24 / 24
終章・ほんとうの『建国の物語』
24
しおりを挟む
白を基調とした部屋に、ぽかぽかとした春の日差しが降り注いでいる。
この数日で季節は進み、動き回れば汗ばむこともあるくらいだ。
「これで最後ね」
アメジストの腕の中には、青いキルトのカバーが抱かれている。
私は部屋を見回した。
フィオナはもちろんハンナも手伝ってくれて、運び込んだ時と同様にてきぱきと荷物が運ばれていった。今頃はもう馬車に積み終わっているだろう。まだ朝といえる時間のうちに、すっかり片付いてしまった。
ベッドは一つに戻り、すべての物がいつもの位置にきちんと置かれている。ほんの数日前の状態に戻っただけのはずなのに、妙に空間が目立っていてさみしい。
「もう少しいればいいのに」
仕方ないこととわかっているけれど、何度となく口にした言葉をまた投げかける。
「私がいないと、荘園の者たちがさみしがるのよ」
同じ数だけ口にした答えを繰り返して、少し首を傾げて困ったように微笑んだ。その仕草はやっぱり小鳥のように可憐で、玉座の間で出会った時と同じように思わず見とれてしまう。
「今度は貴女が遊びに来てちょうだいね。私、ビスケットの焼き方を練習しておくわ。糖蜜も忘れずに用意して」
好きなものを覚えてくれた気遣いがうれしくて、曇った表情をなんとか振り払って笑顔を作った。
「ええ。約束よ」
「じゃあまた、近いうちに、ね」
林檎の花の刺繍がたっぷり施された裾を翻して、彼女は颯爽と去っていく。
その足取りには、迷いがない。
竜の前で頭を下げる私の横に進み出たときのように。
私はしばらく立ち尽くしていたが、思い切って窓に駆け寄った。
身を乗り出すと、アメジストが馬車の前でフィオナと何か話しているのが見える。胸元からペンダントがすべり出て、金のウロコがきらきらと光る。
思い切り息を吸うと、腹筋を意識して声を出した。
「アメジスト!」
彼女は振り返って私を見上げた。
「ビスケットの作り方、練習しなくていいわ」
自分のものとは思えないほど大きな声が出るので、私はおかしくなった。思い切り息を吸って、口角を上げて、こう続けた。
「また一緒に、レシピを見ながら作りましょう。歌を歌いながら」
彼女は丸めたキルトカバーをフィオナに預けると、首からペンダントを取り出して銀のウロコを私に見せた。
「ええ。約束よ」
あるところに、小さな国がありました。
優しい王様とお后様が治めるこの国で、人々は平和に暮らしていました。
王様とお后様には美しいお姫様が二人いました。朝の光のように美しい金糸雀と、夜の帳のように美しい小夜鳴鳥。
二人は皆から愛される、幸せな子供でした。
ある年、小さな国を干ばつが襲いました。井戸は枯れ、川は干上がり、人々はどうすることもできませんでした。神官は毎日神に祈りをささげました。
ちょうどその時、城には一人の聖歌技官が加わりました。金糸雀と小夜鳴鳥は、その銀髪の青年とすぐに仲良くなりました。
焼きたてのビスケットに喜び、お人形の髪をうまく結べないことに悲しみ、子ども扱いされると怒り、二人で遊ぶことを何よりも楽しむ。
金糸雀と小夜鳴鳥の毎日は、歌であふれていました。
銀髪の青年は、二人のためにこの国を救いたいと強く思いました。銀髪の青年の正体は、水をつかさどる青竜だったのです。
でも国を救うためには、城から離れた『水のへそ』と呼ばれる土地に神殿を立て、そこに住まなければなりません。二人とはお別れしなければならないのです。
お別れの日、悲しくて大粒の涙を流している金糸雀と小夜鳴鳥の前で、銀髪の青年の目からぽたりと二粒涙が落ちました。それは不思議な力で形を変え、金色のウロコと、銀色のウロコになりました。銀髪の青年は友情のしるしに、金糸雀には金色のウロコを、小夜鳴鳥には銀色のウロコを渡しました。
二人はそれを握って、こう言いました。
「さみしくなったら、お水を使って知らせてね。私たち、このウロコを持ってぜったいに会いにいくわ。そのときは、あなたのよろこぶ歌を、おみやげにたくさん持っていくわ」
二人の小さな歌姫によって、小さな国は水に恵まれた豊かな土地となり、大きく発展していったのでした。
めでたし、めでたし。
この数日で季節は進み、動き回れば汗ばむこともあるくらいだ。
「これで最後ね」
アメジストの腕の中には、青いキルトのカバーが抱かれている。
私は部屋を見回した。
フィオナはもちろんハンナも手伝ってくれて、運び込んだ時と同様にてきぱきと荷物が運ばれていった。今頃はもう馬車に積み終わっているだろう。まだ朝といえる時間のうちに、すっかり片付いてしまった。
ベッドは一つに戻り、すべての物がいつもの位置にきちんと置かれている。ほんの数日前の状態に戻っただけのはずなのに、妙に空間が目立っていてさみしい。
「もう少しいればいいのに」
仕方ないこととわかっているけれど、何度となく口にした言葉をまた投げかける。
「私がいないと、荘園の者たちがさみしがるのよ」
同じ数だけ口にした答えを繰り返して、少し首を傾げて困ったように微笑んだ。その仕草はやっぱり小鳥のように可憐で、玉座の間で出会った時と同じように思わず見とれてしまう。
「今度は貴女が遊びに来てちょうだいね。私、ビスケットの焼き方を練習しておくわ。糖蜜も忘れずに用意して」
好きなものを覚えてくれた気遣いがうれしくて、曇った表情をなんとか振り払って笑顔を作った。
「ええ。約束よ」
「じゃあまた、近いうちに、ね」
林檎の花の刺繍がたっぷり施された裾を翻して、彼女は颯爽と去っていく。
その足取りには、迷いがない。
竜の前で頭を下げる私の横に進み出たときのように。
私はしばらく立ち尽くしていたが、思い切って窓に駆け寄った。
身を乗り出すと、アメジストが馬車の前でフィオナと何か話しているのが見える。胸元からペンダントがすべり出て、金のウロコがきらきらと光る。
思い切り息を吸うと、腹筋を意識して声を出した。
「アメジスト!」
彼女は振り返って私を見上げた。
「ビスケットの作り方、練習しなくていいわ」
自分のものとは思えないほど大きな声が出るので、私はおかしくなった。思い切り息を吸って、口角を上げて、こう続けた。
「また一緒に、レシピを見ながら作りましょう。歌を歌いながら」
彼女は丸めたキルトカバーをフィオナに預けると、首からペンダントを取り出して銀のウロコを私に見せた。
「ええ。約束よ」
あるところに、小さな国がありました。
優しい王様とお后様が治めるこの国で、人々は平和に暮らしていました。
王様とお后様には美しいお姫様が二人いました。朝の光のように美しい金糸雀と、夜の帳のように美しい小夜鳴鳥。
二人は皆から愛される、幸せな子供でした。
ある年、小さな国を干ばつが襲いました。井戸は枯れ、川は干上がり、人々はどうすることもできませんでした。神官は毎日神に祈りをささげました。
ちょうどその時、城には一人の聖歌技官が加わりました。金糸雀と小夜鳴鳥は、その銀髪の青年とすぐに仲良くなりました。
焼きたてのビスケットに喜び、お人形の髪をうまく結べないことに悲しみ、子ども扱いされると怒り、二人で遊ぶことを何よりも楽しむ。
金糸雀と小夜鳴鳥の毎日は、歌であふれていました。
銀髪の青年は、二人のためにこの国を救いたいと強く思いました。銀髪の青年の正体は、水をつかさどる青竜だったのです。
でも国を救うためには、城から離れた『水のへそ』と呼ばれる土地に神殿を立て、そこに住まなければなりません。二人とはお別れしなければならないのです。
お別れの日、悲しくて大粒の涙を流している金糸雀と小夜鳴鳥の前で、銀髪の青年の目からぽたりと二粒涙が落ちました。それは不思議な力で形を変え、金色のウロコと、銀色のウロコになりました。銀髪の青年は友情のしるしに、金糸雀には金色のウロコを、小夜鳴鳥には銀色のウロコを渡しました。
二人はそれを握って、こう言いました。
「さみしくなったら、お水を使って知らせてね。私たち、このウロコを持ってぜったいに会いにいくわ。そのときは、あなたのよろこぶ歌を、おみやげにたくさん持っていくわ」
二人の小さな歌姫によって、小さな国は水に恵まれた豊かな土地となり、大きく発展していったのでした。
めでたし、めでたし。
0
お気に入りに追加
10
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる