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6.7月編
64話 偽りの心
しおりを挟む ついに迎えたこの日。
ニセと姫が魔法を使って対決しても周囲に影響が少なそうな場所を探すのに、綾香先輩と俺はずいぶん苦労した。結局、廃業になった遊園地をネットの廃墟スレでなんとか見つけ出して忍び込んだ。
綾香先輩と俺は、見守ることしかできない。結局俺の望んだ平和的な解決方法は見つけられなかった。色々、努力はしたけれど、全ては無駄だった。勝敗が決まれば、綾香先輩か俺が、死ぬことになる。ニセには、防御に回り、攻撃はしてくれるな。勇者が力の差に、諦めてくれることを目指せとは言ったが、そう上手くいくとは限らない。全力でくる勇者を、ニセがどのくらい受け流せるのかは不明だ。ひょっとすれば、勇者の作戦勝ちで、ニセが打ち負かされる可能性もある。
「ライブは楽しかったか?」
ニセが聞けば、姫が嬉しそうに笑う。
「もう最高! チラッと一瞬目線が合って、嬉しくって気を失うかと思ったわよ」
姫のこぼれんばかりの笑顔がまぶしい。
そうか……、とニセが笑いながら答える。ニセが剣に変化した夕月を構える。
「ならば、この世界への未練ももうないだろう」
「そうね。後は、お互いの力を出し切るだけ。分身体への攻撃は、お互いにしない。私とあなたで決着をつけるの。それでいい?」
「望むところだ」
姫も、自分の剣を構える。魔王を倒す最終武器である賢者の杖がない、聖魔法を使えるニセ相手に、姫はどう戦うつもりなのだろうか。
姫の手からキラキラした光の矢がニセに向かって放たれる。これが、勇者の聖魔法。当然のように、ニセは結界を張って光の矢をはじく。ニセに聖魔法は効かないはずだ。そのはずなのに、ピシッとニセの結界に亀裂が入る。
何かが、おかしい。
ゾンビ君達を一掃した時のような威圧感をニセから感じない。
姫の攻撃を躱すニセは、夕月を使わない。夕月が、傷つかないように庇っているようにもみえる。
「本気出しなさいよ。どういうことよ」
姫がいら立っている。やりにくいのだろう。攻撃もしてこない。以前のような覇気の感じられない魔王を攻撃することが。
「うるさいな。お前は、自分の仕事をすればいいのだ」
ニセが、姫を魔法ではじきかえす。
「痛い!」
隣で綾香先輩から小さな悲鳴が上がる。手を押さえている。今のニセの攻撃で、姫が怪我をして、その痛みが綾香先輩にも伝わったのだろう。
「大丈夫ですか?」
俺が綾香先輩を心配すれば、綾香先輩が「大丈夫」と笑う。覚悟しているのだろう。綾香先輩も。姫と運命を共にすることを。
すかさず姫が治癒魔法を使えば、綾香先輩の手の痛みもひく。
「そら、姉のように慕っていた分身体が、お前の腑抜けた攻撃のせいで痛みを感じたぞ。へっぽこ勇者」
ニセの悪態は、絶好調のようだ。姫を煽っている。
姫は、剣でニセに挑みかかっていく。ニセは、氷魔法で作った剣でそれをうけながす。あくまで、夕月を使う気は無いようだ。
「私が諦めるのを待っているならば、無駄よ。そんな風にいつまでも後回しにしても、国民のためにならない。魔王の存在を消すか、力の無い勇者が消えて次の新しい勇者を待つか。決着はつけなければならないの」
姫が攻撃をしかけながら、ニセに心の内を叫ぶ。
全力の魔王と後悔のない戦いをしたいという、姫の気持ち。真っ直ぐな勇者らしい正義の心なのだろう。俺だったら、敵が不調ならば、幸いと喜んで切りかかるだろうが、勇者に選ばれるほどの穢れの無い心を持つ姫には、今のニセの様子は、我慢ならないのだろう。
「その通りだ。勇者よ。今日、ここで俺たちは決着をつけよう。俺には俺の作戦がある。お前は、お前の方法で挑め」
ニセの雷撃が姫を襲うが、姫が一瞬早く結界を張って雷撃を防ぐ。
「綾香先輩。これを」
俺は、綾香先輩にナイフをこっそり渡す。
「何? これ……」
渡されたナイフを手に、綾香先輩がキョトンとしている。そりゃそうだろう。
「どうやら、あいつら今日どうしても結論を出すつもりみたいです。もし、姫がニセに負けそうならば、これを使って俺を刺してください。そうすれば、ニセも死にます」
「そんなの、できない。だって、野島君、死ぬのよ?」
良かった。綾香先輩は、俺の名前を覚えてくれているようだ。もう、それでいいや。それで、十分だ。
「俺だって嫌です。できれば、長生きしたいです。でも、綾香先輩が死ぬよりましです。ごめんなさい。できれば、みんなが生きる方法を見つけたかったんですが、出来ませんでした。その……。ダサくてすみません。俺、綾香先輩に憧れていました」
初告白は、相手の女の子に、「ダサッ」と一蹴された。だから、俺はダサくて好意をもつこと自体が、相手にとって迷惑なのかもしれないと、思っていた。好きな子ができても、相手に迷惑にならないように告白なんて考えないようにしていた。恋愛なんて、イケメンの特権なんだから、俺には資格のないことなんだと諦めていた。だが、もう明日はないのかもしれないこの状況。
今ならば、このくらいの我儘、許されるだろう。綾香先輩には、迷惑な話かもしれないが。答えなんて、どうせ分かっている。だから、要らない。でも、それでも、心に想いを残したまま逝くのは嫌だった。
チラリと、ニセと目があう。しまった。ニセに綾香先輩にナイフを渡したのを見られてしまった。分身体のくせにニセを裏切ってしまったことが、バレてしまったか。怒ると思っていたニセが、微笑む。「すまんな」と、唇が動いたような気がした。
「なんで、どっちかが死にそうなこんな時にそんなこと言うの? もっと、普通の時に言えば……」
綾香先輩が、言葉を言い終わる前に、俺の胸に激痛が走る。いてぇ。息が止まるほどの衝撃。膝から崩れ落ちて、その場にうずくまる。
「の、野島君!」
綾香先輩が、慌てている。憧れの人が、こんな俺にこんなに心配してくれている。なんだ、俺にしては最高の最期だ。
ニセの胸に剣が突き刺さっている。滴り落ちる血が溜まって、ニセの足元に血の池が出来ている。コフッとニセが血を吐いている。痛いことが苦手なニセだ。俺よりも辛いかもしれない。
「ゆう……月」
ニセが呼べは、夕月がハラハラと涙を流しながら人間に変じる。
「主よ。なぜ?」
自分の流した血の海に横たわるニセは、夕月の質問には答えない。だが、俺には、分かる。ニセは、空っぽの心に、俺の人生を追体験したことで、人間らしい心を手に入れた。だから、ニセは自分の犯した罪に重さに気づいてしまった。そして、夕月だけでも守りたいと思ったニセの出した結論がこれなのだろう。
「姫、魔王がいなければ、聖なる石はもういらんだろう? 石を、夕月に返してやってくれないか……」
死にゆくニセの言葉に応じて、姫が小さな石のついたペンダントを取り出す。あれが、聖なる石。思ったより小さい。突き出された石を、夕月は受け取らない。
「受け取れ。命令だ」
ニセの言葉に、夕月が石に手を伸ばす。これが、ニセの望んだこと。ニセは、夕月を聖剣に戻す方法に気づいた時から、夕月の邪気をこっそり自分の聖魔法を使って徐々に打ち消していたのだろう。夕月が折れないように。
白い光に包まれて、夕月は聖剣に戻る。温かな光。痛みで脂汗の出続ける体に、穏やかに降り注ぐ。
「主よ」
聖剣に戻った夕月が、なおもニセを主と呼ぶが、ニセは答えない。
もう、駄目なんだ。
俺の目もかすんで見えなくなってくる。ニセを呼ぶ夕月と、俺を呼んでくれる綾香先輩の声が、遠くに聞こえる。
俺は、意識を失った。
ニセと姫が魔法を使って対決しても周囲に影響が少なそうな場所を探すのに、綾香先輩と俺はずいぶん苦労した。結局、廃業になった遊園地をネットの廃墟スレでなんとか見つけ出して忍び込んだ。
綾香先輩と俺は、見守ることしかできない。結局俺の望んだ平和的な解決方法は見つけられなかった。色々、努力はしたけれど、全ては無駄だった。勝敗が決まれば、綾香先輩か俺が、死ぬことになる。ニセには、防御に回り、攻撃はしてくれるな。勇者が力の差に、諦めてくれることを目指せとは言ったが、そう上手くいくとは限らない。全力でくる勇者を、ニセがどのくらい受け流せるのかは不明だ。ひょっとすれば、勇者の作戦勝ちで、ニセが打ち負かされる可能性もある。
「ライブは楽しかったか?」
ニセが聞けば、姫が嬉しそうに笑う。
「もう最高! チラッと一瞬目線が合って、嬉しくって気を失うかと思ったわよ」
姫のこぼれんばかりの笑顔がまぶしい。
そうか……、とニセが笑いながら答える。ニセが剣に変化した夕月を構える。
「ならば、この世界への未練ももうないだろう」
「そうね。後は、お互いの力を出し切るだけ。分身体への攻撃は、お互いにしない。私とあなたで決着をつけるの。それでいい?」
「望むところだ」
姫も、自分の剣を構える。魔王を倒す最終武器である賢者の杖がない、聖魔法を使えるニセ相手に、姫はどう戦うつもりなのだろうか。
姫の手からキラキラした光の矢がニセに向かって放たれる。これが、勇者の聖魔法。当然のように、ニセは結界を張って光の矢をはじく。ニセに聖魔法は効かないはずだ。そのはずなのに、ピシッとニセの結界に亀裂が入る。
何かが、おかしい。
ゾンビ君達を一掃した時のような威圧感をニセから感じない。
姫の攻撃を躱すニセは、夕月を使わない。夕月が、傷つかないように庇っているようにもみえる。
「本気出しなさいよ。どういうことよ」
姫がいら立っている。やりにくいのだろう。攻撃もしてこない。以前のような覇気の感じられない魔王を攻撃することが。
「うるさいな。お前は、自分の仕事をすればいいのだ」
ニセが、姫を魔法ではじきかえす。
「痛い!」
隣で綾香先輩から小さな悲鳴が上がる。手を押さえている。今のニセの攻撃で、姫が怪我をして、その痛みが綾香先輩にも伝わったのだろう。
「大丈夫ですか?」
俺が綾香先輩を心配すれば、綾香先輩が「大丈夫」と笑う。覚悟しているのだろう。綾香先輩も。姫と運命を共にすることを。
すかさず姫が治癒魔法を使えば、綾香先輩の手の痛みもひく。
「そら、姉のように慕っていた分身体が、お前の腑抜けた攻撃のせいで痛みを感じたぞ。へっぽこ勇者」
ニセの悪態は、絶好調のようだ。姫を煽っている。
姫は、剣でニセに挑みかかっていく。ニセは、氷魔法で作った剣でそれをうけながす。あくまで、夕月を使う気は無いようだ。
「私が諦めるのを待っているならば、無駄よ。そんな風にいつまでも後回しにしても、国民のためにならない。魔王の存在を消すか、力の無い勇者が消えて次の新しい勇者を待つか。決着はつけなければならないの」
姫が攻撃をしかけながら、ニセに心の内を叫ぶ。
全力の魔王と後悔のない戦いをしたいという、姫の気持ち。真っ直ぐな勇者らしい正義の心なのだろう。俺だったら、敵が不調ならば、幸いと喜んで切りかかるだろうが、勇者に選ばれるほどの穢れの無い心を持つ姫には、今のニセの様子は、我慢ならないのだろう。
「その通りだ。勇者よ。今日、ここで俺たちは決着をつけよう。俺には俺の作戦がある。お前は、お前の方法で挑め」
ニセの雷撃が姫を襲うが、姫が一瞬早く結界を張って雷撃を防ぐ。
「綾香先輩。これを」
俺は、綾香先輩にナイフをこっそり渡す。
「何? これ……」
渡されたナイフを手に、綾香先輩がキョトンとしている。そりゃそうだろう。
「どうやら、あいつら今日どうしても結論を出すつもりみたいです。もし、姫がニセに負けそうならば、これを使って俺を刺してください。そうすれば、ニセも死にます」
「そんなの、できない。だって、野島君、死ぬのよ?」
良かった。綾香先輩は、俺の名前を覚えてくれているようだ。もう、それでいいや。それで、十分だ。
「俺だって嫌です。できれば、長生きしたいです。でも、綾香先輩が死ぬよりましです。ごめんなさい。できれば、みんなが生きる方法を見つけたかったんですが、出来ませんでした。その……。ダサくてすみません。俺、綾香先輩に憧れていました」
初告白は、相手の女の子に、「ダサッ」と一蹴された。だから、俺はダサくて好意をもつこと自体が、相手にとって迷惑なのかもしれないと、思っていた。好きな子ができても、相手に迷惑にならないように告白なんて考えないようにしていた。恋愛なんて、イケメンの特権なんだから、俺には資格のないことなんだと諦めていた。だが、もう明日はないのかもしれないこの状況。
今ならば、このくらいの我儘、許されるだろう。綾香先輩には、迷惑な話かもしれないが。答えなんて、どうせ分かっている。だから、要らない。でも、それでも、心に想いを残したまま逝くのは嫌だった。
チラリと、ニセと目があう。しまった。ニセに綾香先輩にナイフを渡したのを見られてしまった。分身体のくせにニセを裏切ってしまったことが、バレてしまったか。怒ると思っていたニセが、微笑む。「すまんな」と、唇が動いたような気がした。
「なんで、どっちかが死にそうなこんな時にそんなこと言うの? もっと、普通の時に言えば……」
綾香先輩が、言葉を言い終わる前に、俺の胸に激痛が走る。いてぇ。息が止まるほどの衝撃。膝から崩れ落ちて、その場にうずくまる。
「の、野島君!」
綾香先輩が、慌てている。憧れの人が、こんな俺にこんなに心配してくれている。なんだ、俺にしては最高の最期だ。
ニセの胸に剣が突き刺さっている。滴り落ちる血が溜まって、ニセの足元に血の池が出来ている。コフッとニセが血を吐いている。痛いことが苦手なニセだ。俺よりも辛いかもしれない。
「ゆう……月」
ニセが呼べは、夕月がハラハラと涙を流しながら人間に変じる。
「主よ。なぜ?」
自分の流した血の海に横たわるニセは、夕月の質問には答えない。だが、俺には、分かる。ニセは、空っぽの心に、俺の人生を追体験したことで、人間らしい心を手に入れた。だから、ニセは自分の犯した罪に重さに気づいてしまった。そして、夕月だけでも守りたいと思ったニセの出した結論がこれなのだろう。
「姫、魔王がいなければ、聖なる石はもういらんだろう? 石を、夕月に返してやってくれないか……」
死にゆくニセの言葉に応じて、姫が小さな石のついたペンダントを取り出す。あれが、聖なる石。思ったより小さい。突き出された石を、夕月は受け取らない。
「受け取れ。命令だ」
ニセの言葉に、夕月が石に手を伸ばす。これが、ニセの望んだこと。ニセは、夕月を聖剣に戻す方法に気づいた時から、夕月の邪気をこっそり自分の聖魔法を使って徐々に打ち消していたのだろう。夕月が折れないように。
白い光に包まれて、夕月は聖剣に戻る。温かな光。痛みで脂汗の出続ける体に、穏やかに降り注ぐ。
「主よ」
聖剣に戻った夕月が、なおもニセを主と呼ぶが、ニセは答えない。
もう、駄目なんだ。
俺の目もかすんで見えなくなってくる。ニセを呼ぶ夕月と、俺を呼んでくれる綾香先輩の声が、遠くに聞こえる。
俺は、意識を失った。
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