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未来へ紡がれる想い
兄の心配事
しおりを挟む心角郡 豪族連合陣営
交橋東基地での戦いに敗れたテンベイは自領深くまで後退。生横郡の張幹、武孫郡の扶双が率いる後続軍と合流して態勢を立て直そうとしていた。
「だから! 向こうにはキャンディとメスナ……それと訳分からんガキが居たんだよ!」
「その訳分からんガキってのが訳分からん」
「俺だって分かんねぇよ! ただ逃げてきた兵の話では片手に小銃を持って、もう片方の手で気を失わせる黒い霧を出現させる得体の知れないガキだと!」
張幹に食って掛かるテンベイ。
誰なんだそのガキはと聞かれ、こっちが聞きてぇよと言い返す非建設的なやり取りが続く。
「……そういう不安要素を取り除く為の先陣だろ。お前さんは何をしに攻めたんだ?」
呆れた扶双が逆にテンベイを問い質す。
テンベイが先陣を買って出たからには、それなりの意味があるからだと彼は思っていた。
「…………うるせぇよ……戦いもしてねぇで」
テンベイは悪態をつくだけで、扶双の求める答えらしきものは口に出さなかった。
答えが無い訳ではない。ただ単純に先陣を務めた理由が、人に言い難いものなのだ。
(ったく、本来なら東基地を落として物資をありったけ頂くだけの頂いて、後はこいつらに任せるつもりだったのに……とんだ骨折り損だ!)
要はこの男、剣合国軍の前線基地に蓄えられた諸々の物資を戦利品として収奪しまくりたかっただけ。敵情視察とか、連合軍の勢いを強める目的だとかはまるでない。
(……この野郎、さては出し抜こうと考えてやがったか)
そんなテンベイの内面を悟った張幹はもう何も言うまいとして、テンベイを余所に今後の動きについて扶双へ問い掛ける。
「扶双、敵には大魔法使いがいるようだぞ。どうする?」
「…………」
扶双は両目を瞑った状態で夜空を見上げ、暫く思案に耽った。この動作は彼が考える時の癖であり、梓州豪族連合の中にあって武孫郡の扶双は良識を弁えた知恵者の部類に入っていた。
「……思うに、このまま進軍して攻めればいいんじゃないか?」
「いやだから、敵に面倒な奴等がいるから――」
「剣合国軍の兵数は少なかったんだろ? キャンディやメスナがいるのは想定外だったが、彼女達だけでこの六万近い軍を追い返す事は、普通に考えてできないだろ」
「……ああ……そういう事」
言われてテンベイは黙った。己の利潤追及のみを考える彼でも充分に理解できたのだ。
「敵の後続が来る前に、完全な物量攻めで基地を落とす……か。よし、それで行くぞ」
張幹は扶双の案に乗った。
敵の総数が一万に満たない事が分かっているのだから、その数が増えない内に全軍で叩く。
それならば敵側にキャンディ達が居ても勝機があると、彼は判断したのだった。
こうして張幹、扶双、テンベイが率いる連合軍六万二千は進軍を再開。
歩を早め、剣合国軍の増援到着より早い基地攻撃を狙う。
場所は変わり交橋東基地。
豪族連合が軍議の末に進軍を始めた頃、剣合国軍側にも強力な人物が駆け付けていた。
「母上、遅くなってすみません。……ですが、まずは御無事でなによりです」
淡咲より預けられた三千の兵を率いてきたナイツ。
彼が東基地に到着したのはテンベイが撃退された二時間後の早朝六時の事だった。
「私の心配よりメスナちゃんや涼周を心配しなさい。メスナちゃんはね、私と涼周の為に負傷しながら戦ったの。……露出の多い黒服を着て、迫り来る敵をビシバシ鞭打ちながら薙ぎ払い、最後は逃げる敵に向かって「どう! 私の愛剣、ナイスボンテージソォードの責め苦は! 体験料金払いなさい!」……って言って敵を一喝してね……」
「…………メスナ……お前……」
「えっうそぉ、あの若が信じてる⁉ いやいや、後半は嘘に決まってるじゃないですか。第一その台詞だって父さんのものですし……」
寝不足と疲労が影響して少年の判断力を狂わせているのか、ナイツはキャンディの讒言を信じたかの様な哀れみのこもった悲しい顔を作って見せた。
メスナは急いで弁明する。流石の私でもそこまで不真面目ではないですよと。
「はふふっ! 冗談ですよ冗ー談! ……メスナちゃんや涼周、それに守備隊の人達は本当に頑張ってくれたわ。ありがとうね」
ナイツとメスナのやり取りを見て楽しさ成分を補充したキャンディは、一転して真剣な表情を浮かべる。その後の言葉は言わずもがな、皆の奮闘への労いだ。
だが、それで終わらないのがキャンディクオリティーというもの。
次の一瞬でまた表情をころっと変えた彼女は、今度はここに居ない涼周をネタにする。
「でも、涼周は本当の事よ。北側の危機に駆け付けた涼周はね、迫り来る敵に向かって最終兵器のおへそを見せて敵の大軍二万を跳ね返したのよ! ねぇ、凄くない!」
「あぁ……涼周なら、あり得そうな話ですね……」
「えぇっ⁉ 納得しちゃうんですか! そこは納得しちゃうんですかっ⁉」
若は疲れているのだ。メスナはそう思ったそうな。
「……ごほん。えぇ、皆様方よろしいでしょうか」
咳込みを入れて会話の流れを変えたのは江芳だった。
キャンディがとても楽しそうに語る中を、メスナでは遮れないと察したのだろう。
「……撤退した敵を物見に追わせています。何かしらの動きがあれば報せを寄越してきますが、それよりも先に備えを万全にしたく思います。現在この東基地には守兵が八千ほどおり、若様が連れてきてくだされた兵を加えて一万一千余といった所でございます。これ等の戦力を用いて再度の敵の来襲に備えた配置を考えましょう」
歴戦の将軍・江芳により、場の雰囲気が厳かなものへと変わった。
皆が自然と首肯し、まずはナイツが意見を述べる。
「俺とメスナは別々で部隊を指揮しよう。ただ、連携し慣れているから隣接した配置の方が良いと思う。先の戦いでメスナが南側を指揮し、その場所での戦闘経験を積んだ事を考え、メスナが南を、俺が正面東側というのが妥当だろう」
「では倅には北側を守らせます。……兵の数は若様、メスナ殿、倅に三千ずつ。司令塔にて予備部隊を指揮する儂が二千でようございますか?」
「うん、それでいこう。全体の支援は江芳に任せたよ」
「ははっ。粉骨砕身の思いで務めまする」
ナイツに一礼する江芳。これで剣合国軍の布陣はあらかた決まった。
「……私と涼周はどこに居た方が良いかしら?」
キャンディの言う通り、彼女と涼周の配置についてはまだ未定だ。
ナイツは瞼を若干落とし、主に涼周の事について苦慮する。
「……ええ、まあ。母上と涼周は西側基地での避難が望ましいのですが……」
「私も涼周も大人しく避難なんて、柄じゃないわよ。……こう言ったら悪いけどね……私、この中で一番強い自信あるから」
キャンディの発言は虚勢でも意地っ張りでもない。彼女が言ったまんまの意味だ。
それはナイツもメスナも、強いて言えば江親子も知っている。
キャンディが戦闘期間に長い空白を入れているのは確かだが、彼女は今尚バスナやナイツ、淡咲等を物理的に抑える事が可能な程の実力を有している。
メスナもキャンディの戦いぶりを見て、彼女が実戦を忘れていない事は充分理解していた。
「今更言う必要もないでしょうけど、私が女で且つ剣合国軍大将の妻だっていう事は関係ない。私やあの人にとって、立場なんて無いも同じだから」
キャンディが唇の端を上げて不敵に笑う。油断や慢心ではなく余裕の笑みだった。
「ふははっ! ……そう仰ると思いました。母上は予備部隊として控えていてください。問題があるのは涼周の方です。しっかりと休んでいない、あいつの体が持つか心配なんです」
言われてキャンディ達は黙った。
本当に休んでいないのはナイツの方だが、体力馬鹿であるナイトの息子なだけあって、彼の純粋な体力は輝士兵を遥かに凌駕する程。故にキャンディすらも心配していない。
だが涼周は違う。涼周は目に見えて分かる様に基礎体力が乏しく、規格外の魔力量でそれを補っているに過ぎないのだ。現に今、深い眠りについている事が何よりの証拠だった。
「たぶんだけど、涼周は疲れていても俺の後を追ってくる。目を擦りながらでも魔弾を撃ち、黒霧を発生させようとする。その果てに、予期せぬ事態が起こらないかが心配で……」
弟を想う兄・ナイツの不安は尤もだった。
彼の存在が涼周の居場所である現状、彼が無理を強いれば必然的に涼周も無理をする可能性がある。
「……そうかもしれない。あの子なら……ね。…………ならこうしましょう。私が必要に応じて涼周を眠らせておくわ。でもそれは、運が悪ければ私は参戦できず、涼周ともに西基地への待機を余儀なくされる。感情を抜きにして見た戦力は大きく低下するわ」
「それで構いません。不足分は俺が働きます」
ナイツの想いの強靭さを前にしたキャンディは、我が子を本当に誇らしく思う。
だが、彼女はこれだけは留意するように言った。
「……兵達の事も想って、無理だけはしない事。時には撤退も必要な判断であり、それは恥ずべき事ではないからね。本当に恥じるのは、無益な死者を大勢出した時よ」
「心得ています」
ナイツは強く首肯した。
本当に恥ずべき姿。それは正に無駄死にだと言われた過去の敵の姿から学んでいたのだ。
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