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5月編
20話 目標
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「お…………て……き………」
どこからか優しい声が聞こえる。
しかし、何を言っているかは理解出来ない。
「お……い…………きろー」
?
なんだか体が揺れているような気がする。
「うー……全然……きないな」
さっきからいったい何を言ってるんだ?
「おーい。起きろー……今ならキスしてもバレないかな…………」
「あ?」
「うぇ?」
気が付けば僕は楓と顔を見合わせていた。
どうやら僕は眠っていたらしい。
確か楓と楽しく話していて、ちょっと休憩がてら少しだけ目を瞑ろうと思い、目を閉じてからの記憶が一切ない。
多分そのまま寝てしまったのだ。
「お、おはよう」
楓は無理やり作ったのがバレバレである笑顔で挨拶をしてきた。
「おう。おはよう……」
僕もとりあえず挨拶を返す……いや、そんなことよりも。
「お前さっきなんて言った?」
「おはよう、だけど?」
「その前だ。そ、の、ま、え」
僕の質問に楓は冷や汗を流し始める。
「いや……何も……?」
「今ならキスしてもバレないって言っ――」
「今日はいい天気だぞーって言ったんだよ! やだなー! 陸ったら寝ぼけちゃって幻聴でも聞こえたんじゃないかなー! そうだそうだ! 絶対にそうだ!」
楓は早口で無理矢理さっきの事をなかった事にしようとしている。
よくもまぁこんなに舌が動くものだと感心して……いや、そうじゃなくて。
「いや、あれは絶対に――」
「あー! だから陸が寝ぼけてたんだって!」
よく見ると楓は涙目になっている。
「あー。そうか。朝が弱いから聞き間違えたのか」
納得はできないが、自分に言い聞かせるように言う。
「そうそう! いやぁ、陸ったらそんな風に聞き間違えるなんてスケベだなー……って、早く降りないと!」
楓はそういうと足元のバックを肩に掛け始める。
色々とツッコミたいところがあるが、本当に急がないとヤバそうなので今は後にする。
「じゃ、ボクは先に行くね」
「おう」
先に準備が終わった楓がバスから降りる。
その時、安心からふと漏れてしまった「危なかった……」という楓の声は陸には届かなかった。
バスから降りると暑い日差しが僕を照らした。
風が吹き、木々が揺れる。
よく耳をすますと、近くに川があるのか、水が流れる音が聞こえた。
山だ。
……うん、山だ。
木造の校舎が一つと、キャンプ場のようなものがあるだけで、あとは山しかない。
もうそれしか言うことが出来ないくらい山だ。
バスから降りた僕たちは、事前に教えられていた教室に荷物を置きに行く。
男女の教室はもちろん分けられている。
「山だな」
「うん、山だ」
「山」
教室に入ると、あちらこちらでそんな声が聞こえた。
本当にそれしか言うことがないくらいの山なのだ。
「自然豊かでいいところだな。こんなところでのんびりと一生を暮らしてぇ」
おおっと、1人おじいちゃんみたいなやつがいるみたいだな。
「晴矢さん、マジで言ってるんですか?」
「冬木はおじいちゃんなのかな?」
「はるちゃんの精神年齢は60超えてるからな」
「まぁ、趣味趣向がおじいちゃんみたいなやつだから」
「よし、俺をおじいちゃん扱いしたやつは教室から出ろ。今まで生きてこれたことに感謝しながらな」
晴矢は殴られぐったりとしているはっちゃんを片手で担ぎながらドアの方を笑顔で指差す。
「ほおぅ……八手を倒しただけで調子に乗っているようだな。しかし奴は四天王の中では最弱」
何の四天王だよ……。
このクラスでかれこれ2ヶ月近くは過ごしているがそんなものができていたなんて僕はこれっぽっちも知らない。
「しかも1対4だ。ちょっと強いからって勝てると思ったら大間違いだぜ?」
四天王の1人らしき人物が構える。
しかし、1対4とか言ってるが、はっちゃんは戦闘不能だし、実質的には1対3であって正直四天王の勝ち目が薄いと僕は思う。
ちなみに僕はこいつらの名前は覚えていない。
「勝てるとかは思ってないが、負けないだろうとは思ってるぜ」
晴矢は不敵に笑いながら構える。
教室に変な緊張感が走り、みんなが晴矢と四天王の3人を固唾をのんで見守る。
教室の中は静寂に包まれていて、外から届く木々の揺れる音や川の流れる音しか聞こえない。
あ、あとは隣の教室からちょっとした楽しそうな女子たちの笑い声が聞こえる。
「まずは……テメェからだぁ!」
晴矢は叫ぶと、軸足を踏み込み、腰をコマのように回転させ渾身の右手を放った。
そう、僕の鳩尾に。
「な……んで……?……けふっ」
僕は蹌踉めきながら腹を抑えながら膝をつく。
「いや、お前が一番初めに俺をじいちゃん扱いしただろ」
あ、あれ言葉に出てたんだ……。
「ち……チャンピオンがやられただと……?」
「チッ。これじゃあ勝ち目が……」
「クソッ!こうなったら3人でいっぺんに行くぞ!」
膝をついてる僕を見ながら四天王の3人が動揺の色を見せる。
もしかして1対4の4の中に僕は含まれてたのだろうか?
っていうかチャンピオンってなんだよ。
そんなことを考えながらも、僕は彼らを見守ることしかできない。
まぁ、動けた所で助ける気はないけど。
3人は晴矢を囲むように移動する。
「お前ら雑魚どもが束になったところでな……結果は見えてるだろ?」
晴矢はそう言うと1人ずつ睨みつけた。
「クッ! 震えが止まらない……!」
「俺が生きるためには殺さないと……」
「やらなきゃやられるやらなきゃやられるやらなきゃやられる」
何こいつら? 今から伝説の化け物でも退治しに行くの?
「お前ら分かってるだろ? 翔と陸がやられた時点でお前らは負けてんだよ。だからさ……」
晴矢はそこで言葉を止め、ニヤニヤと笑う。
「何笑ってやがる⁈ もう勝った気なのか⁈ 勝負は終わるまでどうなるか分からないだろうが!」
「そうだ! 俺らにもプライドがあるんだよ! せめて一太刀浴びせてやらぁ!」
「やらなきゃやられるやらなきゃやられるやらなきゃやられる」
なんでこんなことに無駄に熱くなってるんだよ……っていうか1人壊れてね?
晴矢はそんな3人を見ながらチッチッと指を振る。
「別に殺しやしねぇよ。ただ土下座して――」
「「「すんませんでした!!!」」」
早えぇ! さっきまで最後までどうのこうのとかプライドとかはどこにいったんだ⁈
晴矢は1人の肩にポンと手を置き小声でボソボソと呟く。
多分、僕と3人以外にはその言葉は届いてないだろう。
それくらい小さな声。
しかし、僕らは確かに聞こえた。
「誰が土下座で許すと言った? 林間学校の間、俺の下僕になれ」
と。
囁かれた1人は震えながらも何度も頷く。
「お前らの誠意はしっかり伝わった。ほら、立ち上がれよ」
晴矢は僕ら以外のみんなにも聞こえる声で言いながら、手を差しだし下僕を立たせる。
周りからは、一時はどうなるかと思ったが一件落着だな、とか、冬木は寛大な心を持っているな、といった言葉がちらほらと聞こえる。
本当はみんなが思っているほど平穏な片付きかたはしてないし、僕とはっちゃんが攻撃を受けている時点で寛大な心とは一体? と言いたいが口には出さない。
「おーい。何してんだお前ら。他は皆じわじわとグランドに集まってんぞー」
いきなりドアが開き、門田先生が面倒そうな顔をしながら言った
そして、伝えるだけのことを伝えるとすぐに出ていってしまった。
僕らは急いで集合する準備をする。
「良かった良かった」
晴矢はそんな事を言いながら僕の隣に荷物を置き、必要なものを取り出している。
「あの晴矢……さん。僕も下僕の一員なのでせうか?」
ついつい変な言葉遣いで尋ねてしまう。
「あー、違う違う。ていうか下僕っていったって、班長の仕事の手伝いやら、ちょっとしたお願い事をしたかっただけだ。1人で仕事なんて面倒くさくてできるかってんだ」
晴矢は笑いながら答える。
いつもはあんなこと言われても何も気にしないこいつがあんなことをしたのも、なるほどそういうことか。
ていうかまだ班長の仕事面倒くさがってたのかよ。
「どんなことをさせるんだ?」
「俺らの班が楽をして色々得になるようなことを、かな。あいつ違う班の班長だし」
うわぁ……僕よりもこいつの方がヤンキーですよ女性徒の皆さん。
「お前って結構ゲスいよな」
「はぁ……。お前は俺と何年付き合ってきたんだ? 今更なこと言うな」
僕たちは笑いながら教室から出る。
グランドを見ると結構な数の生徒が集まっていた。
「これはやばいな」
「急ぐぞ」
僕たちは駆け足で校舎への下駄箱へと向かう。
下駄箱に着くとそこそこの人集りが出来ていた。
「なぁんだ。別に急がなくても良さそうじゃねぇか」
晴矢は人集りを見ながらぼやく。
「……そういやぁ、お前にとってはこの林間学校は重要なイベントだと思うが、何か目標はあるのか?」
晴矢は僕の方には顔を向けず、しかし、僕にだけ聞こえるぐらいの声で言った。
「お前って唐突に重いことを聞いてくるよな」
「いいから答えろ」
「いや、いきなり過ぎてだな……水仙さんと距離を縮めたいのと、女性徒たちの僕に対する誤解を解きたい……かな」
残り11カ月の命なのに、ずっと誤解され、ギクシャクした関係のままでは最高の高校生活は送れないだろう。
残り11カ月を僕は出来るだけ、いい高校生活だったと思えるものにしたい。
「そうかそうか。こりゃあ面白い林間学校になりそうだな」
晴矢は不敵な笑みを浮かべながら靴を履き替える。
「何が面白いだ。こっちは色々と大変なんだぞ」
「分かってるよ。俺も協力してやるってことだ」
晴矢は僕に背を向けたまま、親指をグッと立てる。
まぁ、少しの不安はあるが、これほど頼れるやつは他にはいない。
「おう。頼りにしてる」
「ん、任せとけ」
僕の言葉に晴矢は振り向き笑った。
しかし、その目には笑顔とは裏腹に真剣なものを感じる。
「じゃあ、行くか」
晴矢は先に出口へと向かう。
僕もそれに続く。
晴矢が「そのために下僕を作ったんだからな」とボソッと呟いた。
しかし、それは僕に伝えるためではなく、ふと漏れてしまった独り言だと分かってるため、僕は聞かなかったフリをした。
外に出るとそんな僕たちを暑い日差しが照らしつけた。
今から僕たちの林間学校が始まる。
この後、すっかり忘れていた倒れたままのはっちゃんを回収しに戻らないといけない羽目になるのだが……それはまた別のお話。
どこからか優しい声が聞こえる。
しかし、何を言っているかは理解出来ない。
「お……い…………きろー」
?
なんだか体が揺れているような気がする。
「うー……全然……きないな」
さっきからいったい何を言ってるんだ?
「おーい。起きろー……今ならキスしてもバレないかな…………」
「あ?」
「うぇ?」
気が付けば僕は楓と顔を見合わせていた。
どうやら僕は眠っていたらしい。
確か楓と楽しく話していて、ちょっと休憩がてら少しだけ目を瞑ろうと思い、目を閉じてからの記憶が一切ない。
多分そのまま寝てしまったのだ。
「お、おはよう」
楓は無理やり作ったのがバレバレである笑顔で挨拶をしてきた。
「おう。おはよう……」
僕もとりあえず挨拶を返す……いや、そんなことよりも。
「お前さっきなんて言った?」
「おはよう、だけど?」
「その前だ。そ、の、ま、え」
僕の質問に楓は冷や汗を流し始める。
「いや……何も……?」
「今ならキスしてもバレないって言っ――」
「今日はいい天気だぞーって言ったんだよ! やだなー! 陸ったら寝ぼけちゃって幻聴でも聞こえたんじゃないかなー! そうだそうだ! 絶対にそうだ!」
楓は早口で無理矢理さっきの事をなかった事にしようとしている。
よくもまぁこんなに舌が動くものだと感心して……いや、そうじゃなくて。
「いや、あれは絶対に――」
「あー! だから陸が寝ぼけてたんだって!」
よく見ると楓は涙目になっている。
「あー。そうか。朝が弱いから聞き間違えたのか」
納得はできないが、自分に言い聞かせるように言う。
「そうそう! いやぁ、陸ったらそんな風に聞き間違えるなんてスケベだなー……って、早く降りないと!」
楓はそういうと足元のバックを肩に掛け始める。
色々とツッコミたいところがあるが、本当に急がないとヤバそうなので今は後にする。
「じゃ、ボクは先に行くね」
「おう」
先に準備が終わった楓がバスから降りる。
その時、安心からふと漏れてしまった「危なかった……」という楓の声は陸には届かなかった。
バスから降りると暑い日差しが僕を照らした。
風が吹き、木々が揺れる。
よく耳をすますと、近くに川があるのか、水が流れる音が聞こえた。
山だ。
……うん、山だ。
木造の校舎が一つと、キャンプ場のようなものがあるだけで、あとは山しかない。
もうそれしか言うことが出来ないくらい山だ。
バスから降りた僕たちは、事前に教えられていた教室に荷物を置きに行く。
男女の教室はもちろん分けられている。
「山だな」
「うん、山だ」
「山」
教室に入ると、あちらこちらでそんな声が聞こえた。
本当にそれしか言うことがないくらいの山なのだ。
「自然豊かでいいところだな。こんなところでのんびりと一生を暮らしてぇ」
おおっと、1人おじいちゃんみたいなやつがいるみたいだな。
「晴矢さん、マジで言ってるんですか?」
「冬木はおじいちゃんなのかな?」
「はるちゃんの精神年齢は60超えてるからな」
「まぁ、趣味趣向がおじいちゃんみたいなやつだから」
「よし、俺をおじいちゃん扱いしたやつは教室から出ろ。今まで生きてこれたことに感謝しながらな」
晴矢は殴られぐったりとしているはっちゃんを片手で担ぎながらドアの方を笑顔で指差す。
「ほおぅ……八手を倒しただけで調子に乗っているようだな。しかし奴は四天王の中では最弱」
何の四天王だよ……。
このクラスでかれこれ2ヶ月近くは過ごしているがそんなものができていたなんて僕はこれっぽっちも知らない。
「しかも1対4だ。ちょっと強いからって勝てると思ったら大間違いだぜ?」
四天王の1人らしき人物が構える。
しかし、1対4とか言ってるが、はっちゃんは戦闘不能だし、実質的には1対3であって正直四天王の勝ち目が薄いと僕は思う。
ちなみに僕はこいつらの名前は覚えていない。
「勝てるとかは思ってないが、負けないだろうとは思ってるぜ」
晴矢は不敵に笑いながら構える。
教室に変な緊張感が走り、みんなが晴矢と四天王の3人を固唾をのんで見守る。
教室の中は静寂に包まれていて、外から届く木々の揺れる音や川の流れる音しか聞こえない。
あ、あとは隣の教室からちょっとした楽しそうな女子たちの笑い声が聞こえる。
「まずは……テメェからだぁ!」
晴矢は叫ぶと、軸足を踏み込み、腰をコマのように回転させ渾身の右手を放った。
そう、僕の鳩尾に。
「な……んで……?……けふっ」
僕は蹌踉めきながら腹を抑えながら膝をつく。
「いや、お前が一番初めに俺をじいちゃん扱いしただろ」
あ、あれ言葉に出てたんだ……。
「ち……チャンピオンがやられただと……?」
「チッ。これじゃあ勝ち目が……」
「クソッ!こうなったら3人でいっぺんに行くぞ!」
膝をついてる僕を見ながら四天王の3人が動揺の色を見せる。
もしかして1対4の4の中に僕は含まれてたのだろうか?
っていうかチャンピオンってなんだよ。
そんなことを考えながらも、僕は彼らを見守ることしかできない。
まぁ、動けた所で助ける気はないけど。
3人は晴矢を囲むように移動する。
「お前ら雑魚どもが束になったところでな……結果は見えてるだろ?」
晴矢はそう言うと1人ずつ睨みつけた。
「クッ! 震えが止まらない……!」
「俺が生きるためには殺さないと……」
「やらなきゃやられるやらなきゃやられるやらなきゃやられる」
何こいつら? 今から伝説の化け物でも退治しに行くの?
「お前ら分かってるだろ? 翔と陸がやられた時点でお前らは負けてんだよ。だからさ……」
晴矢はそこで言葉を止め、ニヤニヤと笑う。
「何笑ってやがる⁈ もう勝った気なのか⁈ 勝負は終わるまでどうなるか分からないだろうが!」
「そうだ! 俺らにもプライドがあるんだよ! せめて一太刀浴びせてやらぁ!」
「やらなきゃやられるやらなきゃやられるやらなきゃやられる」
なんでこんなことに無駄に熱くなってるんだよ……っていうか1人壊れてね?
晴矢はそんな3人を見ながらチッチッと指を振る。
「別に殺しやしねぇよ。ただ土下座して――」
「「「すんませんでした!!!」」」
早えぇ! さっきまで最後までどうのこうのとかプライドとかはどこにいったんだ⁈
晴矢は1人の肩にポンと手を置き小声でボソボソと呟く。
多分、僕と3人以外にはその言葉は届いてないだろう。
それくらい小さな声。
しかし、僕らは確かに聞こえた。
「誰が土下座で許すと言った? 林間学校の間、俺の下僕になれ」
と。
囁かれた1人は震えながらも何度も頷く。
「お前らの誠意はしっかり伝わった。ほら、立ち上がれよ」
晴矢は僕ら以外のみんなにも聞こえる声で言いながら、手を差しだし下僕を立たせる。
周りからは、一時はどうなるかと思ったが一件落着だな、とか、冬木は寛大な心を持っているな、といった言葉がちらほらと聞こえる。
本当はみんなが思っているほど平穏な片付きかたはしてないし、僕とはっちゃんが攻撃を受けている時点で寛大な心とは一体? と言いたいが口には出さない。
「おーい。何してんだお前ら。他は皆じわじわとグランドに集まってんぞー」
いきなりドアが開き、門田先生が面倒そうな顔をしながら言った
そして、伝えるだけのことを伝えるとすぐに出ていってしまった。
僕らは急いで集合する準備をする。
「良かった良かった」
晴矢はそんな事を言いながら僕の隣に荷物を置き、必要なものを取り出している。
「あの晴矢……さん。僕も下僕の一員なのでせうか?」
ついつい変な言葉遣いで尋ねてしまう。
「あー、違う違う。ていうか下僕っていったって、班長の仕事の手伝いやら、ちょっとしたお願い事をしたかっただけだ。1人で仕事なんて面倒くさくてできるかってんだ」
晴矢は笑いながら答える。
いつもはあんなこと言われても何も気にしないこいつがあんなことをしたのも、なるほどそういうことか。
ていうかまだ班長の仕事面倒くさがってたのかよ。
「どんなことをさせるんだ?」
「俺らの班が楽をして色々得になるようなことを、かな。あいつ違う班の班長だし」
うわぁ……僕よりもこいつの方がヤンキーですよ女性徒の皆さん。
「お前って結構ゲスいよな」
「はぁ……。お前は俺と何年付き合ってきたんだ? 今更なこと言うな」
僕たちは笑いながら教室から出る。
グランドを見ると結構な数の生徒が集まっていた。
「これはやばいな」
「急ぐぞ」
僕たちは駆け足で校舎への下駄箱へと向かう。
下駄箱に着くとそこそこの人集りが出来ていた。
「なぁんだ。別に急がなくても良さそうじゃねぇか」
晴矢は人集りを見ながらぼやく。
「……そういやぁ、お前にとってはこの林間学校は重要なイベントだと思うが、何か目標はあるのか?」
晴矢は僕の方には顔を向けず、しかし、僕にだけ聞こえるぐらいの声で言った。
「お前って唐突に重いことを聞いてくるよな」
「いいから答えろ」
「いや、いきなり過ぎてだな……水仙さんと距離を縮めたいのと、女性徒たちの僕に対する誤解を解きたい……かな」
残り11カ月の命なのに、ずっと誤解され、ギクシャクした関係のままでは最高の高校生活は送れないだろう。
残り11カ月を僕は出来るだけ、いい高校生活だったと思えるものにしたい。
「そうかそうか。こりゃあ面白い林間学校になりそうだな」
晴矢は不敵な笑みを浮かべながら靴を履き替える。
「何が面白いだ。こっちは色々と大変なんだぞ」
「分かってるよ。俺も協力してやるってことだ」
晴矢は僕に背を向けたまま、親指をグッと立てる。
まぁ、少しの不安はあるが、これほど頼れるやつは他にはいない。
「おう。頼りにしてる」
「ん、任せとけ」
僕の言葉に晴矢は振り向き笑った。
しかし、その目には笑顔とは裏腹に真剣なものを感じる。
「じゃあ、行くか」
晴矢は先に出口へと向かう。
僕もそれに続く。
晴矢が「そのために下僕を作ったんだからな」とボソッと呟いた。
しかし、それは僕に伝えるためではなく、ふと漏れてしまった独り言だと分かってるため、僕は聞かなかったフリをした。
外に出るとそんな僕たちを暑い日差しが照らしつけた。
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