余命1年から始めた恋物語

米屋 四季

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5月編

27話 肝試し

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「それでは行ってらっしゃいませ~」

 3年の女生徒の言葉で僕と日光の肝試しはスタートした。
 僕らの班の他の3つのペアは先にスタートしていて僕たちのペアが最後だ。
 肝試しは時間帯の問題からか、遅くならないように3つのルートに別れており、1分くらい間を置いてから1ペアずつスタートするようになっている。

 1分くらい歩くと、誘導係から木々が生い茂る道へと誘導させられた。
 街灯やらランプなどは全くなく、僕の手にある懐中電灯の明かりだけが道を照らす。
 まだ少だけしか歩いていないため一度も驚かされていないが、彼方此方から悲鳴が上がっているため、今回の肝試しも中々の気合が入っているように思われる。
 正直なところ生徒がお化け役だと分かっていたため、そこまで期待はしていなかったのだが、かなりの悲鳴の多さに少し期待してしまう。

「そういえば、日光はこういったホラーものとか大丈夫なのか?」

 肝試しが始まって今まで一度も話してなかったのもあり、ふと疑問に思った事を口に出してみる。

「もう高校生よ。こんな子供騙しで怖がる歳じゃないわ」

 僕の少し斜め後ろを日光は歩いているため表情は見えないがいつも通りの強気な口調で彼女は応える。

「ふーんっ……ところで、あの……日光さん。袖をそんなに引っ張られると歩き難いのですが」

 周りに人がいたスタート地点から誘導係がいた場所まではただ僕の斜め後ろをあるいていただけなのに、木々が生い茂る道へと入ってからいつのまにか日光は僕の懐中電灯を持っていない左手の袖を掴んでいた。

「これは暗くて道がよく見えないから仕方なくよ」

「じゃあ、懐中電灯を持って前を歩くか?」

「女性を前に歩かせるなんてどうかと思うのだけれど」

 日光の口調は相変わらず強いまま。
 しかし、微かに声が震えているような気がする。

 そんな事を思っていると、急に近くの草むらから物音がなった。

「きゃっ⁈」

 日光が可愛い悲鳴をあげながら僕の体に飛びついてきた。
 僕は驚き、日光の方に顔を向けると凄く近い距離でお互いの目と目が合った。
 日光は自分が今どんな状況にあるかを理解したのか(暗いが相当近い距離だったため)段々顔を赤らめていくのが分かた。

「ひゃあああっ⁈」

「うげえっ⁈」

 なんでだよっ⁈

 僕は何故か強烈なビンタを日光にお見舞いされた。

「いたたたた……。何だよ、やっぱりこういうホラー系なの苦手なんじゃねぇか」

「そ、そうよ! 苦手よ! 笑いたければ笑えばいいわ!」

 日光は顔を赤らめたまま、僕を睨みつけながら言う。

「いや、笑わねぇよ。お前の数少ない女性っぽいところなんだ。大事にしろよ」

「もしかして私のこと馬鹿にしてる?」

 あれ? 褒めたつもりなんだが……。
 とりあえず話題を変えるか。

「なぁ、気付いてるか?」

「何?」

「とりあえず後ろ見てみ」

 僕は日光の背後を指差す。

「え? うし――いやっ!」

 日光が再び悲鳴をあげながら抱きついてきた。
 日光の背後にお化け役の生徒がいたからだ。
 なまはげの様な格好で狐の面をした小柄な人物がよく分からない杖を持って立っている。

 この道に入ってからすぐに背後から誰かが近付いて来ているのには何となく気が付いていた。
 いつ驚かされてもいいよう心構えをしていたのだが一向に驚かせる気配がないので、これは何気なく背後を見た人を驚かすものだと考察し、気付いている僕ではリアクションが取りづらいため日光には悪いが犠牲になってもらった。

「ばあっ!」

 僕の背後からいきなりの大声。

「ひっ!」

 短い悲鳴とともに襲いかかる激痛。
 日光が僕の腹に渾身のパンチをかましてきた。

「お、おい、大丈夫か?」

 腹を抑えながら倒れている僕に狐面の人物が声を掛けてくれる。

 なんで僕はお化け役に心配されているんだろう……。

「な、なぁ。そんな腰の入ったパンチやら強烈なビンタが出来るなら別に怖がらなくてもいいんじゃねぇの?」

 相手も人間だって分かってるし。

 僕の言葉を聞き2人のお化け役は、あんなのを貰ったら堪らん、と早々と撤退して行く。

「それとこれとは話は別よ! 怖いものは怖いのだから仕方ないじゃない!」

 それは仕方ないと思うが、僕に攻撃するのは別に仕方なく無いのでは?

 それは口には出さず、とりあえず僕はまだ痛む腹を抑えながら立ち上がる。
 まだ肝試しも序盤の序盤。
 後々の事を考えるとこんなところでグズグズしているわけにも行かない。
 驚かされる度に日光の攻撃を受けることになるとしたらゴールするまでにかなり時間がかかってしまう。

「行こうか」

 僕は日光に手を差し出す。

「この手は何?」

「怖いんだろ? ほら手を繋いでやるよ」

「なっ……」

 日光は再び顔を赤らめ、小声で「馬鹿にして……」と呟きながらも、渋々といった様子で僕の手をとる。

 ちなみに僕が日光と手を繋いだのは下心があったわけでも怖がっている日光を安心させるためでもない。
 いや、安心させるために手を繋いだのは2.3割程度はあるが、主な目的は日光の僕への暴力を防止するため。
 今僕の左手を日光は右手で握っている。
 さっきのビンタやら腹パンは僕から近い右手から出されているため、自分でも浅はかだとは思うがとりあえず右手を封じてしまえばどうにかなるだろうという考えだ。
 流石に距離が遠い左手で殴ってくる事は無いだろうし、右手は僕が強く握りしめていれば振りほどける心配もない。
 これで何の問題も無いはずだ。

 僕はこの時はそう思っていた。
 そう、この時までは……。



 



 初めて驚かされてから数分が経ったが、あれから何度か驚かされた。
 何度か驚かされたためか、今回の肝試しの驚かせ方の傾向が見えてきた。
 今回の肝試しでは、一回軽く驚かし、すぐさま本命が待ち受けているといった二重仕掛けが多い。
 三重仕掛けもあったが、一回で終わるものにはまだ遭遇していない。
 なぜこんなにも冷静に今回の肝試しを分析していると言われれば、そうだな……何か考え事をして冷静にならなければいけない状況にあるからだ。

 どうしてこうなったのやら……。

 僕はすぐ隣に目を向ける。
 そこには僕の左腕に体を押し付けている日光の姿があった。

 手を繋いだ初めの方は僕の狙い通り、日光の暴力を防止する事が出来ていた。
 というより狙い以上といったらいいのだろうか、彼女は驚かされる度に凄い力で僕の手を握りしめた。それはもう、え? これ左手もげるんじゃね? と頭によぎるくらいの凄い力で。
 そして、驚かされる回数が増すごとに今の形へと変化していったわけだ。

 僕は言うまでもなく、思春期真っ只中の立派な高校男子だ。
 流石にこの密着度は色々とヤバイ。
 何度か離れるように日光に催促したものの日光は首を横に振るばかりで一向に離れようとはしなかった。

「なぁ、日光……」

 僕は日光に離れるよう催促するために再び声を掛けるが、声を掛けた瞬間に僕の腕を抱きしめる強さが強くなってしまったため、言葉がそこで止まってしまう。
 日光は僕の腕をかなり強い力で抱きしめる。
 日光の体が震えているのが分かった。

「…………………ぐすっ」

 え? もしかして……。

 腕にしがみついている日光の顔を見る。
 案の定彼女は泣いていた。
 いつもの素振りでは考えられないその顔に不覚にも少しドキッとしてしまう。

「あ……」

「あ」

 お互いの目が合ってしまう。

 また殴られる。

 そう思い咄嗟に顔を逸らしながらも覚悟を決めるが、一向にビンタが飛んでくる気配は感じられない。
 僕は再び日光の顔を見る。

「み、見るな……バカ……」

 日光は僕の左腕を右腕で抱きしめ、左手で涙を拭う。
 いつもは強気な態度で凛々しい日光。そのいつもの日光からは考えられないほど今の日光はしおらしい。
 こいつもれっきとした女性なんだな、と改めて気付かされる。
 そして、普段のギャップから数倍可愛く見えてしまう。
 ついついそんな日光を抱きしめ……って駄目だ駄目だ!
 女性の弱味につけ込むなんて男らしくない。
 いや、怖がっている女の子を抱きしめるのは男らしい行為なのか?

 マズイ……頭が大分混乱してきてる。
 何か違う事を考えないと……。
 それにしても柔らかい……日光の体が柔らかいのは勿論のこと、日光の大きい胸が自分の腕に…………。

「ふんっ!」

「ひゃっ⁈ いきなりどうして自分の頭を殴ったの⁈ 何かに取り憑かれた⁈」

 急に自分の頭を殴った僕に対して日光はかなり引いた目で僕を見てくる。
 それでもまだ僕の腕を離すことはしてないが。
 しかし、自分の頭を殴ったことにより少し冷静に戻れた。

「ええっと……悪い物に取り憑かれそうだったから自分式のお祓いをしただけだ。それとまだ戒めが足りないから僕を殴ってくれないか?」

「えぇ……貴方絶対に何かに取り憑かれているわよ」

 ここまでくると日光は僕の腕から身を離し後退りをした。
 なんだか色々なものを失った気がするが結果オーライだ。

「ぎゃああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 すぐ近くから男の悲鳴……というか叫び声が上がった。
 日光は声も出さずにすぐさま僕の腕へとしがみ付く。
 日光も怖さからか大分頭が麻痺しているようだ。
 僕と体を密着させる事に抵抗感がなくなっている。
 これは冷静になった時が怖い。
 と、そんな事よりも。

「日光、離れた方がいい。今の声は多分はっちゃんだ」

 流石にこの状態を知人に見られるとマズイということを考えれる余裕はあったのかすぐさま日光は僕から体を離した。

 しかし、あのはっちゃんがあんな叫び声を上げるなんて……。

 かなりの不安がありつつも悲鳴が上がった先へと急いだ。







 僕たちは先に行っていたはっちゃん・楓ペアと合流していた。
 そこには、まいったなぁと頬をかく楓と倒れているはっちゃんがいた。

「これは一体……」

「い、いやぁ……急に翔君が抱きついてこようとしたものだからつい反射的に男の弱点を……ね?」

「「それはこいつが悪い」」

 苦笑しながら言った楓に僕と日光はほぼ同時に言う。

「その……かなりの勢いで蹴り上げてしまったし……ボク空手もしているから……大丈夫か確認しようにもちょっと……」

 顔を少し赤に染めながら楓は困った風に言った。

「おーい、起きろー」

 はっちゃんの体を揺らすものの返事はない。
 はっちゃんの顔を見るとすっごい幸せそうな顔で股間を抑えていた。

「あー、全然大丈夫そうだな」

「そう、良かったぁ」

 僕の言葉を聞き楓は安堵の表情を見せる。

「ボクは翔君が目を覚ますまで待ってるから先に行っててくれないかな」

 こんな事があったから流石のはっちゃんも再び楓に手を出すようなことはしないだろうが、万一にも手を出したとしても返り討ちにされるだけだから心配はないだろう。
 僕らは先に行く事を決めた。






 はっちゃんのペアと別れて数分が経った。

「うっ…………うぅ……」

 目の前から呻き声が聞こえた。
 懐中電灯で呻き声が聞こえた方を照らす。
 そこには僕らの学校の体操着を着た男が横になって腹を抑えて倒れている。

 何があったのかと思い、大丈夫か? と声を掛けようとした、が日光に止められる。

「ねぇ……おかしくない?」

「何が?」

「なんであの男は1人で倒れてるの。周りに女生徒がいないとおかしくない?」

「どこぞの誰かさんみたいにお化け役にびっくりした女生徒があいつを殴って逃げたんじゃないか? それかはっちゃんみたいにセクハラしようとして返り討ちにあったか」

「何? また殴られたいの? というか逃げてないし」

「日光のこととは誰も言ってないけど……っと、でも怪我をしてたら大変だからな、とりあえず声を掛けようぜ」

 僕は日光に睨まれ焦りながら倒れている男の元へと駆け寄る。

「おーい、大丈夫か?」

 男の体を揺らす。
 男の服を触った手が何かに濡れた。
 何度か匂ったことのある鉄の様な匂い。

「に……逃げ…………ろ……早く……」

 男がそう苦しそうに呟いた瞬間、前から物音が聞こえた。
 僕はそこに懐中電灯の明かりを照らす。
 そこには大きな包丁を持ったパーカーにオタフクの面を被った人物が立っていた。
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