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5月編
28話 残った悩み
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パーカーのフードを被ってオタフクのお面を付けている明らかに怪しい人物。右手には大きな包丁が握られている。
その包丁から何かが滴り落ちる。
気が付いた時には体が動いていた。
しゃがんだ状態から僕は体を起こしながらその怪しい人物へと全力でタックルする。
不意を完全についていたためか、そいつは呻き声を上げながら倒れる。
倒れた勢いで包丁はその人物の手から離れ、遠い場所へと転がる。
どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうする。
タックルして相手を転がすまでは良かった。
しかし、ここからは何も考えていない。
ノープランだ。
今にも怪しい人物は体を起こそうとしている。
逃げようにも怪我をしている男子生徒を放って置いては行けない。
しかし、運ぼうにも日光と僕とでは力足らずだすぐに追い付かれる。
それに逃げたところで、こいつは他の生徒を襲うかもしれない。
辿り着く答えなんかとうの前から決まっていた。
ならここで止める。
勝てるかどうかなんて分からない。
でも、人数が来れば何とかなるだろう。
たとえ死ぬとしても時間は稼いでやる。
「日光! 早く逃げろっ!」
僕は後ろにいるであろう日光に叫ぶ。
倒れている男子生徒には申し訳ないが日光には一人で逃げてもらう。
日光が先生達を呼んで来きてくれるまで僕が一人で耐え切れば――
「危ないっ!」
日光の叫び声で僕は背後を見る。
大きな包丁を持ち、ひょっとこの面を被った怪しい人物が僕に迫って来ていた。
僕は焦る。
それは自分が刺されるかもという心配などではない。
僕とひょっとこの面を被った人物との間に日光が両手を広げ僕を庇うように立っていたからだ。
「バッッッカ野郎があああああっっ!!」
僕はすぐに目の前にいる日光の肩に手を掛け、自分の元へと引き寄せる。
そして、そのまま日光の前に出て迫り来るひょっとこの面を被った人物へと殴りかかった。
今はまだ死ぬわけにはいかない。
そんな思いが頭を過る。
さっきまで死んでもいいから時間を稼ごうと思っていた。
しかし、事態は変わった。
後ろと前と挟み撃ちにされた今の状況、日光をこの場から逃すためには目の前にいる人物を倒さなければいけない。
しかし、僕の思いは虚しく拳は空を切る。
あぁ、殺される……。
そう思った瞬間、ひょっとこは包丁を落とし僕の右腕の袖と左襟を取る。
僕は驚きのあまり咄嗟に後ろへと飛んだ、筈だった。
「がっ⁈」
気が付いた時には体が地面へと叩きつけられていた。
後ろに飛ぼうとした瞬間の左足を払われたのだ。
しかし、幸いにも勢いよく倒れたためひょっとこの手から僕の服が離れたのですぐに立ち上がる。
さっき掛けられた技に僕は心当たりがあった。
中学生の頃に体育の授業でならった技だ。
確か出足払い……だったっけか?
何にせよマズイ……柔道なんか体育の授業だけしか体験した事がないし、掴まれてからの振りほどき方など知らない。
しかも、さっき叩きつけられた地面は草が生い茂っていてそれがたまたまクッションになったからすぐに起き上がれた。
まともに受け身も取れないのに次も投げられたら……。
僕はゆっくりと近付いてくるひょっとこに後退りをする。
迷っている暇は……ない!
僕がひょっとこに突っ込もうとした時だった。
「銘雪! 逃げて!」
日光の声が聞こえた方を振り向く。
そこにはオタフクの面を被った人物が日光の手を後ろに回し包丁を喉元に突きつけている姿があった。
「その子を離っ――ぐっ⁈」
注意が完全に日光の方へと向いていた。
いつのまにかひょっとこは僕との距離を詰め再び僕の服を取る。
ひょっとこの右肩が僕の右肩へとかなりの勢いで当たる。
体が少し浮いた。
そして僕はそのまま右足を刈られ、地面へと体を叩きつけられる。
「かっ……!」
倒れた束の間、すぐにひょっとこ馬乗りにされ足で両手を抑えられ、喉へ包丁を突き付けられる。
完全な敗北だった。
あぁ……あの時日光の手を掴んで逃げ出していれば良かったんだ……。
今頃になって後悔の念がふつふつと湧き出る。
どこかで勘違いをしていた。
4月のあの時みたいに死ぬ気でなんとかしようとすればどうにでもなるって。
本当は弱いって分かっている癖に……。
「なぁ……頼みがある……」
こいつらがすんなりと言う事を聞いてくれるとなど思っていない。
しかし、こうするしかないのだ。
「僕はどうなってもいい。だけど……だけどあの女の子だけは助けてください……」
「あなた何を言ってるの⁈ ふざけないで!」
日光は僕の言葉を聞き暴れ出す。
「その人を離せ! 私ならどうなってもいいから! だからその人だけは……!」
日光の目から涙が溢れ出る。
「その人だけは…………大切な人なんです……だから……」
泣いているせいか彼女の言葉はそこで止まってしまった。
「どっちだ?」
ひょっとこの面をした男が初めて言葉を発した。
「僕を殺れ……そのかわり彼女にだけは絶対に手を出さないで欲しい……」
水仙さんにも気持ちを伝えれなかったし、残り11カ月の寿命を無駄にしてしまった。
でも誰かに大切な人だと想われている事が分かった。
そんな事を想ってくれる人を自分の命で守れるなら本望だろ。
「あぁ、分かった約束しよう。あの子には手を出さない」
ひょっとこは包丁を振り上げる。
「いやっ……いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」
日光の絶叫が聞こえる。
包丁が勢いよく振り下ろされる。
そして包丁は僕の顔へと……当たらなかった。
「へっ……?」
目の前で止まっている包丁に僕は素っ頓狂な声が出てしまった。
「てっ……テッテッレッ~~……ドッキリ大、成、功~……」
さっきまで倒れていた男子生徒がドッキリ大成功と書かれたプラカードをライトで照らしながら苦笑いをしている。
体操着の名札には3年E組六道 幸作と書かれてある。
「なんだろうな……今までで1番ドッキリが成功しているはずなのに、なんで胸を張って高らかにドッキリ大成功と宣言できないんだろうな……」
彼は苦笑をしながら申し訳無さそうに目線を下に向けて言った。
「いいじゃないか。凄く熱いものも観れたことだしな」
オタフクの面をした人物が日光を離しながら面を取る。
「君、立ち上がれるか?」
ひょっとこの面を外しながら、その人物は僕の体から退き、手を差し伸べる。
「あ、あんたは……」
僕はその人物を知っていた。
いや、僕らが通う学校の生徒なら誰もが知っているであろう、彼は去年の柔道の大会で全国3位を取った先輩だった。
僕は戸惑いつつも先輩の手を取る。
「いやぁ、君のあまりの迫力についつい手加減をし忘れた。すまん」
先輩は笑いながら僕を立ち上がらせる。
「えっと……つまりはこれは肝試しの一部って事ですか……?」
僕が言うと体操着の先輩はそうだと答える。
僕はそれを聞き一気に体中の力が抜けていくのを感じた。
「良かったぁ……」
「それにしても君達凄いな。まさかお互いを守ろうとするなんて」
先輩の言葉を聞き、僕は少し恥ずかしくなった。
先輩達からしたら元から襲う気などさらさらない演技だったわけだが、僕と日光からしたら本当に襲われていると思っていたわけであって、あのやりとりは僕たちの本音だった。
「お前中々漢気があるじゃねぇか! 気に入ったぜ! 今日の肝試しでお前だけが俺にタックルをして来たからな」
オタフクの面の先輩は僕の背中を笑いながら2、3度叩く。
「はぁ、その節はすみません……」
かなり全力でタックルをしてしまったため今更ながらに申し訳なく思ってしまう。
「本当君達は凄いよ。今までのペアなんか女子を退けて我先にと逃げようとする男子、互いを押しのけ合いながら逃げる男女、男子を差し出して逃げようとする女子とか……まぁ、色々と人の醜い部分を見せられたからな……」
体操着の先輩は遠い目をしながら乾いた笑いをしている。
「それにしても今回の肝試しかなり気合いが入ってますね」
僕の言葉を聞き体操着の先輩は固まり、残りの2人はニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべる。
「そりゃあそうさ。俺ら3年は今年受験やら就活で忙しいってのに3日前にいきなり先生方から召集がかかってな。初めはみんなそりゃあ適当にやろうって言ってたんだが、生徒会長がやるからには真剣に取り組みたいって張り切っちゃってさ……」
「そうそう。そんで生徒会長に甘々な幸作も張り切っちゃって」
「あー、お前ら後で覚えてろよ? ていうか後ろがつっかえそうになってるみたいだから早く準備するぞ」
トランシーバーを片手に指示を出す体操着の先輩に対し、2人の先輩は、はいはいと適当に返事をしながら面を被り直し草むらの中へと消えて行く。
「というわけで、君達もゴールはもうそろそろだから気を付けて行ってくれ」
体操着の先輩に言われるがまま、僕と日光はその場を後にする。
「あぁ……それにしても本当に良かった……」
緊張感が抜けてしまい安堵のため息が漏れる。
「良くないわよ……」
今まで無言だった日光が言葉を発した。
なんだか怒っているようだ。
「そ、そりゃあ先輩達も驚かせに来過ぎだと思うけどさ、先輩達も頑張ろとして――」
「そうじゃないわよ!」
僕の言葉を日光は遮った。
「あなたよ! あれが本当の殺人鬼だったらあなた死んでたのよ! なんでまた自分を犠牲にしようとしたの⁈ それがカッコいいとでも思ってるの⁈」
いきなりの怒号に僕は何も言えない。
「あなたが犠牲になって、私が助かって喜ぶと思ってるの⁈ そんな薄情な女だとあなたは思っているわけ⁈」
「思ってないけど……その、ごめん……」
日光の圧に対して僕はそんな言葉しか言えない。
「4月の時だってそう。あの時は助かったけど、その前の時はあんな酷い目にあったのに」
その前……?
「晴矢が助けてくれたあの時か?」
「違うわよ……小学生の時よ……」
日光は目をこすりながら話す。
しかし、小学生の頃の話など自分には身に覚えがない。
というより日光と小学校が一緒だった記憶がない……。
「なぁ、それ誰かと勘違いしてないか?」
僕の言葉があまりにもショックだったのか日光は愕然とした表情を浮かべる。
「あなた忘れたの? あんな酷い目にあったのに?」
「いや、だから多分別人だって……もし、本当に僕が忘れてるだけなら凄く悪いと思うけど……」
「そう……ならいいの。あなたにとってそれぐらいの出来事だったって事なのね……」
日光はそういうと一息つく。
「ずっと悩み続けてたのが本当……馬鹿みたい」
日光はそういうと僕の前を進み始める。
一瞬だけ月明かりに照らされた彼女の横顔はすっきりしたような、また、少し寂しそうな、そんな表情をしていた。
その後、僕と日光は喋る事はなく、祠から持ってきたカードを持ってゴールに辿り着き、色々な事があった僕たちの肝試しは終わった。
その包丁から何かが滴り落ちる。
気が付いた時には体が動いていた。
しゃがんだ状態から僕は体を起こしながらその怪しい人物へと全力でタックルする。
不意を完全についていたためか、そいつは呻き声を上げながら倒れる。
倒れた勢いで包丁はその人物の手から離れ、遠い場所へと転がる。
どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうする。
タックルして相手を転がすまでは良かった。
しかし、ここからは何も考えていない。
ノープランだ。
今にも怪しい人物は体を起こそうとしている。
逃げようにも怪我をしている男子生徒を放って置いては行けない。
しかし、運ぼうにも日光と僕とでは力足らずだすぐに追い付かれる。
それに逃げたところで、こいつは他の生徒を襲うかもしれない。
辿り着く答えなんかとうの前から決まっていた。
ならここで止める。
勝てるかどうかなんて分からない。
でも、人数が来れば何とかなるだろう。
たとえ死ぬとしても時間は稼いでやる。
「日光! 早く逃げろっ!」
僕は後ろにいるであろう日光に叫ぶ。
倒れている男子生徒には申し訳ないが日光には一人で逃げてもらう。
日光が先生達を呼んで来きてくれるまで僕が一人で耐え切れば――
「危ないっ!」
日光の叫び声で僕は背後を見る。
大きな包丁を持ち、ひょっとこの面を被った怪しい人物が僕に迫って来ていた。
僕は焦る。
それは自分が刺されるかもという心配などではない。
僕とひょっとこの面を被った人物との間に日光が両手を広げ僕を庇うように立っていたからだ。
「バッッッカ野郎があああああっっ!!」
僕はすぐに目の前にいる日光の肩に手を掛け、自分の元へと引き寄せる。
そして、そのまま日光の前に出て迫り来るひょっとこの面を被った人物へと殴りかかった。
今はまだ死ぬわけにはいかない。
そんな思いが頭を過る。
さっきまで死んでもいいから時間を稼ごうと思っていた。
しかし、事態は変わった。
後ろと前と挟み撃ちにされた今の状況、日光をこの場から逃すためには目の前にいる人物を倒さなければいけない。
しかし、僕の思いは虚しく拳は空を切る。
あぁ、殺される……。
そう思った瞬間、ひょっとこは包丁を落とし僕の右腕の袖と左襟を取る。
僕は驚きのあまり咄嗟に後ろへと飛んだ、筈だった。
「がっ⁈」
気が付いた時には体が地面へと叩きつけられていた。
後ろに飛ぼうとした瞬間の左足を払われたのだ。
しかし、幸いにも勢いよく倒れたためひょっとこの手から僕の服が離れたのですぐに立ち上がる。
さっき掛けられた技に僕は心当たりがあった。
中学生の頃に体育の授業でならった技だ。
確か出足払い……だったっけか?
何にせよマズイ……柔道なんか体育の授業だけしか体験した事がないし、掴まれてからの振りほどき方など知らない。
しかも、さっき叩きつけられた地面は草が生い茂っていてそれがたまたまクッションになったからすぐに起き上がれた。
まともに受け身も取れないのに次も投げられたら……。
僕はゆっくりと近付いてくるひょっとこに後退りをする。
迷っている暇は……ない!
僕がひょっとこに突っ込もうとした時だった。
「銘雪! 逃げて!」
日光の声が聞こえた方を振り向く。
そこにはオタフクの面を被った人物が日光の手を後ろに回し包丁を喉元に突きつけている姿があった。
「その子を離っ――ぐっ⁈」
注意が完全に日光の方へと向いていた。
いつのまにかひょっとこは僕との距離を詰め再び僕の服を取る。
ひょっとこの右肩が僕の右肩へとかなりの勢いで当たる。
体が少し浮いた。
そして僕はそのまま右足を刈られ、地面へと体を叩きつけられる。
「かっ……!」
倒れた束の間、すぐにひょっとこ馬乗りにされ足で両手を抑えられ、喉へ包丁を突き付けられる。
完全な敗北だった。
あぁ……あの時日光の手を掴んで逃げ出していれば良かったんだ……。
今頃になって後悔の念がふつふつと湧き出る。
どこかで勘違いをしていた。
4月のあの時みたいに死ぬ気でなんとかしようとすればどうにでもなるって。
本当は弱いって分かっている癖に……。
「なぁ……頼みがある……」
こいつらがすんなりと言う事を聞いてくれるとなど思っていない。
しかし、こうするしかないのだ。
「僕はどうなってもいい。だけど……だけどあの女の子だけは助けてください……」
「あなた何を言ってるの⁈ ふざけないで!」
日光は僕の言葉を聞き暴れ出す。
「その人を離せ! 私ならどうなってもいいから! だからその人だけは……!」
日光の目から涙が溢れ出る。
「その人だけは…………大切な人なんです……だから……」
泣いているせいか彼女の言葉はそこで止まってしまった。
「どっちだ?」
ひょっとこの面をした男が初めて言葉を発した。
「僕を殺れ……そのかわり彼女にだけは絶対に手を出さないで欲しい……」
水仙さんにも気持ちを伝えれなかったし、残り11カ月の寿命を無駄にしてしまった。
でも誰かに大切な人だと想われている事が分かった。
そんな事を想ってくれる人を自分の命で守れるなら本望だろ。
「あぁ、分かった約束しよう。あの子には手を出さない」
ひょっとこは包丁を振り上げる。
「いやっ……いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」
日光の絶叫が聞こえる。
包丁が勢いよく振り下ろされる。
そして包丁は僕の顔へと……当たらなかった。
「へっ……?」
目の前で止まっている包丁に僕は素っ頓狂な声が出てしまった。
「てっ……テッテッレッ~~……ドッキリ大、成、功~……」
さっきまで倒れていた男子生徒がドッキリ大成功と書かれたプラカードをライトで照らしながら苦笑いをしている。
体操着の名札には3年E組六道 幸作と書かれてある。
「なんだろうな……今までで1番ドッキリが成功しているはずなのに、なんで胸を張って高らかにドッキリ大成功と宣言できないんだろうな……」
彼は苦笑をしながら申し訳無さそうに目線を下に向けて言った。
「いいじゃないか。凄く熱いものも観れたことだしな」
オタフクの面をした人物が日光を離しながら面を取る。
「君、立ち上がれるか?」
ひょっとこの面を外しながら、その人物は僕の体から退き、手を差し伸べる。
「あ、あんたは……」
僕はその人物を知っていた。
いや、僕らが通う学校の生徒なら誰もが知っているであろう、彼は去年の柔道の大会で全国3位を取った先輩だった。
僕は戸惑いつつも先輩の手を取る。
「いやぁ、君のあまりの迫力についつい手加減をし忘れた。すまん」
先輩は笑いながら僕を立ち上がらせる。
「えっと……つまりはこれは肝試しの一部って事ですか……?」
僕が言うと体操着の先輩はそうだと答える。
僕はそれを聞き一気に体中の力が抜けていくのを感じた。
「良かったぁ……」
「それにしても君達凄いな。まさかお互いを守ろうとするなんて」
先輩の言葉を聞き、僕は少し恥ずかしくなった。
先輩達からしたら元から襲う気などさらさらない演技だったわけだが、僕と日光からしたら本当に襲われていると思っていたわけであって、あのやりとりは僕たちの本音だった。
「お前中々漢気があるじゃねぇか! 気に入ったぜ! 今日の肝試しでお前だけが俺にタックルをして来たからな」
オタフクの面の先輩は僕の背中を笑いながら2、3度叩く。
「はぁ、その節はすみません……」
かなり全力でタックルをしてしまったため今更ながらに申し訳なく思ってしまう。
「本当君達は凄いよ。今までのペアなんか女子を退けて我先にと逃げようとする男子、互いを押しのけ合いながら逃げる男女、男子を差し出して逃げようとする女子とか……まぁ、色々と人の醜い部分を見せられたからな……」
体操着の先輩は遠い目をしながら乾いた笑いをしている。
「それにしても今回の肝試しかなり気合いが入ってますね」
僕の言葉を聞き体操着の先輩は固まり、残りの2人はニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべる。
「そりゃあそうさ。俺ら3年は今年受験やら就活で忙しいってのに3日前にいきなり先生方から召集がかかってな。初めはみんなそりゃあ適当にやろうって言ってたんだが、生徒会長がやるからには真剣に取り組みたいって張り切っちゃってさ……」
「そうそう。そんで生徒会長に甘々な幸作も張り切っちゃって」
「あー、お前ら後で覚えてろよ? ていうか後ろがつっかえそうになってるみたいだから早く準備するぞ」
トランシーバーを片手に指示を出す体操着の先輩に対し、2人の先輩は、はいはいと適当に返事をしながら面を被り直し草むらの中へと消えて行く。
「というわけで、君達もゴールはもうそろそろだから気を付けて行ってくれ」
体操着の先輩に言われるがまま、僕と日光はその場を後にする。
「あぁ……それにしても本当に良かった……」
緊張感が抜けてしまい安堵のため息が漏れる。
「良くないわよ……」
今まで無言だった日光が言葉を発した。
なんだか怒っているようだ。
「そ、そりゃあ先輩達も驚かせに来過ぎだと思うけどさ、先輩達も頑張ろとして――」
「そうじゃないわよ!」
僕の言葉を日光は遮った。
「あなたよ! あれが本当の殺人鬼だったらあなた死んでたのよ! なんでまた自分を犠牲にしようとしたの⁈ それがカッコいいとでも思ってるの⁈」
いきなりの怒号に僕は何も言えない。
「あなたが犠牲になって、私が助かって喜ぶと思ってるの⁈ そんな薄情な女だとあなたは思っているわけ⁈」
「思ってないけど……その、ごめん……」
日光の圧に対して僕はそんな言葉しか言えない。
「4月の時だってそう。あの時は助かったけど、その前の時はあんな酷い目にあったのに」
その前……?
「晴矢が助けてくれたあの時か?」
「違うわよ……小学生の時よ……」
日光は目をこすりながら話す。
しかし、小学生の頃の話など自分には身に覚えがない。
というより日光と小学校が一緒だった記憶がない……。
「なぁ、それ誰かと勘違いしてないか?」
僕の言葉があまりにもショックだったのか日光は愕然とした表情を浮かべる。
「あなた忘れたの? あんな酷い目にあったのに?」
「いや、だから多分別人だって……もし、本当に僕が忘れてるだけなら凄く悪いと思うけど……」
「そう……ならいいの。あなたにとってそれぐらいの出来事だったって事なのね……」
日光はそういうと一息つく。
「ずっと悩み続けてたのが本当……馬鹿みたい」
日光はそういうと僕の前を進み始める。
一瞬だけ月明かりに照らされた彼女の横顔はすっきりしたような、また、少し寂しそうな、そんな表情をしていた。
その後、僕と日光は喋る事はなく、祠から持ってきたカードを持ってゴールに辿り着き、色々な事があった僕たちの肝試しは終わった。
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