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ナイツと童
父と息子と貴方と奥
しおりを挟む「沛国攻防戦にて律聖騎士団を撃退したナイトは本拠地・群州にある義士城へ帰還した。出兵から六日後のことである。
ここであの御方は後に義兄となる存在と対面し、彼の親指を握ったという。
新たな家族の加入より二日後、剣合国軍は覇攻軍の侵攻を受けることとなる。
自領防衛の任を帯びた輝士隊は直ちに出陣し、戦場へと向かった。その軍中に弟君が忍び込んでいるとは知らずに……。
あの御方は兄を得た時の心境をこう語る。
「名も明かせず、口も聞けない程に不安定だった心に一筋の光明が差した瞬間だった」
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梅の月 剣合国軍本拠 義士城
安楽武と別れ、沛国を出たナイトはその日の午後六時に義士城へ着いた。
無数の灯台より発せられる明かりの下、ナイツ、キャンディ、バスナの三名は多くの儀仗兵とともに遠征軍を出迎える。
「とおうっ!」
行きと同じ様に、回転を加えた高跳びでナイツ達の前に降り立つナイト。
違いと言えば旗艦が停泊しているか、いないかである。
「大将、我々の華麗なる跳躍も是非ご覧下さい!」
「やめんか馬鹿共!」
ナイトの妙技に感化されて甲板より飛び立とうとする数名の兵士を、槍丁が怒鳴り声を上げて制止した。
「くっ……! 御意にございます……」
将軍の命令には従う他なく、兵達は馬車の廃材で作った即席の翼を取り外す。
彼等の妙技は見られなかったが、心意気は充分であるとナイトは左親指を立てた。
「……で、その右腕はどうしたの?」
ナイツが父と愉快な仲間たちの行動に呆れている中、キャンディが不意に尋ねる。
その言葉の意味がナイツとバスナには分からなかった。
何せナイトは普段通りの無駄元気を示しているし、幼子に噛まれた傷も白い戦袍に隠れているのだ。
異常を見抜けと言う方が無理な状況に拘らず、ナイトの負傷に気付いたキャンディは流石と言える。
「おぅ、よく気付いたな奥」
「貴方とナイツの血は一般的なものと違う分、独特の匂いがあるって前に言わなかった? で、何なの」
腕を見せるように促すキャンディ。
夫婦の会話からナイトの負傷を察したナイツとバスナも半信半疑で明確な答えを求める。
「実は五時間前に沛国の軍港で……ん?」
ナイトが説明しようとした矢先、艦上から槍秀、亜土炎の声が響き、同時に得も言えぬ不思議な魔力の気配が漂う。
それをナイトは視力で、キャンディは嗅覚で、ナイツとバスナは肌で感じ取った。
「大丈夫だ。何もしないから……あぁっ⁉」
槍秀が止めるのを無視して、甲板より兵達ではない小さな何かが飛び立った。
その何かは着地場所に黒霧を発生させ、地面まで残り三十センチ程度の所で包まれる。
「何だこいつは!」
ナイトの左後ろにゆっくりと足をつけた幼子を見て、バスナが剣を抜こうとする。
ナイツも一拍遅れて幼子の放つ不気味さを感知して剣に手を掛けた。
「どちらも動くな」
バスナとナイツ、それと攻めの姿勢をとった子供を止めたのは他でもないナイト。
彼は身動き一つ見せず、どっしりと構えたまま声を発していた。
艦上の部下達もその声に諭され、停泊に専念する。
「……」
亜土雷以上の眼光の鋭さを見せる子供に、バスナは一層の危機感を覚える。
人を見抜き、その上で視殺しようとする目と、それを当然のように扱う幼子に際限なき不安要素があると捉えたのだ。
「うむ、元気があってよろしい!」
場を落ち着かせたナイトは、そんなバスナの気持ちをよそに子供と向き直り、ごつごつとした左手でその小さな頭を撫でる。
気のせいだろうか、痛み乱れた髪が余計に悪化して見えた。
「……」
腰を据えて警戒の姿勢をとる子供は、頭を撫でられて尚、無表情を貫く。
だが数秒間に亘ってナイトの目を睨みつけた末、彼に敵意が無い事が分かり、直立に改めた。
「おぅよしよし、分かってくれたか」
子供が自分の気持ちを察してくれた事に気を良くしたナイトは、更に頭を撫でまわし始めた。
子供の髪は見るも無残な程に逆立ち、意外と額が広いのだと分かる。
「ん? ……ねえ貴方、その子何か欲しがってない?」
キャンディが再びとある事に気付いた。
男三人衆は彼女の言葉に疑問符を浮かべるが、暫くしてナイトが思い出した様子を見せ、懐から片手銃を取り出す。
「こいつの……うおっ⁉」
その途端、子供がナイトの左手に飛びかかり、瞬く間にそれを奪い返した。
この時点でナイツとバスナには状況の理解ができず、子供は片手銃を大事そうに握りしめるだけで一声も発しない。
堪らなくなったナイツは父に詳しい説明を求め、バスナとキャンディも同じ様にナイトを見つめる。
「実は鹿さんの角が……」
「はぁ? 鹿?」
斯く斯く然々、沛国の軍港で起きた事を正確に語るナイト。
彼もキャンディ達の助けが欲しいらしく、いつもの様なおふざけは一切なかった。……ないはずだ。
語り終えた頃には旗艦の停泊が済み、槍父子、亜土兄弟もその場に駆け付ける。
ナイトを守ろうと武器を構えた彼等を、当のナイトが制したのは言うまでもない。
「……事情は分かったわ。魔具共々この子を調べる必要があることも。……でも先ずはお風呂ね。この子まだ汚れてるし、臭うし、髪だって酷い状態よ。服も着替えなくちゃね」
子供の前まで歩み寄り、膝を曲げて視線の高さを合わせるキャンディ。
角度を変えて子供をまじまじと見つめ、子供も彼女の動きを目で追う。
「奥、風呂も良いが俺の腕を回復してくれ。その子に噛まれてしまってな」
「後々。貴方、体の頑丈さが売りなんだからちょっとぐらい我慢してて」
キャンディは子供の事が気に入ったらしく、容姿から片手銃までを隅々と観察しては笑みを浮かべている。夫の方には見向きもしない執心ぶりだった。
「……それと奥、ムフフな事がしたいんだが……」
「はっ? この場で言うのそれ? …………自分でしてなさい」
「……」
挙げ句には愛の営みまで断られてしまう。
尤も、これに関しては多くの将兵が居合わせる場所で言ったナイトが悪い。
キャンディは一瞬だけナイトに呆れ顔を向けたが、直ぐ様子供に向き直る。
「……とにかく、私はこの子をお風呂に入れてきます!」
背筋を伸ばしたキャンディは子供の手をとると、ナイト達へ顔を向けることなく本城へと足早で戻っていった。
「……グスン」
「淋しいのは分かったから、デカイ奴が港の隅で丸くなるな」
二つの要求を断られたナイトはわざとらしく旗艦と向き合い、その場に体操座りで踞る。
バスナが苦笑しつつ理解を示してやるが、ナイトは独身者に何が分かると取り合わない。
そこで息子のナイツが代わって気遣おうとするが、結果を先に述べると全くの逆効果となってしまう。
「……父上、子供の様に振る舞っても……」
「ふっ……久々に父と風呂に入ろうではないか息子よ」
「酒臭いから嫌です」
「…………グスン」
反抗期とはなんと辛いものであるか。
数多の敵を蹴散らし、多くの将兵を従える偉大な大将ナイトであっても、今はただ虚し泣きをするだけであった。
最終的にバスナがナイト父子を宥め、諸将と共に本城へ戻らせる。
キャンディに一足遅れて本城に着いたナイトは、ナイツより若干年上の若手者を伴って大浴場で酒を飲み交わしたという。
その場に槍秀と亜土炎も招かれ、またも酔い潰された事に槍丁と方元が苦言を呈す。
この一連の珍行動は若手兵の口から「押忍! 酒と熱湯と涙と愚痴の入り乱れ!」という童話で義士城中に広まる事となる。
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