音痴な私は歌姫の異母妹と国を賭けて竜に歌います

中村わこ

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明日は満月

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 シトリニアは息を切らせて走っていた。
重量感のある豊かなドレスの裾を両の手のひらいっぱいにたくし上げ、自室へと向かっている。すれ違うメイドや技官達が慌てたように廊下の端へと避けてくれるのを横目で見つつも、声をかける余裕などなかった。
 息は上がり鼓動も早鐘のようだが、頭の中では先ほど叔母上と小食堂で交わした会話がぐるぐると繰り返されている。あの小さな封筒にはいったい何が記されているのか。
――喧嘩だの何だの言っている暇はないわ。一刻も早くアメジストを探し出して、二人であの封筒の中身を確認しないと
 シトリニアは一人の少女である前に一国の姫だ。
 儀式の成功を最優先に行動しなければならないことは痛いほど自覚している。口論したからといって、意地を張ってふて腐れている暇などない。それはアメジストもよく理解しているはずだ。
 階段を登り濃緑色の絨毯が敷かれた廊下を走り、自室の白い扉を目指す。いつも歩きなれた廊下が、走っていてもずいぶん長く感じた。

 やっとの思いで目的の扉にたどり着くと、せわしなくノックして一気に開いた。
 あんまり急いで走ったので止まったとたんに膝から崩れ落ちそうになり、扉の取っ手にすがるようにしがみついてしまう。
 見馴れた自室の中に異母妹の姿を見つけ、シトリニアは心から安堵した。これ以上走ると心の臓が破れてしまいそうだった。
 窓際のテーブルで頬杖をついて外を眺めていたアメジストは、息を上げて現れた異母姉の姿を見てあっけにとられた様子だった。
その唇が開かれる前にシトリニアが喉から言葉を搾り出した。
「休戦よ!」
 一言発してまた呼吸を整えると、ようやく姿勢を正してアメジストを見据えた。まだ息が上がっていて、肩が大きく上下してしまうのは致し方ない。
 シトリニアのただならぬ様子を見て、アメジストは頬杖をついていた手をテーブルに下ろした。まっすぐに異母姉を見据え、次の言葉を待つ。
「叔母上様から私たちに大切なお話があるみたいなの。小食堂に一緒に行きましょう」
「大切なお話?叔母上様から?」
 落ち着いた優美な仕草で椅子から立ってドレスを調えると、シトリニアをまっすぐ見つめ返した。
「休戦ね」

 二人並んで小食堂に入ると、叔母上は優雅にティーカップを傾けて温かいお茶を楽しんでいた。緊張した面持ちの歌鳥たちとは対照的に、いつもと変わらないゆったりとした笑みを浮かべて語りかけた。
「二人そろったわね。とりあえずはそこに座りなさい」
 促されるまま席に着く間、二人のカップにティーポットから紅茶を注いでくれた。白い湯気とかぐわしい香りが立ちのぼっても、緊張した表情をほぐすことはできなかった。
「あなたたちに、渡すものがあるの。この封筒なのだけど」
 叔母上がテーブルの上に朝の光の色と夜の帳(とばり)の色の小さな封筒を並べると、アメジストが小さく息を飲む気配がした。
「先に断っておきますけど、この封筒は儀式の詳しい内容や秘密を暴いたものではないのよ。過去に歌鳥の姉妹を務めた者だからわかる……そうね、コツのようなものをまとめたもの、と表現したらいいかしらね」
 慈しむように二通の封筒に触れると、朝の光の色の封筒をシトリニアの前に、夜の帳(とばり)の色の封筒をアメジストの前に置いた。
「これを読んで、今すぐそれを実行して欲しいの。誰の手助けも借りずに、二人の力だけでやり遂げてちょうだいね」
 叔母上は一呼吸置いてティーカップを手に取ると、ちらりと視線を上げた。硬い表情のまま食い入るように封筒を見つめている二人を見て、思わずといった様子で吹き出すように笑った。
「そんなに見つめなくても、封筒は消えやしないわよ。まず先に紅茶を飲みなさいな。中身は私が出た後に二人で読みなさい」

 二人が熱い紅茶を熱心に飲む様子を見守ると、叔母上は立ち上がってにこやかに去っていった。
 扉がゆっくりと閉じ、衣擦れの音が遠のいていく。
 叔母上の気配が消えていくのを感じ取った二人は、ほとんど同時に封筒を手に取った。
 封はされておらず、すんなりと開く。
 小さく折りたたまれた便箋をもどかしく思いながら広げると、まず口を開いたのはシトリニアだった。
「え?」
 アメジストは便箋を見つめたまま身動き一つしない。空色の瞳はせわしなく文字を読み進めていたが、最後まで読み終わっても納得いかないといった様子でまた初めから目を通している。
 何度読み返しても理解できなかったのか、アメジストは渋い表情で便箋から目を離した。
 シトリニアはというと、書かれた内容ではなく便箋自体に秘密があるのではないかと閃(ひらめ)いたのか、窓辺に移動して便箋を光に透かしている。
 厳しい表情で便箋をにらむ様子を見て少し迷った後、アメジストが声をかけた。
「シトリニア、これってもしかして」
 何も得るものが無かったのか、便箋を掲げていた手を残念そうにゆっくり下ろすと振り返った。
「多分だけど……何かのレシピね」
 
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