クロネコ魔法喫茶の推理日誌

花シュウ

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第2話 書棚の森の中ほどで⑨

第2話 21

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「さて、二人とも。私は先んじて、この本探しを成功だと言ったのだけれど。これは別に口からでまかせを言ったというわけではないんだよ」

 陽の陰りとともに薄暗さの増した店内で、リニアの語る言葉だけが淡々と響く。

「現にこうして、隠されていた一文字を見つけ出してみれば、それの意図するところは至って明確だったのだからね」

 意図の明確な一文字。

 リニアの言葉につられて、私は視線を卓上に落とす。
 するとそこには、未だ目次を開かれたままの二冊の本と、お嬢様が発見した一枚の用紙。

 中心にドスンと一つ描かれただけの、余白十分な一枚に目を向けながら、私は考える。

 見るからにシンプルで、何ら特徴を感じない一つの記号。用紙の真ん中に大きく書かれたそれを、リニアは文字なのだと断言した。

 確かにだ。世の中は広いのだから、私の知らないどこかの土地に、こういった文字を使っている地域が無いとは言い切れない。
 だが仮に、そんな文化が実在していたのだとしても━━

(これ一つで、それを文字なのだと断言出来るものなのでしょうか?)

 と言うのが、私の本音ではあった。

 例えばである。
 この一つが文章の中に並び、その上で意味を成していたというのなら。それであれば、これを文字だと言い切ったリニアの発言にも納得はできる。
 しかし、実際はそうじゃない。

(だって、用紙の真ん中にたったの一つですよ?)

 文字にも見えれば記号にも見える。下手をすれば、落書きにすら見える。
 いやむしろ、ただの落書きだと言われたほうが、まだ納得できそうなこれのどこに、彼女の言うような明確さを感じろと言うのか。

 私には全くもって、理解が出来なかった。

 だから私は、そんな疑問をリニアへとぶつけてみた。すると。

「実に良い質問だねぇ、カフヴィナ」

 リニアがいつも通りのニヤリとした顔を私へと向けた。装っているのか、本当にいつも通りの彼女なのか、どうにも判断が付けられなかった。

 リニアが続ける。

「私がどうしてこれを文字だと断言できたのか。それを可能にした要因は概ね二つだね。
 一つは単純に、私がこういった文字の存在を知っていたからということ。そしてもう一つは、お嬢さん」

 そこでリニアはお嬢様の方へと向き直る。そして、

「この用紙が隠されていた場所を、君が教えてくれたからさ」

 そんな言葉を口にした。

「わ、わたくしがですか?」

 戸惑ったように少しだけ身体を強張らせるお嬢様。リニアが重ねる。

「君は言ったね。一文字だけを書き記したこの紙が、『一冊目の最後のページ』に挟まれていたって」

「は、はい」

「これは実にお手柄だったよ。仮にその一言がなければ、私としても”これ”を文字だと断定するのに、もう少しばかり時間を要しただろうからね。
 なにせだよ。隠されていた場所が、文字の持つ意味合いと余りにも合致しすぎる場所だったんだ。
 それなら見つけてすぐにピンと来ない方が、どうかしていると言うものさ」

 どこまでも尊大に果てしなく。
 限りないほどに上からの目線で紡がれる、そんなリニアの言葉は止まらない。

「一冊目の最後のページから見つかった、この一文字。そして一目するだけで明確に伝わった意図。
 なるほど確かに、君のお姉さんの言う通りだったよ。見つければ伝わる。
 手紙の締めくくりに添えられていた言葉そのままの出来事が、実際にこの場所で起きたわけだからねぇ」

 右手に持った便箋の束を小刻みに振りながら、リニアはゆっくりと店内を歩き始める。

「そしてだよ。同時にこの事実は、こうも言い換えることができる。
 お姉さんの宣言どおりに、本探しの行き着く先で彼女からのメッセージを受け取るためには──」


 この一文字の持つ本来の意味を、予め知っておく必要がある。


「ってね」

 予め、知っておく?

 絶え間なく積み重なっていくリニアの言葉の端っこに、私は小さく引っかかる。
 ただ単に言葉のあやだった可能性もあるのだろうけど、しかし。

「予め、ですか?」

 確認をしないわけにはいかなかった。それで問いかけてみれば、リニアはこう返す。

「そうとも、”予め”だよ」

 私の質問に対し、返答の一部をやや強調気味に盛り上げて頷くリニア。
 何となく嫌な予感がした。だから私は追いかける。

「調べるなり何なりで、後から知っても構わないのですよね?」

 改めてそう問えば、リニアは気ままな足取りをピタリと止めて、私の方に向き直った。

「ダメだねぇ、全然ダメさ。
 調べる必要を前提に据えた伝言を、『見つけ出せたなら伝わる』などとは言わない。違うかい?」

 違わない。違わないからこその、嫌な予感なのだ。私は彼女の発言に、物言いを返さず黙り込む。

(リニアは、自分が何を言っているのか分かっているのですか?)

 分かっていないはずもないだろう。何せ、あのリニアなのだ。
 だから台詞に混ぜ込まれた“予め”とする単語の強調も、意図的な言い回しの一環だったのだろう。
 だけどしかし、そんなリニアの発言が辿り着く先にあるだろう結論は──

「あの、すいませんリニアさん」

 会話の途切れた私たちの間に、お嬢様の声が割り込んできた。

「何だい?」

 リニアが視線を向け直せば、お嬢様は自身における現状を口にする。

「その、わたくし、そのような文字は存じ上げておりませんが」
「ふぅん。そのようだねぇ」

 戸惑った表情の進言に、平然とした口調で既知を返すリニア。
 お嬢様が困り顔の色合いを深めながら言葉を重ねる。

「いえ、ですから、ええと。予めと言われてしまいますと、その。わたくしとしましては、何と申しましょうか……」

 そこで言い淀んでしまうお嬢様。しかし彼女の言いたい事は分かる。そしてリニアが言い出しそうな事も、何となく分かってしまう。
 だからきっと、私の感じた嫌な予感は的中してしまうのだろうとも直感できた。

 そうしてリニアが口を開く。

「だったら答えは簡単だねぇ」

 短い台詞を前置きのように口にして、再び店内の徘徊を始めるリニア。

「探し出したなら伝わる。しかし、伝わるためには“予め”の知識が必要。
 ところがお嬢さんは、こんな文字の存在すら知らなかった。とくればだ」

 右手の手紙を胸元の高さで小さく揺らしながら歩く、そんなリニアの言葉は続いていく。

「なら考えられる可能性は、一つしかないよね。なぁに、単純な話だ。
 この手紙を書いた人物。彼女が何かを伝えたかった相手というのは、お嬢さん──」


 君ではない。


「という事だよ」

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