クロネコ魔法喫茶の推理日誌

花シュウ

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第2話 書棚の森の中ほどで⑤

第2話 09

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 見たままを指摘してみれば、予想の斜め下な返事を押し付けられた。
 たまらず私は声を落とす。

「いえ、ですから。探していると言うのなら、普通は本の一冊でも手に取るものではないかと思うのですが」

 行動と発言に見える差異を小声で指摘すれば、しかしリニアはトボけた顔をこちらに向けた。

「手に取ってどうするのさ?」

「どうもこうも、本の内容を確認せずにどうやって探すと言うのですか?」

「いやぁ、内容を確認したって見つけられないだろう?」

 とんでもない妄言が飛び出してきた。私は食って掛かる。

「それなら、どうやって探すつもりなんですか?」
「だからこうやって、下から眺めて探していたんじゃないか」

 さも当然とばかりにそう言い放ち、リニアは再び視線を本棚の上段へと向け直した。
 もう何が何だか分からないですよ、これは。

「で、す、か、ら。そんな探し方で━━」
「あの、どうかされましたの?」

 若干だけ声量を抑え損なっていた私の追撃を、いつの間にか私の背後に立っていたお嬢様の言葉が遮った。
 咄嗟に振り向き、しかし状況の説明に足る言い訳なんて思い浮ぶはずもなく、私の口は「あ、いえこれは」と、ただパクパクと慌ただしく動き回るばかり。

 そんな動揺する私の横を、本棚を見上げたままのリニアの台詞が涼しげに通り抜けていく。

「ああ、お嬢さん。悪いけどもう少しだけ待っててもらえるかな。
 君の探している本とやらがこの店にあるのなら、何とかなるかもしれないからねぇ」

 おまっ。

 私が後悔した安うけ合いなんて比べ物にならないほどに激安の受け言葉が、お嬢様の前に提示された。

「ちょ、ちょっとリニア」

 思わず荒ぶりかけた私の声を、

「ほ、本当ですのっ!?」

 お嬢様の驚きに満ちた声が塗りつぶす。あーもう!

 焦りと混乱と疑念と戸惑いとほんの少しだけの興味。
 そんな色々に煽られて、どうしたものかと手をこまねく私など気にする素振りもなく、ひょうひょうとしたリニアの物言いは続く。

「たぶんね。何せ君のお姉さんが探して欲しいと言ってきた本は、これまた随分と特徴的な本のようだからね」

 
 特徴的?


 唐突に飛び出してきた単語の奇妙な存在感に、私は思わず自分の耳を疑う。
 ええと、聞き間違えたのでしょうか?

 などと取り止めもなく考えていると、私と同じくリニアの発言を聞き違えたらしきお嬢様が、確認を促すような声色で、リニア発の場違いな単語を繰り返した。

「特徴的……ですか?」

 戸惑い気味な揺れを乗せて響く、お嬢様のか細い声。だけどリニアはしれっと答える。

「そうだとも。だってお姉さんの手紙に書かれていたじゃないか。タイトル自体は珍しくもない“ありがち”なものだったって」

「ええ、確かにそれはそうですが」

「だったらやっぱり、探している本は特徴的なもののはずだよ」

 どうやら聞き間違えたわけではなさそうです。って、ひょっとして警戒するべきですか、これ?

 私は先の安請け合いを有耶無耶にする事も忘れて、リニアの様子に気を配る。


 ありがちなのに特徴的。


 どこか対極に位置していそうな単語を、当然のように組み合わせて見せたリニア。

 そんな彼女を前にして、私はどうにか身構えることくらいはできているが、しかしリニア初心者のお嬢様は、髪色とよく似た薄紫色の瞳に、ただただ困惑の色味を混ぜ込むばかり。

(無理もありません)

 実際のところ、リニアとの付き合いが長い私にしたって、彼女が何を言わんとしているのか、これっぽっちも想像できていないのだ。
 だからこそ、どうしたって思わずにはいられない。

(今度はどんな事を言い出すつもりなのでしょうか)

 と。

 ある意味特殊な状況下において、唐突にリニアの言葉が前後を繋がなくなる。
 これまでにも何度か、こう言った場面に出くわしたことがあった。

 そして一度こうなれば、そこから繋がる物語はいつだって。

(仕方がありませんね)

 何かは分からないけど、何かが始まった。
 そんな気配を感じ取り、私は一つ深呼吸をしてからリニアに問いかける。

「何か思うところがあるのですね?」
「ん、まあねぇ」

 ぼんやりとして頼りなく、それでいて不思議な薄ら寒さを覚えさせられる彼女の立ち姿。
 私は腹を決めて、いつもの言葉をリニアへと向ける。

「でしたらせめて、繋げる努力をお願いします」

 告げればリニアは「ああ、そうだったね。忘れていたよ」と呟いて、そこでようやく本棚から視線を外してこちらに向き直り━━

「仕方ないね。私なりに努力してみようか」

 と、そう言った。

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