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存在と居場所
悪を切り裂く合成魔弾
しおりを挟む宙で受け身をとった承咨がカイヨー兵のいなくなった空き地に着地したと同時に、黒霧を纏ったナイツと涼周もバスナの傍に降り立つ。
「ふぅー、死ぬかと思った!」
「どうやってここに……今空から落ちて来なかったか?」
「涼周が空飛ばないと噛みつくって言うから……防壁から最大出力で高跳びして……疲れた……足痛いぃ……防壁一箇所壊しちゃったぁ!」
どうやら涼周がお兄ちゃんにかなり無茶な要求を通した様だった。
何せあのナイツが息を切らして目に若干の涙を浮かべていたのだから。
(ふっ……大量の魔力を込めた跳躍による疲労と、落下するまでの恐怖か)
大人顔負けの実力と才能を有するナイツだが、彼はまだ子供。恐いものは恐い。
「……んぅ、ぶじ?」
逆に年下の涼周は全く怯んでいなかった。
バスナに寄り、彼を見上げ、至極真面目な眼差しを向けて心配している。
「ああ、色々と助かった。ナイツ殿の心配もし――おいっ……ぬおっ⁉」
バスナの無事を確認するや否や、涼周は彼の体に抱きついて腹部の傷口に唇を当てた。
そして艶かしい舌使いで傷口を広げる様に、遠慮なく多量の血を吸い取り始める。
「おいっ! やめろ! 聞こえているのか! 聞こえていないな!」
周囲が唖然としてその様子を見つめ、承咨も思考を曇らせる。
数秒前までは気取った態度を見せていたバスナも、明らかに動揺していた。
(うはぁ……俺もあんな感じで見られてたのか)
ただ一人、体験者のナイツだけは疲れている事も影響して大して驚かず、涼周とバスナの隙を守る様に彼等の前で構えていた。
「何なんだお前は……ん?」
バスナの背中を回って、彼の右腹部から出ている涼周の右手。
その小さな手に握られた魔銃の銃口が光を放ち、涼周の瞳にも幻妖な赤光が宿っていた。
「……いける……」
吸血を止めた涼周が左人差し指でバスナの右腕から彼の血を拭い取り、ゆっくりと呟く。
「……涼周、一つだけ聞き入れてくれるか?」
「?」
冷静を取り戻したバスナが涼周の耳元で一つの願い事を囁いた。
「……できるか?」
「ぅん」
確認の言葉に対し、涼周は二つ返事で頷いた。
そして承咨に向き直った涼周は彼を指差し、後ろに控えるカイヨー兵に対して言い放つ。
「にがしちゃだめ!」
それはバスナの入れ知恵でも願い事でもない、涼周本人の判断による言葉だった。
故にバスナは一瞬だけ疑問符を浮かべ、理解不能な言動に承咨は怒りの感情を抱く。
「先程から何を訳の解らぬ事を……貴様、いい加減に――」
「ここ、そのわるものだけ」
その一言が、人の感情に疎い承咨以外の者への隠語であった。
「……おい貴様等、これは何の真似だ……!」
カイヨー兵が指示もなく、一斉に承咨の背後を固めて彼に武器を向けたのだ。
「理解ができんのか承咨。今の貴様は敵地にてたった一人なのだ!」
先頭に立った侶喧が承咨に向けて飛刀を構える。
そこまできて、承咨にはやっと理解が及ぶ。
突出し過ぎた、殺り過ぎた自分が、カイヨー兵に離反された事に。
「貴様等ぁ……!」
承咨は体と意識を正面の涼周達に向けながらも、片目で背後を睨み付けた。
その鬼気迫る威圧と狂気を感じされる眼力がカイヨー兵を凄ませ、戦わずして彼等の動きを封じてしまう。
だが恐怖による支配、強いては人の弱味を利用した非人道的支配は長くは続かなかった。
爪で右手の甲を軽く切りつけ、滲み出た血を左中指で拭い取った涼周が、承咨の目の色から彼を完全に見切ったからだ。
「魔銃……全開っ!」
突き出した魔銃が涼周の勇ましくも高く甘い声音に反応し、大量の魔力を放出して涼周を守る黒霧の渦を発生させた。
そして魔銃自体は光の粒子となって形状を崩した後、直ぐさま元の倍近い大型銃を再構築する。
銃身の光沢がより一層の輝きを放つとともに、涼周自身も人差し指に帯びたバスナの血を上唇に左から右へ塗り、返す手に従って自らの血を下唇に右から左へと塗る。
「ターコイズ……お願いがあるっ!」
黒霧が晴れると同時にシラウメの花が舞い、汚れを払われた涼周が顕現した魔銃・ターコイズを構えて現れる。
その姿に承咨は得も言えぬ恐れを抱き、カイヨー兵は目に見えない不思議な光を感じた。
「お前は俺の目に映らない!」
涼周は左人差し指で勢いよく承咨を示すと、上唇に塗ったバスナの紅を舐めとって彼から吸収した風属性の魔力を実体化させる。
「……彼は悪を嫌い弱きを想う好漢……!」
風を帯びた左手を魔銃に添え、バスナの魔力を装填。
「……其の者が用いるは風を切る黒き戦斧……!」
下唇に塗った自らの紅も舐めとり、黒霧を纏った左手を魔銃に添えて闇の魔力を装填。
涼周の詠唱によって魔銃の中で二種の魔力が混ざり合い、本来存在する筈のない魔力が弾丸という形で生み出される。
「切り裂け! 黒旋風 リキ‼」
魔銃を両手で突き出し、神話に登場する人情戦士の名を叫ぶと同時に、漆黒の引き金を引く。
荒々しい暴風を伴う巨大な魔弾が轟音とともに撃ち出され、承咨目掛けて疾走した。
「はあぁ……せやぁっ!」
承咨は大量の魔力を込めた魔障壁を生成して魔弾を防ぐ。
「ふっ、所詮は子供の技。この程度の威力か」
合成魔弾は承咨の魔障壁を半ばまで削ったものの、完全に破壊して直接的なダメージを与えるまでは至らなかった。
承咨が肩透かしとばかりに鼻で嗤い、カイヨー兵やバスナ兵もその呆気なさに気を落とす。
「……ふふっ……」
だが、そんな結果の何が面白いのか、涼周は笑う。
ナイツが危惧していた笑みを、再度作って見せたのだ。
「貴様……何が可笑しい。……むっ⁉」
涼周の不敵な笑みに不快感を抱いた承咨が眉間に皺を寄せた時だった。
魔弾が霧散した彼の周りに、斧の様な形状をした黒い風が大量に出現。
承咨を中心に円陣状の竜巻を作り、逃げ場を失った彼を全方位から高速で切り付け始めた。
「ぐっ⁉ があっ……! おの……おのれぇ貴様ぁ⁉」
斬殺の嵐は十数秒後、本当に霧散する。
然し切り刻まれた承咨は全身に傷を負い、血塗れになりながらも生きていた。
「はぁっ……はぁっ! ……ふっ……結局、私ごときを殺す事も……できなかったな……」
「俺が加減を頼んだからな」
膝をついて負け惜しみを言う承咨に対して、視殺の睨みを利かせたバスナが反論した。
「お前を殺す事はいと易い。……だがっ!」
風を切って承咨の前に現れたバスナは、剣の柄で糞餓鬼の頭部を殴打する。
「お前だけは人質としての存在価値が充分にある。政治の道具として存分に使ってやる故、命冥加を慎んで受けろ……この糞餓鬼が!」
気を失いその場に倒れ込む承咨に向かって、バスナは今戦最大の皮肉を込めた言葉を言い捨てた。
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