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5月編
22話 脱出
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「……僕が……囮になる」
まぁ、これが妥当な案だろう。
しかし、晴矢はただただ黙ったまま固まっている。
「今から僕が全力で校舎がある方とは逆に向かって走る。きっと熊も追っかけて来るはずだ。そのタイミングで晴矢ははっちゃんと一緒に早くここから立ち去ってくれ。僕は頃合いを見つけて逃げるから。あ、一応先生に助けを出すようお願いしてくれよ。もしかしたら動けない状態になってるかもしれないから」
僕が冗談を交え笑いながら言った直後だった。
晴矢は僕の脇腹をかなりの力で殴った。
「ダメな案だな。却下だ」
「っ……なんで⁈ 僕はここで生き残っても後11カ月しか生きられない! でも、お前は違うだろ?」
ズキズキと痛む脇腹を抑えながら僕は怒鳴る。
誰かのために残りの人生を生きると決めた。
どうせあと少ししか生きられないし、誰かの命がかかっているなら僕は命をかける。
それが親友の命ならなおさらだ。
なぜそれを分かってくれない?
「分かってくれよ! お前には生きて欲しいんだよ! 死んでほ――」
「ごちゃごちゃうるせぇ!」
晴矢の怒鳴り声が僕の言葉を遮った。
あまり怒鳴ることがない晴矢の今まで聴いた中で1番大きな怒鳴り声だった。
「囮になる? あと11カ月で死ぬから? ふざけるな! 11カ月だからこそだろ……あと少ししか生きられない、だからこそ生きろよ……」
僕はただ晴矢の言葉を黙って聞いていた。
こんなにも僕のことを考えてくれている。
分かっていた。
だからこそ囮になろうと考えたのに……。
「お前には生きて欲しい? 俺も一緒だよ……いや、少し違うな……俺はお前と一緒に生きたいんだ」
僕は晴矢の顔を見なかった。
見てしまったら決意が揺らいでしまいそうだったから。
「ごめん。悪かった。本当は僕もまだまだ生きたい。だから頼む。この状況を切り抜ける方法を考えてくれ」
僕は説得されたフリをする。
いざとなったら絶対に身を呈して守る決意は変わらないままだ。
「……分かった」
晴矢は僕が説得されたふりをしているのに薄々感づいているのかもしれない。
その表情は険しいままだった。
「これだけ喋ろうとも動いてもあっちは動く気配を見せない。とりあえず、このままの体勢でじわじわ後ろに下がるぞ」
僕は頷き、晴矢と僕はじわじわと後ろに下がる。
1歩、2歩、3歩、4歩と……。
…………。
「なんであいつも間合いを詰めてくるんだ? 何? この間合いがベストなの?」
僕たちが後ろに下がるたびに熊も間合いを詰めてくる。
このまま下がり続けて学校まで行ったらこいつ最後まで付いてくるんじゃないか?
「まずいな……」
晴矢はボソッと呟いた。
「俺らと熊が移動したせいで、倒れたままの翔と熊の距離が……」
気が付けばはっちゃんと熊の距離は3.4歩のところまで来ていた。
「……近付けば熊も後ろに下がるんじゃないか?」
「……やってみる価値はある」
僕らはじわじわと前に進みよる。
1歩、2歩………………。
「……最悪だな」
晴矢の呟きに僕もただ苦笑いするしかなかった。
結果、熊は移動せず、僕らがただ近く形となってしまった。
「どうする?」
「……なぁ、知っているか? ある動物園では人が赤ちゃん熊を育てた話があってな、その熊はだいぶ人懐っこいらしい」
「それって白くまじゃ……?」
「……なぁ、知っているか? とある黄色い熊さんのモデルは実在していて、その熊は人懐っこいらしい」
色々言いたいことはあるが、とりあえず話を進めてもらおう。
「つまり何が言いたい?」
「あの熊も人懐っこいことを期待しようぜ、だ」
なるほど。
「お前ふざけんなよ! 何あっちに期待しようとしてんだ⁈ しかも、どっちとも子熊時代に人に育てられたから人懐っこいからな⁈ あれは絶対に野生の熊だろ!」
「ごちゃごちゃ言うな。もうどうすることも出来ねえんだよ」
「いや、出来る」
⁈
僕らは声がした方を向く。
そこには未だに倒れたままだが、親指を立てているはっちゃんがいる。
「お前、意識が戻っていたのか?」
「あぁ、ついさっきな。なんで意識を失ってたかは分からないが、事情は分かる。つまり、俺が黄色いくまさんの親友であるピンクの豚の声真似をして説得すればいいんだろ?」
何言ってんだこいつ?
「いや、そんなこと全ぜ――」
「そうだ。そういうことだ」
晴矢は僕の言葉を遮り言った。
そしてそっと僕に耳打ちをする。
「もう、どうすることも出来ねえんだ。だったら奇跡を信じようぜ」
こ、こいつ……。
「あー、あー。んん……」
そんなやりとりをしている僕らを御構い無しにはっちゃんは喉の調整を始めている。
もう僕らは見守ることしか出来ない。
「あー……やぁ、○ー」
な……出来てるだと……?
隣を見ると晴矢も驚きの表情をしている。
それは予想以上に完成度が高い声真似だった。
「どうしたんだい? 今日は体が真っ黒じゃないか?」
いや、そりゃあ黄色いくまさんじゃないからな。
「何で無視をするんだい○ー…………あー、こりゃあダメだわー」
はっちゃんは声真似をやめ、諦めるように言った。
いくら声真似の完成度が高かろうが、相手はただの熊だ。
やはり、はっちゃんの言葉に何の反応も示さなかった。
「いつの日か、一発芸として女の子の前で披露してモテるために毎日色々な声を出せるように練習してたんだけど……これが通じないとなるとお手上げだな」
「無駄な努力だな」
「声真似が出来たところでモテるかどうか別だろう」
「えっ……?」
僕らからははっちゃんの表情は見えないが、大分ショックを受けているのはなんとなく伝わる。
そんなやりとりをしていた時だった。
熊が急に動きはじめた。
熊は倒れているはっちゃんへと移動している。
僕らに一気に緊張が走る。
「やばいな……くそっ……どうすれば……?」
晴矢がそう言った直後だった。
晴矢のポケットから電話の着信音がなった。
晴矢は急いでそれを取る。
『もしもーし!』
電話の相手は橘からだ。
晴矢は電話をスピーカーにしているのか、隣にいる僕にまで橘の声が聞こえる。
「橘さんか、どうしたんだ?」
『今こっちは女子は女子で合流してしまったから、どうせなら途中経過を聞こうと思ってね」
『たくさん食材集めたよ~』
電話の向こうから日光と水仙さんの声が聞こえた。
「そうか、途中経過……ね……」
晴矢は目の前の状態を一度確認する。
「かなりまずい状態だ」
『何? もしかして一枚も食材を集めれてないの?』
「いや、そうじゃない。食材は集めには集めたんだが……数十メートル先の方に熊がいてだな。少し動きづらい状態なんだ」
晴矢はあまり心配させたくはなかったのかそこそこの嘘をついた。
実際は熊と僕らの距離は3メートルもない。
はっちゃんにいたっては匂いを嗅がれている。もうゼロ距離といっても等しい。
『大丈夫なの?』
晴矢の言葉に対して電話の向こうから少し騒めきが聞こえた。
日光の声からも心配の色が見える。
「大丈夫なのは大丈夫なんだが……一応何か熊に対する情報があるなら教えて欲しい」
『1番有名なのは死んだフリだよね?』
水仙さんの声が聞こえ、僕らは今一度目の前の状況を確認。
ただ今絶賛死んだフリをしていると言っても過言ではない状態のはっちゃんは未だに匂いを嗅がれている。
「他には?」
『これも有名だよね。熊よけの鈴』
次に答えたのは楓だった。
たしかに有名と言われれば有名なのだが、僕らがそんなものを持っているわけがなかった。
「他には?」
『ふっふっふっ……私にとっておきの情報がありますよ』
次に答えたのは、なぜかとても自信ありげな橘だ。
どうせロクなものではないんだろうなぁ。と晴矢に目配せするも、一応聞いてみるだけ聞いてみようぜと目配せされた。
「その情報とは?」
『熊は焼きメザシが好きです!』
……は?
『普通は鮭なんじゃないの?』
『私もそう思っていましたが、実は違うんです。これは有力な情報です』
「おい橘……それ何情報だ……」
『トリ○アの泉です!』
「へぇ~……じゃねぇよ! その情報をどう活かせっていうんだよ!」
「いや、そうでもねぇ。とても有益な情報だ」
倒れていて未だに匂いを嗅がれているはっちゃんが言った。
はっちゃんはすぐさまポケットから何かを取り出し、僕らから離れた遠くにそれを投げつけた。
それは10センチくらいのよく分からない小魚だった。
「なんでそんなもんがポケットに入ってるんだよ⁈」
「ゆっちゃん達と合流する前に川でとってきた」
「ほう……そいつをどうするつもりだったかを聞くのは後にするとして、今がチャンスだ」
熊がはっちゃんが投げた小魚の元へと移動を始めていた。
メザシでもなければ焼いてもいないただの川魚だがあれでいいのかと思いつつも、僕らがこれからやることはただ一つ。
「逃げるぞ!」
晴矢の言葉で僕ら3人は全力で走りはじめる。
晴矢の携帯電話から『ええっ? 逃げるってまさか――』と誰かの声が聞こえたが、晴矢が通話を切った為かその続きは聞けなかった。
ただただ僕らは全力で森を駆け抜ける。
「あぁ! クソッ! シーフードカレーにしたかったのに!」
「やっぱりてめぇあのよく分からねぇ小魚をカレーにぶち込むつもりだったんだな⁉︎」
まさかとは思ったが、やはりあの訳の分からない小魚1匹を入れようと思うとは……やはりこいつはトチ狂っている。
「しかも、シーフードじゃねぇな。どちらかと言えばリヴァーフードだろ。っと、冗談もこれぐらいで後ろの方はどうだ?」
晴矢に言われ僕は後ろの方を見る。
熊は追ってきてはおらず、はっちゃんの後ろには何もいない。
だが、僕らは走る足を緩めなかった。
数分走ると森を抜けた。
先頭にいた晴矢が足を止め、崩れ落ちるようにその場へと寝転ぶ。
「もう、走れねぇぞ……」
僕とはっちゃんも晴矢に続いてその場へと寝転んだ。
3人とも汗だくで、息を切らしている。
「はぁ、全くとんだ災難だった」
「あぁ、でもこうして生きてる」
晴矢の言葉に対してはっちゃんは笑いながら応えた。
それを見て、つられて僕と晴矢も笑ってしまう。
「もう食材を集める時間もねぇなぁこりゃあ」
時計を確認すると集合時間の十数分前の時間だった。
「結局、僕らが集めれたのは玉ねぎ7つと人参1つだけか」
「よく分からねぇ食材を取るよりもいいじゃねぇか。あとは女子達に期待しようぜ」
晴矢はそう言いながらゆっくりと立ち上がる。
「もう行くのか?」
「時間が時間だしな」
「そうか」
そう言いながら立ち上がるも、長い間全力疾走した為か、それとも逃げ切れた安堵からか、体が凄く重たく感じる。
はっちゃんと晴矢もしんどそうだ。
僕らは3人お互いの様子を見ながら、皆が皆同じことを思っていることが分かり微笑した。
「じゃあ行くか」
晴矢の言葉で僕たちは集合場所へと移動を開始する。
こうして僕らの食材集め改、熊からの脱出劇は幕を下ろした。
まぁ、これが妥当な案だろう。
しかし、晴矢はただただ黙ったまま固まっている。
「今から僕が全力で校舎がある方とは逆に向かって走る。きっと熊も追っかけて来るはずだ。そのタイミングで晴矢ははっちゃんと一緒に早くここから立ち去ってくれ。僕は頃合いを見つけて逃げるから。あ、一応先生に助けを出すようお願いしてくれよ。もしかしたら動けない状態になってるかもしれないから」
僕が冗談を交え笑いながら言った直後だった。
晴矢は僕の脇腹をかなりの力で殴った。
「ダメな案だな。却下だ」
「っ……なんで⁈ 僕はここで生き残っても後11カ月しか生きられない! でも、お前は違うだろ?」
ズキズキと痛む脇腹を抑えながら僕は怒鳴る。
誰かのために残りの人生を生きると決めた。
どうせあと少ししか生きられないし、誰かの命がかかっているなら僕は命をかける。
それが親友の命ならなおさらだ。
なぜそれを分かってくれない?
「分かってくれよ! お前には生きて欲しいんだよ! 死んでほ――」
「ごちゃごちゃうるせぇ!」
晴矢の怒鳴り声が僕の言葉を遮った。
あまり怒鳴ることがない晴矢の今まで聴いた中で1番大きな怒鳴り声だった。
「囮になる? あと11カ月で死ぬから? ふざけるな! 11カ月だからこそだろ……あと少ししか生きられない、だからこそ生きろよ……」
僕はただ晴矢の言葉を黙って聞いていた。
こんなにも僕のことを考えてくれている。
分かっていた。
だからこそ囮になろうと考えたのに……。
「お前には生きて欲しい? 俺も一緒だよ……いや、少し違うな……俺はお前と一緒に生きたいんだ」
僕は晴矢の顔を見なかった。
見てしまったら決意が揺らいでしまいそうだったから。
「ごめん。悪かった。本当は僕もまだまだ生きたい。だから頼む。この状況を切り抜ける方法を考えてくれ」
僕は説得されたフリをする。
いざとなったら絶対に身を呈して守る決意は変わらないままだ。
「……分かった」
晴矢は僕が説得されたふりをしているのに薄々感づいているのかもしれない。
その表情は険しいままだった。
「これだけ喋ろうとも動いてもあっちは動く気配を見せない。とりあえず、このままの体勢でじわじわ後ろに下がるぞ」
僕は頷き、晴矢と僕はじわじわと後ろに下がる。
1歩、2歩、3歩、4歩と……。
…………。
「なんであいつも間合いを詰めてくるんだ? 何? この間合いがベストなの?」
僕たちが後ろに下がるたびに熊も間合いを詰めてくる。
このまま下がり続けて学校まで行ったらこいつ最後まで付いてくるんじゃないか?
「まずいな……」
晴矢はボソッと呟いた。
「俺らと熊が移動したせいで、倒れたままの翔と熊の距離が……」
気が付けばはっちゃんと熊の距離は3.4歩のところまで来ていた。
「……近付けば熊も後ろに下がるんじゃないか?」
「……やってみる価値はある」
僕らはじわじわと前に進みよる。
1歩、2歩………………。
「……最悪だな」
晴矢の呟きに僕もただ苦笑いするしかなかった。
結果、熊は移動せず、僕らがただ近く形となってしまった。
「どうする?」
「……なぁ、知っているか? ある動物園では人が赤ちゃん熊を育てた話があってな、その熊はだいぶ人懐っこいらしい」
「それって白くまじゃ……?」
「……なぁ、知っているか? とある黄色い熊さんのモデルは実在していて、その熊は人懐っこいらしい」
色々言いたいことはあるが、とりあえず話を進めてもらおう。
「つまり何が言いたい?」
「あの熊も人懐っこいことを期待しようぜ、だ」
なるほど。
「お前ふざけんなよ! 何あっちに期待しようとしてんだ⁈ しかも、どっちとも子熊時代に人に育てられたから人懐っこいからな⁈ あれは絶対に野生の熊だろ!」
「ごちゃごちゃ言うな。もうどうすることも出来ねえんだよ」
「いや、出来る」
⁈
僕らは声がした方を向く。
そこには未だに倒れたままだが、親指を立てているはっちゃんがいる。
「お前、意識が戻っていたのか?」
「あぁ、ついさっきな。なんで意識を失ってたかは分からないが、事情は分かる。つまり、俺が黄色いくまさんの親友であるピンクの豚の声真似をして説得すればいいんだろ?」
何言ってんだこいつ?
「いや、そんなこと全ぜ――」
「そうだ。そういうことだ」
晴矢は僕の言葉を遮り言った。
そしてそっと僕に耳打ちをする。
「もう、どうすることも出来ねえんだ。だったら奇跡を信じようぜ」
こ、こいつ……。
「あー、あー。んん……」
そんなやりとりをしている僕らを御構い無しにはっちゃんは喉の調整を始めている。
もう僕らは見守ることしか出来ない。
「あー……やぁ、○ー」
な……出来てるだと……?
隣を見ると晴矢も驚きの表情をしている。
それは予想以上に完成度が高い声真似だった。
「どうしたんだい? 今日は体が真っ黒じゃないか?」
いや、そりゃあ黄色いくまさんじゃないからな。
「何で無視をするんだい○ー…………あー、こりゃあダメだわー」
はっちゃんは声真似をやめ、諦めるように言った。
いくら声真似の完成度が高かろうが、相手はただの熊だ。
やはり、はっちゃんの言葉に何の反応も示さなかった。
「いつの日か、一発芸として女の子の前で披露してモテるために毎日色々な声を出せるように練習してたんだけど……これが通じないとなるとお手上げだな」
「無駄な努力だな」
「声真似が出来たところでモテるかどうか別だろう」
「えっ……?」
僕らからははっちゃんの表情は見えないが、大分ショックを受けているのはなんとなく伝わる。
そんなやりとりをしていた時だった。
熊が急に動きはじめた。
熊は倒れているはっちゃんへと移動している。
僕らに一気に緊張が走る。
「やばいな……くそっ……どうすれば……?」
晴矢がそう言った直後だった。
晴矢のポケットから電話の着信音がなった。
晴矢は急いでそれを取る。
『もしもーし!』
電話の相手は橘からだ。
晴矢は電話をスピーカーにしているのか、隣にいる僕にまで橘の声が聞こえる。
「橘さんか、どうしたんだ?」
『今こっちは女子は女子で合流してしまったから、どうせなら途中経過を聞こうと思ってね」
『たくさん食材集めたよ~』
電話の向こうから日光と水仙さんの声が聞こえた。
「そうか、途中経過……ね……」
晴矢は目の前の状態を一度確認する。
「かなりまずい状態だ」
『何? もしかして一枚も食材を集めれてないの?』
「いや、そうじゃない。食材は集めには集めたんだが……数十メートル先の方に熊がいてだな。少し動きづらい状態なんだ」
晴矢はあまり心配させたくはなかったのかそこそこの嘘をついた。
実際は熊と僕らの距離は3メートルもない。
はっちゃんにいたっては匂いを嗅がれている。もうゼロ距離といっても等しい。
『大丈夫なの?』
晴矢の言葉に対して電話の向こうから少し騒めきが聞こえた。
日光の声からも心配の色が見える。
「大丈夫なのは大丈夫なんだが……一応何か熊に対する情報があるなら教えて欲しい」
『1番有名なのは死んだフリだよね?』
水仙さんの声が聞こえ、僕らは今一度目の前の状況を確認。
ただ今絶賛死んだフリをしていると言っても過言ではない状態のはっちゃんは未だに匂いを嗅がれている。
「他には?」
『これも有名だよね。熊よけの鈴』
次に答えたのは楓だった。
たしかに有名と言われれば有名なのだが、僕らがそんなものを持っているわけがなかった。
「他には?」
『ふっふっふっ……私にとっておきの情報がありますよ』
次に答えたのは、なぜかとても自信ありげな橘だ。
どうせロクなものではないんだろうなぁ。と晴矢に目配せするも、一応聞いてみるだけ聞いてみようぜと目配せされた。
「その情報とは?」
『熊は焼きメザシが好きです!』
……は?
『普通は鮭なんじゃないの?』
『私もそう思っていましたが、実は違うんです。これは有力な情報です』
「おい橘……それ何情報だ……」
『トリ○アの泉です!』
「へぇ~……じゃねぇよ! その情報をどう活かせっていうんだよ!」
「いや、そうでもねぇ。とても有益な情報だ」
倒れていて未だに匂いを嗅がれているはっちゃんが言った。
はっちゃんはすぐさまポケットから何かを取り出し、僕らから離れた遠くにそれを投げつけた。
それは10センチくらいのよく分からない小魚だった。
「なんでそんなもんがポケットに入ってるんだよ⁈」
「ゆっちゃん達と合流する前に川でとってきた」
「ほう……そいつをどうするつもりだったかを聞くのは後にするとして、今がチャンスだ」
熊がはっちゃんが投げた小魚の元へと移動を始めていた。
メザシでもなければ焼いてもいないただの川魚だがあれでいいのかと思いつつも、僕らがこれからやることはただ一つ。
「逃げるぞ!」
晴矢の言葉で僕ら3人は全力で走りはじめる。
晴矢の携帯電話から『ええっ? 逃げるってまさか――』と誰かの声が聞こえたが、晴矢が通話を切った為かその続きは聞けなかった。
ただただ僕らは全力で森を駆け抜ける。
「あぁ! クソッ! シーフードカレーにしたかったのに!」
「やっぱりてめぇあのよく分からねぇ小魚をカレーにぶち込むつもりだったんだな⁉︎」
まさかとは思ったが、やはりあの訳の分からない小魚1匹を入れようと思うとは……やはりこいつはトチ狂っている。
「しかも、シーフードじゃねぇな。どちらかと言えばリヴァーフードだろ。っと、冗談もこれぐらいで後ろの方はどうだ?」
晴矢に言われ僕は後ろの方を見る。
熊は追ってきてはおらず、はっちゃんの後ろには何もいない。
だが、僕らは走る足を緩めなかった。
数分走ると森を抜けた。
先頭にいた晴矢が足を止め、崩れ落ちるようにその場へと寝転ぶ。
「もう、走れねぇぞ……」
僕とはっちゃんも晴矢に続いてその場へと寝転んだ。
3人とも汗だくで、息を切らしている。
「はぁ、全くとんだ災難だった」
「あぁ、でもこうして生きてる」
晴矢の言葉に対してはっちゃんは笑いながら応えた。
それを見て、つられて僕と晴矢も笑ってしまう。
「もう食材を集める時間もねぇなぁこりゃあ」
時計を確認すると集合時間の十数分前の時間だった。
「結局、僕らが集めれたのは玉ねぎ7つと人参1つだけか」
「よく分からねぇ食材を取るよりもいいじゃねぇか。あとは女子達に期待しようぜ」
晴矢はそう言いながらゆっくりと立ち上がる。
「もう行くのか?」
「時間が時間だしな」
「そうか」
そう言いながら立ち上がるも、長い間全力疾走した為か、それとも逃げ切れた安堵からか、体が凄く重たく感じる。
はっちゃんと晴矢もしんどそうだ。
僕らは3人お互いの様子を見ながら、皆が皆同じことを思っていることが分かり微笑した。
「じゃあ行くか」
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