余命1年から始めた恋物語

米屋 四季

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5月編

24話 天国と地獄

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 僕らは玉ねぎ、じゃがいも、牛肉 、トマト 、ナスを使って野菜カレーを作る事にした。
 もう片方は余った玉ねぎ、イカスミ 、チョコ 、唐辛子 、コーヒー豆、大根 、鶏肉 、赤カブを使ったカレーだ。こちらは、はっちゃんの少しくらいはまともな食材が欲しいとの要望でこういう形となった。

「さて、まずはと……」

 カレーを作り始めようとするものの何から始めればいいか、正直なところイマイチよく分かっていない。
 料理をするといっても高校生になってからで、カレーを作ったのも小学生の頃の調理実習の1度だけだった。

「楓ちゃんと彩芽ちゃんは飯盒でご飯を炊いているから、私たちは野菜の下ごしらえをしよっか。りっくんはジャガイモの下ごしらえをお願い」

 そんな自分を心配してか、水仙さんがジャガイモを僕に差し出しながら言った。

「あぁ、うん。分かった」

 ジャガイモを受け取り、それらを水道水で洗う。

「確か、皮を剥いたあとに芽を取らないといけないんだっけ?」

 ジャガイモを使った料理もあまりした事がなく、なんとなくでしか知らないため一応聞く。
 水仙さんは玉ねぎの皮を剥きながら、そうだよー、と答えた。

「…………なぁ。これって全部食べろと言われたけどカレーに入れろと言われたわけじゃないよな?」

「はっ⁈ 確かに! ……ってはるちゃん?何でそんないい笑顔でイカスミを持ってるの? 怖い! 怖いよ⁈」

「おーい晴矢。食材はカレーに使わないとダメだぞ」

「あーい」

 隣の調理場から晴矢、はっちゃん門田先生のやりとりが聞こえた。

 カレーが作り終わるまではっちゃんの身が持つかが心配だな……。

 そんな事を考えながら、皮を剥いたジャガイモを一口大に切るためまな板に向かう。
 隣にいる水仙さんを見ると玉ねぎを切っていた。

「早い……」

 あまりの手際よさについついそんな事を呟いてしまった。

「ありがとう。でも私より早い人はいくらでもいるし、慣れれば誰にでも出来るよ。りっくんは切ると力が入り過ぎているからもう少しリラックスすればいいと思うよ」

 水仙さんのアドバイス通りに力を少し抜いて切ってみる。

「おおっ。ありがとう。なんだか上手く切れてるような気がする」

「いえいえ」

 やばい……幸せ過ぎる……。
 こんなに近い距離で共同作業なんて今まででした事が無かった。
 ……はっ⁈ まさか晴矢はこれを狙って料理出来るやつと出来ないやつに分けたのか?

 隣の調理場を見ると晴矢と目があった。
 晴矢は僕が何を考えていたか分かったのだろう親指をグッと立てた。

 な、なんていい親友を持ったんだ……!

「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁈ にっちゃん何で玉ねぎをそのまま鍋にぶち込んでんのぉ⁈」

 その奥では凄い事になってるけど。

 何も見なかったふりをしてジャガイモを切るのを再開する。
 水仙さんが玉ねぎを切り終わり、水洗いした人参の皮を剥き始めた。
 その横顔はとても集中していて凛々しく感じた。
 普段はおっとりとした表情をしているから、なんだか新鮮だ。

 こんな顔もするんだな……って僕も早くジャガイモを切らないと。

 まだ半分も切り終わっていないジャガイモを焦りを感じながら切り始める。

 ほんの数分が経った。
 今は2人が料理をしている音しか聞こえない。
 まるでこれは……

「2人でそう料理をしているとなんだか仲が良い夫婦みたいですね」

 僕が思っていた事を橘は見事言い当てながら僕らの後ろを通り過ぎた。

 焦りから頭が回らず何も言えない。
 無言。ただただ無言。
 水仙さんも僕も無言で料理を続ける。

 もしかして……料理に集中しすぎて水仙には橘の言葉が聞こえてなかったのか。

 隣の水仙さんの様子を伺う。
 さっきとなんら変わらず人参を……赤らめた顔で微塵切りにしていた。

「水仙さん⁈」

「えっ? あぁっ!」

 水仙さんはハッと我に帰り手を止めた。

「……ごめんなさい」

 顔を赤らめなたまま水仙さんは謝る。
 彼女もかなり動揺していたのだ。

「大丈夫大丈夫。人参もまだ残ってるし」

 そう言いながら水仙さんの斜め前ある切られていない人参を取ろうとした時だった。
 僕の肩と水仙さんの肩が当たった。

「ひゃっ!」

「いっ⁈」

 水仙さんの声に驚きつつ、左手の甲に痛みが走った。
 左手の甲を見ると水仙さんが落としてしまった包丁が当たってしまったらしく、1センチほどうっすらと切れてしまい血が滲んでいた。

「ごめんなさいごめんなさい!」

 水仙さんは慌てながら僕の左手を取る。

「大丈夫。当たっただけで刺さったわけじゃないし、傷も浅いからすぐに治るよ」

「でも……」

 水仙さんはポケットから絆創膏を取り出す。

「せめて絆創膏だけでも……」

 血が滲んでいるだけで本当は必要が無かったが、その厚意に甘える事にし絆創膏を受け取ろうとする。
 しかし、片手じゃ貼りにくいから私が貼ると水仙は僕の左手へ絆創膏を貼った。
 そして絆創膏を貼った後、水仙さんは僕の手を見つめたまま固まった。

「どうしたの?」

「……りっくんの手大きくて、硬い…………」

 水仙さんは絆創膏を貼った僕の手に触れたまま呟く。

「そう? 水仙さんの手は小さくて柔らかいな」

「やっぱり男の子と女の子の手て違うんだね……」

「はい、そこ。イチャイチャしてないで早く野菜を切る」

「「うわあぁ⁈」」

 突然の楓の言葉に僕と水仙は飛び上がってしまった。

「楓ちゃんいつからここに?」

「ついさっきだよ。飯盒の方はもう見るだけだから委員長があっちを手伝って……んっ? 手を怪我してるじゃないか」

 楓が僕の手の怪我に気付き、僕の手を取る。

「大したことないから大丈夫」

「そうは言っても一応はね……。食器の用意をお願いしてもいいかな?」

「でも……」

「じゃあ、あっちの手伝いをする?」

 楓は苦笑いしながら隣の調理場を指差す。

「はるちゃんんっ何それ⁈ その白い液体は一体何⁈」

「日光さんが摩り下ろした大根と赤カブが混ざったものだ」

「へぇーふーんなるほどねー…………。んんっ? そして誰かいつのまにかイカスミぶち込んでやがるなコンチクショウッ!」

 …………。

「食器の用意をしてくる」

「え? 嘘? ゆっちゃん今何も見なかったふりをした? 助けてぇ……ねぇ…俺も天国に連れて行ってぇ……」

 はっちゃんの声は聞こえてはいるものの、僕は背を向けたまま振り返らない。

「ほら、頑張れ。今のままのこの謎の液体を食べたらガチで天国に行きかねん」

「あああっ……無理だよ……こんな謎の液体を普通に食べれるレベルなんかに持っていけるわけねぇよ……たっちゃん? 何で普通にチョコ食べてるの?」

「こんなよく分からない液体に入れるくらいなら普通に食べた方が絶対に美味しいですよ?」

「そうだね! 天地がひっくり返ようともそれだけは絶対に覆せないくらいの正論だね! でも、ほら! 先生が見てるから!」

 そんなやりとりが聞こえる地獄をあとに僕は逃げるように食器を取りに行った。






 食器の用意が終わり僕は暇になったため席に座ってはっちゃんたちのカレー作りを眺めていた。
 カレーを見に行けば水仙さんと楓にもう煮込むだけだと言われ、飯盒を見に行けば委員長に1人で大丈夫だからと言われ、もう一つのカレーは……うん、僕が手伝わなくても別に大丈夫だろ。

「…………なぁ? お前はこの謎の液体を苦くしたいのか? 甘くしたいのか? 辛くしたいのか?」

「俺にも分からねぇよぉ……何で辛子とコーヒー豆とチョコと謎の液体が入った液体をひたすら混ぜてるか分からねぇよぉ……ただ間違ったことをしてるってことは分かるよぉ……」

 もうそろそろで終わるのか、はっちゃんが涙を流しながら謎の液体をかき回している。

「お待たせー! こっちは終わったよー」

 そう言いながら楓が僕の方へとやって来た。

「こちらもご飯の用意が出来ました」

 委員長も終わったらしく、僕たちの方へ合流する。

「お疲れ様。じゃあ……あとは…………」

 僕ら3人はもう一つのカレー(?)が作られている方を向く。

「お待たせ……」

 そう言いながら黒くて禍々しい液体が入った鍋を持ってきたはっちゃんの顔はとても衰弱していた。

「お、おう。お疲れ様」

 そんなはっちゃんを見て、僕の口からはその言葉以外出てこなかった。
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