36 / 52
第2話 書棚の森の中ほどで⑧
第2話 18
しおりを挟む
リニアは言う。
この小説は第一巻から第三巻までが繋がった、三冊構成の連巻ものなはずだよ、と。
そして。そんな考えの起点になったのが、手紙に書かれていた『一度などは、酷く話が飛んだ場面があった』とする記述だったのだ、と。
彼女いわく。
一見すれば、話が飛び飛びで展開していく作風を表しただけの文面なようにも思えるが、しかし。
物語の区切りを挟んで、いきなり知らない登場人物が当然のように会話に参加してくる程の状況を、ただの『作風』などと手放しに受け入れてしまっても良いものなのか、との事。
「確かにだよ。一般的な娯楽小説などにおいて、敢えて時系列をバラバラに書く手法があるのはその通りさ。
だけどねぇ。曲がりなりにも相手はこの、作為感が満載のお手紙なんだ。
だったら多少はこちらとしても、一風捻くれた見方をしてみるのも一興だとは思わないかい?」
そこで私は、こう考えてみたんだよ、と。リニアが得意気に人差し指をニョキっと立てる。本を持ったままなのに、器用なことで。
「あくまで仮説ではあったけど。でもね、お嬢さん。ひょとしたら君のお姉さんは──」
指立てしたまま、お嬢様へと向き直るリニア。
「連巻物の小説を読み進めるうちに、どこかで途中の巻を飛ばしまい、ところがそれに気が付かず、そのまま先を読み進めてしまったのではないかってね」
いやいやいやいや、いくら何でもそれは。
などと。彼女にしては余りに出来の悪いものの例えに驚いて、思わずねじ込む言葉を見失う。
そんな私の代わりなのだろうか、お嬢様がやはり面食らったお顔をピクピクさせながら頑張った。
「い、いえ流石にそれは賛同できませんわ。身内びいきではございませんが、わたくしの姉はそれほどに間が抜けてはおりません」
一気に氷点下を下回るお嬢様の視線。そりゃそうでしょうとも。
(まあ、遠回しにお姉さんを悪く言われたようなものですからね)
ところがリニアは平常運転。
「そうとも。普通なら、まずあり得ない事だろうね。
実際、私だって半信半疑ではあったよ。途中の一冊を丸ごと読み忘れるだなんて、そんな間違いが起こり得るのかってね。だけれどねぇ」
リニアはそこで言葉を区切り、自身が手にした一冊を、お嬢様が抱えたもう一冊に向けて近づけてる。
「この二冊を見つけて思ったよ。上下巻という構成であればな、そんな間違いも起こり得るじゃないかってね」
そうしてリニアは、一つ深めに息を入れてから続ける。
「二人は『上下巻』と聞いて、ではそれを何冊で構成されたものだと思ったかい?」
妙な事を聞かれたと思いつつも、素直に思いついた数字を答える。
「二冊ですね」
「ふぅん。お嬢さんもそうかな?」
「え、ええ」
「ま、普通はそうだろうね。知らなければ、当然そう考えるものだろうし、何より”こっち”の人が知らないのも無理はないとは思うのだけどね。
でもね。『上下巻』と言うものには、もう一つ可能性があるんだ。実はこの表記方法、上下の間にもう一冊を挟んで三部構成とする場合もあるんだよ」
寝耳に水です。そういうことは先に言え。
何て不満を私が口に乗せかけたとき、リニアが手にしていたもう一冊を、お嬢様に向けて押し付けた。
「え?」
既に一冊抱えていたお嬢様が、少しだけ身を仰け反らせて泡を食ったような顔をする。
「え、え?」
戸惑った表情のまま、それでもどうにか押し付けられた追加の一冊も抱え込むお嬢様。
リニアがのうのうとした口調で言う。
「じゃあお嬢さん、後の確認は任せたよ。これが探していた本かどうかを見定めておくれ」
盛大な丸投げを告げられ、お嬢様の瞳が不安げに揺れる。
「か、確認ですの?」
「そぉとも。なぁに難しい話じゃないさ。二冊を見比べて、その間にもう一冊の存在を確信するか、もしくは──」
見つけ出したその二冊から、何かしらが『伝わった』かどうか。
「それを確かめればいい。見つけ出せば伝わる、とそういう話だったのだからだね。それらな簡単な話だろぉ?」
酷く曖昧な事を、まるで水でも飲みなと言わんばかりのお気軽な口調で放り投げていくリニア。
当然ながら、お嬢様の心もとなげな様子が変わるはずもない。
そんなお嬢様に向けて、リニアがつらつらと言葉を重ねる。
「おやおや。そうものんびりしていて良いのかい? 君にその気がないのなら、最後の確認もやっぱり私がこなしてしまうよ?」
どういう言い草ですか。
「いやいやまさか、お忘れなのかい? このお手紙は、早馬まで使って届けられたものだったのだよね?
そうまでして、お姉さんが君に伝えたかった何か。そんな御家事情かもしれない言伝を、部外者の私が真っ先に見つけてしまっても構わないと言うのかな?」
そんなリニアの淡々とした言葉を聴き、お嬢様の両肩がビクリと跳ねた。
「っ!」
お嬢様の鋭い吐息が音となって店内の空気を微かに揺らした。
この小説は第一巻から第三巻までが繋がった、三冊構成の連巻ものなはずだよ、と。
そして。そんな考えの起点になったのが、手紙に書かれていた『一度などは、酷く話が飛んだ場面があった』とする記述だったのだ、と。
彼女いわく。
一見すれば、話が飛び飛びで展開していく作風を表しただけの文面なようにも思えるが、しかし。
物語の区切りを挟んで、いきなり知らない登場人物が当然のように会話に参加してくる程の状況を、ただの『作風』などと手放しに受け入れてしまっても良いものなのか、との事。
「確かにだよ。一般的な娯楽小説などにおいて、敢えて時系列をバラバラに書く手法があるのはその通りさ。
だけどねぇ。曲がりなりにも相手はこの、作為感が満載のお手紙なんだ。
だったら多少はこちらとしても、一風捻くれた見方をしてみるのも一興だとは思わないかい?」
そこで私は、こう考えてみたんだよ、と。リニアが得意気に人差し指をニョキっと立てる。本を持ったままなのに、器用なことで。
「あくまで仮説ではあったけど。でもね、お嬢さん。ひょとしたら君のお姉さんは──」
指立てしたまま、お嬢様へと向き直るリニア。
「連巻物の小説を読み進めるうちに、どこかで途中の巻を飛ばしまい、ところがそれに気が付かず、そのまま先を読み進めてしまったのではないかってね」
いやいやいやいや、いくら何でもそれは。
などと。彼女にしては余りに出来の悪いものの例えに驚いて、思わずねじ込む言葉を見失う。
そんな私の代わりなのだろうか、お嬢様がやはり面食らったお顔をピクピクさせながら頑張った。
「い、いえ流石にそれは賛同できませんわ。身内びいきではございませんが、わたくしの姉はそれほどに間が抜けてはおりません」
一気に氷点下を下回るお嬢様の視線。そりゃそうでしょうとも。
(まあ、遠回しにお姉さんを悪く言われたようなものですからね)
ところがリニアは平常運転。
「そうとも。普通なら、まずあり得ない事だろうね。
実際、私だって半信半疑ではあったよ。途中の一冊を丸ごと読み忘れるだなんて、そんな間違いが起こり得るのかってね。だけれどねぇ」
リニアはそこで言葉を区切り、自身が手にした一冊を、お嬢様が抱えたもう一冊に向けて近づけてる。
「この二冊を見つけて思ったよ。上下巻という構成であればな、そんな間違いも起こり得るじゃないかってね」
そうしてリニアは、一つ深めに息を入れてから続ける。
「二人は『上下巻』と聞いて、ではそれを何冊で構成されたものだと思ったかい?」
妙な事を聞かれたと思いつつも、素直に思いついた数字を答える。
「二冊ですね」
「ふぅん。お嬢さんもそうかな?」
「え、ええ」
「ま、普通はそうだろうね。知らなければ、当然そう考えるものだろうし、何より”こっち”の人が知らないのも無理はないとは思うのだけどね。
でもね。『上下巻』と言うものには、もう一つ可能性があるんだ。実はこの表記方法、上下の間にもう一冊を挟んで三部構成とする場合もあるんだよ」
寝耳に水です。そういうことは先に言え。
何て不満を私が口に乗せかけたとき、リニアが手にしていたもう一冊を、お嬢様に向けて押し付けた。
「え?」
既に一冊抱えていたお嬢様が、少しだけ身を仰け反らせて泡を食ったような顔をする。
「え、え?」
戸惑った表情のまま、それでもどうにか押し付けられた追加の一冊も抱え込むお嬢様。
リニアがのうのうとした口調で言う。
「じゃあお嬢さん、後の確認は任せたよ。これが探していた本かどうかを見定めておくれ」
盛大な丸投げを告げられ、お嬢様の瞳が不安げに揺れる。
「か、確認ですの?」
「そぉとも。なぁに難しい話じゃないさ。二冊を見比べて、その間にもう一冊の存在を確信するか、もしくは──」
見つけ出したその二冊から、何かしらが『伝わった』かどうか。
「それを確かめればいい。見つけ出せば伝わる、とそういう話だったのだからだね。それらな簡単な話だろぉ?」
酷く曖昧な事を、まるで水でも飲みなと言わんばかりのお気軽な口調で放り投げていくリニア。
当然ながら、お嬢様の心もとなげな様子が変わるはずもない。
そんなお嬢様に向けて、リニアがつらつらと言葉を重ねる。
「おやおや。そうものんびりしていて良いのかい? 君にその気がないのなら、最後の確認もやっぱり私がこなしてしまうよ?」
どういう言い草ですか。
「いやいやまさか、お忘れなのかい? このお手紙は、早馬まで使って届けられたものだったのだよね?
そうまでして、お姉さんが君に伝えたかった何か。そんな御家事情かもしれない言伝を、部外者の私が真っ先に見つけてしまっても構わないと言うのかな?」
そんなリニアの淡々とした言葉を聴き、お嬢様の両肩がビクリと跳ねた。
「っ!」
お嬢様の鋭い吐息が音となって店内の空気を微かに揺らした。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
白が嫌いな青~剣と密室の頭脳戦~
キルト
ミステリー
【決して瞳を合わせてはいけない】
『魔眼病』瞳を合わせただけで感染する奇病が蔓延する世界。
偶然出会った孤独な男女はある約束を交わした。
お互いに嘘をついたまま次第に惹かれ合う二人。
その幼い感情が恋と呼ばれ始めた頃……想いを伝えられないまま互いの記憶を失くし突然飛ばされた。
女は密室で『断罪ゲーム』と呼ばれる推理ゲームに巻き込まれ。
男は異世界で記憶を取り戻す戦いに巻き込まれる。
ミステリーとファンタジー。
人々の嘘と恋が交わる時、世界の謎が明かされる。
※女主人公(サヤカ)の生き残り推理ゲームと
男主人公(優介)の記憶を取り戻す異世界バトルが交互に描かれています。
目次の最初に名前を記載しているので参考にして下さい。
全三十話
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
ロンダリングプリンセス―事故物件住みます令嬢―
鬼霧宗作
ミステリー
窓辺野コトリは、窓辺野不動産の社長令嬢である。誰もが羨む悠々自適な生活を送っていた彼女には、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ、人がドン引きしてしまうような趣味があった。
事故物件に異常なほどの執着――いや、愛着をみせること。むしろ、性的興奮さえ抱いているのかもしれない。
不動産会社の令嬢という立場を利用して、事故物件を転々とする彼女は、いつしか【ロンダリングプリンセス】と呼ばれるようになり――。
これは、事故物件を心から愛する、ちょっとだけ趣味の歪んだ御令嬢と、それを取り巻く個性豊かな面々の物語。
※本作品は他作品【猫屋敷古物商店の事件台帳】の精神的続編となります。本作から読んでいただいても問題ありませんが、前作からお読みいただくとなおお楽しみいただけるかと思います。
ヘリオポリスー九柱の神々ー
soltydog369
ミステリー
古代エジプト
名君オシリスが治めるその国は長らく平和な日々が続いていた——。
しかし「ある事件」によってその均衡は突如崩れた。
突如奪われた王の命。
取り残された兄弟は父の無念を晴らすべく熾烈な争いに身を投じていく。
それぞれの思いが交錯する中、2人が選ぶ未来とは——。
バトル×ミステリー
新感覚叙事詩、2人の復讐劇が幕を開ける。

それは奇妙な町でした
ねこしゃけ日和
ミステリー
売れない作家である有馬四迷は新作を目新しさが足りないと言われ、ボツにされた。
バイト先のオーナーであるアメリカ人のルドリックさんにそのことを告げるとちょうどいい町があると教えられた。
猫神町は誰もがねこを敬う奇妙な町だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる