぎない、気品溢れる装飾が拵われている。

「ジオ・ゼアイ・ナイト殿。及び剣合国軍の皆様方。心に刻まれる歓迎、真に感謝致します」

 旗艦から降り立ち、出迎えたナイト達の前に現れた代表は、紅の戦衣と戦袍を身に纏った英姿を示しつつ、一流の役者を超えた麗しさを放つ佳容な青年だった。

 そして彼が深く且つ流れる様に一礼すれば、その背後に控える部下達も、末端の兵に至るまでが気品と教養に富んでいると思わせる振る舞いを見せる。
もう何だか、非の付け所がない完璧過ぎる集団だった。

「相変わらずの英雄然とした佇まい! マヤ家は貴殿の代で益々安泰だな、マヤケイ殿!」

 美青年の名はマヤケイ。精強無比を誇る強力な私兵軍を従えるマヤ家の若き当主だった。
彼はナイトの人物評に、根拠を持った謙遜さで答える。

「私など、父上に比べればまだ半人前です。……相手を見抜く事すらできずに取引し、良かれと思って援助した者達が、貴軍に多大な迷惑をお掛けしていた事が何よりの証拠。……マヤ家の代表として、改めて松唐軍の件を謝罪いたします」

 先程とは違う意味で、より深く丁寧に、マヤケイは一礼した。彼が言っているのは、沛国に金の無心を行っていた松唐軍へ、知らなかったとは言え軍需物資の取引や援助をしていた事だ。

 軍閥貴族と産業貴族の両面を併せ持つマヤ家は、本来ならば信頼できる良き相手としか交易しない勢力。彼等が謳う良き相手とは、仁君や守るべき存在を知る大将の事を言う。

「……マヤ家の謝罪、確かに受け取った。ならば、此方からも礼を言わせてくれ。我々の要求に対する迅速な対応と、沛国への支援について、剣合国と沛国を代表して厚く御礼申し上げる」

 互いの謝辞が交わり、二人の大将を先駆けにして、その熱意が両軍の将兵にも及ぶ。
どちらの大将も英雄然とした、史に名を刻むに相応しい男であった。

 挨拶を終えた後、ナイトはマヤケイ達を客殿に案内する。ナイツを含む、剣合国軍を代表する諸将もそれに随行した。

「おや、あの方々は?」

 客殿前の庭園に差し掛かった時、マヤケイは足を止めて一点を見つめた。
彼の視線先には涼周と稔寧の姿がある。

 涼周の摘んだ花を稔寧が手に取り、香りを楽しんでいる姿を見る限り、目の見えない彼女に涼周が花の事を色々と教えている様だ。

「涼周! お客様よ! 稔寧ちゃんを連れて此方にいらっしゃい!」

「キャンディ殿、気遣いは無用です。楽しませてあげてください」

 涼周と稔寧を呼び寄せるキャンディをマヤケイは制止したが、客人を前にして挨拶もさせないでは剣合国の名を損ねるとキャンディは反論。

 マヤケイは自らの優しさに過ちがあると認め、静かに涼周達を待った。
やがて右手に花篭を持ち、左手で稔寧を連れた涼周がやって来る。両手に花とは正にこれ。

「涼周、この方々はマヤ家の当主様御一行よ。挨拶なさい」

 キャンディに促された涼周は、稔寧をマヤケイに向き合わせた後に言葉を発する。

「ん……涼周。にぃにの弟、涼周……です」

「涼周様に仕える、稔寧と申します。気付く事が叶わず、失礼いたしました」

 ぎこちない一礼を見せる涼周と、丁寧な言動でそれを補う稔寧。

「マヤ家当主のマヤケイと申します。以後、お見知りおきを」

 マヤケイはナイト達にも見せた姿を当然の様に見せる。これが彼の普通なのだろう。

 そして挨拶が済むや、涼周はマヤケイを見つめ、マヤケイも涼周の瞳に魅入られた。
時間にして僅か三秒。涼周はマヤケイをいとも簡単に見抜いた。

「マヤケイ、にぃにと同じ!」

「ナイツ殿と私が……同じ? それは一体どういう…………ほぅ、これは見事な!」

 告げられた人物評に戸惑いながらも、差し出された一輪の花を見てマヤケイは微笑んだ。

 彼は涼周の才能が何であるかを知らない。
故に彼は、涼周が子供ながらに、マヤケイという自分がナイツと同じ雰囲気を放っていると感じたのだろう、そう解釈するに留まった。

 然しナイトとキャンディだけは全く違う心境にあった。

(……見抜いたか、マヤケイの才能を。お前の言う通り彼は、「英雄の才」を持つ者だ)

 マヤケイもまた、ナイツと同じ才能を有していた。
偏に、涼周がこれほど早く見抜けた訳は、常日頃から英雄の卵たるナイツを見ているが故。
言うならば、珍しいものに見慣れていたのだ。

 だが、マヤケイに至ってはもう一つの才能を秘めていた。
それはナイトや涼周の目でも見抜けない、強いて言えば想定外の才能だった。

「花の様に可憐なそなたと、月の如く美しい御母堂が育てられた花。我が軍を癒し、端々まで照らす事は間違いない。大切に飾らせていただく」

 膝をつき、目線を涼周に合わせたまま、そっと手に触れて花を受けとるマヤケイ。端正な顔は格段と輝いて映り、優しく甘い声音は向けられた者を男女問わず虜にするだろう。
洗練された無駄のない、白馬の王子様を連想させる夢のある仕草の数々だった。

「……ふわぁぅ……!」

 赤面して呆然とする涼周。さてはお主、夢を見ているな。

(……何故だろう。無性に苛つくな、これ)

 冷めた目でマヤケイの後頭部を見据えるナイツ。さてはお主、嫉妬しているな。

(あら凄いわねこれ。涼周の最終兵器たるおへそと、いい勝負ができそう!)

 妙な笑みを浮かべるキャンディは、また変な事を考える始末。
尤も彼女に至っては、自らの容姿と丹精込めて育てた花を同時に褒められた事で、とてつもない上機嫌の中にあった。

 更にナイトも、マヤケイの隠れた才能と実力に感嘆する。
(ふっはは。相変わらず、大した記憶力だ。……奥が庭園の花を手入れしてると話したのは、二年前の事だぞ。それもマラオウ殿との雑談の最中だ。狙って記憶して、狙って見せているなら、こいつは相当恐ろしい人物になる)

 マヤケイの言動はどこまでが素なのか、ナイトは恐れを交えた疑問を抱いた。
……のだが、意外にも彼の疑問は早々に晴れてしまう。

「……あれは、凄いな。……普段からあんな感じなのか?」

「……やっぱり恥ずかしいですよね? ただ、ケイ兄さんは普段からあんな感じなので……優しく、流してあげて下さい」

 バスナと、末娘に当たるマラトゥーのヒソヒソ話が、聞こえた気がするんだ。
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