大戦乱記

バッファローウォーズ

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ナイツと童

李醒の作戦

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 義士城を出て四時間後、ナイツ率いる一万三千の援軍は保龍東部の東鋼城塞を視野に入れていた。
進軍中に戦の経過報告を受けた将達は燃ゆる山を見て動揺することはなく、兵士達を消火作業の応援に向かわせた。

 そして李醒が居る本陣に向かい、同人及び追撃から引き上げたばかりの遼遠と面会する。

「若君、援軍痛み入ります」

 李醒に続いて遼遠も拝礼し、ナイツの援軍に感謝を示す。

「率いてきた兵達は消火活動に当たらせたけど、それ以外に優先する事があれば即座に手配するよ」

「いえ、消火に人手が足りておりませんので、そのまま従事させて下さい」

 顔を上げた李醒はナイツの目をしかと見る。童や亜土雷ほどではないにしろ、この男も他者を気圧させる眼光の持ち主だった。
ナイト曰く、亜土雷の生まれついた目とは違い李醒のそれは故あっての事だそうだ。
父について知っていても語らない李洪の呆然とした様子から察するに、その故とはナイトとの放浪中にあった出来事だろうが、今は関係のないことだった。

 ナイツは李醒に今後の動きを尋ねる。

「方元、槍丁の後軍二万が後に続く事になってはいるが、具体的な日時はまだ定まってないそうだ。そこで……俺達だけで敵を押し返すしかないと前提した上で、明日以降の戦いについての作戦を問いたい」

 ナイツの心意気や良しとばかりに、李醒は力強く首肯した。

「若君の軍には消火後の東山に陣を敷いていただきます。この図を参考にして、防陣を構築してもらいたいのです」

 李醒が広げた防陣図をナイツ達は見る。
兵数と兵種の配備から部隊動線、各段ごとの敵への対処法、効果的な高低差等々が緻密に描かれた図面を彼等はまじまじと見つめ、各々が感嘆の息を吐く。

「これは真っ向から敵を防ぐ陣形だな」

(……やば、私はちょっと分かんないや)

 メスナは多少の難色を示し、ナイツが図面を理解している様子を見て苦笑を浮かべた。

「はい。自然の盾と成りうる木々を無くす事を代償に敵主力を消滅させた為、残念ながらあの山の防御力は期待できません。ですがそこは……」

「単純な戦力の多さ、高低の利、防陣の頑強さで補う……だな」

「如何にも。私の直下兵と遼遠の守備隊は現状の配置で手一杯ですので、純粋に敵を防ぐ事のできる兵力がありません。マドロトスが再度進撃すれば、必ずこの東山に攻め寄せます。……正面きった激戦となりますが、宜しくお願いします」

「了解した。李醒達の動きについても聞かせてもらえるだろうか」

 李醒はもう一度大きく首肯した。
彼もバスナ同様に真面目者を好む傾向にあり、ナイツに対して彼の父以上に話しやすいと好印象を抱いている。

「勿論です。先ず私ですが、絶えずこの二の門にて陣頭指揮に当たります。遼遠には西山の守りを任せていますが、敵の戦力が東山に集中若しくは敵軍後方に乱れが生じたのを機に逆落としによる反撃に移らせます」

「敵軍後方の乱れと言うと……別動隊を敵の背後へ回らせているのか?」

「私の直下騎兵五百と遼遠隊の騎兵一千を敵軍の周囲に飛び回らせています。彼等の役割は敵陣地に残る守備隊とマドロトス本隊への牽制のみ。敵に詰められれば撤退します」

「だがマドロトスの視野は狭く、広範囲での撹乱行動を受ければいずれは対処できなくなり、隙を見せる……だな」

 狭い視野内での接近戦を十八番とするマドロトスには、李醒の様な広域に及ぶ指揮能力はない。電撃作戦が失敗に終わった今、彼は補給路の確保と李醒の奇襲に備える為に見通しの良い平野まで後退し、後方に拠点を置いて進撃する構えをとっていた。
李醒はそこを逆手に取り、マドロトスと拠点の連係を妨害する事で全体の崩壊に繋げようと考えている。

「如何にも。その時には改めて指示を出しますが、若君の軍にも攻勢に回ってもらいます。故に、この図に記した通りの兵数を各所に配置し、残った兵を攻撃部隊として待機させるようにお願いします」

「了解!」

 ナイツは六華将ハワシン・マドロトスに一泡吹かせてやると意気込んだ。

「最後に一つ。マドロトスは主力部隊を失いましたが、奴自体は健在。相対した際には正面から挑まず、無理に戦線を支える事もなく後退をしていただきたい。その反面、勝てる相手には遠慮なく挑むようにお願いしたい」

 李醒の考え方はナイツと全く同じものだった。
自分達も出陣に先立った軍議でマドロトスへの対処法を定めていた事を李醒に伝えると、彼はそれが正しいとして再度大きく頷いた。

「では俺達は東山の消火に向かう。一刻も早い陣地構築と地形把握をしたい」

 迅速な防陣の建築は防衛戦の基本。予定より一刻先んじて構築出来れば、浮いた時間に一つの机上の空論と言える弱点を補え、ひいては味方の犠牲軽減に繋がる。
地形を頭に入れておく事も用兵家にとっては必須作業だ。南亜会戦の折、奪取したばかりの丘の地形を、完全に把握する時間がなかったバスナは経験則の布陣に頼らざるを得ず、結果として予想以上の敵の侵攻を許してしまった。

 李醒はその事前準備がどれほど大事な作業であり、多くの時間を要するかを深く知る。
故に彼は、マドロトスでさえしないであろう地味かつ面倒な作業の重要性を、ナイツが若くして理解している事に感心した。

「二の門守備隊三千の中から一千を応援に回しましょう。水、兵糧、木材等も直ちに配送させます」

「ありがとう。でも先に、水と木材のみを送ってほしい。兵糧は数日分を持参しているから後々で充分だ」

 李醒の気遣いに感謝するナイツは韓任達を連れて本陣を後にした。

「あれ? いつの間に……」

 そして任地となった東山に向いて歩き出した時、ある事に気付く。
先程まで轟々と燃え盛っていた山から火の気配が消え去り、数十本の黒煙を上げるまでに落ち着いていたのだ。

「えっと……韓任」

「はい、何でしょうか」

「李醒に木材だけを優先的に送ってねぇ……って伝えてくれる?」

「承知いたしました」

 迅速過ぎる鎮火に拍子抜けしたナイツ。
今日一日を消火活動に当てざるを得ないと予想していただけに、視界の先にある山の状態を見て狐につままれた気分だった。

(一体誰がどんな指揮を執ったら、これ程早い消火ができるんだ? もしかして消火活動に当たらせた将校の中に隠れた逸材がいたのか)

 韓任、李洪、メスナ、賀憲の誰一人として具体的な指示は出していなかった。ただ、現場にいる指揮官の指示の下に動くようにと伝えただけだ。
だが一時間ほど目を離した隙にこの状況になったという事は、既に東山に居た人物の力ではない。
となれば、輝士隊かバスナ隊の中に手際の良い優秀な人材が眠っている事となる。

 韓任に李醒への言伝てを頼んだナイツは現場に急行した。その心の内は動揺が半分を占め、残る半分が期待であった。
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