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存在と居場所
遜康防衛戦二日目、開幕
しおりを挟む承土軍は部隊を展開しながら砦に迫った。
左翼西側に楽瑜隊、中央に承咨本隊、右翼東側に霍恩とブイズの二部隊、全体の後方に支援兼予備隊として商吉隊。
総数は八万近くあり、メイセイが想定した戦力を軽く上回っていた。
(敵の左翼は霍悦の右腕たる楽瑜か。奴の性格が情報通りであれば、あの一万弱の部隊には戦意がなく、承咨もそれ故にメイセイへの抑え役として左に配したと見る。機としては攻める事も易かろうが、楽瑜本人の武力だけでも侮れないものがある。……ここはメイセイ隊の力を温存させる為に、あいつ等は待機させておこう)
この戦場に於いて唯一の高所と言える壁上から、敵陣の把握と動きを予想するバスナ。
彼は敵の数が増えたぐらいでは動じず、極めて冷静且つどっしりと構えていた。
それは単純な度胸だけではなく、バスナの威風堂々たる姿を見た部下達が心に背もたれを生じさせる事を知っているからでもあった。
その証しに耳を澄ましても浮き足立った声は聞こえず、倍以上の敵と相対した状況に於いてはとても良好な出だしと思われる。
先ずは満足。バスナは続けて中央と東側の戦場について黙考する。
(俺と対峙している承咨本隊は兵数こそ多いが、単隊で攻撃を行えばメイセイの横槍を受ける恐れがある故、左翼同様に動く事はないだろう。……となると、やはり敵の主攻は右翼のブイズと霍恩、数はざっと二万強。輝士隊の二倍ではあるが兵の質や隊の練度では遠く及ばん。賀憲から二千ほど送らせば苦戦する事はない)
数の不利は質で補う。ここまでは良い。
だが一つだけ憂慮すべき事があった。
(……予想を上回った分の兵はおそらく、捕虜となり人質を取られた元カイヨー兵だろう。飛刀香神衆の民兵主体の軍制が仇となり、人質の数とそれに付随する兵が多かったのだ。いや、民兵だけならまだ良い。承土の考えならば本当の非戦闘員まで動員しかねん。問題はその者等をどの機に、どの場所に投入するかだ。場合によってはこの砦に向ける事もあり得る……)
ここでバスナは一つ考えを改めた。
占領下の民を平気で虐殺する輩どもが今戦の敵ならば、強制徴兵した民を戦場に従軍させ、要所攻略の尖兵にしてもおかしくはないと。
彼の立てた仮説が正しければ、真っ先に狙われるのはこの砦。承土軍兵が十割の時なら攻めないであろう場所だが、二割程度の捨て駒を有している状況なら話は別である。
「……今から言うことを、東西の将に伝えてくれ」
傍に控えている情報部の兵に伝言送信を頼むバスナ。
それは予想される敵の動きと対処法に加え、剣義将の名を持つ彼にとって非常に苦しい指示だった。伝えられたナイツやメイセイ達が聞き返すほどに。
その頃、対面の承土軍を指揮する承咨も開戦を前にして各隊の将へ檄を送っていた。
然し、檄に対する思いは同じ軍内にあっても正に西と東を表すほどに違った。
「……皆の奮闘を期待する……か」
カイヨーの惨劇で承土への不信を強めた楽瑜は、承咨からの檄を聞いて小さく呟くのみ。
「はっは! 期待されとるぞ、ブイズ殿」
「大いに結構! 元より霍恩の旦那から兵を補充された時点で士気は高潮だぜ!」
反して霍恩とブイズは突撃の合図を今か今かと嬉々として待っており、先立った檄がその意気を強めて部下達にまでそれが及ぶ。
そして承土軍がこの地に姿を見せてから一時間後の十一時、不敵に嗤った承咨が全軍の前に馬を進めて剣を掲げる。
「左翼、突撃を始めろ!」
「オオォー‼」
剣を振りかざして左翼部隊に突撃を命じるや否や、霍恩隊一万四千とブイズ隊八千五百の計二万二千五百の内、ブイズ隊が第一陣として駆け出した。
「始まったか。皆、押し負けるなよ!」
「おおっ‼」
ナイツが輝士隊全兵に檄を飛ばし、それに応える様にメスナの迎撃射撃が始まる。
「さぁーて張り切るよ皆! まずは両翼の敵兵を重点的に狙って――撃て!」
銃兵はメスナの指示に従い、ブイズではなく端側寄りの左右の敵兵を狙い撃つ。
魔力を用いた弾き技や魔障壁などの範囲外を行く前衛のブイズ兵達は、その先制攻撃によってバタバタと倒れて隊列に乱れをつくった。
「ちまちまと仕掛けやがって糞女が! 顔は良くてもてめぇなんかを抱くのは御免だ!」
「あの野郎、メスナ将軍に対してふざけた事を……!」
腐った挑発に半数近いメスナ兵が怒りの感情を抱いてしまう。
気軽い上官の気風を受けているメスナ兵のみが持つ、冷静さに欠けるという弱点だ。
だが、流石に将であるメスナには通じなかった。
普段から軽い性分の彼女であっても、輝士隊の将としての自負心がある事が、そこいらの将兵に勝る精神を持たせている。
「こっちこそ願い下げよクソブイズ! 皆は余計な事考えずに遠慮なく撃ちまくって!」
兵達は軽くいなした上官の宥めによって落ち着きを取り戻す。
彼等は抱いた怒りを弾に乗せて素早く銃に装填。狙いを定めた時には平然を整え、敵兵に当て付ける様に余念を捨て去った。
輝士隊内に於いても特に優れた腕前を誇るメスナの遠距離攻撃部隊が余念をなくし、練磨された二列交代の連続射撃を速やか且つ正確に行えば、敵の陣形の一つや二つは簡単に崩れる。
「ブイズ将軍、左右の中小隊が遅れています!」
「ちっ! んなら俺達が突っ込めば良いだけだ!」
前哨戦で騎馬を多く失ったブイズ隊は歩兵を中心とする横陣で突撃していた。
然し部隊の両翼に集中射撃を受けた今、左右の足が遅れて魚鱗陣形に近い状態、即ち中央が突出して両翼がそれに続く形となってしまっている。
「さぁーて、下がりますか!」
メスナ隊は中央のブイズ本隊に攻撃する事はなく、ゆとりを持った後退を行う。
「敵が下がったぞ! 俺が柵を壊すから、お前達は全速力で続け!」
ブイズは自らが率いる一千の騎兵にそう言い残し、魔力で馬速を飛躍させて単騎突撃を敢行。
戟の一振りで中央の防柵を破壊。そこを突入口と定め、後続の騎兵や歩兵と合流するまで可能な限り口を拡げていく。
「おし、来たな! 一気に敵陣を攻め落とすぞ!」
将自らの特攻で勢いを増した無傷の中央部隊が、両翼を引っ張る様にして陣地内の天幕群を払い除けつつ奥に進む。
「韓任隊だ! まずはあいつ等を血祭りに上げて討ちまくれ!」
「ブイズ隊が来たぞ! いつもの様に俺に続け!」
やがて開けた場所に出たブイズ本隊は、正面に待ち構えていた韓任隊の騎兵一千と歩兵二千に真っ向から激突する事になる。魚鱗陣形に近い状態のままに。
「オラァッ!」
「ふぅんっ!」
兵と離れずその先頭を駆けるブイズと、兵に一定の距離を置かせて先駆る韓任が、互いの得物である戟と矛を交えた。
「ぬおぉっ⁉」
過去にナイトと渡り合った経験もある叩き上げの一級将軍・韓任の一撃は非常に重く広範囲に及び、周囲の空気や砂ごとブイズと彼の近くにいる敵騎兵を吹き飛ばす。
「……軽すぎる。所詮は口先だけの輩か」
「あぁ⁉ 言ってくれるじゃねぇか!」
ブイズは韓任を甘く見たと言わんばかりに再度打ち掛かった。
然し、誰の目から見ても優勢であるのは韓任。
おそらく全力の八割ほどを出しているブイズの猛攻に対して、韓任は黙したままに全てを完全に防ぎきり、隙を見て素早く矛を返しては、ブイズを周囲の敵兵ごと弾き飛ばしていた。
そしてブイズ隊中央と韓任隊が切り結んだ時、韓任隊の左右に伏していた二隊が姿を現す。
「今だ! 李洪隊突撃!」
「メスナ隊、いくよっ!」
李洪、メスナが各々五百の予備兵を除いた千五百ずつの歩兵を率いて突撃を開始。
遅れているブイズ隊の両翼目掛けて猛進し、魚鱗陣状態の彼の部隊を鶴翼で迎撃した。
「わざと陣内に招き入れ、鶴翼にて包み込む策ですか。それでもブイズの八千に対して鶴翼側は六千程度。劣る兵数で大きく翼を広げてしまっては、逆に輝士隊の方が突破されるのでは?」
砦の防壁上から東陣内の戦闘を観戦する若い将校の一人が、上官のバスナに尋ねた。
「確かに一見危うい戦い方だが、ナイツ殿が広げた翼は敵を殲滅する目的のものではない」
「包囲殲滅の為ではないと……」
「劣る数の鶴翼では、圧倒的な練度差とかなりの時間がなければ敵を撃破する事は難しい。しかもこの戦場の様に、第二陣の攻勢があると分かっている戦況ではそうそう狙えるものではない」
「では若様は何を狙って……」
「直に分かる。だが、俺達の敵は正面の承咨本隊。あまり左に気を回し過ぎるな」
輝士隊の戦場に釘付けとなっている若手の将校達に、解説するとともに注意を促す。
バスナが言う通り、砦の守備隊七千が相手する敵は承咨本隊二万七千。
今は動いていないものの、実に四倍差もの戦力を持つこの大隊が攻め寄せれば、戦闘の激しさは輝士隊の受け持つ東側以上であろう。
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