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4月編

14話 大切な人を守れる強さ

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 おかしい……。
 僕が1人になってから1時間以上経ったが、2人から連絡が一切ない。

 女性が服を選び出すと、かなりの時間待たされることを僕は知っている。
 僕は今まで彼女を持ったことは無いが、母や叔母さんと一緒に服を買いに行ったことがあり、その時は必ず2時間以上は待たされた。
 今日も水仙さんと橘が服を見に行った時も、1時間半は服屋にいた。
 まぁ、それはどんな服装が好みなのかが分かって有意義な時間だったが。
 しかし、1時間以上も下着を見るものだろうか。
 女性の下着事情はよく分からないけど……。

 僕はとりあえず席を立ちフードコートから出る。
 今から下着売り場に行くのも手だが、入る勇気など僕にはない。
 というより、勇気どうのこうの以前に一般常識として入ったらダメだ。
 とりあえず暇なので、本屋にでも行くか……。

 本屋に行こうと歩き始めた時だった。
 僕の携帯から着信音が鳴った。
 やっと終わったか。
 宛名を確認すると橘からだった。
 僕はメールを開く。
 しかし、そこには予想もしてなかった内容が書かれていた。

[至急救援を求む。現在位置は廃工場。とにかく急いで]

 嫌な予感しかしない……。
 僕はただただ全力で、廃工場に向かって体を走らせた。





 つい数分前のこと。
 瑞稀さんと下着売り場から出て陸さんの元に向かおうとした時だった。
 後ろから肩を叩かれ、振り向くと髪の色が個性的な3人の男性が立っていた。

「君たち可愛いね。ちょっと俺らと遊ばない?」

 金髪の男性が笑顔で声をかけてきた。
 その時になって私はやっと思い出した。
 昨日の朝、カツアゲをしていた人達だと。

「あの、人を待たしているので……」

 私が瑞稀さんの手を引き急いで陸さんの元に向かおうとすると、青髪の男性が回り込んできた。

「時間はとらせないから。少し待ってもらうくらい大丈夫でしょ」

 青髪の男性も笑顔で話しかける。
 なんだか嫌な感じがする。
 瑞稀さんも同じことを感じとっているのか、私の手を握っている手から震えを感じる。

「なら待たせている人に連絡させてください」

 瑞稀さんは陸さんに連絡するためにスマホを取り出す。
 しかし、そのスマホは金髪にとりあげられてしまった。

「か、返して下さい!」

 瑞稀さんの声は震えている。

「少しだけなんだから連絡する必要ないでしょ? ちゃんと遊んでくれたら返してあげるよ」

 金髪はそう言うと私にも「ほら君も」とスマホを出すよう手を差し出す。
 私はその手にスマホを置いた。
 たとえスマホがなくても陸さんにはメールを送れるからだ。

「それじゃあ、少し移動しようか」




 ショッピングモールから出て、近くの廃工場まで移動した時だった。
 私たちは口を押さえられ腕を縛られた。
 そして、そのまま無理矢理廃工場の中に入れられる。

「何するんですか!」

「何って……お話をするだけだが?」

 金髪の男性はポカンとした顔で答える。

「お話をするだけ……なのに腕を縛る必要があるのですか?」

「あぁ、それはあれだ。お話の後にちょっとお兄さんたちと遊んでもらいたいんだが、その時に暴れられたらさ、面倒だろ?」

「お話をするだけじゃないじゃないですか……!」

 隣にいる瑞稀さんは恐怖からか何も言わない。
 目元が涙で濡れている。

「ちょっとお兄さんたち言葉が足りなかったかもな。まぁ、話がしたいってのは本当だ」

 金髪の男性は私たちに近づいてくる。

「大丈夫です。助けはすぐに来ますから」

 私は瑞稀さんを安心させるために小声で伝える。
 助けはついさっき呼びましたし、今の私が出来るのは陸さんが来るまで話を長引かせることぐらい……。

「分かりました。話を聞きましょう」

 そう言うと、金髪の男性は私たちの前で立ち止まる。

「おっ。お嬢ちゃんは物分かりがいいね。俺の好みだぜ。さて、何から話そうか……」

 金髪の男性は顎を右手でさすりながら考える。

「まぁ、昨日から俺らは不運続きなわけよ。朝はある男からお金を借りようとしたらさ、いきなり邪魔する奴が出て来て、男を逃がしちまったんだ。だから、その邪魔しに来た奴からお金を借りようとしたら、そいつ2円しか持ってねぇの」

 あぁ、陸さんのことだ。
 私はあの現場を見ていたからすぐに気付く。

「そんで午後の話だ。女を遊びに誘っていたら、朝の邪魔者がまた現れやがった」

 え……?

「しつこいから、そいつがもう邪魔しに来ないように、教育してやってたら、いきなりそいつの友達に殴られたわけでさ。恥ずかしい話、不意打ちだったもんで気絶してしまって、今も頰が痛いんだわ……って、何泣いてんの?」

「ぇ……? あれ?」

 気がついたら私は泣いていた。
 私がいなくても、陸さんが誰かを助けようとして動いていたことを知って、とても安心してしまったのだ。
 涙を止めようとするがどうしても止められない。

「まぁ、いいか。俺はこんなんでも、通っている高校で1か2番目に強いって言われてんのによ。それなのに不意打ちで負けたってのがどうしてもな……。金はねぇし、女と遊べねぇし、殴られるし、汚名は被るしと散々で、色々溜まってんのよ。だからさ、今から相手してくれや。なんか2人とも俺の話に同情して、泣いてくれてるみたいだし?」

 金髪の男性は更に私たちに近く。
 後ろにいた、赤髪と青髪の男性もそれに付いて来る。

「ちょ、待っ――」

 その時、廃工場のドアが開いた。
 しかし、そこにいたのは陸さんではなく、同じクラスの日光 紅葉さんだった。

「お前は昨日の……」

 金髪の男性は日光さんを見て呟く。

「私が貴方たちの相手をしてあげるから、あの2人を離して」

 日光さんは私たちの方を指差し、金髪の男性たちに近く。

「へぇ。いいじゃねぇか。ヤル気満々の女も嫌いじゃねぇよ」

 金髪の男性は舌舐めずりをする。

「じゃあ、早くあの2人を離して」

「まぁ、待て。その言葉が本当かどうか確かめるために、まずは服を全部脱げ」

 日光さんの表情が歪む。

「いくらでも相手をしてあげると言ってる。なのに何故離さないの?」

「いくらでも相手をしてくれるんだろ? その言葉が本当なら出来るはずだ。ほら、全裸になれば2人を解放してやるよ」

「……分かった」

 日光さんは顔を真っ赤にし、涙目で上着の裾に手をかける。

「だ、駄目っ!」

 私が叫んだその時だった。
 再び廃工場のドアが開いた。
 みんなの視線がそこに集まる。
 息を切らした男性がゆっくりと入って来る。

「橘! お前ちゃんと、どこの廃工場か教えろよ! 軽く廃工場巡りした挙句、見た目廃工場みたいな稼働している工場にも入ってしまって怒鳴られたじゃねぇか!」

 涙目で叫ぶ、私のヒーロが確かにそこにいた――




 ずっと走った挙句、大声で叫んだため僕は息を切らした。
 嫌な予想は当たり、あの不良3人組がいるし、水仙さんと橘は腕を縛られた状態で泣いているし、何故か日光もいるし、いったいどういう状況なんだ?

「おう。テメェとは運命みたいなものを感じるな……。あのお友達はいないのか?」

 金髪が僕を睨みながら言った。

「運命……か……そのセリフ、どうせなら女の子から聞きたかったな。そして、今日は残念なことに僕はお1人様だが」

 僕がそう言うと、金髪は舌打ちをし「そうかよ……」と残念そうに言った。
 そして、僕に近づいてくる。

 さて……始めるか。

「頼む! 僕は今3万円持っている。それを全部渡してもいいし、好きなだけ僕を蹴るなり殴るなりしていい。だから、3人を解放してくれ!」

 僕は3万円をポケットから取り出し、土下座をして頼み込んだ。
 我ながらダサいと思うが、誰も傷つかなくて済む方法はこれしか思いつかなかった。
 この条件を金髪たちがのんでくれれば、だが……。

 金髪は僕の目の前にある3万円を拾い上げポケットに入れ、僕の襟首を持ち上げ無理矢理立たせる。

「ハッ……本当にダッセェやつだなお前は……まぁ、大金が手に入ったし別にいいが。遊ぶ女はいるし、あとは……」

 そう言うと金髪は僕の顔面を殴りつける。

「がっ⁈」

 僕は地面に叩きつけられる。

「唯一、俺の顔に泥を塗ったお前の友達をここに呼べ。そうしたらお前ら全員解放してやる」

 僕は体を起こしながら答える。

「それは……無理だ。こんな面倒ごとに晴矢を巻き込むわけにはいかない」

「そうか……」

 僕は腹に強烈な蹴りを入れられる。

「なら、お前が助けを呼ぶまでいたぶるか、お前を半殺しにしてから、あの女どもを脅して呼ばせるかの2択だな。半殺し状態のお前を見たらあいつはどんな顔をするだろうな」

 金髪は倒れている僕の背中を踏みつける。

「あ? お前らは下がって女どもを見張っとけ。こいつは俺1人でやる」

 金髪は後ろから来ていた、赤髪と青髪の動きを制止させる。

「なぁ。お前も男なら反撃してみろよ」

 金髪は倒れている僕の襟首を持ち上げ、再び無理矢理立たせる。

「……僕は人を傷つけるのが……怖い……」

 金髪は僕のその言葉を聞き笑った。

「傷つけるのが怖い? じゃあ、なんでお前はここに来た! 昨日も教えてやっただろ! そんなんじゃあ、誰も守れないってな!」

 僕は再び顔を殴られた。
 口の中に鉄の味が広がる。

「まぁ、お前が反撃しようが、俺を傷つけることは出来ないし誰も守れないがな……」





 いったいどのくらい殴られ、蹴られただろう。
 殴られたり蹴られたりしすぎて体の感覚が無くなってきた……。

「さあって、そろそろ飽きてきたし、女どもの相手をするかな」

 金髪は倒れている僕から背を向け、水仙さんたちに近づく。

「ま……待て……!」

 僕は力を振り絞って立ち上がる。

「はぁ……。立ったところで反撃もしないお前に何が出来る……」

 金髪はめんどくさそうな顔をしながら再びこちらに向かって歩き出す。

「やめて! もういいよ……。私、りっくんが傷つく姿なんか見たくないよ……」

 水仙さんの目から涙がボロボロと溢れる。

「そうです! もういいです! 私がむやみについていかなければ……私が陸さんに助けを求めなかったら……」

 橘も泣いている。

「だってさ。もう諦めろ」

 金髪は僕の目の前に立ち止まる。

「ずっと眠ってな――」

 僕は顔面に強烈な蹴りをくらい吹っ飛ぶ。
 そして地面に叩きつけられ、そのまま僕の意識はまどろみの中に消えていった。





 小さな女の子と小さな男の子がいる。
 男の子は僕だとわかるが、女の子顔はよく見えない。

「また、人を殴ったの?」

 女の子が僕に尋ねる。

「だって仕方ないじゃん。あいつらが悪いんだし……」

 僕はそっぽを向いて答える。

「駄目だよ! 例え相手がどれだけ悪くても殴ったら駄目! 貴方は殴られた人の痛みが分かるでしょ? 私は自分の私情で簡単に他人を傷付けるよな人に貴方にはなって欲しくないの!」

「でも……」

「でもじゃない! 簡単に他人を傷付ける貴方なんか大っ嫌い!」

「そんなぁ」

 僕は女の子の言葉で半泣きになっている。

「わわわっ⁈ 嘘嘘嘘嘘嘘! 貴方のことは好き! ただ、貴方が簡単に他人を傷付けるよになるのが嫌なだけ。だから約束して」

「約束?」

「うん。約束。むやみに人を傷つけないって。どうしても、自分を守らないといけない時や、大切な人を守る時以外で誰かを傷つけないって」

 僕は力強く頷く。

「分かった! 僕約束する!」

 僕がそう言うと、女の子と僕は顔を見合わせ笑った。

 あぁ、そうだ……。
 誰かを傷つけるのが怖いって思ったのはこの時が初めてだった。
 しかし、今では約束した女の子の顔は思い出せない。
 だけど、僕にとって大切な人であるということは分かる。

 初めは自分が受けた痛みを他人に与えるのが怖かったわけじゃなかった。
 そう、初めの怖さは、大切な人に嫌われる恐怖と、大切な人との約束を破る恐怖だったんだ――





 僕は目を覚ます。
 金髪は水仙さんたちの方に向かって歩いている。
 気を失ってからそこまで時間は経ってないみたいだ。
 水仙さんも橘も日光も僕の事を不安そうな顔で見つめている。

 あぁ、大切な人たちのそんな顔なんて見たくない。
 悲しんでる顔なんて見たくない。

 自分が傷付くよりも他人が傷付くのが怖い。それは今も変わりはない。
 しかし、他人が傷付くよりも、守りたいと思った人たちを守れない方がもっと怖い。

 手に力をいれ、体を引き起こす。
 しかし、今までのダメージのせいか立ち上がってもふらついてしまう。
 こんな状態で何ができるのだろうか……。
 いや、例えどんなことをしてでも、自分がどうなろうとも守らないといけないんだ。

 なぁ、神様。
 どっかで見ているんだろ?
 なら、少しだけ力を貸して欲しい。
 あと、少しだけでいいから動けるだけの力を……。

『大切な人たちを守れる強さを僕に――』
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