クロネコ魔法喫茶の推理日誌

花シュウ

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第2話 書棚の森の中ほどで⑨

第2話 22

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 冷ややかに平然と。
 余りにも常識外れな絵空事を、さも当たり前なことのように語り上げるリニア。

 そんな彼女の言葉を聴き、私は改めて、なるほどと思う。

(確かに……妄想以下の戯言としか言えませんね、これは)

 この会話の冒頭で、自身の仮説を『常識外れの酷い出来』などと言わしめて見せたリニアの考え。
 彼女はこれを『前向きに聞けるのか?』と問い、私はそれに頷きはしたが、しかし。

(いくらなんでも、前向きになどなれません)


 だって、そうでしょう?


 リニアが言う『予め知っている』人物とは、この場所に置いては、リニア以外にはありえないのだから。
 そしてそれは同時に、この手紙に込められたメッセージの正式な受け取り手は、お嬢様ではなくそこにいる──

(そんな馬鹿げた話、信じられるものですか)

 そんな思いに駆り立てられて、私は約束破りを覚悟の上で、リニアの妄言に反旗をひるがえ──

「ま、待ってくださいましっ!」

 私が口を開くよりも一足早く、お嬢様が本日一番の声を張り上げた。

「今のリニアさんのお話を聞きますと、その、その!
 ま、まるで姉の伝えたい事が、わたくしではなくリニアさんに向けられているように聞こえます!」

 そうでしょう、そうでしょう。そんな馬鹿な話が、あってたまるものですか。

 心の全部で持って、お嬢様の物申しに賛同する私。リニアが言葉を返す。

「そうだけど?」

 リニアが告げた端的な答えに、お嬢様の身体が微かに強張る。しかしリニアの涼しげな口調は止まらない。

「実際問題として、お嬢さん。君はこのメッセージの真意を受け取ることが出来なかった。
 見つけ出せたなら伝わるとされ、その通りに二冊の本を見つけ出してなお、君には何も伝わらなかった」


 なぜか?


「やはり答えは、どうしたって明快だね。単純に、お姉さんとやらが発したメッセージの送り先が、君ではなかったと言うだけのことだ」

 リニアの言葉に、お嬢様が怯えたように、両肩をビクリと震わせる。リニアは構わない。

「つまりだよ。この手紙はね、誰でもない『この私』に向けて、下らない一言を伝えるため書き上げられた代物だということさ」

 馬鹿げている。余りにも、常軌を逸している。
 リニアが口にする何もかもの全てに、そう言わざるを得なかった。


『いや、全然知らない人だと思うねぇ』


 何時だったか。
 リニアに手紙の差出人と面識があるのかと問いかけた時、しかし彼女はそれを否定した。

(それってつまり、見ず知らずの他人ということですよ?)

 赤の他人に対して手紙を書く。
 そんな状況を有り得ないとまでは言わないが、しかし酷く稀なことであるには違いない。だと言うのに。

(そんな見知らぬ相手に対して、こんな悪ふざけのような手紙を送るなんて、いくらなんでも考えられません)

 それが私の本心だ。

 一通の手紙から始まった本探し。
 リニアはこれを、仕組まれたものだと言い放ち、それを証明するかのように、最後には二冊の本までたどり着いて見せた。
 だからきっと彼女の言ったように、この本探しは下らない『催し物』ではあったのだろう。

 ともすれば。

 お嬢様のお姉さん。彼女は赤の他人に対し、そんな悪ふざけのような催し物を仕掛けてきたということになる。

(流石にいくらなんでも、有り得ない話です)

 赤の他人が見知らぬ相手に向けて、間接的な手段で無理難題を投げつけてくる。
 そんな余りにも非現実的な妄想を、私はどうしたって鵜呑みにする気にはなれない。
 だから。

「リニア━━」

 私は意を決して、彼女の仮説を否定する意見を、まとまった言葉にして投げつけた。しかし。

「そうでもないさ」

 私の苦言を聞いてなお、あろう事かリニアは余裕の表情を崩さなかった。

 リニアが言う。

「カフヴィナの言うとおり。私と彼女は、まったくと言っていい程に面識などないよ。
 敢えて言うなら、この店の中で客と店員という程度のすれ違いをしたくらいだろう。
 だが例えそんな間柄だったのだとしても。それでも彼女は、どうしたって私にそのメッセージを伝える必要があったのだろうね」

 台詞の最後に、「のっぴきならない事情という奴だよ」などと軽口を混ぜ込んで薄ら笑いを浮かべる、そんなリニアの言葉の何一つとして、私にはどうしたって理解できない。

 だから食い下がる。

「のっぴきならないって何ですか。と言うか。そこまで言うのなら、では貴女が受け取ったメッセージとは、何だったのですか?」

 彼女が『伝わった』と吹聴してはばからない、赤の他人からのメッセージ。
 ここまでの会話においても、一貫してその具体的な内容をはぐらかし続けてきたリニアの態度からすれば、意図的に口にしないようにしているのではないかと思う。
 だから例え、正面むかって問いかけたとしても、それで素直に教えてもらえるとも思えないが。

 だけどそれでも、ここまできたらもう。問いたださずにはいられないではないか。

 そんな、どこか切羽詰まった私の質問だったのに、しかしリニアは冷ややかな声を返してくる。

「先に言ったはずだよねぇ。君たちが納得できるような根拠は提示できないと。
 二人はそれに同意したはずだ」

 私の要求をピシャリと跳ね除ける、まるで相手を射抜かんとするような両の瞳。
 気圧されつつ、それでもどうにか食らい付こうと、必死の思いで口を回す。

「つ、つまりそれは……メッセージの、そう、そうです。メッセージの内容そのものが、それ自体が、何かしらの根拠になっているという、そういう意味ですね?」

 私は『メッセージの内容を教えろ』と言い、リニアはそれに『根拠は提示できない』と返してきた。
 噛み合わなかった質疑応答。繋がれなかった前後の会話。
 そんな短いやり取りの中に見つけた違和感を思い付きで握り締め、私は全力でリニアの揚げ足を取りに行く。すると、

「おや」

 冷たく細められていたリニアの瞳が、少しだけ見開かれた。

「おやおや、私とした事が。これは失言だったよ。
 ちょっと睨みつければ口をつぐむかと思ったのに、まさかやり返してくるとは。
 いよいよ片鱗が見えてきたねぇ」

 え?

「まぁしかしだよ、カフヴィナ。あまり人の言葉尻を追い掛け回すものではないよぉ。友達を失ってしまうからねぇ」

 どの口で言いますか。

「とは言え、うん、そうだね。本当は言わないつもりだったのだけれど、少し気が変わったかな」

 そんな言葉を口にしたリニアの気配が、少しばかり和らいだのを感じた。
 彼女は店内を闊歩していた足を止め、手近にあった空きテーブルの天板に、ひょいっと腰を乗せ上げる。

「その一文字が、私に向けられたメッセージだという事は、まず疑いようがないよ」

 そんな前口上を引っさげて、リニアは再び語り出す。

「お嬢さん、君のお姉さんはね。私に向けて、とある事を伝えようとしていたのさ。
 そのために取られた手段の回りくどさから察するに、自身で直接に面と向かうわけにはいかず、かと言って全くの第三者が介入することもはばかられる。
 そんな、何かしらの事情でもあったのかねぇ」

「姉に……事情ですか?」

「そう、そしてだよ。そんな事情を鑑みた末に、伝言の『配達役』として選ばれたのが、お嬢さん。恐らく君だったのだろうさ」

 お嬢様が鋭く息を呑む音が聞こえた。

 リニアは宙に浮いていた両脚を組み、足先をフラフラと遊ばせながら話を続ける。

「まあ、余り詳しくは言えないのだけれど。それでも事情が事情だ。
 最初に手紙に目を通す可能性の高い妹にも、事の詳細は伏せておきたかったのだろう。
 そう言った意味合いなら、早馬を使って届けられたという一件も、まぁ理解できなくも無いね。
 文面で他愛の無さを装いつつも、しかしこの手紙を『捨て置けないもの』としてしっかりと認識させる。
 そのための方法としてなら、早馬という特殊な手段は決して悪い選択とも言えないからね」

 そこでリニアは右手の手紙を揺らしながら、こんな事を言う。

「そして、お嬢さん。彼女の目論見どおり、君はこの店へと『本探し』の一件を、いそいそと持ち込んできたわけだ」

 加えて。と一言挟んだリニアの言葉は止まらない。

「本を探しに来店する妹が、店側の人間に協力を依頼するキッカケとなる一文を文面に添える。
 そうすることで、本来のターゲットを本探しという催し物に、なし崩し的に参加させる土壌を作り上げ、その上で目的の人物に仕込んでおいた一文字を発見させる、と。
 なるほど。どうやら私は、まんまとお姉さんの思惑通りに踊ってしまったらしい。ああ実に、気に食わないねぇ」

 不機嫌そうに、だけど楽しげに。どこまでも鮮明に語り上げられる、リニアの仮説とも呼べないような絵空事。
 そんな彼女の妄言にも似た何かを、しかし私は受け止める術を持ち合わせない。

 それなのに。彼女の話は、どこまでもどこまでも、果てしなく繋がっていく。

「こうなってくると、この手紙も、そしてそこの紙切れも。随分と明確な意図をもって、準備されたものだったと考えるべきだろう。
 ともすれば当然、珍しい本を探していたとか、たまたま手に取ったなんて証言なんかは、丸ごとまとめて嘘っぱちに決まっている」

 そこでリニアは、腰掛けていたテーブルから飛び降りた。トスンと響く小さな音が鼓膜を揺らす。

「恐らく彼女は、『上下巻』なんて変わった表記を用いている、中抜けした二冊の存在を、前々から知っていたのだろうね。
 随分昔には、この街に滞在していた時期もあったと言うのなら、魔法によって本の場所が変化しない事を知っていた可能性だって、十分にあり得る話だろうさ」

 こんこんと語り上げながら、こちらに向かって歩き始めるリニア。

「ここまで来るといっその事、カフヴィナへの体当たりすら、キッカケ作りを目的に、意図して行われたのではないかとすら思えてくるよ。
 手の込んだ真似をしてくれるものだね、まったく」

 私たちの近くまで歩み寄ったリニアが足を止め、目の前の本と用紙が置かれたままのテーブルに視線を落とす。

「じゃあそろそろ、お待ちかねの解答だ」

 リニアは右手に持っていた便箋を、開き置かれたままだった二冊の真ん中に乗せ置き、そのまま空いた指先で問題の描かれた一枚の用紙を摘み上げる。
 そうして文字らしき何かが描かれた面を私たちに突き付けて、こう言った。

「お二人さん。彼女から私に伝えられたメッセージ、それはね──」


 お前の故郷を知っているぞ。


「そんな内容なのだろうよ」

 リニアが告げた答えを聞き、しかし押し黙るしかない、私とお嬢様。

 いよいよと、理解が出来なかった。
 故郷。リニアの故郷。そんな物が、どうしてこれ程までに遠回りをする必要のある案件になるのか、まったくもってこれっぽっちも想像ができなかった。

 答えは聞いた。確かに聞いた。
 だけれども、それでどんな反応をしていいのかが判然とせず、私はリニアの指先にぶら下がる用紙の中心に目を向ける。

 そんな私の視線の先で、リニアが静かに終わりを告げた。

「一冊目の本の最後。つまり上下巻の間に挟まれていたこれは、漢字と呼ばれる文字種の一つでね。読み方は──」


 『中』


「と読むんだよ」


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