クロネコ魔法喫茶の推理日誌

花シュウ

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第2話 書棚の森の中ほどで②

第2話 03

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「なるほどねぇ。それでお姉さんのためにタイトル不明の本探しというわけかい」

 湯気のたつカップを右手に、受け皿を左手に持ったリニアが、こちらのテーブルに向かいつつ問いかけてきた。

 お嬢様は伸ばした背筋を崩すことなく軽く頷いて見せる。

「はい。それで出来ましたら、お力添えいただけますと大変ありがたいのですが」

 少しばかり気が引けているのか、声の張りに微かな萎みを感じた。私は言う。

「お見つけ出来るかどうかお約束はできませんが、協力くらいはさせていただくつもりです」

 続けて同意を促すようにリニアへ向けて「構いませんか?」と問いかければ、「別にいいよぉ、どうせ暇になったしねぇ」と、気の抜けた返事。
 そして、

「取り敢えず、その本のタイトルや筆者の名前なんかの、書籍に関わる基本情報を控えたいって話なんだよね?」

 と、言葉を続けた。

(控える? メモか何かに?)

 何となく場違い感の否めない物言いの登場に、私は少しだけ面食らいながらリニアとお嬢様の顔を見比べる。

 すると飄々としたリニアの表情とは対照的に、お嬢様はきょとんとしたお顔をご披露されているご様子。

 はて?

 と思った私が口を開くよりも早く、リニアが確認するように問いかけた。

「おや? 違うのかい?」

 お嬢様が答える。

「え、ええと、その。何と申しますか……」

 返答を出しあぐねる様子のお嬢様。
 その反応を見て、リニアは一人で勝手に納得したかのように、

「あらま。どうやら私の早合点だったらしいね。これは失礼を」

 と言って、軽く頭を下げる。

 どこをどうしたら先のような発言が飛び出してくるのかは知れないが、まあ、彼女が妙な物言いを放り込んでくるなんて。別に今に始まったことでもない。

(どうせ、また何かしら思うところでもあったんでしょうね)

 などと私が考えている間にも、テーブル脇までたどり着いたリニアは、左手の受け皿を卓上に置き、

「お待たせ様」

 と言って、右手のカップを受け皿の上にそっと置いた。

「さあ、召し上がれ」

 とても良い笑顔で“おすすめ”の到着を告げるリニア。

 対照的にお嬢様の方は、カップの中身に視線を落としながら少々怪訝なお顔をされているように見受けられますが。

「ず、随分と黒いですわね」

 小声でささやかれた感想が微かに震えている。

 どうやら、出された『おすすめ』の見てくれに少々驚かれている様子。まあ無理もありませんが。

「い、いただきますわ」

 意を決したように一言声に出し、カップに指をかけるお嬢様。先に香りを確認し、やや不思議そうな顔をしながらカップを口元へと近づける。

 そして恐る恐ると一口分をすすり込み━━

「んがっ! ごほっ!」

 盛大にむせて、色々な場所から黒ずんだ液体をお吹きになられました。ばっちいですね、もう。

「こ、これは何と言うお飲み物ですの?」

 ブルブルと震えるお嬢様に、私は一応と準備しておいたナフキンをすっと差し出しつつ答える。

「コーヒーと言うものらしいです」
「こ、こーひーですか? 初めて聞きましたわ」

「そうでしょうね。彼女が考案したものですから、当店でしか扱っていないはずです」
「ん~、別に私が考えたって分けでもないんだけどねぇ」

 また妙なところで謙遜を。

「でもまあカフヴィナの言うとおり、“こっち”ではこのお店でしか味わえない代物であることは確かだよ」

 どこか得意げなリニアをよそに、お顔を拭き上げたらしきお嬢様が一つ咳払いをする。

「そ、それは貴重なものを恐れ入ります。ですが、その、わたくし苦いものが少々苦手でして」

「でしたら無理はしないでください。残されても構いませんので」
「いえ。出された以上はいただこうと思います。その、ゆっくりとですけれど」

「苦手なものを無理をされて、お体に触ってはお店として困ります。何でしたら、普通の紅茶を出し直しましょうか?」

 気遣いのつもりだった私の申し出を、しかしお嬢様は首を振って否定する。

「いえ、お構いなく。と言いますか、その……」
「何でしょう?」

 そこでお嬢様はチラチラとリニア様子を伺いながら、どこかばつが悪そうな顔をしてこんな事を言った。

「別に、何か危ない飲み物というわけではないのですよね?」

 どうやら本人にも、この問いかけがまあまあに失礼なものだという自覚はあるらしく、件の飲み物を淹れた張本人の反応を気にしつつといった様子の台詞。

 そんなお嬢様の憂いとは裏腹に、それを聞かれたリニアはケタケタとした笑い声を立てる。

「なぁに大丈夫さぁ。当然、過剰摂取はダメだけど、適量ならむしろ身体にいいんだよぉ」

 両手をパタパタと振って白ローブの袖を振り回す彼女。説得力に欠ける。

「そうでしたっけ?」
「そうだよ。君には前にも説明したじゃないか。忘れてしまったのかい、カフヴィナ?」

 そうでしたっけ? そうでしたかも。

「ああそう言えば、眠気覚ましに良いとか何とか言っていましたか」

「なんだい、覚えているじゃないか。そうだよ。眠気覚ましにもなるし集中力の向上も見込めるのさ」

 得意げな様子でそう言ったリニアは、慌しく動かしていた両手の動きを止めて少しだけ声を落とした。

「と言うことで。それじゃあお嬢さん。こうして君の集中力も上がったところで、そろそろ聞かせてもらおうかな」


 結局のところ、本探しの目的は何なんだい?


「え?」

 問いかけられた嬢様が、今度はポカンとした顔でリニアを正面に捉えるように身体の向きを変えた。

 二人分の視線を集めたまま、リニアは飄々と話を進める。

「本を探すのは良いけどね、でも探し出してどうしたいのかが、いまいち分からないんだよねぇ」

 リニアの物言いに今度こそ付いていけず、私は眉根を寄せて口を挟む。

「どういう意味ですか、リニア?」
「どうもこうもないさ。考えてもごらんよ、カフヴィナ。代理を立てての本探し。探しているのは以前に読んだ事がある本。だとしたら、見つけ出して、それでどうするんだろうねぇ?」

 本を見つけてどうするか。聞かれている意味は分かるが、しかし問われた意図が分からない。

「どうって、それはやっぱりもう一度読むとか、そういう事だと思いますが」

 妥当で当然の回答を当たり前のように口にする。しかしリニアは楽しげな様子で首を横に振って見せた。

「それはどうだろうねぇ。もしもカフヴィナの言うとおりの理由で本を探しに来たと言うならね。こちらのお客様は、来店して早々に私たちに確認すべきことがあるはずじゃないか」

「確認すべきこと?」
「そうだよ。だってカフヴィナ。うちのお店、本の貸し出しなんてやっていないじゃないか」

 あ。

 ハッキリとではないにしても、それでも何となくリニアが言いたいことの輪郭が見えてきた気がした。

 仮に本を見つけたとして、それを必要としているのは彼女ではなく、彼女のお姉さんなのだ。

 だとしたら、『読み返し』が目的ならば見つけた本を当人の手元まで届ける必要があるわけで。

(確か、故郷へ帰られたという話でしたね)

 少し前に聞いた話を思い起こしながら改めて考えてみると、確かにリニアの疑問ももっともなようにも思えた。

 少しばかりの状況が見え始めた私の現在地を悟りでもしたのか、リニアは満足そうに頷くと視線をお嬢様へと戻す。

「さて、お嬢さん。君はうちの蔵書が持ち出し不可だってこと、知っていたのかな?」

 問われ、お嬢様がおっかなびっくりと言った様相で呟く。

「い、いえその、存じ上げませんでしたが」

 今にも消え入りそうな受け応えを聞いたリニアは、対照的に「と言うことは」と声を張った。

「つまりだよ、お嬢さん。君は当店が本の貸し出しをやっているかどうかについて、特に興味を持ち合わせていなかったという事になりそうなものなのだけど──」

 そこでリニアは言葉を止めると、両手を卓上にドンとつき、お嬢様めがけて勢い良く身を乗り出しながら「間違っているかい?」と確認するように、ゆっくりとハッキリとそう口にした。

「ひっ!? その、え? えひ?」

 降って沸いた突然の顔圧に、お嬢様は返答を返すでもなく、ただただ驚いた様子であわあわと慄くばかり。

 着座したままで上半身を仰け反らせる、そんな細身の女性の姿が不憫に思え、思わず助け舟を二人の間にねじり込む。

「リニア、近すぎますよ」
「おっと、これは失礼」

 まったく悪びれた様子もない謝罪を音にしながらテーブルから両手を離すリニア。

 どうやら問いかけの返事を待つつもりなど無いらしく、勝手気ままに彼女の話は進んでいく。

「代理人による本探し。これが、探している本の内容こそが必要であり、尚且つそれを第三者の元へと届けることが目的だと言うのなら。
 それならどうしたって書物の貸し出しに関する可不可は、何より真っ先に確認しても良いくらいの重要事項だ。
 だというのに。この期に及んでもなお、その質問は聞こえてこなかった。そうだね、カフヴィナ?」

 問われたので、取り敢えず頷いておく。リニアは続ける。

「ではなぜ、貸し出しの可不可は問われなかったのか? 答えはいたって単純だね。そちらのお嬢様の目的が、この店の中だけで完結できるような代物だからだということだろうさ」

 落としたままの声色を保ちつつ、テーブル前からゆらりと歩き出すリニア。私とお嬢様、二人分の視線がその背中を追う。

「だからね、私はさっき聞いたんだ。タイトルや筆者を知りたいのか、とね」

 ああ、と思い出す。確かにさきほど、そういったやり取りはあった。

「そうですね。確かに、そういった書籍に関わる基本的な情報なら、本を借りていく必要もないですか」

 口元に指先を添えて呟けば、リニアが振り返って大きく頷く。そして、返す刀でやたらと大げさな困り顔を作り、こんな事を言った。

「でもねぇ。どうやらそれは私の早合点だったらしいんだ。それで分からなくなったのさぁ」

 仰々しい。そんな言い回しが良く似合う、そんな振る舞いだった。

 リニアは言う。

 本の題名や筆者、それに連なる出版時期や出版元などの基本情報が欲しいわけではない。

 かと言って、内容自体に興味があるというのなら、貸し出しの可不可を蔑ろにするとも思えない。

 さらに加えて『本探しのお願い』とやらが手紙によって伝えられた事を考えるなら、依頼主である人物は現在、それなりの遠方にいる可能性が高い。

 ともすれば、本を見つけたとしても張本人が気楽にご訪問というわけにもいかないだろう。

 だから、代理を立てて先に所在を確認しておき、後にあらためて本人が訪問という可能性も少々考え辛い。

「そう言ったいくつかの状況を順にまとめていくとだね。自ずとこんな結論にぶち当たってしまうわけさ。この本探しだけど──」


 本そのものは別にどうでもいい。


「ってね」


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