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4月編

13話 迷い

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 僕は頭が混乱していた。
 朝起きて数分も経たないうちに好きな人が目の前に現れたからだ。

「な、なんでここに?」

 僕は水仙さんに尋ねる。

「牡丹ちゃんと今日は遊ぶ約束をしていて、昨日教えてもらった住所に来たはずなんだけど……私、間違ったみたい」

 水仙さんは笑いながら恥ずかしそうに、人差し指で頰を掻きながら言った。

「……その住所教えてもらえるかな?」

「うん、いいよ。多分ご近所さんだと思うし……はい」

 水仙さんは小さく折りたたまれた紙を僕に渡す。
 その紙には僕の家の住所が書かれていた。

「ちょっと待っててくれ」

 僕はドアを閉め、急いで二階に向かう。

「橘ぁ! 何してくれてんだお前⁈」

 僕は橘が被っている掛け布団をひっぺ返す。

「ふぇ? 学校ですか?」

 橘は目を擦りながら言う。

「寝ぼけている場合じゃない! なに水仙さんに僕の家の住所教えてんだ!」

 橘はその言葉を聞き、時計を見る。

「うぇ⁈ もう9時超えてるじゃないですか⁉︎」

 橘はそう言うとパジャマを脱ぎ始め……

「うわぁ⁈ 待て! ストップ! ストップ!」

 橘は上着を少し上げ、お腹を見せた状態でピタリと止まり、だんだん顔が赤くなる。

「で、で……」

  あ、これは……

「出て行けえぇーーーーーーーー!」





「橘は今支度している」

 僕は玄関の前で待っている水仙さんに伝える。

「えっと……色々聞きたいけど……まずは、ほっぺた大丈夫?」

「ほっぺた? あぁ、昨日よりはだいぶマシになったよ」

 僕は右の頬に貼ってある湿布をさすりながら答える。

「あ、あの、違うの。 左のほっぺたが紅葉型に赤く……」

 水仙さんは僕の左頬を指差す。
 赤くなっているのはついさっき橘からもらった平手打ちのせいであろう。

「大丈夫大丈夫。 ビンタもらって軽く吹っ飛んで壁にぶちあたっただけだから」

「それって大丈夫なのかな……?」

 水仙さんは苦笑する。

「大丈夫大丈夫」

 正直にいうとさっきまで顎がはずれていて、すごいことになってたけど。

「そう……。そ、それで、牡丹ちゃんとりっくんって……その……そういう関係なの……?」

 水仙さんはそう言いながら顔を赤らめ、目線を逸らす。

「そういう関係?」

「2人はお付き合いをしていて、一夜をともに……うぅ……」

 水仙さんは言いながら涙目になる。

「ち、違う! 橘は僕の親戚で、家がこの街から遠いから僕の家に住んでるだけで、断じてそんな関係なんかじゃない!」

 僕は全力で否定する。

「そ、そうなの?」

「本当だ。あいつとは全然そんな関係じゃない」

「そっか……良かった……」

 水仙さんは微笑んだ。

「ん? 良か――」

「すすすみません! 準備終わりました!」

 僕の言葉を支度が終わった橘の言葉が遮った。
 橘は僕と初めて会った時と同じワンピースを着ている。

「全然大丈夫だよ。そんなに急がなくても良かったのに」

 水仙さんは橘の慌ててる様子を見て笑いながら言う。

「じゃあ、2人とも気を付けて」

 僕は橘も支度が終わったことだし、家に入ろうとした。

「あ、待って」

 が、水仙さんに呼ばれて立ち止まる。

「その……りっくんが嫌じゃなかったらでいいんだけど……一緒にどう?」





 僕はあるショッピングモールに1人で来ていた。
 厳密にいうとこれから水仙さんと橘と合流することになるから1人ではないが。

 僕は水仙さんに誘われたあと、本当は断ろうという考えが頭に浮かんだが、気が付いた時には行きたいと言っていた。
 しかし、パジャマから着替えてなかったので、外に出る準備をしていると遅くなりそうだから2人には先に行ってもらったのだ。

 ちなみに、なぜ水仙さんと橘が遊ぶ約束をしていたかというと、昨日橘が水仙さんに「貴方とお友達になりたいです」と言ったらしい。
 それを聞いた水仙さんは快く受け入れ、明日遊ばないかと橘を誘って現在に至る。
 まぁ、なんとも超ドストレートな友達の作り方だと思うが、結果は上手くいっているので凄いと思う。

 つい数分前に橘から[ゲームセンターにいます]というメールが着てたため、ゲームセンターに向かうと、2人はそこにいた。
 なにやらクレーンゲームをしている。
 失敗したのだろうか、橘が頭を抱えて発狂し、それを見ながら水仙さんは楽しそうに笑っている。

「お待たせ」

 僕は2人に声をかける。
 やっていたのは、景品を掴んだあとボールにバウンドさせて取るタイプのクレーンゲームだった。

「あ、陸さん! お金下さい!」

 橘は僕に手を差し出す。

「はぁ……出会ってすぐに金を媚びるなよ……」

 と、言いながらも僕はとりあえず5千円札を渡してやる。
 昨日の帰りに、仕送り分が振り込まれていたので、下ろしておいたものだ。
 今日の朝、2人が出て行く前、橘にとりあえず500円だけ渡しておいたが、すぐに消費してしまったのだろう。
 渡したぶんだけすぐに消費すると思っていたが……まぁ、500円で正解だったな。

「それが今月のお小遣いだから大切に使えよ」

 橘はこくこくと何度も頷き、そして両替機の方に向かって走っていった。
 あれはすぐに使い切るな……。

「りっくんもやる?」

 水仙さんはクレーンゲームを指差す。

 「う~ん……1回だけやろうかな」

 僕は財布から100円を取り出し、クレーンゲームに投入する。
 僕は本当はクレーンゲームはあまり好きではない。
 クレーンゲームは運ゲーであり、下手をすると何千円も使ったのに、何も取れませんでしたー、といったことがよくあるからだ。
 何千円も使って何も得られないのなら、その分を何か豪華なものに使っとけば、といつも後悔してしまう。
 そりゃあ、技術もいるとは思うが、所詮クレーンゲームはアームの力で決まる。
 僕が何も取れないで終わるのは僕が下手なわけではなく、アームの力のせいだ。
 そう、決して僕が下手なわけではない。

「あっ」

 クレーンは景品を掴んだものの、持ち上げている最中に落ちてしまった。
 ボールにすらたどり着けなかった。

「陸さん下手ですねー」

 いつの間にやら橘が戻ってきており、笑いながら言った。

「私がお手本を見せて上げますよ!」

 橘は100円玉を投入する。
 さっきまでの様子を見る限り、僕よりもポンコツであると思うが……景品すら掴めてないのではないだろうか?

 しかし、橘が操作するアームはしっかりと景品を掴みボールの真上まで運び、ボールにバウンドした景品は綺麗に落下していった。

「やりましたよ! やっと取れました!」

 橘は嬉しそうにその場で何度も跳ねる。

「牡丹ちゃん良かったね。さっきまで5回ともボールには当たったのに、全部戻ってしまったもんね」

 な、なん…だと……?

 ショックを受けてる僕を橘はドヤ顔で見てくる。
 なんか悔しい……。

「私は……あれをやろうかな」

 水仙さんは丸型のクレーンゲームを指差す。
 小さいお菓子が沢山流れていて、それを少しづつ落とし、お菓子のタワーを崩すタイプのクレーンゲーム。
 これは僕の母もよくやり、得意なゲームだが……僕はこれで2千円も使い、ハイ◯ュウが一個しか取れなかった苦い思い出がある……。

 そんなことを考えてるうちに水仙さんは500円玉を投入し、3回目で見事お菓子タワーを崩すことに成功した。

「ふわぁ。凄いです……お菓子がこんなに沢山……」

「私これだけは得意なんだ。お菓子はみんなで山分けしようね」

「ほ、本当ですか⁉︎ ありがとうございます! そうだ。私がさっき取ったチョコレートも分けましょう」

 2人は楽しそうに会話をしている。
 ……なんでだろう。
 2人が楽しそうに会話をしているのに、僕の心は冷めている。
 まぁ、本当は理由は分かっている。
 僕だけが何も取れてないからだ。
 さっきまでは悔しいという気持ちがあったが、今は恥ずかしさと焦りに変わっていた。
 僕も何か取らないと。
 あたりを探す僕に一つのクレーンゲームが目に止まった。
 それは小さな猫のぬいぐるみがタワーになっているクレーンゲームだ。
 これなら僕も何度も取ったことがある。
 僕でも取れるから、1番難易度の低いクレーンゲームかもしれない。
 僕は100円玉を投入する。
 猫の足の部分を狙い、アームを動かす。
 アームは猫の足に引っかかり体を浮かせる。
 そして、猫の体はタワーから転がり落ち、見事僕は景品をゲットした。
 しかし、僕は景品を手に取り考える。
 取ってはみたものの、どうするんだこれ……。

「可愛いね。猫のぬいぐるみ」

 僕の手にあるぬいぐるみを見て水仙さんが言う。
 いつの間にか2人が僕の後ろで見ていた。
 ……そうだ。

「いる?」

 僕はぬいぐるみを水仙さんに差し出す。

「いいの?」

「うん。取れるかどうかやってみたかっただけだし、僕には使い道がないから」

 僕は水仙さんに猫のぬいぐるみを渡す。
 水仙さんはそれを受け取ると、それを軽く抱きしめ、

「ありがとう」

 と笑顔で僕に言った。





 その後、僕たちは雑貨屋に行ったり、服屋に行ったりしたあと、フードコートでご飯を食べていた。
 雑貨屋や服屋とかで分かったことだが、水仙さんは洋風なものよりも、和風なものを好むらしい。

「むむっ。この炒飯、陸さんが作ったものよりもパラパラしています。味はいい勝負ですが、食感は大敗ですね」

 橘は炒飯を頬張りながら言う。
 ちなみに、僕はラーメンで水仙さんはうどんを食べている。

「おいおい、一般の高校生が自分のために作るものと、誰かに食べてもらうために作るものを比べるなよな」

 パラパラにしようとネットの情報を見て試みてはいるが、どうしてもパラパラにならない。
 中華鍋でも買ってそれで作ればパラパラになるのだろうか……。

「りっくんも料理するんだ。炒飯をパラパラにするの難しいよね」

 料理をよくする水仙さんも炒飯をパラパラにする難しさを分かってくれるようだ。

「少し前から一人暮らしをしていて、今は色々な料理に挑戦してる」

 それを聞いて水仙さんは驚いた顔をする。

「一人暮らし? 牡丹ちゃんはいつから一緒に暮らしているの?」

 あ、そういえば橘がいるからもう一人暮らしではないのか。

「橘は一昨日から一緒に住み始めた」

「つい最近なんだね。 家事とか分担しているの?」

「いや。 僕が全部1人でしている」

 橘の方に視線を送ると、橘は僕から顔を逸らす。

「凄いね。私も1人の時は全部するけど、あれを毎日するとなると私には無理かな……」

「意外と慣れればどうにでもなるよ」

「そうなんだ。でも、洗濯物とか大変じゃないの? その、女性ものがあるし……」

 水仙さんは顔を少し赤くさせながら言う。

「いや、特に変わりは――」

 そこで僕は気付く。
 今まで、橘の着たものも一緒に洗濯していた。
 橘の制服やワンピース、そして、橘に貸している姉が着ていたパジャマなど……。
 しかし、一度も見たことがないのだ。
 橘の下着を……。

「……橘。お前下着はどうした……」

 ブラなどは橘の貧相な胸ではいらないのかもしれない。
 しかし、シャツやパンツがないのはおかしいだろ。

「え? 穿いてないですよ?」

 僕らの時間が止まった。
 穿いて……ない……?

「え? それって現在進行形でも?」

「はい」

「牡丹ちゃん、ご飯食べ終わったら私と一緒に下着売り場に行こうか」

 水仙さんの顔は笑顔だったが目は笑ってはいない。

「? 分かりました」

 橘は、なぜこんな空気になっているんだろう?といった不思議な顔で僕らを見ていた。





 僕と水仙さんはフードコートにいる。
 ご飯は食べ終わったが、橘が御手洗いに行っているため、2人で待っていた。
 いざ、2人っきりになると言葉が発せない。
 気まずい雰囲気、聞こえるのはフードコートにいる沢山の人のたわいもないお喋り。

「ねぇ、りっくん」

 そんななか水仙さんが口を開いた。

「りっくんは私たちと遊んでいて楽しい?」

 僕はその質問に少し心がどよめく。

「楽しいし、誘ってくれた時は嬉しかったよ。どうして?」

「いや、楽しそうかどうかで言われれば楽しそいなんだけど……でも……こう、上手くは言えないけど、なんかいつものりっくんと違うなって……」

 水仙さんの表情は少し寂しそうだ。

「りっくん分かりやすいから……って、私なにを言ってるんだろうね……」

 水仙さんはそう言うと少しだけ笑った。寂しさは残したままで。

「すみません。御手洗い終わりました」

 気まずい雰囲気のなか、橘が帰ってきた。

「じゃあ、私たちは下着売り場に行くけど、りっくんは気まずいと思うから別行動にして、後から合流しよっか」

「うん、そうだな」

「じゃあ、またね」

 水仙さんはそう言うと席を立ち上がり、橘と一緒に下着売り場に行こうとする。

「あ、ちょっと待って」

 僕の声に水仙さんは立ち止まる。

「本当に今日は楽しいし、誘ってくれて嬉しかった。ありがとう」

 僕は水仙さんに念を押すように言った。

「私もりっくんと遊べて嬉しいよ」

 水仙さんは笑いながら答え、橘と一緒にフードコートを出て行った。
 しかし、どうしてだろうか。
 水仙さんの顔はどこか寂しげで、目に涙が浮かんでいるように見えたのは……。




 僕はフードコートで1人考え事をしていた。
 水仙さんは嬉しいと言っていたが楽しいとは言わなかった。
 僕のちょっとした変化を水仙さんは分かっていたのかもしれない。
 それが気になって水仙さんは楽しめなかった。

 僕が水仙さんと一緒にいた時に、常に心に張り付いていた言葉があった。

「より良い関係を築けば築くほど、水仙さんは悲しむことになる」

 晴矢が僕に言った言葉。
 結局、僕は自分の願いに対して、未だに迷いを持ったままだった。
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