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未来へ紡がれる想い
覚悟と怒りと誇大表現
しおりを挟むナイツとメスナは互いの体力の限界を感じながら、橋入口の殿部隊を突破して追撃に移る張幹軍の迎撃に当たる。
二人に従って最後の殿を果たすのは、比較的に傷が浅い百四十名程の兵士達。
橋上という大軍の利が失われる場所を活用して、少数で敵の一軍を防いでいた。
「負傷兵の退却が完了しました! この場は我々に任せて、若様とメスナ将軍は御下がりください!」
「……お前達まで……! ……本当に、無力な将ですまない!」
三度連続で部下を見捨てる事をナイツはこの上なく恥じ、同時に自らの無力さを恨む。
だが彼の想いを聞いた兵達は、唯一人としてナイツを責めなかった。
汗と血に塗れた顔を緩め、笑みを浮かべてナイツを送り出す。
「戦に犠牲は付き物……我等の事は、御諦めください!」
「若様の戦働き、まっこと見事! 何も無力な事はござらん!」
「手遅れになる前に早く。若様に死なれては、それこそ皆の死が無駄になりますぞ」
皆が抱く決死の覚悟に、ナイツは体を震わせる。
「……仇は……必ず取る! 今は、許してくれっ!」
最前列で戦う者として、自分だけが生き残る事に抵抗を感じるナイツ。
普段の彼ならば兵達の進言を素直に聞き入れ、感情を抜きにした戦略的思考で動く所だが、疲労困憊に加えて連敗という状況が彼の冷静さを欠落させ、大いに感情を顕させていた。
「逃がすな! 追え、追えー! 手柄首を逃がすなー!」
「そうはいくか! てめぇ等も張幹なんかの下で何を甘んじてやがる!」
ナイツとメスナが戦線を離脱し、生横兵の追撃を剣合国軍兵が防ぎ止める。
「ナイツがバリケードの内側に逃げ込めば厄介だ。……仕方ない、俺が出る! 道を開けろ!」
ナイツと一定の距離を保ち続けていた張幹が遂に出陣。
軍内最強の部隊を率いて剣合国軍の殿部隊に切り込み、瞬く間に朱に染める。
「若……さ……ま……御力になれず、申し訳……」
「ガタガタうるせぇよ、どうせならピーピー泣きながら死ね!」
張幹の突破を許した後も殿部隊は決死の抵抗を続けたが、張幹の直属兵達はその騎士たる姿を嘲笑いながら切り崩して行く。
「ナイツさんよぉ、何時まで逃げるつもりだ! ええ? このろくでなしの泣き虫大将が!」
張幹は疾走中の馬上にあって、銃の照準をナイツに定めて引き金を引いた。
魔力を帯びた張幹の銃弾は通常の三倍の飛距離と速度を誇り、三百メートル近く離れた先を走るナイツに数瞬で迫った。
「っきゃぁっ⁉」
然し、張幹の放った凶弾はナイツに当たらなかった。
すんでの所でメスナが庇い、彼女の左肩の肉を吹き飛ばすだけに留まった。
「メスナァー⁉」
左後ろから突然体当たりされたナイツは倒れ込むまでの僅かな間に、メスナの苦悶の表情を目に焼き付け、彼女の金切り声を耳に覚え、彼女の血肉を盛大に浴びた。
「足が止まったぞ! 兵どもよ、全速力でナイツを討ち取りに掛かれー!」
膨大な御宝が足を止めた。それだけで生横兵達の士気は絶好調に達し、武器を突き出しながらナイツとメスナ目掛けて今戦最大の神速を見せる。
「いかん⁉ 全兵出陣だ! 若様とメスナ殿を救い出せ!」
机や収納棚、樽や鉄板等を集めて築いたバリケードの中からも江芳隊が出撃。咄嗟の出来事に動転した江芳は、ナイツとメスナの救助の為に地の利を放棄してしまった。
「若、私を置いていけ! 今ならまだ間に合う!」
メスナは気の狂う激痛に耐え、何とか一人で立ち上がり、ナイツに背を向けて命令した。
「ふざけ――」
側近の覚悟にナイツは承知しなかった。
だがメスナは声を荒げて命令を続け、間髪入れないナイツの反論を間髪入れずに掻き消す。
「ここで戦えば全滅するぞ! 奥方や涼周はどうなる⁉ 私の命ぐらい捨てでも守って見せろ! 兄であるあんたが最後まで守るべきだろうが‼」
「っ⁉」
ナイツにとって、メスナがこれ程までに激昂するのは始めてだった。
韓任や李洪、キャンディやナイトとは違った優しさを持つ存在が、自分や弟や母の為の捨て石となると言う。
そして、その死を受け止めてでも弟や母を守って見せろとも言った。
「メスナ…………うわっ⁉」
メスナの覚悟に応えられないでいるナイツの足下に、鞭の様に湾曲・伸長した多節細剣の刃が穿たれる。それがメスナなりの言葉にならない最期の別れであり、責任の取り方だった。
「メスナ、本当に……本当にごめんっ!」
ナイツは姉と思っていたメスナとの別れに際して、気の利いた言葉が見付からなかった。
彼は幾筋もの涙を流し、自分の惨めさを呪って駆け出す。
一方のメスナは、もはや語る事なしの姿勢を貫き、ナイツへ背を向けたままに多節細剣を元の長さに戻して張幹軍だけに意識を向けた。
ところが彼女の心中では、優しい励ましの言葉を掛けてあげたい気持ちが圧し殺され、代わりにナイツへの謝罪の言葉で満たされていた。
(…………謝るのは、私なんです。私が弱いばかりにみんなに迷惑掛けて、まだ子供の若ばかりに重責を押し付けて、それで人一倍苦しめながらフォローの一つもできない……)
「本当に……ごめんね……! でも、みんなを想う……優しい若で、有り難う……!」
メスナは姿勢を崩す事なく、大粒の涙を落とす。
その涙は彼女こそが自らの無力さを悔やむ想いと、心の底からナイツを大事にしている想い、そしてナイツの優しさに感謝する想いの結晶であった。
(楽しかったですよ、若。御家族を……みんなを、これからも大切にしてくださいね)
「戀桜国の英雄マノトが娘、メスナ! 私達親子の刃を受けたい奴は遠慮なく掛かって来い!」
涙を払い落とし、三十メートル先まで近付いた張幹軍に威風堂々たる姿を示す。
「はあぁ――!」
メスナ、一世一代の大勝負。
多節細剣に残りの魔力を注ぎ込み、華々しい最期を飾る戦舞いを見せようとした。
「なっ……ほへっ? んぅぐゃぁーー⁉」
所がどっこい、前進して来る生横兵達は一瞬の動揺を見せた後に黒霧に包まれて気を失い、かと思った次の瞬間には橋を揺らす程の衝撃波で東基地の更に東まで飛ばされてゆく。
「ぁぁー……! …………あいぃ?」
これにはメスナもビックリ仰天。枯れた喉に無理を言って気合いの声を出させたものの、呑み込めない事態に置いていかれ、とても拍子抜けする疑問符となってしまった。
そして戦場が一気に静寂へと様変わりしたと同時、その者は気付けばメスナの前に居た。
視殺の睨みを利かす幼子を小脇に抱え、俯いた状態で仁王立ちしており、長く清らかな髪がその者の表情全てを闇に隠している。
そう、いつの間にかそこに居たのだ。メスナもナイツも江芳も剣合国軍兵も張幹も生横兵も、戦場にあった全ての将兵の認識をずらしたかの様に、突如として現れた。
「…………貴方達よくもまぁ、私達の大切な仲間を、よくもまぁ、よくもまぁ虐めてくれたわね」
闇がかった重低音の地獄声を発しながら、ゆっくりと顔を上げ、そして告げる。
「…………許さない……‼ 私達の仲間を殺してまで苦しみから解放されたいなら、いっそ楽にしてあげる。故郷の家族の許まで、骸を送り届けてあげるわ……!」
言って、張幹軍の前衛四百名を手の一振りで塵も残さず抹消した。
「…………は?」
張幹のみならず、戦場に立つ全ての者が目を疑った。
一瞬以上一秒未満の軽い動作だけで、目の前の光景が変わったのだ。
「……奥方様……ですよね?」
メスナは目前に君臨するキャンディの筈の人物に、恐る恐る尋ねた。
「…………」
キャンディと思われる人物に反応はない。
ただ小脇に抱えられていた涼周を降ろしただけであった。
「……なーんてねっ! 冗談ですよ冗ー談! 待たせたわねメスナちゃん!」
「はっ……はぃっ!」
不意に振り返った人物は笑みを浮かべたキャンディその人であった。
とは言え、武術に心得ある者ならば、彼女の気配が前後で全く違う事に気付いている。
それ故にメスナはキャンディの突然の変貌に気圧され、恐怖さえも感じた。
「うおおぉぉーー‼」
「うはっ⁉ 今度は何事⁉」
心臓に悪いことは更に続いた。
今度は突如として、西基地の方角から大気を揺らす大歓声が上がったのである。
「来たわよ涼周。貴方と貴方の仲間が、今度はお兄ちゃん達を助ける番。頑張るのですよ」
依然として張幹に睨みを利かす涼周に代わり、キャンディが西から迫り来る存在を認識。涼周の頭を撫でながら期待の声を掛けて激励した。
そしてキャンディの励ましを助長させるかの様に、西側からも聞き覚えのある破声が上がる。
「飛刀香神衆先遣部隊八百万! 只今推参‼ 皆の者、俺と奥の可愛い涼周に続けェーー‼」
「うおおおぉぉーーー‼」
「ちょっ……⁉ 父上が指揮執ってるんかーい! それと数盛りすぎだ! 八百万て……」
飛刀香神衆の先頭を駆ける男は侶喧か飛昭だと思った? 残念ナイトでした。
厳密に言えばナイトが勢いを生み出し、それに侶喧やカイヨー兵が便乗している状態だ。
武器を掲げながら猛牛の如く迫り来る彼等の姿を見て、ナイツは思わず叫び声を上げてしまい、メスナもジオ・ゼアイ一家の集結に笑みを溢した。
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