余命1年から始めた恋物語

米屋 四季

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8月編

80話 安全地帯

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 僕は空を見ていた。
 雲一つもない、真っ青な、綺麗な青空だった。

「よしっ、終わったぞ」

 晴矢のその言葉に僕は目を逸らしていた現実に戻された。
 顔の向きを少し変え、体の方を見る。
 しかし、移した視線の先には僕の体は無く、砂の山が築かれていた。
 今の僕は、はっちゃんと同じ様に顔だけを残して砂の中に埋められている状態になっている。
 はっちゃんを晴矢と一緒に埋めていた時は、まさかこんな事になるなんて思いもしてなかった。
 体に被された砂は思っていたよりも熱くはなく、ちょうど良いくらいの温度で僕の体を包み込んでいる……と無理矢理自分に言い聞かせる。
 実際はそこそこ熱い。
 しかも、時間が経つにつれてそれは更に上昇しつつあった。
 
「陸……その、なんだ……。俺はわざとではないって事はちゃんと分かっているし、みんなもきっと――」

「晴矢」

 僕は晴矢の言葉を途中で遮る。
 晴矢があまりにも申し訳なさそうな暗い表情をして言うもので、見ていられなかったからだ。

「いいんだよ、これで。これは僕が選んだ事だから」

 晴矢は僕のその言葉に対し「そっか……」と言い、空笑いを見せた。
 そして彼は僕から背を向ける。

「それじゃあ、俺は戻るから。……罪滅ぼしとかそういった考えで、自分から叩かれようなんて馬鹿な真似はやめろよ。いくらお前の顔面が頑丈だと言えど、危険だからな」

 晴矢はこっちを見ないまま言った。
 冗談を交えながら言ったのはきっと、ちょっとした彼なりの照れ隠しだ。
 こんな事で本気で心配していると思われたくはないのだろう。

「そんな事するわけないって。お前らが思っている以上に僕の顔面は強くは無いしな。もしかしたらスイカよりも弱いかも」

 僕もこんな事で本気で心配されるのは馬鹿らしいと思ったため、冗談を交えて返した。 
 それに対して晴矢は「流石にそこまで弱くはないだろう」と笑い飛ばし、みんなの所に戻っていく。
 だんだんと離れていく晴矢の背中を眺めながら、残された僕は考える。
 これからどうしようか、と……。 
 それは先ほど晴矢と話していた木刀を受けるかどうかの話ではない。
 今はそっちよりもどうにかしないといけない問題があった。

 瑞稀さんの事を思うなら、僕はこうして埋められるべきではなかった。
 自分から埋められる事を頼んだその行為は、僕が瑞稀さんとぶつかってしまった事に気付いている証明になってしまうからだ。
 しかし、僕はそれを分かっていながらも自分から埋められる事を頼んだ。
 罪悪感が気付いていないフリを許さなかった、というのが9割方の理由。
 そして残りの1割は……ある人物に対しての申し訳なさだった。
 その人物は今、スイカを跨いだ隣にいる。
 そう。ある人物とは、はっちゃんの事だ。
 偶然とは言え、結果的に彼がしようとしていた事を僕はしてしまった。
 彼は未遂で埋められたというのに、実際に事を起こしてしまった自分だけが許され楽しむのは悪いと、少しばかりだが想ってしまったのだ。
 しかし、そのただでさえ少しばかりだった想いも薄れ、今は後悔にへと変わりつつある。
 僕が埋められている最中、ずっと横から突き刺さるような視線を感じていた。
 絶対に何かを言ってくると思っていたが、その予想に反し、はっちゃんはずっと無言を貫いていた。
 そして、今も横からの無言の圧が凄い。
 息苦しさを感じざるをえないような、そんな圧を僕はずっと受け続けている。
 あまりの重圧に耐えきれなくなり、僕は横を向いた。
 僕が砂に埋められてから初の顔合わせ。
 はっちゃんの顔は……無表情だった。
 いつも多彩な表情を見せるはっちゃんにしては珍しい表情。
 しかし、真っ黒な瞳はジッと僕の姿だけを捉えている。
 数秒間の間、はっちゃんと目を合わせていたが、彼は一切の瞬きさえしない。
 僕は何も見なかった事にして、上を向いた。
 そんな僕に、はっちゃんはまるで「無視をするな」という風に更に無言の圧力を高めてきた。
 
「……なんだよ」

 僕は根負けをして、隣を見ずに空を見上げたまま言った。

「言いたい事は山ほどあるが……まずはこちらの世界にようこそ。気分はどうよ?」

 はっちゃんはいつもよりも低く、ゆったりとした声で言う。

「そんなの最悪に決まってるだろ。ちなみにあれは事故だからな。お前と一緒にするな」

 僕がその言葉を言い終わった瞬間だった。
 冷たいものが体の芯に走るのを感じた。
 それは紛れも無い恐怖だった。
 僕はぎこちない動きで首を横にへと向け、はっちゃんの方を見る。
 彼は相変わらず無表情のまま。

「一緒にするなだぁ? あぁ、確かにそうだ。ゆっちゃんと俺は違うよなぁ。なんたって俺は男の肌に触れたのに、ゆっちゃんは女の子の肌に触れたもんなぁ。大きな違いだぜこりゃあ」

 はっちゃんは顔を一切動かさず、口元だけを動かし淡々と言った。
 あとちょっとでも刺激すれば、異形の何かに変貌してしまうのではないかと思ってしまうくらい、凶々しいオーラーを彼は放っている。

「僕が言いたかったのはそういうことじゃない! 故意か事故かって違いの話であって……」

 僕ははっちゃんの飛んだ勘違いに焦って訂正をした。

「思ってないんだな?」

「当たり前だろ。わざとぶつかってやろうとか……そんな傷つけるような事、僕はしたくないから」

「今はそういうのはどうでもいいんだよ、この鈍感野郎」

 ど、鈍感野郎?

「俺が言ったのはな、本当に微塵たりともラッキーという感情はないんだな? ってことだ。そこんとこどうなんだよ? 一切いやらしい気持ちになってないって神に誓えるのか? えぇ⁈」

 はっちゃんの口調は荒い。
 それなのに表情はピクリとも変わらない。
 それが凄く怖い。

「いやらしい気持ちはともかく、ラッキーとは……」

 僕は咄嗟に応えを返す事が出来ずに口ごもってしまう。
 あれは不慮の事故。不可抗力。はっちゃんのように女の子に触れたいという気持ちは全くと言っていいほどになかった。
 だけど、触れた事に関して全く何も思わなかった、という訳ではなく……。
 実際のところ、少しだけ……本当に少しだけラッキーだと思ってしまっている僕がいた。
 開き直って言ってしまえば、好きな人に触れて喜ばない人間なんているわけがないのだ。 
 しかし、その想いが罪悪感を更にかきたてているのもまた事実だった。
 だから僕は全く悪くないとは言い切れず、こうして砂の中に埋まっている。
 
「微塵たりとも思って無い……ことは……無いけど……」

「チッ!」

「え? 舌打ちした?」

「うるせぇ。今から俺の言うことに全部『はい』って言え」

 はっちゃんはやっと無表情から表情を変えた。
 変えたその表情は鬼の如く険しい。
 逆らったら殺されかねない雰囲気に、僕は彼の言うことに従う事にした。

「分かったよ」

「分かったよじゃねぇよ。『はい』の一択だボケ」
 
 なんだこいつめんどくさいな、という言葉がつい出そうになるも、なんとかグッと堪える。

「はい」

「まず、今からにっちゃんがスイカ割りをする訳だが、声で位置がバレたらいけないからゆっちゃんはずっと黙っていてくれ。オーケー?」

「……はい」

「俺がここからにっちゃんをゆっちゃんの目の前まで誘導する。アンダスタン?」 

「…………はい」

「あとは全力で木刀を振ってもらい、その腐りきった頭を叩き割ってもらうだけだ」

 どうやら従おうが従わまいが殺されそうな事に変わりはないらしい。

「はっちゃん、さっきから自分が何を言ってるか分かってる?」

「ああっ、分かってる。俺らのスイカ割りはな、急遽獣退治に変わっちまったんだよ。獣はお前だ、ゆっちゃん」

 はっちゃんは僕を鋭い眼光で睨んだ。
 そしてそのまま言葉を続ける。

「しかもお前はただの獣じゃねぇ。俺という善良無害な動物を陥れて、その後に自分だけが得をしようとした害獣だ。どうだったよ? 助けられたと思って安心しきっている草食動物を狩ってやった気持ちはよぉ?」

「陥れてって……自分で勝手に陥ちていったんだろ……。それに何度も言うけど僕のは事故であってだな……」

「あー! 黙れ黙れ黙れ! 俺は未遂だぜ⁈ なのになんでゆっちゃんと同じ扱いな訳⁈ おかしくない⁈ もう一回チャンスをくれよ! 今度は絶対に触ってやるからさぁ!」

「僕を殴る為に出ようとするのではなく、もう一度罪を犯そうとする。そういうところだぞ、はっちゃん……」

「いいからお前はつべこべ言わずに甘んじて一撃を受けろやぁ!」

 連続で叫び過ぎたせいかはっちゃんはぜぇぜぇと息を切らしている。
 興奮のあまり、途中から会話のキャッチボールは成立してなかったし、殆どはっちゃんが言いたい事を言っているだけの一方通行だった。
 一旦会話が途切れてしまった事により、僕にも疲れがドッと襲いかかってくる。

「何を盛り上がっているのかは分からないけど、そろそろ案内してもらえないかしら? ここまで来るとあっちの声は殆ど聞こえなくって……」

 いつの間にその位置にまで来ていたのか、僕らから5メートルくらい離れたところに日光は立っていた。

「よっしゃ、にっちゃん! ひだりぃ! もっと左だぁ! 振る時は全力でやれぇ! 一撃に全てを込めろぉ!」

 はっちゃんは全力で僕の前に日光を誘導し始めた。
 そして、お前は黙ってろ、と釘をさすように僕を睨みつける。
 そのあまりの必死さにかなり引く。
 だが、はっちゃんになんだかんだ言いながら僕も正直なところ、一発ぐらい殴られておかないとやるせない気持ちも確かにあった。
 嘘をついてしまった晴矢には申し訳ないが、瑞稀さんに触れてしまったあの時に少しでも喜びの感情が湧いてしまった以上、やはり僕は罰を受けなくてはならないと思うのだ。
 僕は覚悟を決めて目を固く瞑る。
 顔面は……流石に怖いから体で受けたい。
 被されている砂で多少受けるダメージは緩和されてしまうが痛い事には変わりは無い筈。
 …………待てよ。僕は叩かれるのはいいとして、僕を叩いた相手側の気持ちはどうなる?  
 もし、ここで日光に叩かれたとして、彼女は申し訳ない気持ちになってしまうんじゃないか?
 それだと結局また僕は心苦しくなってしまう。
 だとしたら、誰に叩かれるのが1番いい?
 あいにくとみんな優しい人ばかりだ。
 ……いや、1人いたな。何度も何度も僕を吹っ飛ばしたことのある奴が。
 ここは橘が適任……やっぱダメだ。
 あいつのあの馬鹿力で顔面をぶっ叩かれてしまえば本気で死にかねない。
 どうすれば…………ん?
 色々と考えている内に僕はある事に気付いた。
 さっきまでうるさかったはっちゃんの声が聞こえなくなっていたのだ。
 僕は目を開けて隣を確認する。
 そこには、敵地に足を踏み入れているような険しい顔をしているはっちゃんの姿があった。
 その視線の先にはよたよたとはっちゃんの方にへと近づいて来ている日光がいる。
 彼と彼女の距離は1メートルもない。
 はっちゃんは舐め回すような目で日光の体を見ている。

「な、なんでいきなり何も言わなくなったのよ? もしかして通り過ぎた?」

 日光はその場でくるくると回りながら不安そうな声で言った。
 完全に自分がどこにいるかを彼女は見失っている。

「いや……通り過ぎてはないけど…………」

 はっちゃんは見る事に集中し過ぎているためか、途切れ途切れに細々と言った。
 どうやら彼の頭には、僕の顔面に一撃を食らわすという目的は既に消え去っているようだ。

「八手の声がする方からして……この辺りにスイカがあると思うけれど……どう? 私の目の前にスイカはある? 木刀を真っ直ぐに振れば2人には当たらない?」

「え……うん…………」

 スイカがある方とは見当違いの所を向いている日光に対し、はっちゃんは適当な返事を返した。
 しかし、それを信じた日光は「えいっ」という可愛げのある声をあげて木刀を振った。
 へっぴりごしで振られたそれは、何もない砂の上を叩いた。
 しかも、真っ直ぐに振ればとか言ってたくせに斜めに木刀を振り下ろしており、きっと彼女がスイカの真正面に立っていたなら、間違いなくそれは僕にへと当たっていただろう。
 まぁ、あの振り方を見るからに、スイカに当たったとしてもきっと割れなかっただろうし、僕に当たったところでそう大した怪我はしなかったとは思うが……。

「ちょっと、どういうことよ⁈ 全然違うじゃないの⁈」

 目隠しを取って自分の立っている場所を確認した日光は驚いた様子で言った。

「あ、うん……ごめん……」

 当の嘘をついた本人は上の空で返事を返す。

「銘雪も何も言ってくれなかったし……」

 日光はジト目で僕を見つめる。
 僕はただ、はっちゃんの言いつけ通り馬鹿正直に黙っていたわけなのだが……何も知らない彼女からすれば、はっちゃんがついた嘘を指摘せずに、間抜けな姿を彼と一緒に楽しんで見ていた共犯者とでも思ったのだろう。

「それは、その……はっちゃんが2人で喋ったらごちゃごちゃするからお前は目をつぶって黙ってろって言ってきて……」

 実際の理由はとても馬鹿らしいものなので、適当なそれらしい理由を急でこしらえる。
 それを聞き、日光は少し呆れたような顔をし小さなため息を吐いた。

「もう……次はちゃんと案内してよね」

 そう言って日光は控えめに微笑むと、みんながいるスタート地点にへと戻っていった。

「揺れたな……」

 日光が遠く離れたところまで歩いたところではっちゃんは囁くように言った。
 僕はそれに対して何も返事を返さない。
 何が? とも言わない。

「ローアングルのぶるんってすげぇなぁ」

「はっちゃん、やめよ。それ以上はもう何も喋るな」

「突き出されたヒップもまた凄いこと」

「やめろって!」

「俺思ったんだけどさ……ここって一見、ハタからみりゃあ危険地帯のように見えるけど、実際のところは安全地帯なんじゃねぇの?」

 僕はそのはっちゃんの言葉に押し黙る。
 認めたくはなかったが、悲しい事にそれを否定する言葉が見つからなかったからだ。

「それにしても凄かったなぁ……」

 はっちゃんはご満悦気な声で呟く。
 彼が言っている通り、普段なら絶対に見ることの出来ないであろう、至近距離プラス下からの視点で見たあの光景は確かに刺激が強かった。
 しかも、あちらは目隠しをしているため僕らの視線に気付く訳がない。
 それに僕はつい先程、ある事に気付いてしまった。
 みんながみんな優しいので、誰も僕達を叩かないであろう、という事に。
 実際、日光が木刀を振り降ろす前に僕達に当たらないかどうかを確認していた。
 きっと他のメンバーもそうする筈なのだ。
 これはここに埋められた僕とはっちゃんだけが分かる。紛れも無い安全地帯だった。

「俺……ゆっちゃんと親友で良かった……」

「え? お前が言っていた大事な場面ってここなの? 嘘だろ? 勘弁してくれよ?」

 はっちゃんの顔を見ると、彼は静かに泣いていた。
 すっごい清々しい顔をしながら泣いていた。

「もし、ゆっちゃんと親友じゃなかったら、俺は他のA組の奴らと同じように色の無い夏を味わうことになってた……本当にありがとうな、ゆっちゃん」

 感動のあまり、どうやら僕の声は耳に届いていないらしく、幸せを噛みしめるような表情をはっちゃんは見せる。
 だが、僕達がここにいるのは罰を受けるためだ。
 はっちゃんには悪いけど、誰かに僕たちの分の目隠し用タオルを取ってきて貰おう。
 そうすれば、僕達は何も見えず、叩かれるリスクも高まるし、全てが解決する。

「お――」

「言わせねぇよ⁈」

 僕が一言目を発した瞬間、それをはっちゃんは大声で遮った。
 あまりの驚きで、つい言葉を止めてしまう。

「今、俺ら用の目隠しタオルを取ってきてもらおうとしただろ?」

 はっちゃんは僕がやろうとした事をずばりそのまま言い当てた。
 こういう時だけ実に勘が鋭い。
 はっちゃんは今日1番の険しい顔で僕を睨みつける。

「ゆっちゃんだけ目をつぶればいいだろうがよぉ! 自分だけあんないい思いしておきながら俺には何もなしっすか⁈ 言っておきますがね! 俺は叩かれるかもしれない、っていう恐怖と戦いながらこの危険地帯に身を投じているんだ! 生半可な覚悟でここにいるわけじゃねぇ!」

「元は罰を受けるために埋まっているんだろうが。しかもさっき自分でここは安全地帯って言ってたの忘れてんのか?」

「うっ……」

 はっちゃんは突き付けられた正論と失態に顔を苦渋のものに変えた。
 しかし、それも束の間、彼は軽い笑みを浮かべながら口を開いた。

「ゆっちゃん、よ~く考えてみろよ。痴漢しようとしたけど挙動がおかしくて未遂で捕まったやつと、痴漢する気は全くなかったけど偶然触れて捕まったやつだったら、どっちの方が罪が重いよ?」

「そ、それは……」

 今度は僕が表情を歪ませる番だった。
 せっかく手にした幸せを手放したくないのか、はっちゃんは必死だ。

「しかも、偶然触ったくせにそいつはラッキーと思ってやがるんだぜ? 極端な話になるが、それでどっちとも終身刑です、なんて判決が下ればみんながみんなおかしいって思うだろ? 俺は未遂。ゆっちゃんは既遂。さぁ、分かったら大人しく口と目を閉じるんだな」

 悔しいが、はっちゃんの言っている事に僕は反論することが出来なかった。
 はっちゃんは勝利を確信しているのか、してやったりという風な表情を浮かべている。
 そのあからさまな顔が凄く鼻につく。

「おいおい、そんな怖い顔して俺を見るなよ。安心しろ。あの子おっぱいでけぇなぁとか、あの子の足エロいなぁとか、普段から俺はそういう目で女の子を見ながら生きてる」

「それを聞いて僕は何に安心すればいいんだよ」

 はっちゃんは何故か急に最低な事を暴露し始めた。
 気持ち悪いを通り越して純粋に怖い。
 ただ、今の会話ではっきりした事が一つだけある。
 目の前にいるこいつは犯罪者予備軍だ。
 目隠し用のタオルどうのこうのよりも、今すぐに警察にでも通報した方が世の為かもしれない。

「分かってるって。ちゃんとみずっちゃんの時は目つぶっといてやるからさ」

「いや、そういう問題じゃ……」

「じゃあ、ゆっちゃんは何が不満で俺の幸せを奪おうと――」

 しょうもない僕達の言い争いが突如終わりを告げたのは、はっちゃんが喋っている途中だった。
 彼の声を遮るように鳴った、空気を割く音。
 そして、その直後に聞こえた破裂音。
 僕の視線の先、スイカとはっちゃんの間から砂の壁がせり上がり、スイカを跨いでいるはずのこちらにまで大量の砂が飛んできた。
 咄嗟に目を瞑った為、幸いにも砂はどこにも入らなかったが、顔の上が砂まみれになってしまったので、僕は顔を左右に振ってそれらを払い落とした。

「うえっ! ぺっ! ぺっ! あぁっ⁈ 最悪だ! 口に砂が入った!」

 ほぼ無傷な僕とは違い、どうやらあちらは被害を被っているご様子。

「あー、外しちゃったかぁ」

 楓は目隠しを取って笑った。
 はっちゃんと夢中で話ていたから気が付かなかったが、いつのまにか楓のスイカ割りが始まっていたらしい。

「それはどっちの外したなの? スイカに対して? それとも俺?」

 青ざめた顔をし、震えた声ではっちゃんは楓に聞く。
 その様子から察するに、きっと木刀は彼の顔面すれすれの位置にでも振り降ろされたのだろう。
 少し離れた位置にいる僕でさえ、未だに心臓が漠々と音を立てているのに、はっちゃんがああなるのも無理ない話だった。

「そんなのスイカに対してに決まっているじゃないか」

「だ、だよな? 良かったぁ……じゃなくて、振り降ろす前は俺らに当たらないかどうかを確認してくれよ。いきなりこられると心臓に悪いからさぁ」

 はっちゃんにそう言われて、楓はしゅんっとした落ち込んだ顔をした。

「何やら2人で楽しく話してたから邪魔するのは忍びないなぁって思っちゃって。悪かったとはちゃんと思ってるよ? 今度は大丈夫か確認してから振り降ろすからさ……。本当にごめんね……」

「あっ、えっと、怒ってるわけじゃなくって、気を付けて欲しいな~、くらいのニュアンスであってだな……ていうか元はといやぁ罰でここにいるから叩かれても俺は文句を言えない立場であって……あー、何言ってんだ俺? とりあえず、こっちもごめん!」

 はっちゃんは早口で言った。
 彼はあからさまに戸惑っている。
 そんなはっちゃんを見て、謝られる事にも慣れていない彼を不憫だなぁと思うとともに、またチョロいなとも思ったが僕は口には出さない。
 
「にしてもあれだな。はっちゃんに当たりそうだったって事は、スイカからも惜しかったっと言い換える事が出来る訳だけど、みんなの指示が聞き取れていたのか?」

 僕のその疑問に楓は首を横に振る。

「じゃあなんで?」

「それはだって、2人の声がする中間辺りを狙えばスイカがあるわけだからさ。歩いている途中でタオルがズレて耳に掛かっちゃったから、音が聞きづらくなって狙いから少し外れちゃったけどね」

 楓はそう言って、照れながら笑った。

「楓さーん! まだですかー!」

 他と比べて長い間僕達と喋っていた楓に痺れを切らしたのか、橘は大きな声で彼女を呼んだ。
 
「それじゃあ、ボクはもう戻るよ。2人とも怪我しないように気をつけて」
 
 そう言ってから、楓は僕達に軽く手を振り、急いでスタート地点にへと戻っていく。
 僕は何も言わず、黙ってその背中を見送る。
 次は晴矢の番だ。そして、更にその次は色っ気がこれっぽっちもない橘。
 言っちゃ悪いけど、男が2人続けてあるようなもの。
 目隠し用のタオルなど必要ない。
 それに先の楓の一振りで、僕の中には罪滅ぼしのために一発くらいなら貰ってもいいかもしれないという感情は跡形もなく消え去っていた。
 きっと、後の2人も楓と同じかそれ以上の勢いで木刀を振るうだろう。
 あんなのを顔面にまともにくらってしまえば、本気で死にかねない。
 こんな下らない事で死んでしまうなんて、真っ平御免だ。

 僕は隣にいるはっちゃんの方を向く。
 丁度はっちゃんも僕の方を向いたタイミングだったのか、彼と目が合った。
 きっと僕達は今、同じ事を思っている。
 僕達は互いに真剣な面持ちで頷き合う。
 僕達がいるここは安全地帯などでは決してなく、ただの危険地帯であることを、改めて再認識したのだった。
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