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11話
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やっとの思いで視線を逸らす。
「……俺はまだ叶向のこと好きとかわかんねぇよ」
「うっ……」
「ど、どーした⁉︎」
「秀さんがいきなり俺の名前呼ぶから、心臓に悪いですよ……」
「お、おう……つかそっちから呼べって言ったじゃねーか」
「言いましたけど、まさかそんな直ぐに呼んでくれるなんて……。秀さんのことだからもっと照れちゃって、なかなか呼んでくれなくて焦らされるんじゃないかと少し期待してました」
「……相変わらず気持ちわりぃなお前」
いつも通りの叶向の様子に安心したのか、秀はコップに入ったお茶を一気に飲み干すとゆっくり立ち上がる。
「よし、よろっと帰るわ」
「えー」
不満そうに叶向はスマホの画面で時間を確認する。
6月12日(土) 0時52分
「一時になるし帰るわ」
「……そんなぁ、こんな遅い時間に帰るなんて心配ですよ。明日お休みなら泊まってってくださいよ」
「車なんだからへーきだって」
玄関に向かって歩き出す秀の腕を叶向が掴む。
「心配なんですけど」
「大丈夫だって」
「俺が大丈夫じゃないです。好きな人がこんな時間に一人で帰るなんて……やっぱり心配です」
「……俺はお前んちに泊まる方が色々と危険な気がするからヤダ」
「そんなー! まるで俺が獣みたいに!」
「本当のことだろ……」
「何もしませんから、泊まっていきましょうよ。ほんとに、なんにもしませんから!」
「その言い方がもう信用なんねぇんだよな」
ひらひらと手を振りながら玄関へと向かう秀の前に叶向が両手を大きく広げて立ちはだかる。
「正直なことを言います‼︎」
「ど、どーぞ……?」
際ほどと同様に、真剣な表情の叶向に秀は何事かと身構える。
「本当はめちゃくちゃ秀さんとイチャイチャしたいです! あわよくばセックスしたいです‼︎ だから今日泊まっていってください‼︎‼︎」
「うわぁ……」
「そ、そんな顔しないでくださいよ! 俺のことめちゃくちゃにしたくせに!!」
「なっ……!」
「秀さんだって気持ち良かったから、あんな必死に俺を求めてくれたんですよね?!」
「それは……久々だったから——」
あの日のことを思い出し秀はじわじわと顔が熱くなっていくのを感じる。
「とにかく、俺はもうそーいうことはしないって——」
勢いよく抱きついてきた叶向の体を、秀は後ろによろけながらも支える。
「俺が男だからですか? だから相手にもしてもらえないんですか?!」
自身の胸に顔を埋めた叶向の表情を伺うことはできなかったが、ひどく震えた声だけで今どんな顔をさせているのかは想像ができた。
「……ちげーって」
「……」
「しっかり考えるから。時間が欲しい、な?」
優しい秀の声に、叶向はゆっくりと顔を上げると上目遣いで秀の瞳をまっすぐ見つめる。
「……ちゃんと考えてくれます?」
「うん、考える」
「どれくらいかかります?」
「わかんねぇよ」
「俺のこと好きになってくれます?」
「そんなんわかんねぇよ」
「…………嫌いになったりします?」
「……それはねーな」
その言葉に叶向の顔が輝く。
「じゃ、じゃあ、俺のこと恋人にしてくれます?」
「ふふ、お前ほんと……」
コロコロと変わる叶向の表情を秀は素直に可愛いと思っていた。そんな自分の気持ちに驚きつつも、自分のために一喜一憂してくれることが嬉しくて自然と笑みがこぼれる。
「何がおかしいんですか?」
揶揄われていると思っているのか、ムッとした表情の叶向に優しく微笑み返す。
「むくれんなって。明日一緒に行く?」
「い、行くって言いますと?」
秀からの思ってもいなかった突然の誘いに、叶向は戸惑いの声をもらす。
「不動産とか、その他もろもろのデートのお誘いってことですか……?」
「そー」
予想以上に喜ぶ叶向を目にして、照れ臭さを感じながらも素直に答える。秀なりに真剣に叶向との関係を考える覚悟はできていた。
初めこそ同性ということで、嫌悪感を感じていた秀であったが、自身を思う叶向に少しずつ心を動かされている自覚があった。
「……」
「ど、どうしました? そんな熱い視線で俺を見つめてくれるなんて……もしかして俺、この後襲われ——」
「お前を信じていいのか考えてた」
「え? もちろん信じてください!」
「本当か? 本当に信じてもいいのか?」
「もちろんです‼︎」
「なら帰るの面倒だから泊まってくわ。妙なまねしない奴だって信じてるからな」
ニヤリと叶向に笑いかけると、そのまま体を離す。
「あ、え……?」
行き場を失った両手をそのままに、叶向は言葉を探す。
「風呂入りてぇ、先もらってもいい?」
「あ、はい。お風呂はこっちです。着替え用意しておきますね」
「ありがとな」
バタンと脱衣所のドアが閉まると、叶向は早鐘を打つ心臓と今にも喜びに奇声を発したくなる気持ちをグッと抑えてクローゼットのドアを開ける。
普段はMサイズを着用する叶向だが、寝巻きにはゆったりと着れるLサイズを好んで着ていた。
「これなら秀さんも着れるかな?」
取り出したは良いが、秀の着用している姿を想像すると叶向は勢いよく首を横に振る。
「もっとダボっとしたやつの方が萌えるはず……!」
さらにクローゼットの中身をかき混ぜると、以前手違いで購入したLLサイズのスウェットが顔を出した。にんまりと笑みを浮かべると、満足そうにそれを持って脱衣所へと向かった。
* * *
ドライヤーの音に叶向はぴくりと素早く反応する。おそらく着替え終わったであろう秀が使用してると想定し、勢いよくドアを開ける。
「うおっ!」
突然ドアを開けられ、秀は驚きの声をもらす。
「ちょっ、なんて格好してるんですか!?」
「は? いきなりなんだよ」
「じょ、上半身裸なんて聞いてないですよ‼︎‼︎」
視線を前へ向けると、何事もなかったように秀は髪を乾かす。叶向は目を細めたまま、秀の上半身を直視する。
「いつまでそーしてんだ」
髪を乾かし終わった秀は、固まったまま自身を凝視する叶向に向かって呆れながら声をかける。
「目に焼き付けておこうかと思いまして」
「そーかよ」
叶向の奇行にもなれたのか、顔色を変えることなく脱衣所を後にする。テーブルに置かれた麦茶をコップに注ぐと一気に飲み干す。
「あぢ~」
「そ、そんな破廉恥な格好でうろつかないでくださいよ!」
「下はちゃんと履いてんだろ」
「う、上は着てないじゃないですか! ちゃんと置いといたのに」
「ドライヤーしてっとあちーんだよ。涼んだら着るから騒ぐな」
「俺があがるまでは着ないでくださいよ!」
そう言い残すと、叶向は脱衣所のドアを勢いよく閉めた。
カタカタとブラインドを揺らす風はひんやりと冷たく、心地の良い夜だった。秀は麦茶をもう一杯飲み干すと、通知のないスマホの画面を覗き込む。
1時23分
大きくあくびを一つすると、ベッドにもたれかかる。横になりたかったが、部屋の主人が不在のままベッドに上がることに気が引けたからだ。
しばらくベッドの淵に背中を預けたまま、天井をぼうっと見上げながらカタカタとブラインドを揺らす心地の良い風に吹かれる。
ふと、ブラインドの隙間から月が視界に入った。満月ともなんとも言えない半端なその形をぼんやり眺めながら、現実とはとても思えない三日間を思い返す。
叶向の死によって過去へと戻る。タイミングはいつも同じだった。繰り返すことによって、叶向の死を防いできたが、今日は少し違った。
駐車場でのことだ。叶向の手に触れた瞬間、流れ込んできたイメージだ。いつもであれば、そこで叶向が命を落とすことによって時間が巻き戻るが、今日はその前に「死」を回避することができた。
この仕組みさえわかれば、死の運命から叶向を救えると秀は考えた。
「つっても、どーするかなんてわかんねぇよ……」
激しくブラインドを揺らす強い風が吹き、秀は小さく体を震わせる。すっかり湯冷めしたのか、冷えきった体にスウェットを着込む。
「あ、やべ……」
* * *
鼻歌まじりにドライヤーをかける。ドアの向こうに好きな人がいるという現実に、叶向は大層ご機嫌だった。
泊まってくれたこと、明日のデートのこと、何よりも先ほどの自分のことを真剣に考えると言った秀の表情が忘れられなかった。何度も頭の中でフラッシュバックしては口元をだらしなく緩める。
「やっぱ……好きだな」
ドライヤーの音で自分ですら聞き取れないほど小さな声で呟く。髪を乾かし終えると、小さく深呼吸をしてドアを開ける。
「お待たせしましたー」
そこに秀はいなかった。トイレかと廊下を除くが、トイレのドアから光は漏れていない。
「秀さん……?」
返事はない。不安に思い廊下へ出てトイレのドアを開けるが誰もいない。
「秀さん……!」
玄関を見ると秀の靴がないことに気づく。
「え……」
勢いよく玄関のドアを開けて、駐車場を確認すると来客用の枠に秀の車が見えた。安心すると同時に、別の疑問が出てきた。
〝どこへ行ったのか————〟
考えるよりも先に叶向はアパートの階段を駆け降りる。何も言わずに居なくなるような人ではないと分かっているからこそ、最悪なことばかりが頭をよぎる。
駐車場を抜けてすぐの大通りに出ると、叶向は周囲を見回す。どっちへ行ったのかまったく検討がつかなかった。
「……秀さん」
声にならないような小さな声で名前を呼ぶが、返事があるはずもなく立ち尽くす。
「いったいどこに行っちゃったんですか……」
「叶向?」
聞き覚えのある声に勢いよく顔を向ける。
「どーしたんだよ」
そこには、コンビニ袋を片手に心配そうな表情を浮かべた秀の姿があった。
「秀さん!」
駆け寄ると同時に、抱きしめたい衝動に駆られたがぐっと堪る。
「どーしたも何も、こっちのセリフですよ! 急に居なくなるから、俺……心配したんですよ!」
「急にって……ちゃんとメッセージ送ったけど」
「……え?」
叶向はあたふたとポケットを探るが、急いでいた為スマートフォンは家に置きっぱなしにしていた。
「ほれ」
秀は自身のスマートフォンの画面を叶向に見せる。
『コンタクトの入れもん買ってくる』
呆然と並んだ文字を叶向は見つめる。
「入れたままだと寝れねぇんだよ」
「そう……なんですね。すいません。俺、勘違いしちゃって……」
気まずそうにする叶向に珍しいと感じながら、秀はコンビニ袋の中をゴソゴソと探る。
「アイス食う?」
「あ、はい。いただきます」
「バニラとチョコどっちがいい?」
「どっちでも……えと、チョコで」
「ん」
「って、カップアイスじゃないですか! 歩きながらはちょっと違くないですか!?」
「そーか?」
「そーですよ。それに、秀さんは食べないんですか?」
「俺は今はいいや。さみーし」
「寒いって……どーせ上着ないでぼけっとしてたんでしょ」
「……よく分かったな」
「わかりますよ、そりゃ」
渡されたカップアイスを袋の中にしまい直すと、叶向は上機嫌に歩き出す。
「今度から出かける時はちゃんと声をかけてくださいね」
「わかった」
今度なんてない、そう言われると思って言った言葉に対して、秀の返事は叶向にとって思ってもいないものだった。
それがただ嬉しかった。
* * *
「思ってた以上にせめーな……」
「……はい、想像以上でした」
セミダブルのベッドに男が二人、窮屈そうに肩を寄せ合っていた。
「俺的には秀さんとくっついて眠れるので嬉しいんですけど、この密着度でなにもするななんて……逆に興奮します」
「やっぱり床で寝るわ」
「冗談ですって! 床でなんて寝かせられるわけないじゃないですか!」
「そー思うなら気色悪いこと言うんじゃねえ」
仰向けの状態から、秀は叶向に背を向ける体勢に寝返りをうつ。そんな秀の背中を物欲しそうに叶向は見つめる。
「秀さん?」
「ん?」
「秀さんの萌え袖、良いですね」
「そーか」
「はい、ぐっと来ました」
「よかったな」
「一緒のベッドで寝るの、昨日ぶりですね」
「だな」
「ずっと一緒にいれて嬉しです」
「そーかよ」
「明日も一緒にいれるなんて幸せです」
「よかったな」
「後ろから抱きしめても良いですか」
「だめ」
叶向は秀の背中にすり寄る。
「おい」
「抱きしめてはいません。くっついてるだけです」
「……そーかよ」
背中にそっと顔を近づけると、嗅ぎ慣れた柔軟剤と秀の匂いが混じり叶向は大きく数回深呼吸をする。こんな事をしていれば秀から何かしら言葉を貰えるのではないか、そんな期待もあっての行動だった。
叶向の期待とは裏腹に、秀からの言葉はなかった。それが逆に、叶向の行動をエスカレートさせていく。
背中から首筋へと顔を動かすと、無防備な首筋に自身の顔を埋める。
「……秀さん」
「……」
「……秀さん?」
「……スゥ……スゥ……」
秀の顔を覗き込むと、気持ちよさそうに寝息を立てて眠っていた。
「ねちゃったんですね……」
残念に思う気持ちと、愛おしさで自然と笑みがこぼれる。再び秀の背中にすり寄ると、すっぽりと布団をかぶる。
「おやすみなさい」
「……俺はまだ叶向のこと好きとかわかんねぇよ」
「うっ……」
「ど、どーした⁉︎」
「秀さんがいきなり俺の名前呼ぶから、心臓に悪いですよ……」
「お、おう……つかそっちから呼べって言ったじゃねーか」
「言いましたけど、まさかそんな直ぐに呼んでくれるなんて……。秀さんのことだからもっと照れちゃって、なかなか呼んでくれなくて焦らされるんじゃないかと少し期待してました」
「……相変わらず気持ちわりぃなお前」
いつも通りの叶向の様子に安心したのか、秀はコップに入ったお茶を一気に飲み干すとゆっくり立ち上がる。
「よし、よろっと帰るわ」
「えー」
不満そうに叶向はスマホの画面で時間を確認する。
6月12日(土) 0時52分
「一時になるし帰るわ」
「……そんなぁ、こんな遅い時間に帰るなんて心配ですよ。明日お休みなら泊まってってくださいよ」
「車なんだからへーきだって」
玄関に向かって歩き出す秀の腕を叶向が掴む。
「心配なんですけど」
「大丈夫だって」
「俺が大丈夫じゃないです。好きな人がこんな時間に一人で帰るなんて……やっぱり心配です」
「……俺はお前んちに泊まる方が色々と危険な気がするからヤダ」
「そんなー! まるで俺が獣みたいに!」
「本当のことだろ……」
「何もしませんから、泊まっていきましょうよ。ほんとに、なんにもしませんから!」
「その言い方がもう信用なんねぇんだよな」
ひらひらと手を振りながら玄関へと向かう秀の前に叶向が両手を大きく広げて立ちはだかる。
「正直なことを言います‼︎」
「ど、どーぞ……?」
際ほどと同様に、真剣な表情の叶向に秀は何事かと身構える。
「本当はめちゃくちゃ秀さんとイチャイチャしたいです! あわよくばセックスしたいです‼︎ だから今日泊まっていってください‼︎‼︎」
「うわぁ……」
「そ、そんな顔しないでくださいよ! 俺のことめちゃくちゃにしたくせに!!」
「なっ……!」
「秀さんだって気持ち良かったから、あんな必死に俺を求めてくれたんですよね?!」
「それは……久々だったから——」
あの日のことを思い出し秀はじわじわと顔が熱くなっていくのを感じる。
「とにかく、俺はもうそーいうことはしないって——」
勢いよく抱きついてきた叶向の体を、秀は後ろによろけながらも支える。
「俺が男だからですか? だから相手にもしてもらえないんですか?!」
自身の胸に顔を埋めた叶向の表情を伺うことはできなかったが、ひどく震えた声だけで今どんな顔をさせているのかは想像ができた。
「……ちげーって」
「……」
「しっかり考えるから。時間が欲しい、な?」
優しい秀の声に、叶向はゆっくりと顔を上げると上目遣いで秀の瞳をまっすぐ見つめる。
「……ちゃんと考えてくれます?」
「うん、考える」
「どれくらいかかります?」
「わかんねぇよ」
「俺のこと好きになってくれます?」
「そんなんわかんねぇよ」
「…………嫌いになったりします?」
「……それはねーな」
その言葉に叶向の顔が輝く。
「じゃ、じゃあ、俺のこと恋人にしてくれます?」
「ふふ、お前ほんと……」
コロコロと変わる叶向の表情を秀は素直に可愛いと思っていた。そんな自分の気持ちに驚きつつも、自分のために一喜一憂してくれることが嬉しくて自然と笑みがこぼれる。
「何がおかしいんですか?」
揶揄われていると思っているのか、ムッとした表情の叶向に優しく微笑み返す。
「むくれんなって。明日一緒に行く?」
「い、行くって言いますと?」
秀からの思ってもいなかった突然の誘いに、叶向は戸惑いの声をもらす。
「不動産とか、その他もろもろのデートのお誘いってことですか……?」
「そー」
予想以上に喜ぶ叶向を目にして、照れ臭さを感じながらも素直に答える。秀なりに真剣に叶向との関係を考える覚悟はできていた。
初めこそ同性ということで、嫌悪感を感じていた秀であったが、自身を思う叶向に少しずつ心を動かされている自覚があった。
「……」
「ど、どうしました? そんな熱い視線で俺を見つめてくれるなんて……もしかして俺、この後襲われ——」
「お前を信じていいのか考えてた」
「え? もちろん信じてください!」
「本当か? 本当に信じてもいいのか?」
「もちろんです‼︎」
「なら帰るの面倒だから泊まってくわ。妙なまねしない奴だって信じてるからな」
ニヤリと叶向に笑いかけると、そのまま体を離す。
「あ、え……?」
行き場を失った両手をそのままに、叶向は言葉を探す。
「風呂入りてぇ、先もらってもいい?」
「あ、はい。お風呂はこっちです。着替え用意しておきますね」
「ありがとな」
バタンと脱衣所のドアが閉まると、叶向は早鐘を打つ心臓と今にも喜びに奇声を発したくなる気持ちをグッと抑えてクローゼットのドアを開ける。
普段はMサイズを着用する叶向だが、寝巻きにはゆったりと着れるLサイズを好んで着ていた。
「これなら秀さんも着れるかな?」
取り出したは良いが、秀の着用している姿を想像すると叶向は勢いよく首を横に振る。
「もっとダボっとしたやつの方が萌えるはず……!」
さらにクローゼットの中身をかき混ぜると、以前手違いで購入したLLサイズのスウェットが顔を出した。にんまりと笑みを浮かべると、満足そうにそれを持って脱衣所へと向かった。
* * *
ドライヤーの音に叶向はぴくりと素早く反応する。おそらく着替え終わったであろう秀が使用してると想定し、勢いよくドアを開ける。
「うおっ!」
突然ドアを開けられ、秀は驚きの声をもらす。
「ちょっ、なんて格好してるんですか!?」
「は? いきなりなんだよ」
「じょ、上半身裸なんて聞いてないですよ‼︎‼︎」
視線を前へ向けると、何事もなかったように秀は髪を乾かす。叶向は目を細めたまま、秀の上半身を直視する。
「いつまでそーしてんだ」
髪を乾かし終わった秀は、固まったまま自身を凝視する叶向に向かって呆れながら声をかける。
「目に焼き付けておこうかと思いまして」
「そーかよ」
叶向の奇行にもなれたのか、顔色を変えることなく脱衣所を後にする。テーブルに置かれた麦茶をコップに注ぐと一気に飲み干す。
「あぢ~」
「そ、そんな破廉恥な格好でうろつかないでくださいよ!」
「下はちゃんと履いてんだろ」
「う、上は着てないじゃないですか! ちゃんと置いといたのに」
「ドライヤーしてっとあちーんだよ。涼んだら着るから騒ぐな」
「俺があがるまでは着ないでくださいよ!」
そう言い残すと、叶向は脱衣所のドアを勢いよく閉めた。
カタカタとブラインドを揺らす風はひんやりと冷たく、心地の良い夜だった。秀は麦茶をもう一杯飲み干すと、通知のないスマホの画面を覗き込む。
1時23分
大きくあくびを一つすると、ベッドにもたれかかる。横になりたかったが、部屋の主人が不在のままベッドに上がることに気が引けたからだ。
しばらくベッドの淵に背中を預けたまま、天井をぼうっと見上げながらカタカタとブラインドを揺らす心地の良い風に吹かれる。
ふと、ブラインドの隙間から月が視界に入った。満月ともなんとも言えない半端なその形をぼんやり眺めながら、現実とはとても思えない三日間を思い返す。
叶向の死によって過去へと戻る。タイミングはいつも同じだった。繰り返すことによって、叶向の死を防いできたが、今日は少し違った。
駐車場でのことだ。叶向の手に触れた瞬間、流れ込んできたイメージだ。いつもであれば、そこで叶向が命を落とすことによって時間が巻き戻るが、今日はその前に「死」を回避することができた。
この仕組みさえわかれば、死の運命から叶向を救えると秀は考えた。
「つっても、どーするかなんてわかんねぇよ……」
激しくブラインドを揺らす強い風が吹き、秀は小さく体を震わせる。すっかり湯冷めしたのか、冷えきった体にスウェットを着込む。
「あ、やべ……」
* * *
鼻歌まじりにドライヤーをかける。ドアの向こうに好きな人がいるという現実に、叶向は大層ご機嫌だった。
泊まってくれたこと、明日のデートのこと、何よりも先ほどの自分のことを真剣に考えると言った秀の表情が忘れられなかった。何度も頭の中でフラッシュバックしては口元をだらしなく緩める。
「やっぱ……好きだな」
ドライヤーの音で自分ですら聞き取れないほど小さな声で呟く。髪を乾かし終えると、小さく深呼吸をしてドアを開ける。
「お待たせしましたー」
そこに秀はいなかった。トイレかと廊下を除くが、トイレのドアから光は漏れていない。
「秀さん……?」
返事はない。不安に思い廊下へ出てトイレのドアを開けるが誰もいない。
「秀さん……!」
玄関を見ると秀の靴がないことに気づく。
「え……」
勢いよく玄関のドアを開けて、駐車場を確認すると来客用の枠に秀の車が見えた。安心すると同時に、別の疑問が出てきた。
〝どこへ行ったのか————〟
考えるよりも先に叶向はアパートの階段を駆け降りる。何も言わずに居なくなるような人ではないと分かっているからこそ、最悪なことばかりが頭をよぎる。
駐車場を抜けてすぐの大通りに出ると、叶向は周囲を見回す。どっちへ行ったのかまったく検討がつかなかった。
「……秀さん」
声にならないような小さな声で名前を呼ぶが、返事があるはずもなく立ち尽くす。
「いったいどこに行っちゃったんですか……」
「叶向?」
聞き覚えのある声に勢いよく顔を向ける。
「どーしたんだよ」
そこには、コンビニ袋を片手に心配そうな表情を浮かべた秀の姿があった。
「秀さん!」
駆け寄ると同時に、抱きしめたい衝動に駆られたがぐっと堪る。
「どーしたも何も、こっちのセリフですよ! 急に居なくなるから、俺……心配したんですよ!」
「急にって……ちゃんとメッセージ送ったけど」
「……え?」
叶向はあたふたとポケットを探るが、急いでいた為スマートフォンは家に置きっぱなしにしていた。
「ほれ」
秀は自身のスマートフォンの画面を叶向に見せる。
『コンタクトの入れもん買ってくる』
呆然と並んだ文字を叶向は見つめる。
「入れたままだと寝れねぇんだよ」
「そう……なんですね。すいません。俺、勘違いしちゃって……」
気まずそうにする叶向に珍しいと感じながら、秀はコンビニ袋の中をゴソゴソと探る。
「アイス食う?」
「あ、はい。いただきます」
「バニラとチョコどっちがいい?」
「どっちでも……えと、チョコで」
「ん」
「って、カップアイスじゃないですか! 歩きながらはちょっと違くないですか!?」
「そーか?」
「そーですよ。それに、秀さんは食べないんですか?」
「俺は今はいいや。さみーし」
「寒いって……どーせ上着ないでぼけっとしてたんでしょ」
「……よく分かったな」
「わかりますよ、そりゃ」
渡されたカップアイスを袋の中にしまい直すと、叶向は上機嫌に歩き出す。
「今度から出かける時はちゃんと声をかけてくださいね」
「わかった」
今度なんてない、そう言われると思って言った言葉に対して、秀の返事は叶向にとって思ってもいないものだった。
それがただ嬉しかった。
* * *
「思ってた以上にせめーな……」
「……はい、想像以上でした」
セミダブルのベッドに男が二人、窮屈そうに肩を寄せ合っていた。
「俺的には秀さんとくっついて眠れるので嬉しいんですけど、この密着度でなにもするななんて……逆に興奮します」
「やっぱり床で寝るわ」
「冗談ですって! 床でなんて寝かせられるわけないじゃないですか!」
「そー思うなら気色悪いこと言うんじゃねえ」
仰向けの状態から、秀は叶向に背を向ける体勢に寝返りをうつ。そんな秀の背中を物欲しそうに叶向は見つめる。
「秀さん?」
「ん?」
「秀さんの萌え袖、良いですね」
「そーか」
「はい、ぐっと来ました」
「よかったな」
「一緒のベッドで寝るの、昨日ぶりですね」
「だな」
「ずっと一緒にいれて嬉しです」
「そーかよ」
「明日も一緒にいれるなんて幸せです」
「よかったな」
「後ろから抱きしめても良いですか」
「だめ」
叶向は秀の背中にすり寄る。
「おい」
「抱きしめてはいません。くっついてるだけです」
「……そーかよ」
背中にそっと顔を近づけると、嗅ぎ慣れた柔軟剤と秀の匂いが混じり叶向は大きく数回深呼吸をする。こんな事をしていれば秀から何かしら言葉を貰えるのではないか、そんな期待もあっての行動だった。
叶向の期待とは裏腹に、秀からの言葉はなかった。それが逆に、叶向の行動をエスカレートさせていく。
背中から首筋へと顔を動かすと、無防備な首筋に自身の顔を埋める。
「……秀さん」
「……」
「……秀さん?」
「……スゥ……スゥ……」
秀の顔を覗き込むと、気持ちよさそうに寝息を立てて眠っていた。
「ねちゃったんですね……」
残念に思う気持ちと、愛おしさで自然と笑みがこぼれる。再び秀の背中にすり寄ると、すっぽりと布団をかぶる。
「おやすみなさい」
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