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6.7月編
59話 代わり
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憂鬱な気分で僕は歩いていた。
はっちゃんも晴矢も用事があると言い学校に残っているため僕は1人で下校している。
心なしか足が重い。
別に痛めている訳でもないし体調が悪い訳でもないのに……だ。
しかし、原因が分かっていない訳ではない。
きっと今日の昼休みの事を今も引きずっている。
原因が分かってはいるのだが……だけどそれは今の僕にはどうすることも出来ないことだった。
僕は一度、誰かのために行動する事を諦めた。
誰かのために僕自身が傷付くことに耐え切れなくなったからだ。
でも、橘に出会って余命が分かってから色々な事があり、再び誰かのために生きる事を決めた。
僕が傷付いても誰かのためになるのなら……それでいいと思った。
だけど……
『君のその中身のない空っぽの優しさはいつか誰かを傷付けるだろうね』
『貴方の優しさが……とても苦しいの……』
僕の優しさが誰かを傷付けていた事を知ってしまった。
誰にも傷付いて欲しくない。困っている誰かを救いたい。誰かのために生きたい。
そう思っているのに……僕のその優しさが誰かを傷付けてしまっていたのなら……僕は一体どうすれば……。
「君かわうぃ~ねぇ~。暇ならさ、僕らと少し遊ばない?」
「ごめんなさい。人を待ってるから遠慮しておくわ」
聞き覚えのある声がした。
声がした方を向くと、4人のチャラいお兄さんがたに囲まれている日光がいた。
4月の時といい前のひったくりといい、なんて面倒ごとに絡まれやすい体質なんだろう。
……まぁ、ナンパされるのは美人だから仕方ないことなのかもしれないが。
「何々、友達? それならその子と合流して俺らみんなで遊ぼうぜ?」
「友達じゃなくて彼氏と待ち合わせてるから」
「彼氏? 彼氏なんているの? 本当に?」
「本当よ。もうそろそろで来ると思うからお引き取り願えないかしら?」
日光は笑顔でそう言った。
うん、笑顔では言っているのだが……両腕を胸の前で組み、片足をなん度もパタパタと動かしていることから苛立っているのがはっきりと見て取れる。
さて、どうしたものか……。
普段ならすぐに声をかけに行くのだが、今はそうはいかない。
日光とはあの告白以降全く話しをしていないし、それに……僕が行く事で日光を傷付けてしまう可能性があるからだ……。
日光は今困っている。
助けに行くのは正しい……と思う。
だけど、それを僕がやってはいけない。
日光は大地がもうそろそろ来ると言っていた。
その言葉が本当なら大地が来ればあの場は丸く収まるはず。
それが誰も傷付かない1番の方法。
「本当は暇なんだろ? 断りたいからって嘘はダメだぜ」
4人の中のある1人が日光の腕を掴んだ。
「ちょっ……離してよ!」
日光はそう言いながらも腕を振りほどこうともがくが全然解けそうな様子はない。
「暴れんなって。ほら、行くぞ」
「痛いって! 辞めて、引っ張らないで!」
「ごめん、待たせたな……って、これどういう状況?」
気が付いたら体が動いていた。
声をかけた僕に対し、日光と男達は動きを止めこちらを見る。
「あっ? 何? お前がこの子の彼氏?」
「そうだけど……もしかしてナンパ? だったらごめん。これから僕達はかの有名な駅前の絶品スイーツを食べに行く約束をしてるんでね」
僕はそう言い、日光の手を取った。
振っておきながら彼氏のフリをするとか……大地にも今の状況を見られていれば変な勘違いを与えかねないし、僕のやっていることは確実に間違いだ。
でも……それでも僕は……困っている日光を放ってはおけなかった。
「ねぇ……何のつもり?」
低く重たい声で日光は呟くように言った。
彼女の方を見ると凄い剣幕で僕の事を睨んでいる。
「私を振っておきながら……馬鹿にしてるの⁈」
日光は僕の手を払いのけながら、怒鳴った。
周りの目など気にせず、顔を真っ赤にさせながら僕に対しての怒りを露わにする。
「そ、そんなわけじゃないって! 僕はただ……」
「あの時、これ以上私に優しくしないでって言ったわよね⁈ なんなの、聞いてなかったの⁈ それとも聞いていたけど忘れた⁈ そもそも言葉が理解出来ていなかった⁈ まぁ、いいわ。この際だからもう一度言わしてもらうけどね、私にこれ以上優しくしないで! もう私なんか放っておいてよ!」
「はぁ⁈ なんだよ⁈ そんな言い方ないだろ⁈ こっちはお前の事を思ってだな――」
僕の言葉はそこで遮られた。
続きの言葉の代わりに僕から出たのは呻き声。
訳の分からないまま、息が出来ずに僕はそのまま跪く。
あぁ……やりやがったな……。
未だに呼吸は出来ないままで、僕は目の前にいる1人の男を睨む。
4人の中の1人が突如僕の腹に蹴りを浴びせてきたのだ。
「何やってるのよ⁈」
日光はうろったえながらも、僕に蹴りを浴びせてきた男に突っかかる。
「こいつは彼氏でもないのに彼氏のフリをした嘘吐き。つまりは悪者だ。それに君は彼のことが嫌いなんだろ? どうだ? 目の前で嫌いな奴がやられてスカッとしたんじゃないか?」
目の前の男は戯けた様子でそう言うと、僕の襟を掴み無理やり立たせる。
そして僕の周りを他の3人も囲んだ。
「違う……わ、私はただ……」
さっきとはうって変わって青い顔をした日光が男達を止めようと手を伸ばすが、それを1人の男が簡単に払う。
「まあまあ、皆まで言うな。分かってる。もっとボコボコにしなきゃ気がすまないよなぁ……」
そう言いながら僕の襟を掴んでいる男が拳を上げる。
「やめてっ!」
日光は叫んだ。
しかし、その制止は虚しくも無意味であり、男は僕の顔面にへと目掛け、上げている拳振り下ろした。
しかし、その拳は僕にへとは当たらなかった。
「何があったかはよくは分からないけどさ……周りの迷惑になってるから辞めてくれないかな?」
男が僕に目掛けて繰り出した拳を片手で掴み止めた大地が睨みながら諭すように言った。
「あぁ? なんだお前?」
僕の襟を離し、大地の手を払いのけながら男も睨み返す。
「何だお前って……別に僕は大した人間じゃないから、彼と同じ学校の生徒であり、この女性の彼氏としか言えないけど……」
「なにぃ? このモヤシ君が本当の彼氏?」
男は日光と目を合わす。
日光はその視線に対し、黙って首を縦に振った。
それを見て男達4人はみんな声を上げて笑う。
「おいおい、こんな彼氏で大丈夫かよ? 俺らの方が強そうで頼りになると思うんだけどなぁ……。いざって時にさ、女守れねぇと男はダメだろ? 例えば今みたいな状況でなぁ!!」
男はいきなり大地にへと殴りかかった。
あからさまな不意打ち。
しかし、大地はそんな不意打ちをもいとも簡単に片手で掴み止めてしまった。
「いいっ⁈ いでででででっ⁈」
かなりの力で拳を握り込まれているのか男は悶え苦しみだした。
その様を大地はただただ冷たい目で見ている。
「僕はさ……君達みたいなチャラチャラした明らかに不真面目で周りに迷惑をかけても平気な顔をしている人間が1番嫌いでね……」
大地はそう言った後、1度大きなため息を吐いた。
そして、男の拳を離し、男の顔面をフルスイングで殴った。
男は軽く宙に浮き地面に叩きつけられた。
気絶しているのか倒れた男はピクリともしない。
それを見て他の3人は一斉に大地へと襲い掛かる。
しかし、その3人の攻撃も大地はするりと避け一撃で彼らを地面にへと伏した。
「銘雪……」
名前を呼ばれ、声の主の方を向くと日光が僕に向かって手を指し出して立っていた。
僕はその手を取り立ち上がる。
「ごめん……」
日光は悲しげな表情をしながら僕にへと謝った。
きっと僕が蹴られた事に彼女は罪悪感を感じているのだ。
日光は何も悪くない。
あいつらが僕を蹴ったのはただのイラつきと強いアピールをしたかっただけ。
本気で日光のためを思って行動した訳じゃない。
それなのに日光は……。
「もう、私のことなんか守らなくていいの」
日光の声は震えていた。
今にも泣き出してしまいそうな、そんな声。
「私には大地がいるから」
その言葉を聞き、何かが僕の中で音を立てて崩れていくのを感じた。
ただ、自分の手で守れるかもしれないものを守りたかっただけ。
困っている人や苦しんでいる人を見ると助けたいと思ってしまう、そんな自分の気持ちに素直に従っていただけ。
だけど……まるで用済みであるかのようなそんな口ぶりに、僕が今まで溜めてきた思いが、一杯一杯だった器から溢れ出てしまった。
「っ――あぁ、そうかよ……良かったな……」
次に自分の口から出るであろう言葉は言ってはいけないものと分かっていた。
それでも僕は止められなかった――
「僕の代わりが見つかってよ……」
その言葉を言った瞬間、場の空気が一気にがらりと変わったのを感じた。
あぁ……最悪だ……。
言った内容も内容。
それに自分でも驚いてしまうぐらい情けない声が出た。
とても長い静寂。
いや、もしかしたらたったの数秒だったのかもしれない。
しかし、僕には数十秒にも数分にも感じられた。
僕は恐る恐る顔を上げ、日光の顔を見る。
そして――僕は後悔した。
日光の目からは涙が流れ、唇をぎゅっと噛み締めていた。
しかし、なぜかその表情からは怒りは感じられない。
感じられるのは悲しみだけ……。
「日光……」
僕の発した声に日光はビクッと肩を震わした。
そして、日光は何も言わずに僕達を置いて一人で走り出す。
「待ってくれ――ぐあっ⁈」
僕は日光を止めようとした。
しかし、それは阻まれた。
僕は無様に地面を転がる。
口の中に鉄の味が広がった。
痛む頰を抑え、殴ってきた張本人を僕は見る。
大地はさっき彼が殴り倒した男達を見るような、そんな冷たい目で僕のことを見下ろしていた。
「責められて欲しかったんだろ? 間違っているのは自分だけ。紅葉さんは何も悪くない。悪いのは全て自分。それに気付いたから彼女に心にもない毒を吐かせて、そうする事で釣り合いを取って少しでも楽になろうとしたんだ」
「ち、違う……」
「何も違わない。君の優しさなんて所詮その程度のもんなんだよ。もしかしたら、そっとしておいて欲しいと思っているかもしれない。傷口を広げるような、痛みを思い出させるようなことをして欲しくないと思っているかもしれない。それなのに君は自分勝手に誰でも助けようとする。それが傷付ける行為になっているとも知らずに!」
僕は何も言わなかった。
いや、何も言えなかった。
大地の言葉を否定しようにも僕にはそれに対し反論する言葉が出てこなかった。
「僕は君とは違って紅葉さんのことをよく分かっている。彼女は自分のために誰かに傷付いて欲しくないと思える人だ。しかし君はそれを理解しなかった。いや、理解しようとしなかった。自分勝手な優しさだけを押し付けて、だ」
その言葉に僕はカチンときた。
大地の方が日光の事をよく知っている?
自分の為に誰かに傷付いて欲しくない。なのにそれを僕が理解しようとしなかった?
…………あぁ、そうかもしれない。
だけど日光は……助けを求めていないわけではなかった!
「なんだよ……じゃあ、日光が困っていようが助けないのが正解だったって言うのかよ! 日光が苦しい思いをしても、助けを求めていても、見て見ぬフリをするのが正しいってお前は言うのかよ⁈」
「それも違う。君が紅葉さんをしっかり守る力があれば良かったんだ。さっきの僕のようにね。それなのに君は守れる力も大してないくせにさっきの様に助けに行こうとして自分が傷付き紅葉さんも傷付ける。僕は誰かを守れるように努力した。君はその努力をしたのか?」
その大地の言葉で僕は林間学校での肝試しを思い出した。
あの時、僕は日光を守ることが出来なかった。
それで、その後僕は何かをしたか?
2度と負けないように、誰かを守りきれるようになれるよう努力したか?
いや……していない……。
ただ、今まで通りの日常をただ繰り返してきただけ。
誰かを守りたいと思いながらも、それ相応の努力を僕はしてこなかった……。
「中学時代に紅葉さんへ2度告白した。2回とも好きな人がいるからと断られた。そして、前の期末考査の最終日にこれが最後だと意を決して3度目の告白をした。そしたら紅葉さんはずっと好きだった人に振られたと言っていたけど……まさかそれが君みたいなやつだったなんてね……」
大地の突然の言葉に僕は自分の耳を疑った。
日光は中学生の時から僕の事が好きだった?
そんなはずはない。
だって僕が日光と知り合ったのは高校に入ってからだ。
きっと、断るための適当な理由作り…………いや……そういえば林間学校の時に日光は高校に入る以前から僕の事を知っている風な事を言っていた。
あれは人違いなどではなく、本当に僕の事だったのか……?
…………分からない。
僕には高校に入る前に日光と知り合った記憶がない。
もしかしたら、楓と薊との記憶が無いように僕がただ忘れているだけなのか……。
「はぁ……紅葉さんを探さないと……」
大地はそう言うと、物思いにふけている僕を置き、日光が走っていった方向へと走っていった。
僕は何も言わず、去っていく大地の背中を彼が見えなくなるまで眺めていた。
あれから僕は家に帰るためにしばらく歩いていた。
「はぁ……」
大きなため息が無自覚に溢れ出た。
日光に会う前よりも足が重くなっており、頭が痛い。
これは腹に蹴りを入れられたり、大地に殴られたりしたダメージでは無い事を僕は分かっていた。
僕の生き方は間違いかもしれない……。
そんな考えが僕に重たくのしかかる。
あぁ、足が重い……。
一歩、歩くたびに地面に足が沈んでいるような感覚。
そして、水の中にいるわけでもないのにとても息苦しい。
いつも無自覚でしていた呼吸がうまく出来ない。
いつかの夢で体験した現象が今まさに僕にへと襲いかかっていた。
僕の生き方は間違いかもしれない……なら、僕は……これからの残りの人生をどう生きればいいのだろう――
はっちゃんも晴矢も用事があると言い学校に残っているため僕は1人で下校している。
心なしか足が重い。
別に痛めている訳でもないし体調が悪い訳でもないのに……だ。
しかし、原因が分かっていない訳ではない。
きっと今日の昼休みの事を今も引きずっている。
原因が分かってはいるのだが……だけどそれは今の僕にはどうすることも出来ないことだった。
僕は一度、誰かのために行動する事を諦めた。
誰かのために僕自身が傷付くことに耐え切れなくなったからだ。
でも、橘に出会って余命が分かってから色々な事があり、再び誰かのために生きる事を決めた。
僕が傷付いても誰かのためになるのなら……それでいいと思った。
だけど……
『君のその中身のない空っぽの優しさはいつか誰かを傷付けるだろうね』
『貴方の優しさが……とても苦しいの……』
僕の優しさが誰かを傷付けていた事を知ってしまった。
誰にも傷付いて欲しくない。困っている誰かを救いたい。誰かのために生きたい。
そう思っているのに……僕のその優しさが誰かを傷付けてしまっていたのなら……僕は一体どうすれば……。
「君かわうぃ~ねぇ~。暇ならさ、僕らと少し遊ばない?」
「ごめんなさい。人を待ってるから遠慮しておくわ」
聞き覚えのある声がした。
声がした方を向くと、4人のチャラいお兄さんがたに囲まれている日光がいた。
4月の時といい前のひったくりといい、なんて面倒ごとに絡まれやすい体質なんだろう。
……まぁ、ナンパされるのは美人だから仕方ないことなのかもしれないが。
「何々、友達? それならその子と合流して俺らみんなで遊ぼうぜ?」
「友達じゃなくて彼氏と待ち合わせてるから」
「彼氏? 彼氏なんているの? 本当に?」
「本当よ。もうそろそろで来ると思うからお引き取り願えないかしら?」
日光は笑顔でそう言った。
うん、笑顔では言っているのだが……両腕を胸の前で組み、片足をなん度もパタパタと動かしていることから苛立っているのがはっきりと見て取れる。
さて、どうしたものか……。
普段ならすぐに声をかけに行くのだが、今はそうはいかない。
日光とはあの告白以降全く話しをしていないし、それに……僕が行く事で日光を傷付けてしまう可能性があるからだ……。
日光は今困っている。
助けに行くのは正しい……と思う。
だけど、それを僕がやってはいけない。
日光は大地がもうそろそろ来ると言っていた。
その言葉が本当なら大地が来ればあの場は丸く収まるはず。
それが誰も傷付かない1番の方法。
「本当は暇なんだろ? 断りたいからって嘘はダメだぜ」
4人の中のある1人が日光の腕を掴んだ。
「ちょっ……離してよ!」
日光はそう言いながらも腕を振りほどこうともがくが全然解けそうな様子はない。
「暴れんなって。ほら、行くぞ」
「痛いって! 辞めて、引っ張らないで!」
「ごめん、待たせたな……って、これどういう状況?」
気が付いたら体が動いていた。
声をかけた僕に対し、日光と男達は動きを止めこちらを見る。
「あっ? 何? お前がこの子の彼氏?」
「そうだけど……もしかしてナンパ? だったらごめん。これから僕達はかの有名な駅前の絶品スイーツを食べに行く約束をしてるんでね」
僕はそう言い、日光の手を取った。
振っておきながら彼氏のフリをするとか……大地にも今の状況を見られていれば変な勘違いを与えかねないし、僕のやっていることは確実に間違いだ。
でも……それでも僕は……困っている日光を放ってはおけなかった。
「ねぇ……何のつもり?」
低く重たい声で日光は呟くように言った。
彼女の方を見ると凄い剣幕で僕の事を睨んでいる。
「私を振っておきながら……馬鹿にしてるの⁈」
日光は僕の手を払いのけながら、怒鳴った。
周りの目など気にせず、顔を真っ赤にさせながら僕に対しての怒りを露わにする。
「そ、そんなわけじゃないって! 僕はただ……」
「あの時、これ以上私に優しくしないでって言ったわよね⁈ なんなの、聞いてなかったの⁈ それとも聞いていたけど忘れた⁈ そもそも言葉が理解出来ていなかった⁈ まぁ、いいわ。この際だからもう一度言わしてもらうけどね、私にこれ以上優しくしないで! もう私なんか放っておいてよ!」
「はぁ⁈ なんだよ⁈ そんな言い方ないだろ⁈ こっちはお前の事を思ってだな――」
僕の言葉はそこで遮られた。
続きの言葉の代わりに僕から出たのは呻き声。
訳の分からないまま、息が出来ずに僕はそのまま跪く。
あぁ……やりやがったな……。
未だに呼吸は出来ないままで、僕は目の前にいる1人の男を睨む。
4人の中の1人が突如僕の腹に蹴りを浴びせてきたのだ。
「何やってるのよ⁈」
日光はうろったえながらも、僕に蹴りを浴びせてきた男に突っかかる。
「こいつは彼氏でもないのに彼氏のフリをした嘘吐き。つまりは悪者だ。それに君は彼のことが嫌いなんだろ? どうだ? 目の前で嫌いな奴がやられてスカッとしたんじゃないか?」
目の前の男は戯けた様子でそう言うと、僕の襟を掴み無理やり立たせる。
そして僕の周りを他の3人も囲んだ。
「違う……わ、私はただ……」
さっきとはうって変わって青い顔をした日光が男達を止めようと手を伸ばすが、それを1人の男が簡単に払う。
「まあまあ、皆まで言うな。分かってる。もっとボコボコにしなきゃ気がすまないよなぁ……」
そう言いながら僕の襟を掴んでいる男が拳を上げる。
「やめてっ!」
日光は叫んだ。
しかし、その制止は虚しくも無意味であり、男は僕の顔面にへと目掛け、上げている拳振り下ろした。
しかし、その拳は僕にへとは当たらなかった。
「何があったかはよくは分からないけどさ……周りの迷惑になってるから辞めてくれないかな?」
男が僕に目掛けて繰り出した拳を片手で掴み止めた大地が睨みながら諭すように言った。
「あぁ? なんだお前?」
僕の襟を離し、大地の手を払いのけながら男も睨み返す。
「何だお前って……別に僕は大した人間じゃないから、彼と同じ学校の生徒であり、この女性の彼氏としか言えないけど……」
「なにぃ? このモヤシ君が本当の彼氏?」
男は日光と目を合わす。
日光はその視線に対し、黙って首を縦に振った。
それを見て男達4人はみんな声を上げて笑う。
「おいおい、こんな彼氏で大丈夫かよ? 俺らの方が強そうで頼りになると思うんだけどなぁ……。いざって時にさ、女守れねぇと男はダメだろ? 例えば今みたいな状況でなぁ!!」
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あからさまな不意打ち。
しかし、大地はそんな不意打ちをもいとも簡単に片手で掴み止めてしまった。
「いいっ⁈ いでででででっ⁈」
かなりの力で拳を握り込まれているのか男は悶え苦しみだした。
その様を大地はただただ冷たい目で見ている。
「僕はさ……君達みたいなチャラチャラした明らかに不真面目で周りに迷惑をかけても平気な顔をしている人間が1番嫌いでね……」
大地はそう言った後、1度大きなため息を吐いた。
そして、男の拳を離し、男の顔面をフルスイングで殴った。
男は軽く宙に浮き地面に叩きつけられた。
気絶しているのか倒れた男はピクリともしない。
それを見て他の3人は一斉に大地へと襲い掛かる。
しかし、その3人の攻撃も大地はするりと避け一撃で彼らを地面にへと伏した。
「銘雪……」
名前を呼ばれ、声の主の方を向くと日光が僕に向かって手を指し出して立っていた。
僕はその手を取り立ち上がる。
「ごめん……」
日光は悲しげな表情をしながら僕にへと謝った。
きっと僕が蹴られた事に彼女は罪悪感を感じているのだ。
日光は何も悪くない。
あいつらが僕を蹴ったのはただのイラつきと強いアピールをしたかっただけ。
本気で日光のためを思って行動した訳じゃない。
それなのに日光は……。
「もう、私のことなんか守らなくていいの」
日光の声は震えていた。
今にも泣き出してしまいそうな、そんな声。
「私には大地がいるから」
その言葉を聞き、何かが僕の中で音を立てて崩れていくのを感じた。
ただ、自分の手で守れるかもしれないものを守りたかっただけ。
困っている人や苦しんでいる人を見ると助けたいと思ってしまう、そんな自分の気持ちに素直に従っていただけ。
だけど……まるで用済みであるかのようなそんな口ぶりに、僕が今まで溜めてきた思いが、一杯一杯だった器から溢れ出てしまった。
「っ――あぁ、そうかよ……良かったな……」
次に自分の口から出るであろう言葉は言ってはいけないものと分かっていた。
それでも僕は止められなかった――
「僕の代わりが見つかってよ……」
その言葉を言った瞬間、場の空気が一気にがらりと変わったのを感じた。
あぁ……最悪だ……。
言った内容も内容。
それに自分でも驚いてしまうぐらい情けない声が出た。
とても長い静寂。
いや、もしかしたらたったの数秒だったのかもしれない。
しかし、僕には数十秒にも数分にも感じられた。
僕は恐る恐る顔を上げ、日光の顔を見る。
そして――僕は後悔した。
日光の目からは涙が流れ、唇をぎゅっと噛み締めていた。
しかし、なぜかその表情からは怒りは感じられない。
感じられるのは悲しみだけ……。
「日光……」
僕の発した声に日光はビクッと肩を震わした。
そして、日光は何も言わずに僕達を置いて一人で走り出す。
「待ってくれ――ぐあっ⁈」
僕は日光を止めようとした。
しかし、それは阻まれた。
僕は無様に地面を転がる。
口の中に鉄の味が広がった。
痛む頰を抑え、殴ってきた張本人を僕は見る。
大地はさっき彼が殴り倒した男達を見るような、そんな冷たい目で僕のことを見下ろしていた。
「責められて欲しかったんだろ? 間違っているのは自分だけ。紅葉さんは何も悪くない。悪いのは全て自分。それに気付いたから彼女に心にもない毒を吐かせて、そうする事で釣り合いを取って少しでも楽になろうとしたんだ」
「ち、違う……」
「何も違わない。君の優しさなんて所詮その程度のもんなんだよ。もしかしたら、そっとしておいて欲しいと思っているかもしれない。傷口を広げるような、痛みを思い出させるようなことをして欲しくないと思っているかもしれない。それなのに君は自分勝手に誰でも助けようとする。それが傷付ける行為になっているとも知らずに!」
僕は何も言わなかった。
いや、何も言えなかった。
大地の言葉を否定しようにも僕にはそれに対し反論する言葉が出てこなかった。
「僕は君とは違って紅葉さんのことをよく分かっている。彼女は自分のために誰かに傷付いて欲しくないと思える人だ。しかし君はそれを理解しなかった。いや、理解しようとしなかった。自分勝手な優しさだけを押し付けて、だ」
その言葉に僕はカチンときた。
大地の方が日光の事をよく知っている?
自分の為に誰かに傷付いて欲しくない。なのにそれを僕が理解しようとしなかった?
…………あぁ、そうかもしれない。
だけど日光は……助けを求めていないわけではなかった!
「なんだよ……じゃあ、日光が困っていようが助けないのが正解だったって言うのかよ! 日光が苦しい思いをしても、助けを求めていても、見て見ぬフリをするのが正しいってお前は言うのかよ⁈」
「それも違う。君が紅葉さんをしっかり守る力があれば良かったんだ。さっきの僕のようにね。それなのに君は守れる力も大してないくせにさっきの様に助けに行こうとして自分が傷付き紅葉さんも傷付ける。僕は誰かを守れるように努力した。君はその努力をしたのか?」
その大地の言葉で僕は林間学校での肝試しを思い出した。
あの時、僕は日光を守ることが出来なかった。
それで、その後僕は何かをしたか?
2度と負けないように、誰かを守りきれるようになれるよう努力したか?
いや……していない……。
ただ、今まで通りの日常をただ繰り返してきただけ。
誰かを守りたいと思いながらも、それ相応の努力を僕はしてこなかった……。
「中学時代に紅葉さんへ2度告白した。2回とも好きな人がいるからと断られた。そして、前の期末考査の最終日にこれが最後だと意を決して3度目の告白をした。そしたら紅葉さんはずっと好きだった人に振られたと言っていたけど……まさかそれが君みたいなやつだったなんてね……」
大地の突然の言葉に僕は自分の耳を疑った。
日光は中学生の時から僕の事が好きだった?
そんなはずはない。
だって僕が日光と知り合ったのは高校に入ってからだ。
きっと、断るための適当な理由作り…………いや……そういえば林間学校の時に日光は高校に入る以前から僕の事を知っている風な事を言っていた。
あれは人違いなどではなく、本当に僕の事だったのか……?
…………分からない。
僕には高校に入る前に日光と知り合った記憶がない。
もしかしたら、楓と薊との記憶が無いように僕がただ忘れているだけなのか……。
「はぁ……紅葉さんを探さないと……」
大地はそう言うと、物思いにふけている僕を置き、日光が走っていった方向へと走っていった。
僕は何も言わず、去っていく大地の背中を彼が見えなくなるまで眺めていた。
あれから僕は家に帰るためにしばらく歩いていた。
「はぁ……」
大きなため息が無自覚に溢れ出た。
日光に会う前よりも足が重くなっており、頭が痛い。
これは腹に蹴りを入れられたり、大地に殴られたりしたダメージでは無い事を僕は分かっていた。
僕の生き方は間違いかもしれない……。
そんな考えが僕に重たくのしかかる。
あぁ、足が重い……。
一歩、歩くたびに地面に足が沈んでいるような感覚。
そして、水の中にいるわけでもないのにとても息苦しい。
いつも無自覚でしていた呼吸がうまく出来ない。
いつかの夢で体験した現象が今まさに僕にへと襲いかかっていた。
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