大戦乱記

バッファローウォーズ

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若き英雄

戦死という救い

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 バスナ、郭滔、留易達は黒染の兵に完全包囲され、各々が手に余る強敵によって討ち取られる危機に陥る。
その中で最も早く、死に面した者はバスナだ。全力を出し切ることで何とかウォンデと戦ってはいるが、対面の敵に全神経を回している彼にはもう一人の六華将を相手にする余力など一縷も無い。

「さて……頂くとしますか」

 黒染の吊り上がった目が御馳走を捕捉。次の瞬間には奇声を上げて駆け出し、今度こそは誰にも邪魔されないという確信を胸に抱きながら、食材に感謝の言葉を掛けようとした。

 だが、狂喜に顔を歪める黒染の背筋に突如として強烈な悪寒が来襲。
本能的に命の危険を察知した彼は御馳走云々言う事も忘れ、全力でその場から飛び退いた。

「十億ソォォーーード!!」

 直後、敵味方に疑問符を浮かばせる掛け声とともに、黒染の眼前に魔力で生成された漆黒の巨剣が振り下ろされた。
宮殿の大黒柱並の直径がある巨剣は、大地に亀裂を走らせ、下敷きにした黒染直下兵を塵も残さず粉砕した後、光の粒子となって消滅。

 轟音と震動が全将兵の意識を支配し、戦いが一時的に中断される程の大技を前にした黒染は、怒りを通り越して純粋な恐れを抱く。

 皆がその規格外な一撃を繰り出した者を見るべく、一直線上に続く亀裂の大本に目をやれば、そこには馬上にて豪快に笑う男の威風堂々たる勇姿があった。

「はっはぁ! 友軍内をこそこそ進むより敵中を突破した方が早かったな!」

 剣合国軍錝将軍にして、「武神将」の異名を持つファーリムが静まり返った戦場に己の声を響かせる。
彼は黒染から二百メートルほど離れたサキヤカナイの真っ只中よりバスナを援護したのだ。

「もう少しだけ待ってろよ。今行くぞ!」

 敵味方から動揺が広がるより前に馬を走らせ、亀裂に沿って敵中を単騎駆ける。
黒染隊の兵は誰も彼も愕然としたままに阻むことを忘れ、黒染本人の指示すら遅れていた。
彼等がまともな対応を見せ始めるまでの数十秒。ごくごく僅かな時間なれど、ファーリムには十分であった。馬に魔力を送り込み、一時的に全ての筋力を強化することで、一般的な駿馬の速さを科学的な段階まで飛躍させる。憂慮すべきは強引な加速に慣れない馬に過大な負担を掛ける事だが、その手の馬術にもファーリムは精通していた。

「良き馬だ。今度、極上の燕麦を喰わせてやるぞ」

 敵中を疾駆する事に恐れを抱かず、興奮しすぎる事もない。大地を切り裂く一撃も、初めての肉体強化にも必要以上に驚かず、よく騎手の心を察して動く。

 バスナの下まで駆け抜け、迫り来る黒染を一太刀で弾き返したファーリムは足を止めて一息つくように、馬のたてがみを優しく撫でて労いの言葉を掛けた。

「ふん、ナイトに仕える筆頭軍狗のお出ましか。この際お前を壊した方が良さそうだな」

 二対一を避けるためにバスナと距離を置いたウォンデが、魔剣を構え直して標的をファーリムに改める。
先ずは下劣かつ挑発的な物言いを投げて逆上を誘う。魔力を乗じた威圧が通用せず、剣の腕に於いても自らと互角かそれ以上のファーリムと戦う事は、バスナを相手に常時優勢であったウォンデでさえ厳しいもの。それ故に怒りを覚えさせる事で戦いのペースを自分側に引き込もうとしたのだ。

 然しながらファーリムは見え透いた挑発にかかってやる程、お人好しではない。寧ろ敬愛する主君が大切に思っている息子と、長年生死を共にした掛け替えのない戦友を同時に傷付けたウォンデに、内なる殺意を抱いていた。

「ふんと言われれば、んふぅと返すまでだ。……壊し屋ウォンデ、相も変わらず自分より圧倒的に弱い相手しか壊せぬ弱将め」

「何ぃ! 狗風情が人様を罵るか! 身の程を知らせてくれる!」

 ファーリムの挑発返しは見事に成功した。その流れる様なやり取りは、獄死獄死獄死Ⅷを彷彿とさせる。
さしずめ勇猛値 七(最大)、冷静値 零(最低)、特技「威風」「挑発」持ちのウォンデが、特技「反計」持ちのファーリムに対して計略の挑発を仕掛けるものの、その手には乗らぬぞとばかりに計を返され、自分が逆上状態に陥ったという場面だ。

(乗りよった……簡単に乗りよった)

 笑う事もできないぐらいの浅短さに呆れるファーリムだが、奴の実力は本物と心して掛かる。

 「夜襲の壊し屋」の異名を持つ狂将ウォンデと、「武神将」の勇名で讃え慕われる錝将軍ファーリム。両軍を代表する将の一騎討ちが繰り広げられると知ると、黒染隊の兵士達は直ちに遠ざかり、巻き添えを回避する。

「完膚なきまで壊してくれる!」

 サキヤカナイ随一の猛将ウォンデの戦闘理由は至って単純だ。目につくもの全てに己の剛力を示す事、それだけである。ただ一点補足するとすれば、無力化若しくはそれに近い状態の相手を、人と認識できぬまでの肉塊にするという行為に至上の悦びを感じる事だ。
彼が夜襲を好み、異名に語られるまで繰り返すのは、その性質故。
完全なる強者至高主義者であり、覇梁の狂心的臣者一番乗りと言ってもよい。簡単に言えば黒染に負けず劣らぬ変態にして、バスナが忌み嫌う者の一人。

 ファーリムは愛用する天下の名剣「グヴォーツィント」を突き出す形で構え直し、剣先に魔力を込める。
至極平然なファーリムの構えには一分の隙も感じられず、とても人外の化物に相当する敵と対峙しているとは思えない。

(決まるぞ!)

 久々の友の本気に、疼き出した左瞼の痛みも忘れて見入るバスナ。
ファーリムの秘奥義は大剣豪中の大剣豪であっても加減が利かず、相対する敵を一刀の下に消し去る威力を持つ。
だが、それと同時に禁忌とされる領域の一歩手前まで達してしまう為、今まで衆目に晒される状況での使用は避けていた。
その技を今、この場で繰り出すというファーリムの今後に備えて、バスナは踏み出す姿勢をとる。

 然し、ファーリムとウォンデが間合いを詰めきるより先に、突如として覇攻軍本陣から退却の銅鑼が鳴り響いた。

「引けだと⁉ 何故だ!」

 手綱を力一杯に引いて馬を急停止させたウォンデが、苦々しげに声を荒げる。

「……ウォンデ殿、覇梁様の御指示です。引き上げますよ」

 攻撃的な気配しか醸し出さない暴力狂将の手綱を引くのはインテリ狂将の役目であった。
予定より早い撤退命令にも動じる素振りを見せない事から、彼もファーリムの参戦が目的達成を難しくさせたと判断したのだろう。

 されど、易い挑発に乗って激情に駆られた結果、良くも悪くも高揚感で満たされたばかりのウォンデはこの指示に不服を唱える。考えたくはないのだが、彼になって考えれば、このドウドウは不愉快他ならないものだった。
全力の死闘を演ずるに値する敵と相対した途端に侮辱し返され、破壊者の所以を思い知れとばかりに馬を走らせれば引き返せである。消化不良甚だしいだけでなく、首級を上げずして敵に背を向ける事はウォンデにとって最大の恥辱に該当した。

「ウォンデ殿、気持ちは分かりますが大将命令です。部隊の許に戻って兵を引いて下さい」

 澄まし顔で知った口を利く黒染を、ウォンデは無言で睨み付ける。
その目に殺意はこもっていないが、「絶対に俺の気持ちが分かる訳ないだろこの変態」とでも言いたげな、彼に似合わぬ冷めたものが感じられた。と言っても両人とも、何人ですら理解できない変態である事に変わりはない。

「……今回は見逃すぞ狗ッコロ。我等が大将に感謝しておけ」

 黒染に宥められたウォンデは、実に安っぽい捨て台詞を残して馬首を返す。
行き場のない怒りを僅かにでも晴らそうとしての言葉であったろうが、その高圧さが如何にもな小物感を演出しているとは気付かないのだろうか。

 ともあれ、大将命令に従わざるを得ないウォンデは本来の持ち場に戻り、彼に先立って黒染は兵を下げ始めた。
当然ながら郭滔、留易達の包囲も解かれ、彼等は一目散にバスナとファーリムの許へ駆け付ける。

 その中にあって、尚も変わらぬ動きを続ける将兵がいた。軍とは言えぬほどに数を減らした輙之文率いる輙軍である。
彼等は正に死兵。覇梁の為ではなく、人質となっている家族の為に戦い、そして死ぬのみだ。バスナが言ったように退路など始めから存在せず、仮にあったとしても自らの命を救って子の命を絶つようなもの。
彼等がこの期に及んで恐れるものは唯一つ、死を覚悟した彼等をこの世に引き留める救いの手である。

「勝敗は決した! 輙軍の者達よ、降れ!」

 故にナイツが降伏勧告するや否や、輙軍の兵士達は示し合わせたかの様に一人一人が怒号を上げて生への執着を掻き消した。

 その鬼気迫る拒絶に付け入る隙がないと見たナイツは、輙之文を討つことを決める。
降伏も許されず、限界を超えてまで戦わなければならない彼等を救うには、これしかないと。

「……お前達の想い、確かに受け取った。だからもう楽になれ」

 ナイツは息も絶え絶えに満身創痍で戦う死兵の中に突っ込んだ。
将が何処に居て、どれだけの味方が存命しているのかを把握する余力さえない者達を、次々と討ち取っていく。

(……皆……すまな……い)

 輙之文は最後の力を使って死んでいった部下達、生還を望む家族に贖罪の念を抱いた。

 彼の目前にまで迫ったナイツは、その想いを察する事はできなかったが、僅かに緩んだ表情を看取るように一呼吸置いて、首級を上げる。

「楚南の将・輙之文、ナイツが討ち取った!」

 魔力を乗じない素の肉声が、この地での終戦を告げた。
士気の要たる輙之文を失った事を肌で感じた残兵達は、限界に従って一人残らず崩れ落ち、文字通り全滅をきたす。それを見届けた覇梁は全軍に総退却を命じ、楚南方面への撤退を開始した。

 ここで背を見せるサキヤカナイに対して、剣合国軍は追撃の好機を得る。
だが前線の指揮官であるバスナは重傷を負い、ファーリムは秘奥義の影響で心ここにあらず。ナイツの輝士隊だけでは寡兵が過ぎ、ナイトの後方軍は未だ再編成が整っていない。
これら諸々の要因により剣合国軍は追撃を断念。これ以上の侵攻も不利と判断した結果、彼等も自領への撤退を決めた。

「……命を捨てられし憐れな者達。再び人界を統一し、お前達みたいな犠牲者を要しない世を築く為に……今はただ、礎となってくれ」

 鮮血に染まった紅の野に佇むナイツは部下に届かぬ声量で、今さっき眠りについたばかりの輙軍に弔いの言葉を掛けた。
死に際にあった彼等が幾許の無念を抱いて息絶えたのか、推し測る術を知らないナイツは、その死を己が大望の糧とする事で理解したのだ。



「人界歴四百九年 福寿草の月
楚丁州南亜の地にて、鉱平原に侵攻した剣合国軍と輙氏を主力とした覇攻軍の戦は、両軍の痛み分けといった形で終結した。
剣合国軍は輙軍二万の中、一万六千を討ち取り、残る四千を捕虜とした。
然し後続のサキヤカナイ三万との戦いで主将軍バスナが負傷。当初の目的であった覇攻軍の食糧貯蔵庫急襲も実質的に不可能となり、撤退を余儀なくされる。猶、剣合国軍の戦死者総数は五千名程であったという。
この戦により、楚丁州南部・楚南の豪族輙氏は没落。以後は戦史から姿を消すが、一族の者は覇梁、ナイツ、天仁王と時の権力者の庇護を受けた」
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