余命1年から始めた恋物語

米屋 四季

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~人生の終わり~

3話 あぁ、神様

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 女の子が泣いている。
 僕が彼女を庇って車に跳ねられたからだ。
 彼女は泣きながら何度も「ごめんなさい」を言っている。

「大丈夫だよ。君は?」

 僕は自分とそれほど歳が変わらないであろう彼女に優しく声をかける。
 彼女を助けるために、かなりの勢いで突き飛ばしてしまったからだ。

「……大丈夫」

 彼女は泣きながら応える。
 見たところ大した怪我はしていないようだ。
 あぁ、良かった。
 僕は安堵の息を吐く。
 しかし、まさか信号が赤なのに渡ろうとするなんて……まぁ、お互い無事でなによりだ。
 僕は横たわっている体を起こそうと体に力を入れる。
 しかし、体に力が入らない。
 さっきまで痛みが無かったのが嘘かのようにじわじわと体に痛みが走る。
 僕の中に死という言葉が浮かぶ。
 僕を跳ねた車はもういない。
 救急車など呼んではいないだろう。
 それに今日は運悪く人が全く通っておらず、ここには僕と彼女の2人しかいない。
 このままだと本当に死ぬ。

「あっ……きっ………き………………」

 「救急車を呼んで」と泣いてる彼女に頼もうとするが声が出ない。
 彼女はただ僕のことを見て泣いているだけでここから動く様子もない。
 このまま僕は…………嫌だ!
 まだ死にたくない!
 まだ生きたい!
 しかし、意識がだんだんと遠のいていく。
 体に激痛が走る。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
 死にたくない!
 やりたいことが沢山あるのに!

 そんな僕の思いも虚しく、視界がぼんやりと暗くなっていく。
 体の感覚が無くなってきた。

 いや……だ……まだ……死にたくない…………。

 神様なんか信じていない。
 でも今だけはいることを祈りながら僕は願う。

 あぁ……神様……

『僕を助けてください』







 気がつくと誰かが泣いている声が聞こえた。
 誰だろうか?
 泣き声がする方に顔を向けるとランドセルを背負った小さな男の子が泣いている。
 他にも沢山の人がいるらしく、ガヤガヤと騒々しい。
 それに何故か僕は今、道路に横たわっているらしい。
 このままだと通行の妨げになってしまうなと思い、体を起こすよう試みる。
 しかし、体は一向に動かない。
 首が少し動くだけだ。
 ……あぁ、そうだ。
 僕は車に跳ねられたんだ。
 横断歩道近くの電柱に衝突している車を見て気付く。
 確か今日は高校の入学式で、僕は登校している途中だった。
 隣に小学生がいて、そこに車が突っ込むのが見えたから急いでその小学生を突き飛ばしたんだっけ?
 多分そうだったはず。
 じゃあ今泣いてるのは突き飛ばした小学生か?
 もう一度顔を見ると、大粒の涙を流しながら必死に何かを叫んでいる。
 全くの無事かどうかは分からないが、とりあえず命に別状は無さそうだな。
 良かった、と安堵のため息をつく。
 しかし、僕はどうなるのだろうか?
 不思議と痛みは感じられない。
 だけどだんだん瞼が重くなってきた。
 体が死に近づいているのだろうか。
 確かかなり前にもこんなことがあった気がする。
 いつ頃だっただろう?
 …………そうだ。
 小学3年生頃だ。
 あの時は女の子が赤信号なのに横断歩道を渡ろうとして車に跳ねられそうになったのを庇った。
 車に跳ねられた僕は、神様に『助けてください』と願ったっけ。
 結局は奇跡的に軽傷で済んで恥ずかしい思いをしただけだったけど。
 そういえばあの時一緒にいた女の子はどうなったのだろう?
 …………何故か全く思い出せない。
 まぁ、いいか。もう関係ないことだし。
 それにしても瞼が重い。
 今回は小学3年生の頃と違って死にたくないとかは全然思わないな。
 生きていても何もいいことなんてないし……。
 それにしても、見ず知らずの小学生を庇って死ぬとか……本当に僕はどうしようもない大馬鹿者だな。
 他人を助けたところで自分が不幸になる事ぐらい分かっていたのに。
 中学2年生の時に他人を助けようとして痛い目にあってからは、他人を助けないと心に誓ったはずなのに……。

「うっ…………」 

 体の中の何かが口の中まで勢いよく逆流し、それは一気に僕の口から溢れ出した。
 溢れ出た物を僕は確認する。
 真っ赤な真っ赤な鮮血が道路にへと流れ、小さな赤い水溜りを作っていた。

 もう終わりだな…………あぁ、でも1つだけやり残したことがあったっけ。
 やっぱりそれをやり遂げるまでは死にたくないな……。
 ……また、神様にでも願うとするか……。

 僕はあと少しで死ぬだろう。
 死ぬ恐怖は全くない。
 まだ生きたいとも思わない。
 いや、例え生きたいと思っていたとしてもこれはどうにもならない事だろう。
 どうにもならない事だからこそ、神様に願うしかなかった。
 普段は神様がいるなんて信じてない。
 こんな時だけ信じるなんて、とんだ都合がいいやつがいたものだ、と僕は僕自身を嘲笑う。
 しかし、それでも……今だけは神様がいることを信じて願った。

 あぁ……神様……

『好きな人に僕の気持ちを届けさせてください』

 そこで僕の意識は再び途絶えた。
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