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天命が定めし出会い
恒例の出陣儀式
しおりを挟む「各将兵の見事な奮戦を以て、覇攻軍に勝利したナイト率いる直属軍は帰国。
同時に楚丁州東部の洪和郡に侵攻していた友軍も撤退させ、本拠である義士城で合流を果たした。
南亜会戦より十日あまり過ぎた翌月。次の戦に備える剣合国軍のもとに、同盟勢力の沛国軍から使者が到着した。
自国防衛の為の援軍要請であると知るや否や、ナイトは快諾し、隣国へ出兵した。
「運命の出会いが本当にあるならば、それはあの日の事だ」
あの御方は屈託のない笑顔で、私に語った」
人界歴四百九年 梅の月 剣合国軍本拠・義士城
剣合国軍の北隣に位置する沛国の大将・王洋西は気弱な人物でありながら、義を知り善を施す名君だ。
領民や群臣に慕われ、豊かな国に胡坐をかくことなく、自らの脚で市井を視察する事の重要さを知る治世の英雄。
ただ、昔から子宝には恵まれず齢七十を超えた今も嫡子が無い。
ナイトの祖父・ゲンガの妻が彼の老君の姉にあたる事もあって、ナイトとナイツを我が子、我が孫のように可愛がり、自分の死後は彼等に国を譲る事まで考えていた。
この老君が、実の祖父や父からの愛情をあまり受けなかったナイト及び、両親と従叔夫妻以外を知らないナイツにとって、とても大切な存在である事は言うまでもなかった。
「また重氏の暴君が侵略癖を出したか。いい加減、身の程を弁えてほしい所だな」
軍議の間にて、出陣するナイト達を見送ったバスナは腕を組みながらそう呟いた。
北に南に、更にいえば東と西にも討つべき敵が多いと、正義感の強い彼は静かに怒っている様だ。
隣に立つ方元もその義憤に首肯する。彼もまた、度々の侵略を強行する重氏の存在を疎ましく思っていた。
「奴が見るものは目先の快楽だけ。強力な騎士団の威を借りて豊かな隣国を脅かすことしかできぬ小物よ」
「騎士団の連中も甚だ哀れに思える。代々続く鉄の誓いも……今となっては唯の足枷に他ならない。奴等の中の多くは未だ忠義と仁愛を持つ騎士の中の騎士。下らぬ戦に出されて剣を振るうのは堪らんだろう」
南に剣合国軍、西に沛国軍、北に松唐軍、東にシンシャク川を挟んでビルド軍と周囲に敵を持つ重氏。現当主・重横で六代目となる重氏は代々ファライズの地を治め、精強で知られる律聖騎士団を従えていた。
然し、重横は幼少の頃から傲慢な性格であり、年を取るたびに暴君への道を究める程の悪名高い人物。騎士団の面々による忠言が彼の専横を紙一重で抑えているものの、重氏の滅亡は誰が見ても時間の問題であった。
「民が本格的に苦しむ前に討たねばならんな。……そういえば方元殿。俺が震殿に教えを請う為に不在だった時、マヤ家から使者が来たと聞く。どんな用件だったのだ?」
沛国から援軍を要請する使者が来るより前に、沛国北隣の軍閥貴族マヤ家から別の使者が来ていた。折しも義士城を留守にしていたバスナはその場に居合わせておらず、戻った時には沛国救援の件で城内は慌ただしく、とても聞ける状況ではなかった。
彼は時期的に見て、マヤ家の動向が今回の沛国侵攻に繋がったのではないかと考えている。
話の流れからその考えを察した方元は顎に手を当て、半ば首肯するように頭を前に傾けた。
「うむ。マヤオウ殿が持病の療養に専念する為、家督を長男のマヤケイ殿に譲るとの事」
「ほぅ、あの麒麟児にか」
バスナが目を輝かせ、口元を若干あげる。
「マヤオウ殿も屈指の民政家であったが、その息子達も決して見劣りしない逸材揃いだ。特に長男のマヤケイは百年に一人の英雄と言っても過言ではなく、文・武・仁全てに於いて卓越した才を持つ。次男マヤシィは言動こそ粗野だが、人一倍情に厚く武勇に関してはマヤ家随一を誇る。三男マヤメンはマヤ家の知と政を司る名人ながら、優れた用兵の才を持ち、その技量は二男を抜いて長男に及ぶ。四男のマヤスゥーは…………」
機嫌よく流暢に語るバスナを見て方元は目を瞑る。表面上は何度か頷いて相槌を打つが、内心ではどの様にしてこの長話を切り抜けるかを考えていた。
(儂が言うのも変だが……バスナ殿はこの手の話になると実に長い。無駄な話ではない為、断りづらいのがまた悪質というもの)
政戦両面で頼りになる息子程の同僚は、こと人物評に関しては異様な熱の入れ具合を示す。それが手短で済めばよいのだが、井戸端に君臨する婦人の如くである為、話の長い老人といい勝負であるなと方元は思った。
場所は変わり、本城裏口にある軍港ではナイツ、キャンディに加え韓任、李洪、メスナがナイトの出陣を見送っていた。
「律聖騎士団はいつも通り、重横の我儘に付き合っているに過ぎん。俺達が参戦し、不利と見ればさっと引くであろう。何事も心配無用だ。だから泣くな息子よ」
「泣いてません。それよりも兵達を元に戻してください」
決め顔を作り、息子の心を案じるナイト。対してナイツは自分の後ろで演じられている「激! 漢の涙別れ」なる新喜劇を鬱陶しく思い、父の身を案じるより先に熱演者である兵達をどうにかするように言う。
事の始まりは軍艦に搭乗する兵達を勇気付けるべく、ナイツと行動を共にする輝士隊兵士を扇動したナイトが、彼等を率いて寸劇を披露した事だ。
身振り手振りの大仰な劇は言葉を使うことなく、見る者全て(将軍たちは除く)を心酔させ、皆に親子の情と戦友同士の絆を物語る。普段は事務的な言動で正確性、迅速さを誇る輝士隊が涙ながらに演じれば、それはもう「無敵」の二文字に該当するというもの。如何な名役者だろうと感動に胸を詰まらせ、悪に落ちた輩だろうと江戸っ子顔負けの人情家に更生する。
「大殿はまた一つ、人界史に残る伝説を生み出された! 生きて帰り、この伝説を語り継ごうぞ!」
「戦友、いや兄弟達よ! 皆の想い、確かに胸に刻み申した!」
「この上は重氏の悪漢に劇を見せて感心させる他なし! いざ出陣! 目指すはファライズだ!」
全兵が思い思いの声を上げて己の戦意を高める。
向かうところ敵無しの様相を示す彼等は逸早い出陣を望み、最後まで兵を鼓舞していたナイトに搭乗を求めた。
「では参る、留守を頼むぞ。……とぉうっ!」
求められる声に従い、軍艦に大きく飛ぶ移ったナイト。
回転を含んだ跳躍は優しくも雄々しい風を生み出し、輝士隊の熱き想いを艦上へ運ぶ。
「おお……!」
戦友の想いを直に感じた兵達は一様に身を震わせ、他艦の兵はそれを羨む。
要求を突っ撥ねられ、見事な置いてきぼり感で返されたナイツは額に小さな青筋を立てた。最早何を言っても無駄だと諦めた彼は、早々に恒例の挨拶で送り出すことにする。
「父上、御武運を!」
拳を上下に重ね合わせ、背後の熱狂に消されぬ声量の檄を送った。
「健気なり!」
息子からの変わることのない掛け声と動作に対して、ナイトも変わらぬ応答を示す。
ただ、彼の場合はその都度動作が変わり、今回に至っては右手を水平に振り切って白い戦袍を翻した。
普通の軍であれば、大将が格好つけた後に即出港だろう。
だがそこは剣合国軍である。様になったナイトの姿を目に焼き付けた兵士達は、歓声を上げて更なる盛り上がりを見せたのだ。
「はふふっ、本当に賑やかな事が好きね、あの人達は。正直に言ってどこに盛り上がる要素があるのか全く分からないけど」
「士気が上がるのは良いですが軍も話も遅々として進みません。早く出陣して下さい父上。……まぁ、これは聞こえていないでしょうが」
笑顔のままで辛辣な事を言うキャンディと、仏像界の模範的無表情を見せるナイツ。
母子ともにナイトの身の心配は一切していなかった。それはナイトを信ずるが故か、はたまた呆れ果てた末か。最も傍に控える韓任達ならば、当然ながら前者に当たるだろう。
十分以上に亘って雄叫びを上げ続けるナイト達に痺れを切らしたのであろう、軍師の安楽武が独断で出港の汽笛を鳴らさせる。
漸く出陣したナイト率いる三万五千の軍勢は、ブーイングの嵐と共に義士城を後にした。
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