大戦乱記

バッファローウォーズ

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存在と居場所

遜康へ

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 群州 義士城 軍議の間

 慈経州の遜康地域を守備するメイセイより、承土軍の北上とカイヨーの陥落を知らされたナイトは慌てて諸将を呼び集めた。

「皆、既に聞いているとは思うが承土軍がカイヨーを攻め落とした。敵兵の総数は不明だが、難民の証言からは承土の嫡子・承咨の一軍だそうだ。奴等はカイヨー陥落に乗じて遜康ないしトーチューに侵攻しかねん故、メイセイより援軍要請が届いている。ナイツ、お前は輝士隊を先発させ、俺が保龍の亜土雷達を連れて参るまでの繋ぎを果たしてくれ」

「分かりました。早速出陣します」

 幸か不幸か、洪和郡侵攻に際して剣合国軍の戦準備は万全に近い状態であった。
ナイツは命を受けると即座に席を立ち、韓任、李洪、メスナもそれに続く。

「……俺も共に行こう」

 更に一拍置いてバスナも出陣を主張した。

「でも、バスナはまだ……」

 隻眼での戦いに慣れていない、ナイツはその言葉を口に出す事ができなかった。

「なに、剣で戦うことは難しくても部隊指揮を執れるまでになった。それにメイセイ殿が勢い余って突出しないかも心配だ」

 ナイツの気持ちは改めて声にするまでもなくバスナに伝わっていた。その上で彼はナイツとメイセイの尻拭いを引き受けようとする。

「おう、頼んだぞバスナ!」

「任せろ」

 端的に返事を済まし、バスナは軍議の間をいの一番に退出した。
元々頼まれていた役回りに加え、想像に易いカイヨーの惨劇が彼の言動を早めたと言える。

 輝士隊一万とバスナ隊一万四千の連合部隊は直ちに出陣。
本城裏手の軍港より水路で東進し、一路遜康城へと向かった。
ナイト率いる本軍三万は、保龍に進駐したばかりの亜土兄弟の部隊を呼び戻し、彼等と合流した後の出陣と決まる。
急を要する今回は流石のナイトも空気を読み、大々的な出陣儀式は行わなかった。
ナイツは不謹慎とは知りつつも、心の中で自らの士気低下に繋がる行為が起きなかった事を喜んだ。


「……!」

「おやおや弟君、盗み食いはいけませんぞ! ささっ、兄君様の所へ参りましょう」

「……ぅにゅ……」

 まあ、良くも悪くもナイトの檄に代わる存在が二度目のお忍び出陣を行い、軍艦内の厨房にて兵に発見された後に捕獲され、保護者の許へ連行される訳だが。

「……また来ちゃったのか……」

「……ぅんっ!」

 業務用の蜂蜜瓶を抱えながら司令室に連れてこられた涼周を見て、ナイツは唖然とした。
これから戦場へ赴くというに、その矢先が弟の密航及び兵糧私物化である。

(これは……色んな意味で、将来いい大人になりそうだな)

 天性のアホなのか、戦に物怖じしない豪傑の卵ちゃんなのか。
ナイツは涼周の頭を撫でながら、その将来を早くも心配する。
少なくともナイトの様になってほしくない事は確かだった。あの鬱陶しさで後ろをちょこちょこと付いてこられたら堪ったものではない。



 カイヨー

 未だ炎上する飛刀香神衆の山城を尻目に、郊外のファーテイス(カイヨー南隣の承土軍領)寄りの平原にて、承咨は一足早く後軍との合流を果たしていた。

「はっはっはぁ! 若君御自らの出迎え、恐縮いたしますぞ! と言っても実際は縮みませぬが!」

「よく来てくれたな霍恩カクオン。然し東の戦線を離れて大丈夫なのか。ただでさえ霍悦カクエツ軍からはブイズと楽瑜ガクユの二名とその兵を借りているのに、更にお前まで動員しては霍悦が如何に強かろうと少々苦しい筈だ」

「心配なさるな! 東の弱腰どもが束になった所で兄者やドーザイムの前には手も足も出せません! 寧ろ、我等自身の心配をなさるべきでしょうな!」

 後軍三万を連れて来たのは承土の娘婿たる霍悦の弟・霍恩。
霹靂臥ヘキレキガの異名を持つ超一級の猛将たる兄に似て、彼もまた高い武力を有していた。
参謀や軍略家ほどではないにしろ、ある程度の戦略眼や知恵も持ち合わせ、独りよがり且つ不規則に暴走する兄と比べて性質も人間らしい。
その面に於いて彼は霍悦に勝っているとも評される。

「先ずはメイセイ。次に警戒するはナイトか」

「ナイツの小倅や韓任が統率する輝士隊も油断はなりませんぞ。それにトーチューの馬鹿どももおります。どちらも個・集の力は侮り難いもの」

「トーチュー騎軍に関しては錝将軍ソウショウグンから策を授かっている」

「はっはぁ! 流石は衡裔コウエイ殿、抜かりなし」

 カイヨー攻略の前後策を練った者は錝将軍・蒼虎の衡裔。
霍恩が承咨の後軍として派遣された事も、彼の指示によるものだ。

「それはそうと東軍の兵は好き放題殺り過ぎではないのか? 一夜にして文字通りの死体の山を築いたぞ。……これには私とて民に同情する」

「弟の俺が言うのもあれですが、兄貴とブイズとドーザイムの三将は腐った優しさを持ってるんで。まあ、それほど気になさるな。民の数などはそのうちに増えますわい!」

「……ふっ、腐った優しさか」

 冷笑を見せる承咨。
対する霍恩も気にする様子はなく、兄達の尋常ならざる異常性を認める発言をする。

「おうさ、腐った優しさでさ。目の前に腐肉があるとするでしょ、兄貴はそれを捨てない。腐肉にも利用価値を見出だし有効的な処理を行う。それを手本にしてるのが他二名です」

「腐肉に有効性など考えた事もない。ただ速やかに廃棄するのみ。……だが、それを攻め手とする容赦の無さが霍悦の強さか」

 民の命など露ほどに意識しない者同士には、その会話すら楽しいのだろう。二人は極悪人一歩手前の笑みを互いに浮かべていた。

「ふっ……そろそろ進むとしよう。楽瑜に手筈通り策を実行させ、商吉とブイズには遜康へ先行して地の利を得るように伝えろ。私と霍恩はその後に続く」

 承咨は後軍三万を合わせた計七万五千の内、一万を守備に置いて残りの兵は全て動かした。
楽瑜は捕らえた民から二十万人だけを徐々に徐々にトーチュー方面へと解放。その中に計五千もの兵を混ぜて次へ戦の布石を打つ。
商吉ショウキツとブイズは本格的な遜康侵攻の先陣となり、承咨と霍恩は本隊として続いた。
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