治験のバイトに行ったら余命1ヵ月になりました。そんな俺が家出少女と出会い、そして死ぬまでの話

米屋 四季

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世の中はゴミみたいな人間で溢れかえってる。もちろん俺も含めてな

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 俺はなんで生きているんだろう?
 平日の真昼間。忙しく行き来する車や人の流れを歩道橋の上からぼけーと眺めながらそんなことをふと思った。
 趣味も無ければ、楽しみにしていることも何もねえ。
 働いて、飯食って、パチ屋に行って、眠るだけの代わり映えの無い毎日。
 あー、コンビニのバイトをつい先日クビになったから働いてはいないか。
 もう何度目か分からねえクビ宣告。
 今回クビになった理由は客を殴ったからだ。
 一つだけ言い訳をさせてもらうなら、客を殴ったのにはちゃんと理由がある。
 番号で注文しろと言ったのに銘柄を言い続け、年齢確認をすれば舌打ち。終いには俺の胸ぐらを掴んで「お客様は神様だろ? まともに接客も出来ないような無能はさっさと辞めちまえ!」なんて怒声を浴びせてきやがった。
 な? 殴ってしまうのも無理のない話だろ?
 自分には絶対に危害が加わらない安全地帯にいると思っているから人に攻撃的な態度を簡単にとれる。
 店員を感情の無いロボットだと勘違いしてんのか、だから自分がスッキリしたいがために簡単に人を傷つけることが出来る。
 そういう厄介なゴミどもを相手に周りの奴らは刺激せずに無難にやり過ごせって言うけど、出来るかよそんなこと。
 ああいう奴らは殴られでもしないと分からないんだ。だってこれまでの人生をそういうふうに自分のやりたい放題に生きてきて大人になってんだからよ。
 ……まっ、やりたい放題に生きているってのは俺も同じか。
 俺は自分の考えはハッキリと言う性格だし、先述した通り簡単に手が出てしまう男だ。
 だからか、どのバイトも長続きはしなかった。
 機嫌が悪くなると人や物に理不尽に当たり散らかす、自分の感情をコントロール出来ない大きな子ども。
 何も成して無いくせに、歳をとるだけとって自分が偉くなったと勘違いしている老害。
 大した能力も無いのにプライドだけがやたら高く、他人を見下して生きている馬鹿。
 客だったり同じ職場の同僚だったり、どこに行こうが必ずゴミみたいな人間がいた。
 俺はそういったゴミみたいな人間たちと上手くやっていけなかった。
 悪いのは百パーあっちなのに俺が我慢をする意味が分からねえ。
 だけど、そんなどこにでもいる社会不適合者どもと当たり障りなく接していける奴が普通であって、社会不適合者どもと上手く接していけない俺もきっと社会不適合者なんだろうよ。

「なぁ、お前さん。もしかして死にたいのか?」

 歩道橋の手すりに頬杖をついてぼけーとしていると、俺のすぐ隣でそんな声が聞こえた。
 声がした方を振り向くと、真夏の猛暑日にも関わらず真っ黒なトレンチコートを着込んだいかにも怪しいおっさんがそこにはいた。
 目がしっかりと俺を捉えているあたり、さっきの言葉は俺に向けて言った言葉なんだろう。
 ……あー、多分あれだ。このおっさんは俺が歩道橋から飛び降りようとしていると思って声をかけたのだろう。
 死にたいなんてこれっぽっちも思っていない。だが――

「だったら?」

 俺は煽るようにおっさんにそう返していた。
 1人の若者が命を投げ出そうとしていることに怒りを感じたのか、ただ単に俺の言い方が気に食わなかったのか、あるいはその両方か、おっさんの顔つきが少し険しくなる。
 優しさ? そんなん知るかよ。ただのテメェのエゴだろ。
 人の痛みや苦しみを勝手に分かってあげた気になって『生きていれば、きっと良いことがある』なんて綺麗事を簡単に吐く偽善者が俺は大嫌いだ。
 さらに付け加えるなら『君よりも不幸な人間は沢山いる。それでもみんな必死に生きている』なんていう筋違いなことを話し出す奴はもっともっと大っ嫌いだ。
 他人を引き合いに出すんじゃねえよ。そいつの痛みはそいつにしか分からねえ。
 それに、自殺していった奴がみんなみんな死にたいと心の底から願って死んでいったと思ってんのか?
 そんなわけあるか。
 死にたいと心の底から願って死んでいったやつなんて少ないだろうよ。
 死ぬこと以外に自分を救う手段がなかった。……多分、きっとそれだけだ。

「その捨てようとしている命を人の役に立つために使ってみないか?」

「…………はぁ?」

 おっさんが沢山の人間が幾度となく使ってきたありふれた言葉で説教をたれると決めつけていた俺は思ってもいなかった提案に間の抜けた声が出た。
 変な宗教勧誘……って訳でもなさそうだし、こりゃあもしかすると……海外のどこかの紛争地帯に傭兵として送り込まれるタイプの危ない話かもしれねえな。

「人相が悪いとはよく言われるけどよ……一応言っとくと俺は人を殺すことなんて出来ねえぞ」

「ちょっと待て。いきなりどうして人を殺す話しになったんだ?」

「だってこれってあれだろ? 一昔前にニュースでやってた海外の紛争地帯にホームレスを騙して派遣するみてえな、そんな感じの話だろ?」

「違う違う、そういった物騒な話じゃない。俺は治験のバイトを受けてくれる人を探しているだけだ。1年の間はとある施設に拘束されることになるが、命の危険性は無しで報酬は300万円。悪くない話だとは思うんだが……」

「ああ、なるほど。そういうことか。いいぜ、やってやるよ」

「まあ、そうだよな。こんな怪しいバイトなんて……はぁ?」

 諦めの表情を浮かべながら話していたおっさんは俺が勧誘を承諾したことに気付くと間抜けな声を上げ、訝しげに表情を歪めた。
 俺で何人目の勧誘なのかは知らねえが、こんないかにも怪しい話、これまで散々断られてきたに決まっている。
 今回のだって断られることが前提で勧誘してきたんだろう。

「ほ、本当にやるのか? こんな聞くからに怪しさしかないバイトを?」

「ちょうど職を失ったばかりなんでね。わざわざハローワークに行ったりバイトの求人誌を見たりする手間が省けてちょうどいい」

「もっとしっかり考えた方がいいんじゃないか? 何の病気に対する治験かとか、どういうことをするのかの説明もまだしてないんだぞ?」

「説明されたって難しい話はバカな俺にはどうせ理解できねえよ。聞くだけ無駄だ」

「命の危険性は無いとは言ったが、そんなもんはよくある売り文句みたなもんで――」

「あのさ、勧誘してきたのはアンタだろ? なのにどうして断らせようとしてくるんだよ?」

「それは…………そうなんだが……」

 おっさんはそこで言葉を詰まらせると俺から視線をズラし、「あー、マジか……」と言いながら片手で頭をボリボリと掻く。
 その様子に一切の喜びは無く、なんていうか……嘆きみたいなもんが感じられた。
 どうせあれだ。さっき命の危険性は無いが売り文句的なこと言いかけてたし、がっつり命に関わるか、薬の副作用が凄いとかそういうことなんだろう。
 でも、俺にはそんなことどうでもよかった。 
 死にたいとは思っていない。だけど、生きたいとも思っていない。
 そんな俺にうってつけのバイトだ。

「まさか見つかるとはな……。ところでお前さん、ちなみに名前はなんて言うんだ?」

「俺は緋桐。青葉 緋桐あおば ひぎりだ」

「ヒギリか。珍しい名前だな」

「そうか? 俺よりも珍しい名前なんてそこらじゅうにいると思うけどな。わざわざ無理して名前の感想なんて言わなくてもいいんだぜ?」

「……まっ、なんにせよだ。これからよろしくな。ヒギリ」

 おっさんはやりづらそうにしながらも、右手を俺の前に差し出す。
 俺はその差し出された手を握り「こちらこそ」と返した。
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