大戦乱記

バッファローウォーズ

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存在と居場所

敵としたくない者達

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 ブイズ隊の後退を機として動き出した者は霍恩だけではなかった。
この侵攻軍の総代将を務める承咨もその一人。

「ブイズが撃退され、早くも霍恩の第二陣が出たか。……東部ではブイズの名を聞けば婦女子や老人は泣いて恐れると言うが、所詮は虚仮威しの強さか。
――霍恩に続き、我等も出るぞ。先ずは奴等の半分を投入して敵の気勢を削ぎ、その後に残る半分を突撃させろ。……主力の付け入る隙を作らなければ、どうなっても知らぬぞとも言っておけ」

 承咨の命令で戦場中央に位置する本隊が慌ただしく動く。
総数二万七千の内、最前衛四列に亘って配されていた承土軍兵や旗指し物が退かされ、その後ろに隠されていた部隊が姿を顕わす。

「バスナ将軍、敵が陣形を変え……あの兵達はまさか……!」

「あぁ…………カイヨー兵だ」

 壁上で疲れた声を出すバスナは、予期していた最悪の敵に辟易した。
突撃態勢にあるその敵は、カイヨーの陥落に伴い家族を人質にされ、戦場に無理やり従軍させられた元 飛刀香神衆ヒトウコウジンシュウの民兵達である。

「当然の様に……来るか。仕方ない、全兵構えろ!」

 バスナは剣合国軍総代将として私情を押し殺し、カイヨー民の様な犠牲をこれ以上生まない為と心得て号令を下す。

 下がりきった士気に似合わぬ殺意を持ちながら砦に近付くカイヨー兵。
それに対するバスナ兵も同様の面持ちで武器を構えざるを得ない。

 一切の大儀がない、この無駄な殺し合いにどちらも心を痛める中、とうとう戦端が開かれてしまう。

「大盾を繰り出せ! 絶対に登らせるな!」

 長梯子を掛け、近接武器を手に防壁を登るカイヨー兵に対し、バスナは大盾を持たせた重量級の兵を梯子の登りきりに配して壁上への侵入を阻ませた。

「撃て! 突け!」

 身軽な身のこなしを武器とするカイヨー兵の中には、その大盾すら乗り越えようとする者もいる。
だがそれらの者は盾兵の後ろに待機している槍兵又は銃兵の攻撃を受け、体勢を崩した後に梯子から落下。
運が良ければ重傷で済み、悪ければそのまま死んで異国の土に帰る。
それでもカイヨー兵は下がらない。否、人質となった家族の為にも下がれないのだ。

 「解放を望むなら戦え」……出兵の際に向けられたこの言葉が、カイヨー兵に与えられた一縷の希望にして、事実上の叶わぬ夢であった。

(……カイヨーの者達、俺を責めろ。だが必ずや、お前達の無念は晴らしてやる!)

 静かに憤るバスナは、全ての仇を討つ為にも砦の堅守に全力を注ぐ。
助けることができず、助けられることもできない敵味方の間柄である以上、今は仇討ちの為の礎になってくれとしか言えなかった。

「バスナ将軍、正面は殆ど梯子を掛けられました。ですが各所ともに、侵入はされていません」

「将軍、攻めあぐねた結果、溢れたカイヨー兵達が東側に流れています! 敵右翼とともに輝士隊を挟撃する兵と、東側の防壁を攻める兵に別れております!」

「……東壁には同じ様に盾兵を配備している故、何も心配はいらん。だがブイズに続いて霍恩の新手と交戦した輝士隊では、更なる新手に対応できる数が純粋に足りん。賀憲の下から兵一千を輝士隊の西に全速力で走らせろ。西側を指揮するメスナであれば、それで充分だ」

 砦北の賀憲に指令が飛び、彼は直ちに一千の兵を砦と東陣の間に差し向けた。
その頃の輝士隊は、霍恩隊とカイヨー兵によって東西南の三方向から攻められていた。
東には霍恩の騎馬隊三千、南の正面には歩兵大隊一万一千、西にはカイヨー兵二千。

 この攻勢に対してナイツは再度守りを固める方針をとった。
それにはまず、ブイズ隊追撃に伴い中央の韓任隊が前進した事で横陣状態となった陣形を、この戦況に適応できる形に整え直す必要がある。
後方に待機していたナイツ直属の歩兵二千を韓任の指揮下に加え、彼に四千強の兵力を以て敵の歩兵大隊を防がせるとともに、左右の李洪とメスナには弧を描く斜陣を作らせて南正面の敵へは戦列を敷き、側面の騎馬隊とカイヨー兵には防柵や杭等の防御設備を以て防がせる。

 輝士隊全体を半球状態にする事で、多勢の攻撃を自然といなすようにしたのだ。
ナイツは更に、開戦前に送られていた二千のバスナ兵を敵騎馬隊の北に向かわせる事で、陣の裏を取られる恐れを解消。
彼等に方陣隊形を組ませて、頑強な守備の陣を作らせた。
こうなると敵騎馬隊は機動力を活かした疾走でバスナ兵の側面若しくは背後を取ろうとするのだが、彼等がその戦法を採る事を予想していたナイツは防衛側の地の利を活かした全力疾走を以て逆に敵の側面に回り込んだ。

「間に合ったな……悪いけど承土兵どもはここで眠れ! 全兵突撃だっ!」

「オオッ!」

 そしてナイツ本人がいつもの様に先陣を駆け、李洪とバスナ兵との挟撃に出た。

「……うまが……うごけてない……」

 敵の騎馬隊から見て西側では、防柵や綱を張った乱杭を用いた李洪の巧みな迎撃。北側には方陣を組んで騎馬の突撃を跳ね返すバスナ兵。東側には一気呵成に突撃を行うナイツ直属の騎馬隊一千。
軍略に精通していない涼周が一目見て呟く程、この状況は敵にとって最悪だった。

「兵ども! 負けずに突撃だ! 一点突破でナイツの首をとって方陣の側面を取れぃ!」

 局地的に三方向を攻められた騎馬隊の将は一発逆転を狙った行動に出る。
然し、二方向への突撃が阻まれた事で完全に足の止まった騎馬を、密集してしまった騎兵を、今更になって疾走させることは不可能に近かった。

「ふははっ! 一点突破からの敵将撃破! それは俺達の策だっ!」

 身動きがとれずにまごまごしている騎兵、いや東部戦域で本隊に先立って女性を犯し、子供を殺し、物を奪うだけをしてきた鬼畜どもなど恐れるに足らない。
韓任が鍛え上げ、ナイツとともに幾多もの戦場を駆け抜けた精鋭騎兵達は、己が武器を正義の鉄槌と称して遠慮なく振りかざし、突破し、敵を討ち取りまくる。

「ぬぅぅ……! 俺は一旦下がるぞ! お前達、奴等を食い止めておけ!」

 やがて抑えきれなくなったと判断した敵将は戦線の離脱という愚行に出る。
ナイツにとってはそれだけでも有り難い行為だが、敵将はそれ所か、まるで味方のスパイではないのかと思う程によく嵌まってくれた。

「隊長が逃げただと! 空いてる南から一人だけでか⁉」

「俺達はどうするんだ⁉ 隊長なしでどう戦えって……」

「くそっ、やってられるか! 俺も退いてやる!」

 そう、敵将は唯一開けてある南側背後に向かって率先して撤退した。
兵を率いる将の立場として、兵の模範となるべき完璧な逃走の姿を示してくださったのだ。
当然ながら敵の中には大きな動揺が走る。
微々たる歩きを見せる騎馬に反して動揺こそが疾走してしまう。

「敵は将が逃げ去り崩壊をきたした! 今こそ出撃し、若とともに敵を挟み討つ時だ!」

 李洪もこの機を見逃さず、反撃の号令を下して出撃。東西より敵を圧した。
これにより、敵部隊は徐々に分断されつつある状態となるのだが、肝心の敵将は取り残される北半分から既に逃れていた。

「ったく、承土軍の将は逃げ足だけは早いな!」

 逃げる敵将の背を追うナイツ。
敵騎兵は集団的抵抗を行う術がなくなった為に討ち取り易くはあるものの、邪魔な程に足を止めて密集している事が災いして、思うように突き進めないでいた。

「どけどけ! 俺の道を開け――ろぼぉっ⁉」

 味方の中を勇壮かつ堂々と突き進むスパイ隊長は突如として背後から迫った漆黒の光線に撃ち抜かれ、功績を評されるまでもなく絶命して果てた。

「……うった……」

「弟君が敵将を撃ち果たしたぞぉ!」

「おおおっ!」

 涼周専属騎兵ルイ・ファーカの討ち取り表明が響き渡り、この場の勝敗を決定付ける。

「ふははっ! ほんと、良くやってくれた! よし皆、一気に決めてやるぞ!」

「オオッ‼」

 連戦と全力疾走から生じた疲弊を忘れさせる勝報に、まずはナイツ直属隊が奮い立ち、次いでバスナ兵と李洪隊にもその熱は伝染する。
結果的に陣地東側の攻防は霍恩隊の惨敗に終わり、広域な戦場にて重要な役割を担う騎兵の多く、数にして二千弱が討ち取られた。

 島国とも言える小大陸に本拠を構える承土軍には騎兵の数が他国に比べて少なく、彼等の主力は歩兵であった。
助攻部隊という役柄が影響し、騎兵自体も弱いものであった事が、此度の結果を招いたと言える。

 だが、これは苦労せずに勝てる東部軍ならではであり、承土軍の中には騎馬の重要性を知り精強な騎馬隊を揃えている将も存在する。
強いて言うならば、今回は相手に恵まれていた。
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