大戦乱記

バッファローウォーズ

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涼周の仁徳

涼周の意外な才能

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梅朝南西部にある大集落・紗奈歌サナカ。ここにカイヨー民兵達は移住することになった。

 既に日が傾き出した外では盛大な歓迎大宴会が開かれ、皆の笑顔が輝いている。

「戻ったぞー! 何の衝突もなくて何よりだ!」

 場を大きく盛り上げたナイトが一役割を終え、バスナとナイツと涼周が居る軍基地の一室に戻った。
ここでアーカイ州の梅朝バイチョウについて説明すると、要は保護した捕虜や難民の多くが生活している地である。
依然として奴隷制度が蔓延っている東方大陸出身の淡咲が、同地で一度だけ見たという元奴隷による自治区域を参考にして、この梅朝を戦で虐げられた者の憩いの地にしようと提案したのが始まりだ。

「……紗奈歌集落か。そういえば、三年前に承土軍の侵攻から船で逃れてきたファーテイスの民衆を受け入れたのも、この地だったな」

「おぅ、だからこそ紗奈歌を選んだ。カイヨーとファーテイスは昔からお隣さん同士、仲が良かった。……ファーテイスが承土軍領となった現在、必然的に彼等の交流は途絶えたと聞く。俺の想いは一つ、この地で未来に繋ぐ為の交流を再開してほしい事だ。どうだ、悪くないだろ?」

 昨今の情勢に対する自身の考えを自慢気に語るナイト。
バスナは腕を組み、晴々とした表情を浮かべてそれに答える。

「ああ、如何にもナイト殿らしい夢のある発想だ。俺は普通に良いと思うぞ。あんたの考えでは、遜康に逃れた難民も希望すればここへ移住させるのだろ?」

「ゆっくりとだがな……今はちょっと難しい。今回の民兵達の移住で、紗奈歌集落の空き地はほぼ埋まってしまった。……ここから東に離れた佳羅希カラキに新たな集落を設ける案が淡咲から上がったが、まだ計画段階で下見すらできていない」

「食っていける土地かどうかも分からぬのでは、行き当たりばったりで移らせる訳にもいかんな。それに、暫くの間はこの地の先住民と移住民に衝突がないか、見守った方が良いだろう」

 いきなり大勢の移民を受け入れる事となった紗奈歌の先住民は、突然の事に動転している者が多くいる。今はナイトの人柄によって落ち着いているが、暫くは様子見が必要だった。

「……そうだな、では次は……」

 ナイトの不在中、兄妹に難民保護の方法や集落運営等の講義をしていたバスナ。
彼はナイトとの話の流れで、応用編として移住民が多く暮らす梅朝の統治の難しさを、兄妹に詳しく説明しようとした。

「ばしゅな、ここ、ここ! ごはんとれる!」

「ん、ごはんとれる? ……何の事だ?」

 だがその機先を制すタイミングで、涼周が地図の一点を指差して大きく跳ねた。

 バスナは首を傾げるナイトに先程までの事を説明する。

「ああ、梅朝の食料生産量・生産品目・生産場所・生産者の数等を話してやったら、大食らいなだけあって良い反応を示してな。俺も面白かったから色々と教えてやったのだ。この分野に関してなら、ナイツ殿や軍師殿以上の才能かもしれん」

「……軍略とか兵法は?」

「からっきしだ。まるで興味を示さん。なっ、兄殿」

「うん。無理に学ばせようとすると霧を出して俺達を眠らせようとする」

 二人の報告に、それは酷いと返したナイト。満面の笑みを作って涼周の両肩に手を置く。

「いずれは進軍中に干し肉とか配る人物になるかもな!」

「それはお前だ」

「それは父上です」

 苦労を知る二人は本人を前にして、堪らず突っ込みを入れた。


 翌日、涼周とともに寄宿舎を出たナイツは、基地の前で足を止めた。
というのも、顔見知りが十数人の者を伴って入口付近で待っていたのだ。

「おお、ナイツ様に涼周様! お早うございます」

 飛刀香神衆の頭目の一人・侶喧リョケンであった。彼に倣って他の者達も頭を下げて挨拶する。

「うん、お早う。ほら、涼周も挨拶して」

「……ぅぅん……ふぁ……はよぉ」

 閉じかかった目をゴシゴシしながら、大きな欠伸と一緒に朝の挨拶をする涼周。
半ば夢心地の状態である為に、ナイツが手を握ってここまで連れてきたのだ。

「ごめん。昨日も九時には寝た筈なんだけと、まだ眠たいみたいで……」

「いえいえ、我等は何も気しておりません」

 侶喧達は爽やかな笑みを浮かべ、手でナイツの謝罪を制す。
今の時間は朝八時。大概の者ならば目を覚まし、意識をしっかりと覚醒している頃なのだ。

「おーぅ……息子兄弟……おはよ」

 そこへ大きな欠伸とともに目をゴシゴシするナイトが、何も知らずにやって来た。

「…………」

 ナイツは冷めた眼差しを向け、侶喧達は反応に困って唖然とする。

「……お早うございます父上。眠そうですが、昨日は何時に寝ました? まさか夜更かしや夜遊びをして、寝所に入ったのは日を跨いでから……ではありませんよね?」

「……いんやぁ、昨日は九時ぐらいには寝たかな。宴会好きな俺でも、流石に疲れた民達を巻き込む事はない。……だから早く寝すぎて、逆にまだ眠たいのだ」

「ふっ……これは中々に酷い言い訳だ。……それと涼周、俺の指はお菓子じゃないから口に入れないで」

 鼻で笑うほど父に呆れる横で、寝惚けた弟には指を三本食われる始末。
ナイツお兄ちゃんの忙しい一日は、こうして始まる。

「えっと、すみません……」

「おぅ、すまんな。今覚醒したぞ。……貴殿等は、察するに飛刀香神衆の者達だな」

 取り残された侶喧達が申し訳なさそうに言葉を発する事で、漸くまともなやり取りに発展する。

 ナイトは背伸びと同時に骨を鳴らすと、侶喧達に向き合って彼等の素性を言い当てた。

「はい。我等を解放してくださったお礼の為、頭目一同、ここに参じた次第であります」

 ナイトが先頭切って紗奈歌集落へ駆けたせいで、ちゃんとした挨拶が今日となった侶喧達。面会時間前にも拘わらず、入口で待っていたのはその為だ。

「一応礼は受け取っておこう。とは言え、これは俺達がやりたいと思った事をした結果に過ぎん。……さて、話は変わるが俺達の方からも聞きたい事がある。中に入ってくれ」

 ナイトは思った事をさらさらと口にした後、侶喧達を基地の中へ案内する。
既に出仕していたバスナも基地内で合流し、ナイツと涼周も彼等の話し合いに同席した。
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