余命1年から始めた恋物語

米屋 四季

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4月編

11話 バッドエンドの一本道

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「おい、嫌がってるだろ。そのへんでやめといたらどうだ?」

 僕は4人に近付く。
 日光の腕を後ろから掴んでいる金髪が、訝しい顔をする。

「あぁ? お前は朝の……」

 金髪が僕に気付いた。
 そりゃあ今日の朝のことだから覚えていないわけがないか。

「なんだ、サンドバッグ君じゃないか? また殴られに来たのか?」

 赤髪が僕に近付き、僕に向かって拳をくりだす。
 しかし、その拳は空を切った。
 僕が避けたからだ。

 朝は1.2発殴られたら終わるだろうと思いわざと喰らったが、まさかあんなに殴られるとは思いもしてなかった。
 今回は朝の二の舞にならないように、避けたりガードしたりで3人をやり過ごして日光を逃がし、そのタイミングで僕もトンズラさせてもらう。
 しかし、今回も僕は誰も傷つけるつもりはない。
 自分の手で誰かを傷つけるのは、本当に怖いからだ。

 僕が避けたことに余程驚きがあったのだろうか、赤髪は間抜けな顔をしている。

「くっ……! このっ!」

 恥ずかしかったのだろう、赤髪は顔を少し赤くさせ、再びパンチをくりだす。
 さっきよりはスピードが上がったが、全然反応できるスピードだ。
 僕は腕でガードする。
 しかし、ガードをしたものの、朝のダメージもあり、腕にかなりの痛みが走る。
 あまりガードをするのは得策ではなさそうだ。

 「……ちっ! 何してんだよお前は」

 青髪がこれを見かねて近づいてくる。

 あとは金髪さえこちらに近付かせればいい。

「朝からずっと思ってたんだけどさ、お前ら揃いも揃って、赤、黄、青って信号機ですか?」

 金髪を寄せ付けるために見え見えの挑発をする。

「ふぅ……朝と違って少し対処できるからって調子に乗りすぎてるようだな」

 金髪も日光を離し、こちらに近付いて来た。

 ここまでは狙い通りだ。
 あとは日光が逃げるまで3人を相手に時間を稼げばいい。

 僕は3人に周りを囲まれる。

「もしかして、3人でいっぺんに来る感じか? それって悪すぎない?」

「悪いも何も、今に始まったことじゃないだろ?」

 金髪は笑いながら言う。

「なんだよ……悪いことをしてるって自覚があるんじゃねぇか……」

「はっ、なんでも言えるのは今のうちだから好きなだけほざきな。まぁ、今のが最後になるがな!」

 金髪の蹴りが勢いよく飛んでくる。
 腕でガードをするが、さっきの赤髪の攻撃とは比べ物にならないぐらいの痛みが襲う。
 他の2人も、その蹴りを合図にいっぺんに攻撃を仕掛けて来た。

 今までの攻撃の速さや、ダメージ量から察するに、金、青、赤の順で強い。
 ……信号でいうと赤は1番危険なはずなんだがなぁ……。

 そんなつまらないことを考えていると顔面に強烈な一撃が入り、体がよろめく。
 いや、つまらないことを考えていなくても当たっていたんだが。
 やはり、3対1で全ての攻撃をそれなりに防御するのは無理があった。

 もうそろそろで潮時だろうか。
 日光がいた場所を横目で見る。
 そこには日光がへたり込んでいて、呆然とこちらを眺めていた。

「なっ⁈ 早く逃げ――がっ⁈」

 僕は最後まで言葉を発せなかった。
 強力な蹴りが鳩尾にクリーンヒットしたからだ。
 僕はそのまま膝から崩れ落ちる。

「……なぁ、朝からずっとそうだが、なぜ手を出さない?」

 金髪が僕を見下ろしながら言う。

「……お前らと……同類になるのはごめんなんでな。まだ……僕はゴミになりたくはないから……」

 呼吸が苦しいせいで、途切れ途切れになってしまう。

「そうか……。じゃあ、そのまま何もせずに殴られ続けろ。自分も他人も守れない、そんなゴミ以下の存在にしてやる」

 金髪が拳を振り上げる。
 ゴッ、と鈍い音がして体が宙に浮く。
 しかし、それは僕の体ではなく、金髪の体だった。
 なぜ、僕ではなく手を振りあげてたはずの金髪が吹っ飛んだのか?
 その理由はとても単純。
 晴矢が金髪を殴ったからだ。

「俺の親友に……俺の親友に何してるんだお前ら!」

 晴矢の声には相当な怒りが込められているのが、はっきり分かった。
 金髪は未だに倒れたままで軽く痙攣をしている。
 それを見て他の2人は晴矢から後ずさりをした。

「き、今日のところは勘弁してやる!」

 赤髪は漫画で良く見る雑魚キャラのようなセリフを吐きながら、吹っ飛んだ金髪の体を起こそうとする。
 それに続き、青髪も金髪の体を起こしに向かう。

「おい。俺は勘弁する気なんか一切ないんだが?」

 晴矢の怒りはまだ治ってないのか、3人に近づこうとしている。

「晴矢! もういい! やめろ!」

 僕は晴矢を羽交い締めにし、なんとか動きを止めに掛かる。

「くっ……お前、ボロボロななりしておいて全然力有り余ってんじゃねぇか……」

「そんな事ねぇよ。朝、階段から落ちたダメージもあって見た目通り中もボロボロだ。でも、大丈夫だから」

「大丈夫ってお前……チッ、逃げられたか……」

 晴矢とやりとりをしているうちに、不良3人は公園から立ち去っていた。

 さてと……。
 僕は、未だにへたり込んで動かない日光の元に駆け寄り、手を差し出す。

「大丈夫だったか?」

 しかし、日光はその手を払いのけ立ち上がり、僕を睨みつける。

「余計なお世話よ。助けを求めた覚えはない」

 な……。

「……おい。お前はお礼もちゃんと言えないのか?」

 晴矢が日光を睨みつけながら言った。

「なんでお礼を言わないとダメなわけ? ただ、そいつは殴られただけで何もしてないじゃない。助けられる力もないくせに、助けに来るなんて傲慢もいいとこ」

 そのまま日光は公園の出口に向かって歩き出す。

「おい! 待てよ! お前――」

「晴矢、大丈夫だ。日光が言ってることは正しい」

 確かに、僕はただ殴られただけだった。
 晴矢が来なかったら、僕も日光も無事だったか分からない。

「確かに手を出さなかったお前も悪いが、それでも……」

「うん。ありがとう。大丈夫」

 晴矢が言いたいことは分かっている。

「僕は後悔なんかしない。人が困っていたら手を差し延べる。もう、そう決めたから」

 きっと、晴矢も前の僕に戻って欲しかったんだ。
 一昔前の正義感が人一倍強かった僕に。
 しかし、僕のことを気遣って他人を助けない僕を認めてくれてるフリをしていてくれていた優しさを、僕は分かっていた。

「そうか……。でもお前、本当は俺よりも強いんだからやり返せよな」

「いや、それは……」

「確か、俺みたいに、簡単に人を殴るゴミにはなりたくないんだっけか?」

 ぐっ……!
 金髪に言ったあの言葉を晴矢に聞かれていたのか……。

「いや、あいつらは汚いゴミだけど、晴矢は綺麗なゴミ……みたいな……?」

「……それなんのフォローにもなってねぇな。まぁ、冗談は置いといてだな……まだ人を傷付けるのが怖いのか?」

「……あぁ」

 僕はこくりと頷く。
 はぁ、と晴矢はため息をつく。

「なんでこんなに丸くなったんだろうなぁ。ほんと。数年前は不良3人を病院送りにするようなやつだったのに」

「いや、あの時は――」

 そこで、僕は止まった。
 何か違和感を感じたからだ。
 あの事件以降、僕は人助けをしなくなり、人を傷付けるのが更に怖くなった。
 その事件の前の僕は人を助ける正義感はあったが、人を傷付けるのが怖いという気持ちは元々あったのだ。
 いつから人を傷付けるのが怖いと思い始めたのだろう……。
 思い出そうにも思い出せない。
 何かぼんやりとしている。

「……い………おー……おーい、おーい!」

 気がつくと晴矢が隣で、大きな声で僕に呼びかけていた。

「どうした? 急に黙って?」

「いや、なんでもない」

「そうか……。そういやさ、大きく話が逸れることになるんだが……」

 晴矢は僕の目を真っ直ぐに見据える。

「お前、俺に隠し事をしているだろ?」

 晴矢の目には確信があった。

「な、なんで?」

「お前はここ数日で変わりすぎだ。それにお前が、なんで?って言う時はだいたい合ってる。なぁ、俺らは親友なんだから、ちゃんと話してくれよ」

 どうしようか……。
 橘は話しても良いと言っていたし、晴矢もなにか感づいてるみたいだし、話してしまおうか。
 それに晴矢とは長い付き合いだ。
 きっと信じてくれるだろう。
 僕は覚悟を決めて口を開く。

「僕は――」




「なぁ、いい病院紹介してやろうか?」

 全部話し終えた後の晴矢の第一声はそれだった。
 なんかデジャブ……。

「だよなー。普通はそうなるよなー」

「当たり前だろ。まぁ、信じるけど」

 ……は?

「え? でもお前さっき……」

「信じないとは言ってねぇよ。まぁ、思ってたよりもかなり深刻だったがな」

「思ってたって、何を?」

「いや、お前が水仙さんを見限って、橘っていう女と付き合ってるとばかり」

 僕は急な晴矢の発言で咳き込んでしまう。

「いや! それは絶対ない! なぜそうなる⁈」

 まだ2日間しか学校に通ってないぞ。

「俺らの誘いをたびたび断って、橘さんとコソコソやっているからだ。もしかして一緒に下校してると思って、今日はお前を尾行していたが……」

 そこで晴矢が言葉に詰まる。
 僕はその理由がすぐに分かった。

「おい……お前本当はもっと早く助けに来れたんじゃないか?」

 晴矢は僕と目を合わせようとしない。

「出てくるタイミングが良すぎると思ったら、そういうことかテメェ!」

「いや! お前がどうするのか見守りたかったんだよ! 陰から息子の独り立ちを見守る母親の気持ちってすごく不安になるな!」

 「知るか!」と僕は叫び、お互いに息切れする。

「いったん、話しを戻そう」

 晴矢は息を整えながら言う。
 何か逃げられた気がするが、もう考えるのをやめる。

「お前の話は信じる。だけど、お前はそれでいいのか?」

 心にざわつきが走る。

「何が?」

 聞かない方がいいと分かってた。
 でも、僕は聞いてしまった。

「もし、水仙さんに気持ちを伝えれて振られても、ただお前が傷付くだけだ」

 これ以上聞いたらいけない。
 分かってはいるが、晴矢の言葉を聞いてしまう。

「しかし、付き合えてたとしてもお前は死ぬんだろ? そんなの――」

 僕はこの時、耳を塞いでしまいたかった。
 分かっていたが、考えないようにしていたこと。
 だって、それを認めてしまえば、僕は前に進めなくなってしまいそうだったから。
 しかし、僕は晴矢の言葉を最後まで聞いてしまった。

「お前にはバッドエンドしかない」

 ……僕は何も言えない。
 ただ、晴矢の話しを黙って聞くだけ。

「より良い関係を築けば築くほど、水仙さんは悲しむことになる」

 ……やめろ。

「気持ちを伝えない方が、水仙さんからしたら」

 やめろやめろやめろやめろやめろ。

「…………それ以上はやめてくれ……!」

 晴矢はピタッと話すのを止める。

「すまない……。余計なことを喋りすぎたな。お前自身が決めることなのに」

 晴矢はベンチから立ち上がり、鞄を肩にかける。

「じゃあ、俺帰るわ……」

 晴矢はそのまま公園の出口に向かって歩いていった。



 晴矢が帰って何分たっただろう。
 僕は公園のベンチに1人座り、頭を抱えて考えていた。

 気持ちを伝える。
 その願いを叶えるために僕は生きている。
 しかし、その願いを叶えると、僕だけではなく、水仙さんをも不幸にしてしまう可能性がある。

 なら願いを叶えなきゃいい。
 しかし、そうなれば、僕は生きる意味を失ってしまう。
 ただでさえ生への関心が薄いというのに。

 この2日間で水仙さんと話したのは初日の挨拶だけ。
 心のどこかでそれに気付いていた僕は、無意識のうちに水仙さんを避けていたのだろう。

 今思えば、誰かのために生きようと決心したのは、願いから目をそらすために僕が作った生きるための理由付けだったのかもしれない。

 ふと空を見上げれば、あたりは薄暗くなっていた。

 とりあえず帰ろう。
 僕はベンチから立ち上がり、鞄を肩にかける。
 公園から出ると、街灯が少ないせいか、道がよく見えない。

 あぁ、それでも進まないと。
 僕は一歩を踏み出し歩き出す。
 道が見えなくとも進まない限りは、どこにも辿り着くことはできないのだから――
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