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存在と居場所
咖喱お父さんの昔とプリン幼児の今
しおりを挟む午後五時、義士城へ帰還したナイツ一行は文字通り熱い歓迎を受けていた。
「皆、よくやってくれた! 先ずは腹を満たしてくれぃ!」
「っしゃあーい‼」
ナイト、キャンディ、バスナは、最初こそ儀仗兵を並べて堂々たる威風を以て待ち構えていたのだが、ナイトの鶴の一声「腹へったな」が端を発して、
「俺、焼き飯が得意です!」
「何の、私に魚を焼かせたら群州一ですぞ!」
「大将、是非ともこの私に咖喱を作れとお命じ下され!」
「私は父より焼き鳥の極意を教わっています!」
……等という、お前達の本職って兵士だよなと疑いたくなる声が多く上がった。
更には民も便乗して、食材や調理器具を提供。本職の料理人も多数加わって、バスナの止める間もなく一気にグルメ大々会が開かれたのだ!
「……すまん。全力を尽くす暇もなく、この様な出迎えになった」
「……取り敢えず、ただいま」
咖喱飯片手に兵士達から歓声を受けるナイトと、その様子を見ながらキャンディお手製の「豚肉の葱塩焼き」を頬張る涼周と、その涼周を見ながら満足げな笑顔を浮かべるキャンディをおもむろに無視して、ナイツは項垂れるバスナに帰還の言葉を掛けた。
「…………で、それは何?」
「すまん誘惑に負けた」
だが次の瞬間、ナイツはバスナの左手にある蛸焼きに視線を向けて言い放つ。
バスナはバスナで背を正し、これに関しては堂々と即答。そんなに蛸焼きが好きなのか。
「若、李洪殿、韓任殿! 城下の名店「天好剣」の野菜炒めですよー! 並ぶのに苦労しましたよ、冷めないうちに頂きましょっ!」
姿が見えないと思っていたメスナは十数名の兵と共に、懐柔されて帰って来た。
「皆の分もあるよー!」
彼女は野菜炒めが乗った大皿を二つ持って現れ、ナイツ達のいる馬車の床板に置く。
その後に続く兵達も様々な焼き料理を運び込んだ為に、馬車内は一気に豪勢な食卓と化す。
「若、有り難く頂きましょう」
李洪が若干の笑みを浮かべて提案し、韓任も同意を示す。
夕飯にはやや早い気もするが、香ばしい匂いに腹が空いてきたのも事実。
「父上があの調子では報告もできないしな。……食べるとするか」
ナイツは周りの者に続く様にして箸をとった。
全軍が城を目前にして進軍の足を止め、出来立ての食事に舌鼓を打つ。
荷台上で食を囲むナイツ達も美味なる料理の数々に思わず箸を進めてしまい、食べながら戦の詳細な報告をナイトに先んじてバスナに伝える。
具体的な戦闘状況や敵味方の被害等は当然、皆が最も語った事は、初陣でありながら多大な活躍を見せた涼周の存在であった。
「童が放った魔力砲が……あのマドロトスを退けたとは、少々信じ難い話ではあるな」
ナイツの血を吸収して自らの力へと変えた涼周が、魔銃の全力を引き出してマドロトスをも負傷させる強大な一撃を放った事に、バスナは怪訝な表情を見せる。
彼が横目を涼周に向けた時、涼周はプリン伍長から再度勝負を挑まれていた。
「……あの小さな体に相当量のプリンが入る事も、信じ難い話だ」
涼周が恐るべきプリンセス又はプリンスである事にも、バスナは疑問を抱いた。
だが数分後には認めざるを得ない結果が生まれ、バスナを含む初見の者一同が唖然とする。
「……俺の取り越し苦労ならいいけど、弟は父上みたいな人格になりそう」
「あっ、それ私も同感です。童ちゃんってなんか大殿に似てますよね」
半眼を作りながら野菜炒めを麦飯の上に乗せるナイツ。
メスナも彼と同じように考えていたらしく、折しも麦飯の上にふきのとう味噌を乗せる。
よいぞよいぞ麦飯はよいぞ、旨いぞとばかりに二人が食べ進める中、バスナは言葉を発する事もなく感慨深そうに口の端を緩めた。
「……どうされたバスナ殿」
珍しい表情を見せるバスナに気付いた韓任が、箸を止めて静かに尋ねる。
「韓任殿、あんたもナイト殿が剣合国を継承する以前からの仲間の一人だよな」
「何を今更言われるのか。確かに継承戦争前の仲間としては一番最後の加入だが、ナイト様への忠誠は貴殿に引けを取らんぞ」
「そんな事は皆が知っている。俺が問いたいのは古参新参、忠誠心の優劣ではない。……韓任殿、あんたがナイト殿に会った時と今を見比べてみて、何か変わった所は――」
「ない」
「だろうな」
安っぽい即答演劇の様なやり取りにナイツら若手組は言葉を失う。
それの何が面白いのか、バスナ一人だけが依然として微妙な笑みを作っていた。
「これを話すのは本当に久々だが、俺とファーリムが南方大陸の出身だということは知っているな?」
「それは父上からも何度か聞かされた。確か二人は南方大陸で勃発した大戦に参加して……大活躍したけど有名になる事をファーリムが嫌って中枢大陸に渡ったとか」
小さな頃からナイトとその仲間達の武勇伝を、ナイト本人に聞かされて育ったナイツ。
今の話題はその中にあり、幼かったナイツは父が語る武勇伝の一つ一つに、お伽噺の英雄を思い浮かべて楽しんだものだった。
「…………そうだな。あながち、間違ってはいない」
バスナはナイツの解釈を聞いて僅かに表情を曇らせた。
だが彼の顔色から察するに、それは尋ねるべきではない事だと容易に分かった。
「ともあれ、俺とファーリムは中枢大陸に渡り、出奔したばかりのナイト殿と京で出会った」
そこも武勇伝の番外編として聞かされている。
ナイトが家出をした数日後の事、京に滞在中の彼は庭園を見ながら優雅に茶と菓子を頂いていた。すると突然、ファーリムとバスナが空からゆっくりと舞い降りて来て、ナイトが「女将! 空からむさ苦しい男の子二人組が!」と言い、女将「ブレーキ!」といった流れで池に落下して鯉の餌になるのを防ぎ、その事に恩を感じたファーリムとバスナは仲間になったのだという。
「ふざけるなあの咖喱野郎! 全然違う内容で伝わっているではないか! しかもむさ苦しいだと!」
両手に咖喱を持ちながらお立ち台の上で舞踊を演ずるナイトに睨みを利かすバスナ。
彼が根っからの苦労人である事を如実に知れる瞬間であった。と言うよりは、ナイトが完全に悪いだけである。
「年を重ねる毎に、あの出会い話は絶対嘘だという感情が強まって今では完全に否定してるけど、最初のうちは二人の事をお間抜けさんだと思っていたよ」
「んな訳あるかっ! 池に落ちて饅頭台無しにしたのはあいつとメイセイの方だ!」
「……メイセイも落ちたんだ」
「……失言だ。忘れてやってくれ」
一拍置いて己の言葉に行き過ぎを感じたバスナは冷静を取り戻して嘆願するも、真実を知ってしまった今は時既に遅し。
ナイツの中にあるメイセイの印象が、渋くて格好良い漢から一瞬にして眼帯ドジっ子君に早変わりしていた。手遅れ極まりない。
「……とも、あれ。何が言いたいかを話すなら、俺が会った時のナイト殿は童と似た気配を放っていたという事だ。とても今の姿からは想像できない程の闇を持っていてな、俺は二人が言った事は正しいと思うぞ」
「父上が闇を? それこそ信じ難い話に思える」
「だが事実だ。深くは俺も語らぬ。……ナイト殿も事実を曲げた笑い話として語るべくを得ない程に、知られたくないのだろう」
「…………」
皆が一様に黙った。
ナイトの語る武勇伝が虚構であり、バスナが嘘をつく人間でない事を皆が知っているからだ。
ナイツは、咖喱を両手と頭の上の計三箇所に乗せて涼周に近付く父に目を向けた。
「……むぅぅ……おしゃけくしゃい……!」
「うおお⁉ 童が喋ったー! けど第一声がそれってなんかショック‼」
「……かれーくしゃい……!」
「言い直さなくていいんだぞ! 寧ろショックだからそれ! しかもその「かれー」って咖喱だよな⁉ 加齢じゃないよな⁉ 加齢だったら父さん泣くぞ‼」
「はふふふっ‼ 言われてやんの。どっちもよ、どっちも!」
「そんな事はないだろ! ほら、ナイツ達を見送った後に森の中で抱き合った時には――」
「ど阿呆ーー‼」
冷静さを失って口走ったナイトにキャンディが一喝粛清。咖喱が乗っていなければ更に蹴りも加わっていた事が予想できた。
「あの咖喱野郎、俺が大変だった時に何してやがんだ」
夫婦の珍喜劇を前にして多くの者が笑う中、バスナ唯一人だけが額に青筋を立てる。
「ふ……ははっ」
報われない苦労人の珍しい表情を二度も目にしたナイツは、乾いた笑い声しか出せなかった。
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