余命1年から始めた恋物語

米屋 四季

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6.7月編

53話 変わらない貴方

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「紅葉ちゃん……その……さっきはごめんね……」

 林間学校3日目の登山。
 銘雪が足の怪我で途中退場してから数分が経過した時だった。
 急に瑞稀は私だけに聞こえるぐらいの声の大きさで謝った。

「いきなりどうしたのよ? それに謝られるようなことなんて何も……」

「ううん……りっくんの足の怪我、あれ、私のせいなのに紅葉ちゃんはそれが分かってて……」

 私は瑞稀の言葉に驚いた。
 銘雪が瑞稀に押された時点で足を怪我していたのを彼女は気付いていたのだ。
 まぁ、私でさえ銘雪の足の怪我に気付いていたのに、銘雪の事が好きな瑞稀が気付かないわけがないか……。

 私が転校する前の小学校が一緒だったということもあり、瑞稀とは中学校に入ってすぐに仲良くなった。
 瑞稀が銘雪の事が好きなのは中学2年生の時に知った。
 銘雪の事を話す時の瑞稀は、それは嬉しそうで、時には恋しそうで、まさに恋する乙女のような顔をしていた。
 私は彼女がそうなるほどの銘雪という男がどんな人なのか興味を持った。
 そして、瑞稀の小学校の卒業アルバムで銘雪の顔を見て私は言葉を失った。
 銘雪 陸、それは私を助けてくれた名前も知らない初恋の人だったから――


「そう……貴女、分かっていたのね……」

「うん。分かるよ……だって大切な人だから……」

「分かっていながら放置していたの?」

「りっくんが私のために無理して頑張ってるのは分かってた。だから、私が気付いている事がりっくんにバレちゃったら、きっと、りっくんは傷付いて、何も悪くないのに自分を責めてしまう。りっくんの頑張りを無駄にはしたくなかったから」

 瑞稀は私の方を見ずに、前だけを向いて言った。
 瑞稀がどんな表情をしているかは私からは分からない。

「瑞稀は凄いわね……私だったら好きな人が傷付くのは耐えられない……」

「私も本当は傷付いて欲しくないよ。でも、私が何を言っても、りっくんのそういうところは治らないと思う。それに、私はりっくんのそういうところが好きだから」

 瑞稀はこちらを向いて苦笑いをする。
 あぁ……やっぱり私はこの子には敵わない。
 私も銘雪のそういうところが好きになった。
 だけど私は、そういうところが好きになったのに、誰かの為に傷付くのを辞めて欲しいと思ってしまっている。

「私の好きな人も誰かのために傷付く事ができる人なのは、前に言ったわよね?」

「小学生の時に助けてくれた人だよね?」

 私はえぇと頷く。
 瑞稀には小学生の時に助けてくれた人が好きということは言ったが、それが銘雪の事とは教えていない。

「私はその人のそういうところが好きになったのに、そういうところを辞めて欲しいと思ってる。そしてそれは、今も変わらない。おかしいわよね、付き合っているわけでもないのに……その人がどう生きようが自由なのに、そんな事を思うなんて……」

「そんな事ないと思うよ。大切な人に傷付いて欲しくないって思うのは当たり前だと思う…………紅葉ちゃんはその人に告白しないの?」

「無理よ。だってその人、好きな人いるし……それに……」

 相手は貴女の好きな人なのだから――
 しかし、私はそれを口には出さない。
 それを口に出してしまったら、きっと私と瑞稀は今までのような仲ではいられなくなってしまう。

「そんなのやってみないと分からないよ! 紅葉ちゃんは可愛いし優しいし、それに紅葉ちゃんが告白したことで意識してもらえるかも知れない……だから……!」

 しかし、そんな私の気も知らずに瑞稀は私へと告白する事を勧めてくる。
 そんな、彼女の言葉に私はイラつきを感じてしまった。

「私の好きな人が……貴方の好きな人でも?」 

 瑞稀は私の言葉で、顔を引きつらせて固まる。

「本当に告白してもいいの?」

 そう口にはしたものの、頭の中ではなんて馬鹿な事を言っているんだろう、と私は自分自身を嘲笑う。
 瑞稀がなんと言おうと、絶対に私は告白なんてしない。
 告白なんてしたところで振られることなんて分かっている。
 万が一の可能性もないだろう。
 しかし、瑞稀の反応は私が思っていたものと違っていた。

「それは…………だめ……」

 瑞稀は俯き、涙目になりながらそう言った。
 彼女は私が銘雪に告白すれば付き合えると本気で思っているのだろう。
 私と銘雪が付き合える訳もないのに……。

「はぁ……冗談よ。私はあいつのことなんて、どうも思っていないから」

 私はそう言った後、再び歩き始めた。

「うん……」

 瑞稀は消え入りそうな声で返事をした。
 そして、それ以上は何も言ってはこなかった。
 私は瑞稀の顔を見る事が出来なかった。
 なんであんな事を言ってしまったのだろうと今になって自責の念にかられる。
 あぁ、私はなんて酷い女なのだろうか……。






 気が付くと商店街の出口付近に来ていた。
 なんで今になって林間学校の時の事を思い出していたのだろう……。
 あの出来事のあと、瑞稀との関係にそこまでの変化はなかった。
 瑞稀は以前と変わらず、いつも通り私と接してくれた。
 だから、私はあの時の事を忘れようとしていたのに……きっと、楓のあの言葉のせいだ……。

「あ、すみません……」

 色々と考え事をしていたせいで目の前から歩いてきた人とぶつかりかける。
 私は右へと避けようとしたが――





 僕は全速力で商店街を駆けていた。
 家を出てからまだ数分しか経っていない。
 なのに、日光の姿は見えない。

 間に合わなかったのか……?

 そんな不安が僕の頭を過る。
 ここまで全速力で走って来ているため、体力の限界も近い。
 あともう少しで商店街も抜けてしまう。
 そんな事を考えていた時だった。
 商店街の出口付近で日光が歩いているのが見えた。
 その肩にはまだ鞄があった。
 まだ、引ったくりにはあってはいないようだ。
 良かった……間に合った……。
 そう思い安堵した瞬間だった。
 日光の前を歩いていた男が日光の鞄を掴み、日光を突き飛ばした。

「日光っ!」

 僕は叫びながら、走り続ける。
 そして、迫ってくる男へとそのままの勢いでタックルを仕掛けた。
 僕と男は地面へと転がる。
 日光の鞄が目の前に落ちていたため、すぐに掴みとった。
 しかし、男も僕とほぼ同じタイミングで日光の鞄を掴む。

「っ……この、離しやがれ!」

 僕は男と日光の鞄を引っ張り合う。
 さっきまでずっと全速力で走っていたため、体力の限界が既に来ていた。
 きっと、鞄を取り上げ逃げられてしまえば、もう僕は追いかける事は出来ない。

「くそっ!」

 男は手を振り上げ、僕の顔面へとその拳を振り下ろした。
 僕は両手で鞄を引っ張っていたため、その拳を顔面でもろに受けてしまう。
 体が後ろにふっ飛んだ。
 しかし、僕の腕の中には日光の鞄があった。
 男が片手で鞄を掴んでいたため、僕が飛ばされた衝撃で離れてしまったのだろう。

「チッ……!」

 男は鞄を諦めたのか、舌打ちをしながら人通りが少ない細道へと走っていった。

「貴方なんでここに……」

 日光が未だに尻餅をついている僕の元へと走り寄ってくる。

「えっと……ちょっと商店街へ買い出しに行こうと思ったらたまたま……でも、良かった。鞄を取り返す事が出来て。体の方は大丈夫か?」

 僕は日光へと鞄を渡す。

「私は大丈夫。鞄の方も大した物なんて入っていないから別に良かったのに……あ、貴方口から血が……」

 日光に言われ、僕は口元を手で拭った。
 拭った手には血が付いている。
 どうやらさっきの一発で口の中が切れたらしい。

「大丈夫大丈夫。これぐらい大した事ないよ」

 口の中にはまだ痛みがあり鉄の味がしたが、日光を心配させたくなかったため僕は笑いながら言った。

「そう……ありがとうね……」

 日光はそう言い、僕へと手を差し出した。
 僕はその日光の対応へと違和感を感じる。
 いつもなら、危ないから無理しないでだのなんだのと小言を言って、素直にお礼なんか言わないのに、今日はいつもと様子が違ったからだ。
 そんな事を思いながらも、僕は日光の手を取り立ち上がる。

「もし、またさっきのやつに襲われたら大変だからさ。このまま送り届けるよ」

「買い出しはいいの?」

「うん。そんなに急ぐ事じゃないし、日光を送り届けてからでいいや」

「それじゃあ、お言葉に甘えるわ」

 日光は優しく微笑みながら言った。
 僕はそんな日光を見て再び違和感を感じる。
 こんなにすんなりと事が進むのはかなりおかしい。
 すんなりと事が進むのに越した事はないのだが、いつもの日光なら、そこまでしなくていいわよ、と必ず遠慮する素振りを見せるはずなのにそれが一切ない。
 今日の日光はやはり、いつもと違う。
 そんな事を思いながらも、僕は日光と一緒に商店街を出た。






 僕と日光は住宅街を歩いていた。
 僕たちは商店街を出てから、まだ一度も言葉を交わしていない。
 普段2人きりになってもこんな感じではないのだが……今日はいつもと違う空気を感じてしまい、僕は口を開く事が出来なかった。
 しかし、このまま何も話さないでずっと歩き続けるのはかなり気まずい。
 僕はそんな気まずさから抜け出すため、意を決して口を開く。

「僕さ……ああいう空の色が好きなんだ」

 僕は西の空を指差して言った。
 夕陽が沈んでいるため東の空は既に暗かったが、西の空はまだ赤紫がかっている。

「ああいう空を見ると、今日ももう終わってしまうんだなぁって感じてさ」

「そう……」

「…………小さい頃は雲は柔らかくて乗れるもんだと思ってて、いつか乗る事を夢見てたなぁ」

「そう……」

「……しかし、雲が大気中に浮かぶ水分の塊って知って、乗る事も触れる事も出来ないって分かった時はショックだったなぁ」

「そう……」

「…………そういえば、明日は晴れるみたいだな」

「そう……」

 やばい……心が折れて今にも泣いてしまいそうだ……。
 僕も僕で変な雰囲気のせいで、いつもみたいに普通に喋れないし、日光もうわのそらで生返事をするばかり。
 早く送り届けて早く帰りたいという衝動に駆られる。

「ねぇ……」

「うぃえっ?」

「……何、変な声出してるのよ」

「いや、普通に声を掛けられたからついびっくりして……」

「普通に声を掛けられてなんでびっくりするのよ……」

 日光はそう言い呆れた顔をした後、数度深呼吸をすると、真剣な表情へと変えた。

「貴方はなんで誰かの為に頑張る事が出来るの……」

 その日光の質問に僕はどこか懐かしさを感じた。

「うーん……誰かのためというか……僕のため?」

 ずっと前に誰かから似たような質問を僕はされ、そして今と同じような受け答えをしたような気がする……。
 僕が質問に答えてから数秒しても、日光は何も言わない。
 僕は隣を歩いている日光を見た。
 その瞬間に、日光は口を開いた。
 そして、その日光の口から出た言葉は、僕が全く予期していないものだった。




 今日の私はなんだかおかしい……。
 色々な感情が、色々な思いが、色々な考えが頭の中でぐちゃぐちゃとごちゃ混ぜになっている。
 さっきから銘雪が何かを言っているが全然頭に入ってこない。
 そのため、つい適当な返事をしてしまう……。
 銘雪は話したい事がなくなったのか急に黙り込んでしまった。

「ねぇ……」

「うぃえっ?」

「……何、変な声出してるのよ」

「いや、普通に声を掛けられたからついびっくりして……」

 銘雪は苦笑しながら言った。

「普通に声を掛けられてなんでびっくりするのよ……」

 私はそんな彼に呆れつつも、数度深呼吸をし、口を開いた。

「貴方はなんで誰かの為に頑張る事が出来るの……」

 なんでこんな質問をしたのか、私にも分からなかった。
 銘雪の答えを聞いたからって、特にどうすることもない。
 何の意図もない質問。
 それでも私は、なぜかこの意味のない質問を銘雪へとしないといけないと思ったのだ。

「うーん……誰かのためというか……僕のため?」

 銘雪の答え、それはあの頃と変わらないものだった。
 頭の中でぐちゃぐちゃと渦巻いていたものが一気に吹き飛んでいく。
 そこに残ったものは、ただ一つの想い。
 あぁ……やっぱり私はこの人の事が――

「好き……」
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