余命1年から始めた恋物語

米屋 四季

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5月編

29話 男湯という名の地獄

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「なんだこれは……」

「一体どういうことだ……」

 A組男子は皆、口々に文句を言っていた。
 今現在、僕らA組男子は風呂に入っている。
 入っているのだが……。

 壁はなんのコーティングもされておらず灰色がかったセメントが剥き出しになっており、風呂は老朽化してボロボロ。そして風呂自体の大きさと入る人数が合っていないため、僕らはすし詰め状態で入っておりまさに地獄絵図だ。
 数人ずつで入れば良いのでは? と思うのだが、肝試しが思いのほか長引いいたため、クラスごとにまとめて入るほかなくなったらしい。

「……なぁ、俺林間学校の風呂にさ、夢を持ってたんだよ……」

 1人の男子生徒がポツリと言った。
 それに続き、みんな言いたいことを言っていく。

「肝試しでは女子にいいとこを見せるどころか無様な姿を見られ」

「お触りしようにも俺たちにそんな勇気はなく」

「そんな肝試しで疲れ切った体と心を木で出来ているお風呂でゆっくりと癒し」

「女子風呂と男子風呂を仕切る壁に間があって、女子のプライベートな会話が聞ける幸せな時間」

「その間から見える幸せな空間」

「そんな風呂を俺たちは望んでいた」

「それなのになんで……なんで……」

「「「「こんな牢獄みたいな場所に入らないといけないんだ!」」」」

「おーいお前ら、うるさいぞ」

 A組男子の煩さに脱衣所で待機している門田先生の注意の言葉が入る。

「おかしいだろ……こんなの……こんな事があっていいのかよ」

 はっちゃんは唇を噛み締めながらぷるぷると震えている。

「林間学校のお風呂なんて、メインイベントと言っても過言ではないはずだ」

 いや、過言だろ。

「それなのにこんな……こんな風呂で俺らの林間学校を無駄にしてもいいのかよ……! 青春を無駄に過ごす様なことをしていいのかよ……!」

 どれだけ林間学校の風呂に期待を抱いてたんだよ。

「お前らぁ! 間違ってると思わないか⁈ 間違ってるいると思うなら立ち上がれ! 俺は今から女風呂に行くっ!!」

 何言ってんだこいつ?

 しかし、そんな反応の僕を置いてみんな次々と湯船から立ち上がって行く。

「へっ、あんたのその熱い心に俺ぁのぼせちまった様だぜ」

「軍曹……俺あんたにずっと付いていきます」

「隊長、私も連れて行って下さい」

「ボス! 何なりとご命令を!」

 呼び方を統一してやれよ。

 みんなのテンションについていけない僕を置いて、はっちゃんを先頭にみんな脱衣所へと続くドアの前へと並ぶ。

「いざ行かん! 女風呂エデンへ! 一人はみんなのためにぃ! みんなは一人のためにぃ! みんなでやれば怖くないっ! 突撃っ!」

 最悪だな。

「「「「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!」」」」

 はっちゃんがドアを開けみんなドタバタと脱衣所へと入って行く。

「げっ⁈ ごり山っ⁈」

「誰がごり山だ⁈ 大山先生……だっ!」

 どうやら脱衣所にゴリゴリのガチムチ教師として有名な大山先生(数学教師)がいるらしい。
 脱衣所から数十秒間争い音が続いた後、静かになった。
 そして、脱衣所のドアが開く。

「お前ら、後残り時間は5分だからな」

 門田先生は風呂に残っている晴矢と僕にそう告げると再び脱衣所のドアを閉める。

「これでやっと静かにゆっくりと入れるな」

 晴矢は蹴伸びをしながら幸せそうに言う。

「後5分も無いけどな」

「おいおい、それを言うなって……ところで肝試しで日光さんと何かあったんだろ?」

 晴矢の急な発言に僕はびくりと反応してしまう。

「な、なんで?」

「はぁ……分かりやす過ぎるんだよお前は」

 晴矢は言ってみろと僕に促す。

「別に特に何かあった訳では無いんだが……俺らと日光って同じ小学校だったか?」

 僕の質問に対し、晴矢は顎をさすりながら物思いに耽る。
 きっと質問した事の答えだけでは無く、どうしてそんな質問をしてきたのかなど、難しい事でも考えているのだ。

 晴矢は数秒間考えた後、いや、違うはずだと答えた。
 やっぱり、あれは日光の思い違いで間違い無いだろう。

「どうしてそんな事を聞くんだ?」

「ただ疑問に思っただけ」

「ん、そうか」

 晴矢はそう言いながらも、まだ何かを聞きたそうにしている。
 これ以上聞かれても困るため、僕は逃げるように湯船から出た。

「じゃあ、先に上がるわ」

 そう言うと晴矢は俺は後少しだけのんびりすると言い手を振る。

 僕が脱衣所に入ると、門田先生、大山先生と多数の屍が転がっていた。









「あの子、いじめられてるよ?」

 どこからか声が聞こえた。
 後ろを振り返るとそこには見ず知らずの小さな女の子がいた。

「君は誰?」

 僕は彼女に問いただすが、それに対しては一向に応えようとはしない。

「あの子を……あの子を助けてあげて」

 助けるってどうやって……。

「貴方なら出来るよ。だからお願い。あの子を……あの子を助けて」




 そこで僕の目は覚めた。
 あれは夢……だったのだろうか? 
 なんだか懐かしい感じがした。
 ただ、今もあの「助けて」という声が耳にこびり付いて離れない。

 目をこすりながら教室に飾られている時計を見る。
 時計の針は1時45分を示していた。
 23時に寝始めたからまだ3時間も寝てない事になる。

 変な時間に目が覚めたな……。

 いつもはこんな時間に起きることなんてないのに、やはり環境の変化だからだろうか。
 とりあえず僕は起きてしまったついでに手洗いを済ませるため立ち上がる。




 手洗いを済ませた後、ふと外の景色に目が止まった。
 空を眺める。
 この林間学校以外に建物はなく、他に明かりがないためか、月が出ているのに星も見えた。

 綺麗だな……。

 空いている窓から風が入ってきた。
 涼しくて気持ちいい。

「きゃっ!」

「うおっ⁈」

 突然後ろから悲鳴が聞こえ僕は驚いてしまう。
 後ろを振り返ると、トイレから出てきたところなのだろうか女生徒がそこに立っていた。

「なんや、びっくりした~……銘雪君かぁ」

 眼鏡を掛けておらず、髪も結んでいなかったため一瞬誰だか分からなかったが、声から委員長だと判断した。
 いや、そんな事よりも。

「どうした委員長。口調がいつもと違うぞ」

 僕の指摘に委員長はハッとし、急いで口を手で覆い隠した。
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