余命1年から始めた恋物語

米屋 四季

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8月編

96話 射的と限定品と

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 みんなと合流したというのに、歩き始めて数分と経たずに僕はまたみんなと逸れてしまっていた。
 自分の人混みの中を歩く下手さに自分自身でも呆れかえる。
 多少は人とぶつかりそうになったとしても時には強引に行かなきゃいけないのだろうけど、体が少しでも人と当たりそうになってしまうとやはりどうしても足が止まってしまう。その当たりそうになった相手が異性だと尚更だ。
 まぁ、今は人混みの中を歩く下手さを反省するよりもこれからどうするかを考えないといけない。
 みんなと連絡し合って確認したところ、僕と日光と薊以外のみんなは一緒にいるらしい。
 今回は橘がいたさっきとは違って僕一人だ。
 とりあえずみんなと合流しようと思って歩いていると、ある女性に目を引かれた。
 黒色の地に赤と黄の紅葉が舞っている浴衣を着ているその女性は的屋で射的をしていて、銃を構える姿は凛々しく美しい。
 派手な浴衣、そしてその女性が美人ということもあってか、周りを見ると男女問わず多くの人が彼女に釘付けになっている。
 僕はその女性――もとい日光に声を掛けようと近付くも、思いとどまり声を掛けるのをやめた。
 銃を構える日光がまるで親の仇を目の前にしているかのような、そんな表情をしていたからだ。
 日光は銃の引き金を引き、放たれたコルク弾は戦隊物のフィギュアのすぐ横を掠めた。
 複雑そうな顔をしている日光を見るに、たぶんあの戦隊物のフィギュアは彼女が狙っていた景品ではないだろう。かなり惜しいところにいって悔しがっている表情と取れなくもないが……でもやっぱりあの表情はそういう類のものではなかった。
 全然的外れなところに弾が飛んで困惑している、そっちの方がしっくりくる表情だった。
 となれば、日光が狙っていた景品は戦隊物のフィギュアとは少し感覚が空いた隣にある丸い蛙のぬいぐるみだろう。
 ……いや、待て。あれ本当に蛙か? なんだか鼻が豚みたな鼻してるし、すっごいマヌケな面してるけど……。

「よっ」

 僕が声をかけると日光はビクッと体を震わした。

「悪い。驚かせたか?」

「別に驚いてないけど」

 日光はそう言いながらも僕のことを睨む。
 景品が取れなかったことと僕が驚かせてしまったこともあってか機嫌が悪い。

「あのかえ……る? が欲しいのか?」

 僕は蛙?のぬいぐるみを指差す。
 それは近くで見るとより蛙には見えなかった。
 丸い緑のブタと言われた方がまだ納得できる気がする。

「そうよ。悪い?」

「いや、悪かはないし……っていうか、もしかしてあれって」

「そう。ケロピッグよ」

「いや、そんな食い気味でご存知の通りみたいな感じで言われましても……そのケロピッグ? っていうの? 僕は全然知らないし、なんなら緑の豚なのかって聞こうとしていたんだけど……」

「嘘でしょ? 私たちが中学生の頃あんなに流行っていたのに? ほら。あのCGアニメーションの」

「そうは言われてもテレビなんて殆ど見ないから。ところでさ」

 僕は日光の前の台に置かれているコルク弾に視線を移す。
 残っている弾は2発。ここの的屋は一回500円の料金で3発撃てるみたいなので、さっき日光が撃った弾は1発目と言うことになる。妥当に考えれば、だが。

「これで何回目?」

 僕はこれが1回目ではないという確信を持って日光に聞いた。
 初めの方にみんなと逸れたと僕は言ったが、その『みんな』というのは実は語弊がある。正しくいうならば『日光以外のみんなと』だ。
 日光は一緒に行動していた薊と瑞稀さんと逸れてから、一度もみんなと合流していない。ということは、その間ずっと日光が射的をしていたのなら、彼女はかれこれ15分くらいはここにいるということになる。

「えっと……2回目だったかしら?」

 そう言った日光は気不味そうに僕から目を逸らした。
 うん、これは絶対に嘘だ。
 僕は的屋のおっちゃんに目を向ける。
 的屋のおっちゃんは僕と目が合うと、苦笑しながら指を4本立てて本当の数を教えてくれた。

「こう言っちゃなんだけど、ネットショップとかで買った方が安くつくんじゃないか?」

「だって仕方ないじゃない。そうもいかないんだから。あれは極限られた一部の地域でしか発売されなかった限定品で、もう出品さえされてないほどのレアものなのよ」

「あー……限定品か……」

 限定やレアもの。それらの言葉が持つ強い魅力を充分すぎるほど知っている僕はそれ以上は何も言えなかった。
 菓子やアイスとかの食べ物であっても限定という文字が書かれていたらつい選んでしまうのに、もしそれが集めているものだったとしたらどうにかしてでも手に入れたいと思ってしまうもんなぁ……ん?
 僕はここであることに気付いた。
 日光があれほど躍起になって限定品を欲しがっているということはもしかすると――

「限定品にそれほど入れ込んでいるってことは、他の種類のぬいぐるみは当然持っているってことだよな?」

「当たり前でしょ。持ってなかったらもう諦めてるわよ」

「ふぅん。余程あのケロピッグとやらが好きなんだな」

「まぁね。それもあるけど、元々ぬいぐるみとかを集めるのが好きだから」

「へぇ。ってことは日光の部屋にはぬいぐるみが沢山あるってことか」

「そうね。ちゃんと数えたことはないから正確な数は分からないけど、数十個はあるんじゃないかしら」

「すうじっ……え? すすす、数十個⁈」

「ちょっと。リアクションがオーバー過ぎるわよ」

「いやいやいや、数十個は流石に多いと思うぞ……」

「そうなのかしら?」

「絶対にそうだよ……っていうか、なんだか意外だな」

「何が?」

「僕は日光にクールな印象を持っていたからさ。意外と可愛らしい趣味を持っているんだな、と思って」

 僕がそう言った途端、日光は口を「あっ」と開いて固まった。
 それはまるで知られたらマズイことを知られたかのような反応だった。
 ずっと楽しそうに話していたから、イメージとは違った可愛らしい趣味がバレても日光は気にしないんだな、と思っていたがどうやらそれは違ったらしい。

「馬鹿にしてるでしょ……」

 日光は顔を赤くして僕の事を睨む。
 そんな彼女が可愛くって僕はついつい笑ってしまった。

「ほら。やっぱりしてる……」

「してないよ。いいじゃん。いかにも女の子らしいって感じで」

 そう言いながら僕はパーカーのポケットから財布を取り出す。

「あら? 貴方もやるの?」

「うん。どうやら相当苦戦しているみたいだしな。よければ僕があれを取ってやるよ」

 幼い頃に行っていた祭りでよく射的をしていたので僕は射的にはかなりの自信があった。それと、ただ単に久々に射的をしてみたかったのだ。
 僕は財布を開いて500円玉を取り出そうとする。が、それよりも先に日光が僕の手から財布を取り上げた。

「なっ、何すんだよ」

「そういうことなら遠慮してもらうわ。私は自分の力で取りたいから」

 日光はそう言うと僕のパーカーのポケットに財布を無理矢理突っ込んだ。
 楓の時のクレーンゲームみたいに自分が欲しいからやると言えばよかったのに、どうして僕は馬鹿正直に思っていたことを言ってしまったんだ……。
 今更「やりたいからやる」と言っても日光は信じてはくれないだろうし……。
 僕は肩を落とし、改めて射的の景品に目を通す。
 特にこれといって僕が欲しいものはない。
 僕は射的をするのを完全に諦め、大人しく日光を見守ることにした。
 日光は自分の力で取りたいと言ってはいたが……まぁ助言をするぐらいは許してくれるだろう、と僕は少し屈んで日光に近付き、彼女と目線を合わせる。
 日光が構える銃の銃口の先は蛙のぬいぐるみからかなりズレたところを向いていた。
 このまま撃てば絶対に外れる。

「もう少し下に下げないと」

「ひゃあっ⁈」

 僕が声を発した瞬間に日光は悲鳴に近い声をあげ、そして、それとほぼ同時に撃ち出された弾はぬいぐるみとはあらぬ方向にへと飛んでいった。

「不用意に近づかないでよ! 言っとくけどね、私はまだ貴方のことを好きなんだから!」

「お、おいっ、ばかっ。声がデカいって……」

 日光の『貴方のことが好き』という言葉に反応してか、周りの視線が一気に僕たちに集中する。
 何やらそわそわとした様子で僕たちを見る人や、僕たちを見ながらヒソヒソと何かを話している人。生温かい視線を向けてニヤニヤとしている人。

「なんだなんだ。あんたらそういう関係かい? 青春してるね~」

 終いには的屋のおっちゃんに冷やかされる始末だ。
 なんとも言えない空気感に居た堪れなくなり、僕はこの場からすぐに離れようとしたが、日光に手を掴まれてそれを阻まれた。
 僕が振り返ると、日光は「んっ」と言って持っていた射的の銃を僕に差し出す。

「えっと……自分で取るんじゃなかったのか?」

「欲しいけど、長居はしたくないから」

 日光はばつが悪そうに視線を斜め下に向けながら、さらにずいっと銃を僕に近づける。
 数秒前の僕だったならきっと快く引き受けただろうが……だけど、今のこの状況下だと話は違った。
 射的には自信がある。しかし、1発で取れるとは思っていないし、何よりこんなにも周りの視線が集中している中でやるのは嫌だった。

「彼氏さん、取ってカッコいいところを見せてやったらどうだい」

 なかなか銃を受け取ろうとしない僕を的屋のおっちゃんが煽る。
 正直なところを言ってしまえばやりたくない。
 やりたくはないけど……このままここを立ち去るという選択肢なんてものは残されてはおらず、たった1つの選択肢だけしか残されていないことを僕は充分に理解していた。
 僕は観念して、渋々ながら日光から銃を受け取る。

「一応の確認なんですが、あの小さい台座からぬいぐるみを落とせばゲットってことでいいんですか?」

「ああ、そうだよ。わざわざ段から落とす必要はない」

「そうですか。あと、ぬいぐるみの後ろに立て掛けるための板があったりとかは……」

「大丈夫大丈夫。見たまんまさ。ただ台座に置いているだけだ」

 的屋のおっちゃんに聞きたかったことを聞き終わった僕は彼に礼を言い、コルク弾を銃に詰めた。
 おっちゃんが言っていることが本当なら、あのぬいぐるみは取りやすい部類の景品だ。
 段の上にある平な小さい台座にただ置かれているだけ。ということは、ぬいぐるみのどこかしらに弾を当てることが出来れば、丸い形をしたあのぬいぐるみは転がってあそこから落ちるはず。
 残された弾はこの一発。どうせ外しても、このままの流れでおっちゃんや周りから囃し立てられて取れるまでやり続けさせられることになるのは目に見えているので、本当の意味での最後の一発というわけではないけど……。
 でも、どうせならこの一発で決めてしまいたい。
 何度も外して醜態を晒すのは御免だし、日光と同じでこの浮ついた空気の中で長居するのは嫌なのと理由は様々だが、何よりもお金が勿体無いからだ。
 僕は両肘を台について銃を構え、首を傾け目線を銃と近付ける。
 片手で銃を持ち、腕を伸ばして景品と銃との距離を縮めるのもオーソドックスな構え方だと思うが、それだと撃つ時にブレる可能性があるというのを幼い頃に姉から教えてもらい、それからはずっと今している構えで僕は射的をしてきた。
 僕は深く一回だけ深呼吸をして狙いを定める。
 狙うのはぬいぐるみのど真ん中。多少狙いがズレても当たるように僕はそこを狙う。
 突き刺す様な周りの視線が僕に集中しているのが分かる。
 辺りは賑やかなのに、的屋のこの一帯だけが妙に静かだった。
 どこかでゴクリと唾を飲むような音が聞こえた。
 それは周りの誰かのものだったのかもしれないし、僕のものだったのかもしれない。
 銃がブレないように僕は慎重に引き金を引く。
 カッと木を叩くような音と同時に射出された弾は狙い通りに……とまではいかなかったものの、ぬいぐるみの頭にあたる部分に命中し、想像していたよりも弾の勢いは良かったみたいで、ぬいぐるみは跳ねて台座から落下した。
 途端に周囲で上がる「おおっ」というちょっとした歓声と、ところどころで鳴る拍手。
 外して恥をかくよりはマシだけど……これはこれでこそばゆい気持ちになる。

「おめでとう彼氏さん! ほら景品」

 的屋のおっちゃんはそう言いながら、ニカニカとした笑顔で僕にぬいぐるみを差し出した。
 僕はぬいぐるみを受け取らずに、日光に渡すように手振りでおっちゃんに伝えるが、そんな僕の様子を見たおっちゃんは表情を曇らせた。

「馬鹿野郎。ここで俺が渡すのは無粋ってもんだろ。ちゃんと彼氏さんの手で渡してやれよ」

 おっちゃんは半ば強引に押し付けるように僕にぬいぐるみを渡してきた。
 僕と日光は付き合ってはいないので、僕が渡すのもおっちゃんが渡すのも何も変わりはないと思うけど……しかし、今更訂正するのも面倒なので、僕はおっちゃんに礼だけを返し、日光の手を引いて逃げるように的屋の屋台から離れた。
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