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ナイツと童
その趣味はどうかと思う
しおりを挟む軍議の間
風呂から上がったナイトは諸将を集めて沛国戦の報告、安楽武へ任せた交渉内容、今後の方針、戦後処理などを話し合う。
当然、その中には幼子の処遇に関する内容もあり、バスナと方元は全面的に反対。当初は従っていた槍丁と亜土雷も考えを改め、この子供を手元に置く危険性を説く。
輝士隊の将達も得体の知れない子供をナイツの弟として迎えると聞いた途端に難色を示す。
だがその中にあってナイツのみが安楽武と同じ賛成派に属した。
尤も彼の場合は、ナイトが持つ「人を視る才能」がどれ程のものか知りたいという理由あってこその判断だ。
「……むむむ、賛同者は今のところ軍師と息子のみか」
ナイトは皆が言わんとしている事を理解はしていた。
然し自分の才能に絶対の自信がある事も事実。
仲間達の諫言を信じるか、自らの目を信じるか。ナイトにとっては悩ましいものであった。
「……そこまで悩むならファーリム、フォンガン、メイセイ、李醒、淡咲達にも聞いてみたらどうだ? 要所を守る彼等の考えは俺達より鋭いものだと思うぞ」
「なら決定よ」
軍議の間の扉が開かれ、渦中の人を連れて現れたキャンディがバスナの提案に答える。
彼女は黄色の軽装着の上にバスローブを羽織り、見覚えのある白い上着を着込む子供の手を引いていた。
「ファーリム、フォンガン、淡咲の三将はきっと賛成するでしょうから。勿論私もだけど」
「……根拠は?」
「ファーリム殿と一番関わり深い貴方が聞くの? ……理由は私を含む四人ともがジオ・ゼアイ・ナイトの目を信じる気楽者だから。逆に貴方達は頑固者ね。将軍としては後者の方が望ましいけど」
「……」
言われて黙るバスナ。
キャンディが言った事は正しく、反論の余地がなかった。
(確かに、ファーリムとフォンガンならナイトに従う云々と言いそうだ。淡咲殿は……想像したくはないが、おやおや私に聞くですか? とか言って反対しなさそうだな)
バスナは想定される反応を思い浮かべ、自分や方元が俗に言う保守派である事を理解する。
「……この話は追々決めるとしよう」
本人の前でする話題ではないとして、ナイトは決定を先延ばす。
諸将もそれには同意を示し、今しがた現れたキャンディと子供の方に向き直った。
「それにしても母上、えらく懐かしい服を出してきましたね。もう捨てたものとばかり思ってました」
ナイツが指差したのは子供が着ている白い上着。
それは中央のファスナーを鏡とする様に、首元から左右の腰にかけて黒い曲線が対称に走っているシンプルな物で、かつてナイツが着ていたお古なのだ。
「勿体ないでしょ。まだ使えるのに捨てるなんて」
「いえ、その子供以外に着れないから捨てたのかと思って……」
「次期大将の幼き頃の服なら、困った時の軍資金の足し程度にはなるでしょう」
ナイツの隣に座っていた韓任がお茶を吹き出した。
差し詰め、そういった意味で残してたんかいっ! という感じだろう。
その反応を見たキャンディは親指を立てて笑顔を見せた。
「……理由はともかく、物を大切にする事は良い心構えだな。だが、そいつが履いているズボンはナイツ殿の物ではないだろ?」
「確かに俺も初めて見たな。その……妙な露出をつくっていて結局隠れているズボン」
バスナとナイトが、子供の履く黒色の長ズボンについて尋ねると、キャンディは妖しい笑みを浮かべて目を輝かせる。
「これはナイツに履かせようと思っていながら、その出番に恵まれなかった悲運の一物よ」
本来ナイツのお古となるべきだった長ズボンは、左右の腰下に逆二等辺三角形の穴が空き、そこから白地の布が見てとれる変な物だった。
「母上、そのズボンの中はどうなってるんですか?」
「はふふっ……気になるの? 変態さんね」
「はっ?」
ナイツは自分が着用していたかもしれないズボンの構造が気になった。
あの穴は一体何の役割を持ち、内部から見える布は何なのかと。
然し、純粋な疑問にもキャンディはまともな答えを返さなかった。
「どうもなってないわよ。単に腰に巻いた布が覗いているだけ」
「下着の上に布を巻いて、その上にズボンですか。何とも動きずらそ――」
「違うわよ。この子が下着を頑なに拒むから仕方なく布を巻いただけ」
「……では腰布の下って……」
否、まともな答えを返さなかったのではない。答えがまともじゃなかったのだ。
「何想像したかは分かるわよ変態息子。でもその通りよ変態息子。私だって誤算だったんだから変態息子。本当は下着と太腿が半々で開帳する筈だったんだから変態息子。全くもって残念だわ変態息子」
「変態変態と連呼しないで下さい。抑々そんな物を幼い俺に着せようと企み、その願望が果たせなかったから他の子に着用させる母上も相当な変た――」
「知らないわそんなこと」
「……」
都合の悪いことは我知らず。
キャンディは息子の言葉を遮って堂々たる仁王立ちを見せる。
更に質が悪いのは、現在のキャンディは上機嫌この上ない事だ。
「それよりもこの子ね、凄いのよ!」
子供の背後に回ったキャンディは細い両腕をおもむろに掴み、数度に亘って万歳させる。
興奮ぎみな彼女に反して、終始無表情な子供がとても対称的だった。
「奥がそんなに誉めるのは珍しいな。入浴中に効力を発揮する魔法でも会得していたか?」
「魔法じゃないぶんもっと凄いわよ! この子、顔もだけどそれ以上におへそが可愛くて!」
「へそぉ?」
表情に花を咲かせる妻の発言に、ナイトが荒っぽい疑問を投げ掛ける。
へそが一体何だ、どうせなら湯を酒に変えてくれ。亜土炎と槍秀は大将が見せた怪訝な表情からその内心を察すると同時に、口の中に酒が満たされた感覚を思い出して机に突っ伏した。
普段であれば部下の異常を気に掛けるキャンディだが、この時ばかりは自己回復に任せ、己の欲望を抑える事に専念する。
「もうグリグリする気持ちを抑えるのが大変で大変で! 思わず頬擦りしちゃったわよ!」
そう言いながら右人差し指で、子供のへそ辺りを上着越しにグリグリ。自分の左頬を子供の右頬に押し付けてズリズリ。挙げ句にはモチモチしている子供の尻を揉みしだき始めた。
最早抑えているのか、そうでないのか理解不能な言動である。
依然として無表情を極め、身動きすらしない子供の様子を見るに、キャンディのスキンシップは敵意あるものではないと理解はしている模様。
「……父上」
「おぅ、まぁ……あれだ。奥も大概変た――」
良いお人形にさせられている子供に同情の眼差しを向けようとするナイト父子。
だが、キャンディはまたもや言葉を遮って己の異常性を無理やり正当化させる。
「うるさいわよ貴方達」
「……」
キャンディの好きな様にさせるしかないと、夫と子は思う。
諸将もキャンディに世話になっている恩義から彼女に口出しする事が叶わず、子供の加入は半強制的に決定した。
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