余命1年から始めた恋物語

米屋 四季

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5月編

34話 覗くor覗かない? 僕はお前らを止めるに一票で

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「男として恥ずかしくないのか!」

「夢を追いかけることの何が悪い!」

「ムッツリ!」

「貧乳好きのロリコンど変態野郎っ!」

「いや……お前まさか女に興味のないホモかっ!」

 お前らを止める、そう言った僕に投げかけられる多数の怒声。
 最後のやつはかなり心にきた。

「何で止めるんだ? 俺らのことは心配しなくてもいいって言ったのに……」

 はっちゃんは僕に諭すような口調で言う。

「ごめんなはっちゃん……でもなお前らだけのためじゃないんだ。僕はA組の中に好きな女の子がいる。だから、お前らにその人の裸を見せるわけにはいかないんだ」

 僕の言葉に何人かの男子が顔を赤くする。

「へっ……お前の意思も中々熱いじゃねぇか……」

「俺男なのに、一瞬銘雪にときめいてしまったぜ……」

「好きな人の為にか……俺もいっぺん言ってみてえなぁ」

「ヤバイ……俺が言ったわけでもないのになんだか恥ずかしくなってきた……」

 口々に呟いていくA組男子達の言葉に僕もだんだん恥ずかしくなってくる。

「そうか……でもな、ゆっちゃん……すぐそこに今まで何度も諦めかけた夢があるんだ。普段なら絶対に掴めないもの……それが今や掴める位置にある。なら、掴むしかないだろ? それに、これは俺だけの夢じゃないんだ。ここにいる、ゆっちゃん以外のみんなの夢……」

 はっちゃんは拳を握り、構える。

「だから、そこを通してもらうぜ」

 ……僕は正しいことをしているはずなのに、なぜ悪役みたいな扱いなんだろう。

「お前ら良いことを言ってそうだけど、ただ女風呂を覗こうとしているだけの変態集団だからな?」

「うるせぇ!」

「待て!」

 僕に確信を突かれ、殴りかかろうとした1人をはっちゃんは制止する。

「ゆっちゃんは異常な程に頑丈だ。きっとみんなでタコ殴りにしても、何度も何度も立ち上がって来るだろう……」

「そ、そんな……奴は人間サイズのゴキブリだというのか」

「あぁ、そうだ」

 いや、違うよ?
 もっといい例えがあるだろ。

「た、隊長……つまり奴は」

「あぁ、あいつはテラフォー●ーだ」

 いや、違うよ?

「そして多分だが、ゆっちゃんはみんなに勝とうとなんか思ってないさ」

 はっちゃんはゆっくりと僕に近付いてくる。

「ゆっちゃんの目的は時間稼ぎ。耐えて耐えて、女子が風呂から出るまで俺らを足止めするのが目的だろうよ。だから――」

 はっちゃんは喋っている途中でいきなり僕に突進してきた。
 不意を突かれた一撃を僕はまともに食らってしまう。

「行けぇ! 俺がゆっちゃんを抑えてる間に早くっ!」

 はっちゃんは倒れている僕にしがみ付きながら叫ぶ。

「でも、そしたら隊長が……」

「いいんだよ! 俺のことなんか! さっさと行けっ!」

「ボスが覗けないのに、俺らが覗くのは……」

「大丈夫だ! 岸川がカメラを持ってるから俺は後で楽しむ! お前らは生で楽しんでこい!」

「何も大丈夫じゃねぇ! 離せこの野郎っ!」

 必死にもがくもはっちゃんの顔を押し退けようともするも彼は全然離れない。
 こいつら女の事になると異常な力発揮し過ぎだろ⁈

「早く行くんだ! ゆっちゃんをすぐに倒して俺も行くから!」

 はっちゃんの言葉に覚悟が固まったのか、A組男子達は互いの顔を見合わせ頷き会い、そして倒れている僕らを素通りし温泉へとつき進んで行く。

「先に行ってきますリーダー」

「絶対勝って下さいよボス……」

「軍曹……俺信じてますから……」

「隊長……くぅ……!」

「ずっと思ってたけど、そろそろ呼び方を統一してやれよ⁈ あぁ⁈ くそっ! いい加減離しやがれぇ!」

「ぐえぇ⁈」

 僕は力の限りを振り絞りはっちゃんを振り解くことに成功する。
 温泉があるであろう方を見るも、すでにA組男子達の姿はなかった。

 まずい……!

 僕は急いで彼らの後を追おうとする、しかし僕の前をはっちゃんは立ち塞がる。

「さっきとは逆だなゆっちゃん。皆んなのために俺はお前を通さねぇ」

 はっちゃんは不敵な笑みを浮かべる。

「はっちゃんはさっき僕をすぐに倒すとか言ってたな。悪いけど……それはこっちの台詞だ!」

 僕ははっちゃんへと拳を振るう。

 はっちゃんには悪いが好きな人を守る為に全力でいかしてもらう!

 しかし、そんな思いも虚しく僕の拳は空を切る。

「なっ……⁈」

 僕は驚きつつも再び2度3度拳を繰り出すが、それらも簡単に避けられてしまう。
 そして、はっちゃんの繰り出した左の掌が僕の顔面を捉えた。

「がっ⁈」

 クリーンヒットして驚いたもののダメージは殆どなかった。
 これははっちゃんの力が弱いからではない。
 これは……。

「手加減してるのか……?」

「あぁ。でも今のは警告だ。次は本気で打ち込む。……なぁ、ゆっちゃん。諦めて俺と一緒に皆んなと合流しないか? ゆっちゃんも好きな人の裸を見たいだろ?」

 はっちゃんの言葉で僕の中で何かが切れる音がした。
 僕ははっちゃんの胴をめがけ拳を振るう。

「よっ……と」

 しかし、はっちゃんはそれをも軽々といなしのけ僕の顔面へと拳を振るった。

 拳が僕の顔を捉え顔が大きく仰け反る。
 今度はしっかりと痛みをも感じる。
 しかし、それでも僕は歯を食いしばりながらはっちゃんに再び攻撃を仕掛ける。

 「あぁ……怒らせちゃったか……やっぱりゆっちゃんは優しいな」

 はっちゃんは平然と僕の攻撃を躱すと、再び僕に攻撃を浴びせかける。

「ぎっ⁈」

 いくつかは捌けたが2回大きいのをもらってしまった。
 今度は顔だけではなく、体自体が後退してしまう。
 
 このまま時間を稼がれるわけには……

 僕はがむしゃらにはっちゃんへと突撃し攻撃を仕掛ける。

「だいぶ焦ってるな……攻撃が大振りだ」

 はっちゃんは僕の攻撃にカウンターを合わせる。
 はっちゃんのカウンターをもらい、よろける僕にはっちゃんは3発の追撃。

「がっ……⁈」

 今まで色々な攻撃を受けてきた。
 しかし、そのどれらの攻撃よりもはっちゃんの拳は重く、体の芯にくるダメージがあった。

「ゆっちゃんにとっては自分が正義で俺は悪だろうよ」

 ダメージから手が出せない僕へはっちゃんは喋りかける。

「一般的に見てもそれは変わらないだろう。だけど俺にとっては俺自身は正義なんだ。これは正義対悪ではない。ゆっちゃんの正義と俺の正義とのぶつかり合い」

 はっちゃんは勝負を決めるつもりなのか再び構える。

「より大きい、より強い思い正義が勝つ!」

「もうこれ以上は辞めろ! 無駄に壮大な事を言うな! ただの女風呂を覗こうとしてる奴と止めようとしている奴の図なのに恥ずかしくなるだろうが!」

 僕は残った力を全部使い切るつもりではっちゃんへと再度突撃する。

「それは違うな……」

 はっちゃんは僕の胴を打つ。
 そして、眉間のあたりに鋭い一撃。
 脳が揺れる。
 抵抗しようにも抵抗は出来ず、ただ立っているのがやっとの状態。

「確かに俺は女風呂を覗きたいだけだ。ゆっちゃんは好きな人の為に、こんなにもぼろぼろになっても頑張っている」

 はっちゃんは僕の体を軽く押した。

「俺には出来ない事だ……」

 僕の体ははっちゃんの軽い押しにさえ耐え切れずに、そのまま地面に崩れ落ちる。
 そんな倒れた僕の横にはっちゃんは立つ。

「せっかく2人っきりになった事だから聞きたいんだけどさ……後11カ月しか生きられないってどういうことだ?」

「なっ……⁈」

 僕ははっちゃんの唐突な言葉に驚きを隠せなかった。

「どう……して…………?」

「熊に襲われている時、俺目が覚めてたからさ、聞いちゃったんだよね。あの時のはるちゃんの口振りから察するに、はるちゃんも結構前からその事を知ってたんだよな……」

 はっちゃんは悲しそうな顔をしながら僕に対しての言葉を続けた。

「なんで俺には何も言ってくれないんだよ……」

 心が……痛い……。
 はっちゃんの悲しそうな表情が痛かった。
 はっちゃんの寂しそうな声が痛かった。
 それでも……それでも僕は……。

「今は……言えない……」

 僕は体を起こしながら言った。

 今はA組の男子達を止めるのが先だ。

「でも……約束する。色々と終わったらはっちゃんにも話すから……」

 僕は残った力を振り絞り構える。

「そうか……まぁ、ゆっちゃんの口から自然と全てが聞けるのを俺は待つよ……」

 はっちゃんは寂しそうな表情をしたまま笑った。
 そして構える。

「これで終わりだ……! ゆっちゃんの屍を超えて俺は女風呂に行く!」

 立っているのもやっとの僕にはっちゃんは拳を振るう。
 終わった……そう思った時だった。

「おーい、何してるんだお前ら」

 門田先生の言葉が聞こえ、はっちゃんの拳が僕の前で止まった。
 門田先生は温泉があるはずの方向に何故かいつのまにか立っていた。

「ええっと……青春的ななにか……?」

 はっちゃんはその状態で固まったまま疑問形で答える。

「そうか。そういえばさっき晴矢からA組の馬鹿どもが温泉めがけて突撃してるって連絡があってな。まぁ、毎年のように同じ馬鹿が同じルートで覗こうとしに来るからそのルートには大山先生と大山先生率いる2、3年柔道部が配置されてるんだ」

 はっちゃんは門田先生の言葉に冷や汗を浮かべる。

「ん? 毎年? 今回だって露天風呂に入る予定なんかなかったですよね? 肝試しから急遽変更になったって……」

 僕の疑問に門田先生は笑う。

「本当の予定は露天風呂に入る方で組まれてある。肝試しって書いてあった理由は、肝試しから急遽変更になったと聞きゃあ何の対策も出来てないと思ってる馬鹿がほいほい釣れるからだ」

 門田先生はそう言い終わると、悪戯な笑みを浮かべながらはっちゃんの方を向いた。

「まぁ、なんにせよ、大山先生と柔道部員はいい練習になると大喜びでな。ついさっきまで上でA組男子との全面対決が行われていて……まぁ、結果は言わなくてもわかるよな?」

 はっちゃんは門田先生の言葉に冷や汗をダラダラと流す。

「よーしっ! ゆっちゃん帰ろうぜ!」

 はっちゃんは僕の手を引き林間学校の校舎の元へ帰ろうとする。

「A組の男子達は皆んな口を揃えてこう言ったよ」

 門田先生ははっちゃんの肩をものすんごい笑顔で掴んだ。

「『全部八手のせいだ! 八手に唆されてやった』とな……さあ、お前はこっちだ」

 そう言いながら、門田先生ははっちゃんを温泉があるはずの方向へと引きずっていく。

「あの……裏切りものどもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 はっちゃんの悲しい悲しい悲痛なる叫びが林間学校周辺へと木霊する。

 こうして僕のどっと疲れる林間学校の2日目は幕を閉じた。
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