クロネコ魔法喫茶の推理日誌

花シュウ

文字の大きさ
上 下
38 / 52
第2話 書棚の森の中ほどで⑨

第2話 20

しおりを挟む
 それはいつも通りの締らない口調で、いつもと同じような薄ら笑いとともに広げられた、毎度お馴染みの大風呂敷のはずだった。

 だから私も、いつもみたいに、”ん”の一つでも挟み込めればよかったのだけれど、心情的にそんな余裕は持てそうもなく。

(リニア?)

 それでつい、声に出し損ねた彼女の名前を、胸の内側だけで響かせてしまう。

 我ながら不思議だった。

 ついさっきまで、自ら企てた遠回しな嫌がらせの話なんかを、呑気に語り上げていたはずの彼女。
 その姿が、唐突に別の何かに見えた気がして。何故だろうか、肌が一気に粟立っていくのを感じる。

(何ですか、これ?)

 理由がわからなかった。

 見るからに陰険で、嫌味ったらしく嫌らしく。
 どこまでも人を食ってやまない笑顔の真ん中で、見たことのない程に鋭く光り続ける二つの瞳が、私にはとても恐ろしいもののように感じられて仕方がなかった。

 リニアが口を開く。

「なるほどねぇ。この本探しが仕組まれた物だとは認識していたが、よもやこんな下らない事を企てていたとは、想像もしていなかったよ」

 いつもと変わらぬ、間延びした口調。なのに、その奥底に孕んだ響きは、余りにも私の知る彼女のそれとはかけ離れて聞こえた。

 そんなリニアに向けて、お嬢様が問いかけを投げ込む。

「それで、リニアさん。この印は、一体どのような意味を持っているのでしょうか?」

 今まで通りな控えめの声でそう口にすると、記号入りの用紙から視線を上げてリニアに目を向けるお嬢様。

 そんな彼女の質問に、リニアは一瞬だけ「ふぅん」と考え込むような素振りを見せた後に、ゆっくりと答えを紡ぐ。

「これはね、文字なんだ」
「文字ですの?」

「ああ、そうとも。という事で、お嬢さん。この本探しの顛末を、一応は伝えておこうかね」
「え?」

 出し抜けな言葉に、お嬢様が驚いたように目を見開くが、しかしリニアは構わず続ける。

「探し出したなら、伝わる。そんな前提が添えられて始まった、この奇妙な本探しなのだけれどね。結果は見事に『伝わった』だ。
 つまり、本探しは成功したわけだよ、おめでとう」

「え、え?」

 思いがけない祝福の言葉を告げられて、お嬢様は両の目を一層と丸めながらも食い下がる。

「ですが、その、わたくしはまだ何も……」

 リニアがヒラヒラと手を振る。

「大丈夫。ちゃんと伝わったから、君が心配する必要はないよ」

 取りすがろうとするお嬢様を、わけのわからない言い草で切って捨てるリニアの態度。
 あまりも容赦のない振る舞いに、見かねた私はどうにかこうにか口を挟む。

「リニア……せめて説明を」

 辛うじて言葉にできた、手短な台詞。しかし意図は正確に伝わったらしく、リニアが面倒くさそうに息をつく。

「説明ねぇ。まぁ、話せと言われれば話すのだけれど、でもね? 敢えて言わせてもらうけど、これはまぁ中々に常識外れで酷く出来の悪い仮説なんだよ。
 おまけに、君たちにそんな与太話を納得させられるような根拠を、私は提示することが出来ないだろうね。
 二人は、そんな眉唾な話でも聞きたいと思うのかい?」

 あからさまな億劫さを象った、リニアの言葉。一瞬意味を理解し損ね、しかし改めて噛み砕いてみれば要するに、

「つまりだよ。私が話す妄想以下の戯言を、君たちは前向きに聞けるのか、という話さ」

 と言うことらしい。

 一瞬視線を交差させる、私とお嬢様。お互いに、答えは決まっているようだった。
 一つ頷き合い、そして私たちは「それでも話せ」と、口を揃えてリニアに告げる。

「おやおや。物好きだねぇ、君たちも」

 大きなため息とともに、顔を渋くするリニア。「仕方ないなぁ」とのぼやき声を垂れ流しつつ、肩のこりでもほぐすかのように首を軽く回す。

 そうして改めて、今までずっと右手に持ったままだった便箋の束を目線の高さまで持ち上げると、

「じゃあ始めようか」

 そんな前置きを加え、そうしてリニアは語り始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

旧校舎のフーディーニ

澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】 時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。 困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。 けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。 奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。 「タネも仕掛けもございます」 ★毎週月水金の12時くらいに更新予定 ※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。 ※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。 ※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。

白が嫌いな青~剣と密室の頭脳戦~

キルト
ミステリー
【決して瞳を合わせてはいけない】 『魔眼病』瞳を合わせただけで感染する奇病が蔓延する世界。 偶然出会った孤独な男女はある約束を交わした。 お互いに嘘をついたまま次第に惹かれ合う二人。 その幼い感情が恋と呼ばれ始めた頃……想いを伝えられないまま互いの記憶を失くし突然飛ばされた。 女は密室で『断罪ゲーム』と呼ばれる推理ゲームに巻き込まれ。 男は異世界で記憶を取り戻す戦いに巻き込まれる。 ミステリーとファンタジー。 人々の嘘と恋が交わる時、世界の謎が明かされる。 ※女主人公(サヤカ)の生き残り推理ゲームと  男主人公(優介)の記憶を取り戻す異世界バトルが交互に描かれています。  目次の最初に名前を記載しているので参考にして下さい。  全三十話

ロンダリングプリンセス―事故物件住みます令嬢―

鬼霧宗作
ミステリー
 窓辺野コトリは、窓辺野不動産の社長令嬢である。誰もが羨む悠々自適な生活を送っていた彼女には、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ、人がドン引きしてしまうような趣味があった。  事故物件に異常なほどの執着――いや、愛着をみせること。むしろ、性的興奮さえ抱いているのかもしれない。  不動産会社の令嬢という立場を利用して、事故物件を転々とする彼女は、いつしか【ロンダリングプリンセス】と呼ばれるようになり――。  これは、事故物件を心から愛する、ちょっとだけ趣味の歪んだ御令嬢と、それを取り巻く個性豊かな面々の物語。  ※本作品は他作品【猫屋敷古物商店の事件台帳】の精神的続編となります。本作から読んでいただいても問題ありませんが、前作からお読みいただくとなおお楽しみいただけるかと思います。

ヘリオポリスー九柱の神々ー

soltydog369
ミステリー
古代エジプト 名君オシリスが治めるその国は長らく平和な日々が続いていた——。 しかし「ある事件」によってその均衡は突如崩れた。 突如奪われた王の命。 取り残された兄弟は父の無念を晴らすべく熾烈な争いに身を投じていく。 それぞれの思いが交錯する中、2人が選ぶ未来とは——。 バトル×ミステリー 新感覚叙事詩、2人の復讐劇が幕を開ける。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

処理中です...