クロネコ魔法喫茶の推理日誌

花シュウ

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第3話 裏返された三角形㊤

第3話 05

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 おもんばかるに。

 リニアの疑問は、きっと私が抱えていた違和感の先にあるものなのだとは思う。

 でもだからと言って、そんな何とでも言い繕えそうな不思議とやらを追求することに、いったい何の意味があるというのか。

(これは逃げるが勝ちですかね?)

 そんな思いで、私は速やかな退散を画策する。

 だって仕方が無いでしょう?

 こうしてリニアが意気も揚々と何かを語り上げるときは何時だって、見つけた気になる何かに向かって、私を巻き込みながら突撃をかますときだと相場が決まっているのだから。

 そして今、リニアが目を付けたのだろう標的と言えば──

(時間の無駄にも程があります)

 そりゃそうです。

 カップの向きが右だろうが左だろうが、そんな所を掘り返したところで、目の眩むようなお宝なんて、何も出てくるはずがないのです。

 と、言うわけで。

「すいませんが、私はまだお仕事がありますので」

 口早にそう告げて身をひるがえせば、しかしガタリと響いた物音と共に、後ろから肩口を掴まれた。嘘でしょ?

「まだ返事を聞いていないよぉ?」

 お互いにカウンターを挟んで立っていたはずなのに、どう言うわけかすぐ背後から聞こえた甘ったるい声。
 こいつ、さてはカウンターに乗り上げやがりましたね?

 従業員にあるまじき蛮行の気配を察して、私がギギギと顔を横に向けていけば。
 そこには案の定、身体ごとカウンターの上に乗り上げて、私に向けて右腕を伸ばすリニアの姿を横目に捉える。

 一応は何もない場所を選んでの所業のようではあるけれど、いくらなんでもこれは目に余ります。

「リニア、降りてください。ちょっとお行儀が悪すぎます」

 冷ややかな声でそう言い付けるも、ところが。

「まぁまぁ、良いじゃないかぁ。そんなことよりも、結局どうなんだい? カフヴィナのお悩みも、カップの向きについてなのだろう?」

 しつこい。

 私は一瞬だけ思案してから、手頃な答えを突き返す。

「違います。それに私の考えていたことに対しても、もう特に興味はないので」

 キッパリとそう伝えれば、リニアは顔を大げさに歪めて見せる。

「えぇえ? そうなのかい?」
「そうです」

 私は冷たくあしらいながらも、しかしついつい考えてしまう。

 確かに。確かに。

(まぁ確かに、一瞬だけ考えはしましたけど……)

 思い起こしてみれば、小さな疑問を感じた一瞬はあった。

 持ち手を右に向けられた状態で、ポツンと卓上に残されていたカップ。

 それを利用していたお客様の身体的な特徴を考えるに、その“向き”に関して小首を傾げた瞬間と言うものは、キッチンへと戻る道すがらで確かに存在してはいた。

 だけれど私は、その疑問を『考え出せばキリのない話』だとして、そのまま華麗に受け流してしまっていたりするのも事実。

 だから、余計な詮索は不要です、と。明確で分かりやすい言葉を前面に押し出して、リニアに向けて突き付ける。

 すると。

「そんなぁ」

 私の肩から手を離し、情けない声をズルズルと引きずりながら、大げさな動きでカウンターの上にうずくまって見せるリニアの有り様。

 何の茶番ですか、これ?

「ちょ、お客さんに見られてしまいますよ」

 世間体を気にかけた私が慌てて彼女の肩を揺さぶれば、仰々しくも天板にひれ伏したままのリニアが細々とした声で物申す。

「ああ残念だよぉ。私はてっきり、カフヴィナにもいよいよ、こういう細かい事が気になる悪癖が身に付いてきたのかと思っていたのにぃ」

 何て恐ろしいことを言うのでしょうか、この人は。

「細かすぎます。と言うか、右に向けようが左に向けようが、そんなのは人それぞれでしょうに」

 カップの向きの理由など、どうとでも言える。

 そんな限りなく本心に違いない意見を言葉に込めれば、しかしてリニアは顔を伏せたままの体勢で、ひとつ短く口ずさむ。

「二つ」
「はい?」

 前後の文脈にからまない唐突な数字を聞いた気がして、私は眉間のしわを深くする。
 そんな私に揺すられながらも、リニアは打って変わった淡々とした口調で呟き始める。

「カフヴィナの言うように、確かにカップをどちらに向けようと、そんなのは人それぞれさ。
 そこに理由なんて物を求めれば、それこそ星の数ほどの可能性があるのだろうねぇ」

 カウンターの上に突っ伏したままで表情の見えないリニア。
 そんな彼女の丸まった背中から漏れ出してくる不穏な気配に当てられて、私は思わず身構える。

「そ、そうですよ。そんな事は考えるだけ時間の無駄なのですから──」

「それでも、二つだよ。有り得そうな可能性は、大きく分けて二種類と言ったところなのさ」

 私が口走る否定的な意見を上書きするかのように響いたリニアの台詞。
 私は彼女の肩から手を離し、自分の胸元まで引き寄せる。

 直感した。この展開はまずい。

 しかし、そんな私の慄きかかった心情など知りもせず、リニアがゆっくりと顔を上げていく。

「ねぇ、カフヴィナ。気にならないかい? どうして右腕のない彼が、一度は自然と左向きに置いたはずのカップを、わざわざ不便な右側へと回転させたのか?」

 真っ直ぐに見上げられる上目使いに煽られて、私は気の利いた物言いを挟むこともできない。

 ただただ戸惑ったままで、小憎たらしくさえ見えもする彼女の笑顔を凝視する。

 リニアが続ける。

「無限にあるだろう可能性の中で、実に有り得そうな『彼ならでは』の理由。もしもそんな一つがあるのだとして、ではそれは何なのか? 君は気にならないのかい?」

 う、ぐ。

「まだ確証はないのだけどね。それでも受け皿の上に残されていた痕跡から察するに、私の仮説は一考の余地ありだと思うのだけれど。
 どうだい? 少しだけ話を聞いてみる気はないかな?」

 ニヤニヤと、だけれど飄々と。リニアが向けた意思確認の問いかけに、私は天を仰いで唸り声を言葉にする。

「ああもうっ」

 こうなった彼女は止まらない。
 それはもう、何度となく経験してきた事なのだから、嫌でも分かる。

 私は撤退の失敗を痛感し、改めて視線を降ろしてリニアを見やる。

「分かりました。どうぞお好きに話してください。適当に聞いてますから」

 観念するようにそう告げれば。リニアは左手に持ったままの伝票を揺すりながら、

「おやまあ、これはまた随分と連れないねぇ。
 まぁでも、私としてもまだ確証があるわけでもないし、そうだね。それくらいの心構えで聞いてもらった方が話しやすくはあるかねぇ」

 そんな間の抜けた言葉を、つらつらと口ずさんで見せた。何だそりゃ。


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