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6.7月編

49話 罰ゲーム

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「日光、それは7じゃないだわさ。2だわさ」

「ふふっ……そ、そう……なら変えるわ」



「橘、今はお前が1番弱いからカードを変えた方がいいだわさよ?」

「ちょ、陸さん……ご、語尾を微妙変えるの、や、やめて下さい……お、お腹が…………ぎゃーーーー! 嘘じゃないですか!」



「晴矢、それはQだからそのままでいいだわさ」

「お前はもう喋るな! 語尾が鬱陶しいんだよ!」

「えぇ……理不尽だわさ」

「とりあえずチェンジだ。 ちっ……本当だったのかよ……」

「だから言ったのにだわさ……」

 僕達は現在、2回目のゲームを行なっている最中だ。
 今やっている語尾に「だわさ」を付けるという罰ゲームも初めのうちは恥ずかしかったが、時間が経つにつれて割り切る事が出来た。
 みんなもだんだん慣れてきていたのだが……僕が急に何の躊躇いもなく真顔で語尾にだわさを付け始めたのを見て、笑いの熱が再発している状態だ。
 ちなみに今回の罰ゲームは晴矢が考えた[ドベは自分が1番面白いと思っている駄洒落を言う]というもの。
 そんなの絶対に滑ることは分かりきっているため、やりたくない。

「カードの交換はもういいか?」

 はっちゃんがみんなへと尋ねた。
 現在のカードの状態は、はっちゃんは9、晴矢は7、日光はK、瑞稀さんは10、楓は6、薊と橘はJだ。

 そういえば人のことばかり言っておいて自分のカードを気にしてなかった。
 みんなも僕のカードについては何も言ってこなかったし……。

 その時、突如僕の頭に疑問が浮かんだ。

 なぜ、みんなは僕のカードに対して何も言わなかった?
 ……そんなのそのままにしていた方が自分たちにメリットがあるからだろ。
 2や3みたいなほぼ負けが確定するよなカード、それを僕が持っているとしたら……。

「ま、待つだわさ」

 僕はカードを交換するため自分が持っているカードを表向きにした。
 表向きにしたカード……それはジョーカーという最強のカード。

「はぁーいぃだわさぁ!!」

 ただの独り相撲じゃねぇか!
 僕は全力でカードを机にへと叩きつける。

「お、おぉ……いきなりどうしたんだゆっちゃん……」

「なんで誰も何も言ってくれなかっただわさ⁈」

「いや、俺は流れ的にそのままジョーカーでいくものだと思っていたからさ。急に何も言わずにカードを変えたのはゆっちゃんだろ?」

「3回連続でビリは流石に可哀想だから何も言わずに放置していたのにな……」

 はっちゃんと晴矢は苦笑いをしなが言った。

「それで、この新しいカードはどうなんだわさ?」

「俺が見る限りだがこの中では1番弱いな」

「ボクから見てもだね」

 晴矢と楓の2人が言った。
 嘘はないと判断したため、僕はカードを交換するため表向きにする。
 それは4と確かに弱いカードだった。
 次のカードが何であれ僕は勝負しなくてはならない。
 僕は目を瞑り、強いカードが出ることを祈る。
 そしてカードを1枚引き、表向きに出した。

「お前、運がないな……」

 晴矢のそんな声が聞こえ、僕は目を開く。
 最後のカード、それは最弱の2だった。

「じゃあ、ゆっちゃんがまたドベって事で」

「あぁ~……カードを変えなければ良かっただわさ……」

「ゆっちゃん、もう2回戦は終わったからだわさは言わなくていいぜ」

「あぁ、そうかもう終わっていたんだっけだわ……」

 僕は再びだわさを言いかけ、急いで自分の口を手で覆った。
 そんな僕の様子をみんな心配そうな目で見つめる。

「だ、大丈夫大丈夫」

 僕は1度咳払いをして笑った。
 あんな語尾が定着などしたらとんだイカれやろうだと思われてしまう。

「それじゃあ、罰ゲームの時間だ。いっちょ面白い駄洒落をお願いするぜい」

 はっちゃんは笑顔で親指をぐっと立てながら僕へと言う。

 面白いと思う駄洒落……僕は駄洒落なんかあまり知らないし面白いとも然程思ったことがないのだが……。

「えっ、と…………僕は眼鏡にめがねぇ……」

 僕が駄洒落を言い終わった瞬間、さっきまで和気藹々とゲームをしていたのがまるで嘘だったかのように、場が急に冷めていくのを感じた。
 みんなからくる冷たい視線。
 リビングにある時計の針が進む音だけが鳴り響く空間。
 乾いた笑いすらも起きない。
 僕はこの時、産まれて初めて時間が戻る事を願った。






「んー……喋らないのはゲーム的にも不利だし、疲れるなー」

 日光が考えた罰ゲーム[4位が次のゲームの間一切話さない]を終えた楓が蹴伸びをしながら言った。
 あの地獄のような2回戦目から既に3回戦が終わり、次で6回戦目となる。

「それじゃあ、3位だったゆっちゃんに好きな食べ物を言ってもらおうか」

 これは4回戦目に1位になった瑞稀さんが考えた罰ゲームだ。
 瑞稀さんは優しいので、どこぞの誰かさん達と違って、語尾に~を付けろとか駄洒落を言えなどと馬鹿な事は言わない。

「好きな食べ物は肉じゃがだ」

「本当? 私肉じゃが作るの得意なんだ」

 瑞稀さんは僕の応えを聞き嬉しそうに言う。

「へぇ……なら今度食べてみたいな」

「うん。夕食の残りを次の日のお弁当に入れることがあるから、その時にりっくんにあげるね」

「それは楽しみだ」

 僕らは2人で笑い合う。
 まさか、罰ゲームでこんな約束をする事になるなんて思ってもいなかった。
 きっとはっちゃんもここまでは考えていなかったと思うけど、きっかけをくれたのは確かだ。今度お礼をしないとな。

「さあって、さっきのゲームは俺が1位だったわけだが……」

 はっちゃんはそこで一旦言葉を止め、目を閉じ深呼吸をする。そして、はっちゃんはキリッとした表情で口を開いた。

「次の一位とドベがポッキーゲームだ!」

「それは冗談か? それとも本気か?」

「もちろん本気だ!」

「そうか……」

「ちょっと待ってくれ!」

 勉強道具を取り出そうとしている晴矢をはっちゃんは全力で止めにかかる。

「別にキスをするとかそんなことを言ってるんじゃねぇ! ポッキーゲームだ。つまりは、よーいどんで折ってしまえばすぐに終わる! それに俺が1位になるとは限らないだろ⁈」

「そうは言うが……」

 晴矢は女子達の反応を確認する。
 やはり男とポッキーゲームをする可能性があるのには抵抗があるのか、みんな戸惑った表情をしている。

「今まで女性関係で何1ついい事がなかったんだぜ⁈ ギャルゲーやってるだけでキモオタとか言われてまるで豚でも見るような目で見られ、カレー作りはゆっちゃん達が楽しくイチャイチャ料理する中わけの分からない液体を作って、肝試しではいっちゃんに殴られ……」

 こ、こいつ、泣いてる……。

「頼む……可能性ぐらい見せてくれ……!」

 女子達はそんなはっちゃんがなんだか可哀想になってきたのか、女子達だけでひそひそと何か会話をしたあと、顔を見合わせ一度頷いた。

「分かった。その代わり1番最初に言ってた、よーいどんでも折ってもいいってことは絶対に守ってね」

 楓がそう言うとはっちゃんは飛び上がりながらガッツポーズをした。

「でも、ポッキーなんてこの家にはないぞ」

「大丈夫! 俺が自前で用意してるから!」

 はっちゃんは自分の鞄の中からいそいそとポッキーを取り出す。
 やる気満々じゃねぇか。

「さあって、いっちゃん! シャッフルとカード配分よろしく!」

 はっちゃんはトランプの束を先ほど2位だった楓へと渡す。
 いつにも増してテンションが高い。
 ポッキーゲームをする事が確定しているわけでもないのに、あれほどのテンションになれるはっちゃんを見ていると、今までの苦労が感じられ、なんだが僕も可哀想に感じてきた。
 そして、そんな事を考えているうちに楓がみんなへとカードを配り終わった。
 みんなはカードを上げる。

 うっ……。

 はっちゃんのポッキーゲームがしたいという強い思いが神にも伝わったのか、はっちゃんのカードはAだった。
  きっと、みんなの心にも焦りが生まれたはず。
 だけど、それがはっちゃんに悟られないようにするためにみんなはいつも通りを装っている。

 僕達がはっちゃんにカードを変えるように仕掛けようとした時だった。
 はっちゃんは勢いよく机を叩き、席を立った。

「俺はこのカードを変えねぇ!」

 いきなりの宣言でみんな唖然とした。

「え……い――」

 イカサマか⁈ と言いそうになったが僕はすぐに口を紡いだ。
 今のがただのはっちゃんのハッタリで、僕達の反応を伺うものかもしれないとすぐに気付いたからだ。
 きっと弱い数字や中途半端な数字、何を馬鹿なことを言ってるんだこいつ? みたいな反応になるだろうが、強いカードなら誰しもがはっちゃんのイカサマを疑うだろう。
 みんなもそれが分かっているのか、誰もイカサマなのでは? と口には出さない。
 しかし、さっきの一瞬の動揺は隠しきれておらず、はっちゃんはそれで何か察するところがあったのか、席を立ったままニマニマと笑っている。

「今のみんなの反応で察するに……俺のカードはジョーカーかAってとこかな……」

「ばーか、あまりにも中途半端な数のくせして変えないって堂々と言った事に驚いたんだよ」

「まぁ、はっちゃんは変えないって言ったからもう変えなくてもいいんじゃないか?」

 僕と晴矢の言葉を聞き、はっちゃんは声を上げて笑った。

「何がおかしいんだよ」

「いやぁ、悪い悪い。必死に動揺を隠して俺を騙そうとしているのが分かってな」

 はっちゃんは席に座り、机を指差す。

「さっき俺が机を叩いて席を立ったのはみんなの意識を俺に集め反応を見るためだ。それで俺が強いカードを持ってるって分かったが、今のゆっちゃん達の反応で更に確証を持てた」

 はっちゃんは得意げに微笑みながら、机の次は僕達を指差した。

「このゲームをゆっちゃんとはるちゃんの3人で長い間してきたからな。俺は2人の癖を把握している。はるちゃんは動揺したり嘘をついたりした時にカードを持っていない手を握りしめる癖がある。ゆっちゃんは動揺したら左手を右肩へと持ってくる癖だ」

 はっちゃんに言われ、僕は思い当たる節があったため何も言い返せなかった。
 晴矢も同じことを思っているのか、歯ぎしりをしている。

「さあって、ゲームの続きをしようぜ。ちなみに俺がキ……ポッキーゲームを狙っているのはいっちゃんかにっちゃんだ」

「お前、今キスって言いかけたな」

「気のせいだ。まぁ、みずっちゃんとあっちゃんはQ、たっちゃんは10だからカードを変える心配はないと思うぜ」

 そうはっちゃんに言われ、3人の女子達は僕と晴矢の顔を見る。
 はっちゃんが言ったカードの数字は正しいため僕達は頷いた。
 カードを教えられた3人は安堵の表情を見せた。

「ボク達を狙う気満々だね。そんなにボク達のことが好きなのかい?」

「何一つ嬉しくないわね」

 狙われている2人は心底嫌そうな顔をしながら言った。

「ふっ。好きとかそういうのじゃないが……にっちゃんといっちゃんには日頃からだいぶお世話になってるからなぁ」

 はっちゃんは舌舐めずりをしながらゲスい表情を見せる。

「さあって、どっちが俺とキスをする事になるかな?」

「とうとうがっつりキスって言いやがっだぞ、あいつ」

「そんなことは絶対にさせない。晴矢、ここは僕らでどうにかするぞ」

「あぁ。狙うはドベかQ以上だな」

 本当はA以上を狙わないといけないのだが、晴矢はまだはっちゃんを出し抜くことを諦めていない。

「晴矢、今のお前のカードはJだ」

 晴矢は僕に言われ早々とカードを交換する。
 しかし、晴矢の2枚目のカードもJだった。

「駄目だ。さっきと同じだ」

 晴矢は2枚目のカードを交換し、最後のカードを手に取る。
 晴矢の最後のカードはKだ。

「Kだ! 晴矢、Kが来たぞ!」

「そうか。残念だったな翔……ポッキーゲームはお預けだ」

「あぁ、残念だよはるちゃん、ゆっちゃん。その程度の演技力でまだ俺を騙せると思ってるなんてな。たかがQぐらいでカードを変えないと宣言してもあんな反応はしないだろぜ」

 はっちゃんは全くカードを変える素振りを見せない。
 こうなれば、あとは僕のカードだけが頼りだ。
 今1番下なのは日光の6。
 それより下かジョーカーを狙う。

「陸、今のお前のカードは10だ」

 晴矢の言葉に僕は頷きカードを交換した。

「駄目だ。さっきよりもでけぇ」

 僕はカードを捨てる。捨てたカードはK。
 僕は最後のカードを手にとり、そしてカードを掲げた。
 みんなの視線が僕のカードへと集まる。
 そしてみんなは落胆の表情を見せた。

「残念だったなゆっちゃん。しかもKだ。これでもう、女子の誰かと俺がキスをすることは確定だな」

 はっちゃんの言葉に彼女たちは顔を歪める。

「こうなってしまったら、もうボクと紅葉君の2人の勝負だ。周りは口出し無用だよ」

「えぇ、そうね。どっちが負けても恨みっこなしでいきましょう」

 2人の間で激しく火花が散る。
 僕達はもうどうする事も出来ない。
 ただ、2人の戦いを黙って見守ることしか……。





「じゃあ、もういいな」

 はっちゃんの合図でみんなカードを提示した。

「くっ……」

 はっちゃんとポッキーゲームをしなければならない最下位の人物。
 それは4のカードだった楓。

「さあって、いっちゃん。覚悟は出来てるか? ポッキーを折る前に俺の唇はいっちゃんの唇に届きうるぜ」

 はっちゃんの目はガチだ。
 そんなはっちゃんを見て、女子達は楓へと心配そうな視線を送る。

「一度了承した以上ルールはルールだからね。それにボクは大丈夫さ。翔君の唇が届くよりも前にボクはポッキーを折る!」

 楓は強気でそうはいったものの、体が少し震えている。
 やはり怖いものは怖いのだろう。
 はっちゃんは女性関係とあらば以上な力を発揮する。
 楓がポッキーを折る前に届く可能性は充分にはある。

「それじゃあ、位置について……」

 晴矢の合図で楓とはっちゃんがポッキーの端と端とを咥え合う。
 みんなの視線が2人へと集まる。
 そんな中、僕はとある疑問がずっと頭の中を駆け巡っていた。

 なぜはっちゃんは自分のカードがAかジョーカーだと分かった?
 予測だけであんなにはっきりと自信を持って強いカードだと言えるか?
 シャッフルをして配ったのは現に罰ゲームをしている楓だ。
 はっちゃんに強いカードをわざと渡す可能性は絶対に0。
 しかし、カードに傷のようなものはないし、トランプもイカサマ用の印があるものでもないだろう。
 ……そういえば、今思えばおかしい点があった。
 なぜあの時にはっちゃんは席を立った?
 場のみんなの視線を注目させるためにわざわざ立つか?
 机を勢いよく叩いただけでもみんなの視線を集める事は出来るだろ。
 はっちゃんはあの時、席に立った状態で前を見ながらニマニマと笑っていた。
 はっちゃんが席を立つことに意味があったとするのならば……。
 僕ははっちゃんから見て真正面に何があるかを確認する。
 そこにあるのは橘の姿とその後ろにある戸棚。
 そうか……分かったぞ。イカサマのカラクリが!

「行くぞ……よーい……」

「ちょっと待った!」

 僕は今にも始まろうとしていたポッキーゲームを咄嗟に止めた。

「はっちゃん……今正直に話すなら、きっとみんなも許してくれるだろうぜ」

 はっちゃんはポッキーから口を離す。

「正直にって……何を?」

「イカサマをしたってことをだよ」

 僕の言葉にはっちゃん以外のみんなは驚いた反応を見せた。
 しかし、はっちゃんはまだ余裕のある表情をしている。

「ゆっちゃん……いっちゃんを助ける為とはいえ、言いがかりをつけるのはよろしくないと思うぜ? 俺が自分が強いカードを持ってるのが分かった理由はさっき説明しただろ?」

 はっちゃんは笑いながら僕へと言う。
 そうやって笑っていられるのも今のうちだ。

「はっちゃんもさっき晴矢や僕に言ってたやつと同じさ。僕らは長年の付き合いだ。はっちゃんは自分では気付いてないと思うけど、はっちゃんには動揺したり嘘をついたりする時に頭を掻く癖があるんだ。僕がイカサマだと言った時にはっちゃんは頭を掻いたよな?」

「……いや、ハッタリだな。ゆっちゃんは俺の癖を分かっていねぇ。分かってたらゆっちゃんは今までの勝負で俺が嘘を付いていたタイミングを知っていた事になる。それなのに俺の嘘が分かっていなかったのはおかしいだろ」

「あぁ、ハッタリだよ。でもなはっちゃん、本当にイカサマをしてなかったら、そんな癖がどうこう言うんじゃなくて、咄嗟に俺はイカサマなんかしてないからそんなことはない、って言うんじゃないかな」

「そ、それは……」

 はっちゃんの表情からは余裕が消えた。
 イカサマの種はなんとなく分かったが、はっちゃんがそれを使ったという確証はなかった。
 しかし、僕が言ったハッタリに対して動揺を見せたところを見るに、はっちゃんはやはりイカサマをしていたのだ。

「陸。さっきの癖が分かったっていうのはハッタリみたいだったが、イカサマの方はちゃんとカラクリが分かっているのか?」

 僕は晴矢の言葉に対し、自信を持って頷いた。

「みんなこっちに来てくれ」

 僕はみんなをはっちゃんの元へと誘導する。
 そしてみんながはっちゃんの元に集まったあと、僕は立っている状態でカードを1枚手に取り、額の位置へと持ってくる。

「こうすると正面には何が見える?」

「正面に……あっ!」

 楓はイカサマのカラクリに気付き声を上げた。
 他のみんなもそういうことか、と納得の声を上げる。

 目の前にある戸棚は縦に3つの扉が並んでおり、下と中の段は木製の棚になっている。  
 そして上の段はガラス張り。
 そのガラス戸にカードが反射してくっきり映つっていたのだ。

「座っている位置だとガラスの部分には届かない。だからあの時、席を立ったんだよな?」

 僕の質問にはっちゃんは何も言わず、下を向いた状態で冷や汗をダラダラと流している。
 それがもう答えだった。

「翔君? 覚悟は出来てるかな?」

「ひいぃ⁈」

 楓は拳を鳴らしながらはっちゃんへと近付く。
 椅子から立ち上がり、逃げようとするはっちゃんを僕と晴矢は急いで取り押さえた。

「待ってくれよみんな⁈ 確かにイカサマはした! でもAが来たのは偶然なんだぜ⁈ だから、これはある意味賭けにも勝ったということで――」

 はっちゃんは言い訳をゴタゴタと並べていたが僕達はもう聞いてはいなかった。
 はっちゃんの前に楓が立つ。

「問答無用!」 

 楓は振り上げた拳をはっちゃんへと勢いよく振り下ろした。
 そして、僕の家にはっちゃんの悲痛なる叫び声が響き渡った。
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