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一話
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銃声鳴り響く、国境沿いの戦場で灰色の空を見上げる青年。
「ああ......痛っ......」
急所は外れているが、血が止まらない。
「.......ここで.......終わりか......」
孤児院で育ち、社会《たにん》から無視され続けた。
人は皆、自分さえ良ければいい。
他人は、利用価値があるかないか。
利用価値のある人間はもてはやされ、価値のない人間は見下され軽んじられる。
寄付や、社会貢献なんてのも、自分の評判を上げる為と税金対策でしかない。
だから、確信する。
空から爆弾が降り、左右から銃弾が飛んでくる、生きるか死ぬかのこの場所で、助けなどこない。
青年も助けを求める声を無視し『我先に』と逃げている途中に流れ弾を食らった。
動かない体で、二十年間の人生を、駆け巡らせた青年は呟く。
「クソみたいな、人生だった.....」
人に利用され、奪われ、踏みにじられる。
それが嫌だから、利用して、奪って、踏みにじる。
クソ野郎しかいない。
国を親を人々を、世界を呪って、目を閉じる。
こんな腐った世界、二度産れてきたくない......
バスティアン・シュバインシュタイガーの二十年の暗く孤独な人生の幕が閉じようとしていた.........
その時、
「君! 大丈夫か!?
まだ助かる! 気を強く持つんだ!」
救急セットを肩にかけた軍医が、苦しそうに走ってきて、シュバインシュタイガーの側に低く身を伏せた。
そして、慣れた手つきで手当てを始めた。
軍医が、腹部から銃弾を抜き出すと、刺すような痛みが走った。
シュバインシュタイガーは朦朧とする意識の中、必死に手当てをする軍医に問いかける。
「どうして......僕を助ける......」
シュバインシュタイガーには、軍医の行動が何一つ理解できなかった。
「当たり前だろう、私は医学の心得がある者だ」
軍医は、流れ続ける血を必死に止めながら答えるが、
「違う......あんたは東国の.....僕を助ける義務はない......」
軍医の腕章には赤い星。
シュバインシュタイガーの腕章には青い星。
「敵も味方もないさ......
目の前に患者がいれば助ける、簡単な話だろう」
嫌な汗をかく軍医は当たり前のことのように言うが、敵を助けて、この男に何の得がある......
ああ......そうか。
戦後の保身か。
戦況は西国に傾いていると聞いた。
近いうちに東国は西国に占領され、東国の軍人は軍事裁判にかけられる。
そこで、証言させたいってわけか......自己保身の為に僕を利用する気か。
悪意の中で生き、歪んだシュバインシュタイガーは勝手に納得して、死地において力を振り絞り、患者《シュバインシュタイガー》を安心させる為に笑顔を作る軍医を嘲笑う。
「僕を助けたって、偽善者《あんた》に感謝なんてしないし
誰にも偽善者(あんた)に助けられたなんて言わない.......
残念.....偽善者《あんた〉は死刑
よくて終身刑さ......ふふ」
シュバインシュタイガーは分かっている。
この状況で軍医を怒らせれば、自分の命がないことを。
それでも、善人の面を被った、クソ野郎どもに利用され続けた人生、これ以上、他人に利用されるくらいなら、死んだ方がまだましだった。
軍医は、歪んだ笑みを浮かべるシュバインシュタイガーに諭すように言う。
「偽善者か.......君がそう思いたいなら、それでいいさ
ただ私はね、こんな時代だからこそ国や自分以外の誰かが決めた関係に縛られずに、自分のやりたいことをしたいだけさ
君は私の中では敵でもなんでもなく、助けられる患者でしかない
だから、私は君を助けるんだ
国の為でも家族の為でも、まして君の為でもない
私の為にね......」
手当てを続けながら、優しい口調で語りかける軍医に、シュバインシュタイガーが返す。
「図星をつかれたからって長々と自己弁護かよ
誰が......騙されるか......
偽善者(あんた)は死刑だよ、死刑、死刑、死刑
無様に命乞いして死ね!」
腹部を撃ち抜かれ息をするのも辛い状態で毒を吐く、傷を負った青年。
青年の人生に何があったのか。
なぜ、心を病んでしまっているのか。
精神医学の専門ではないが、時間が許す限り、青年の話を聞きたい。
心を救いたい。
だが、今はもう、その時間がない。
だから、軍医は最後に言い残すことにした。
「君の心を癒やしてあげられるのは、君だけだ
君が誰かの為に何かを、やり続けた時
初めて君の心は救われるんだよ......」
軍医は笑った。
血が止まったシュバインシュタイガーは、利用されたことが憎たらしくてそっぽを向いた。
銃声鳴り響き、土煙が上がる戦場。
秒単位で人が死ぬ戦場で、東暦千九百十八年十月三十一日午後十七時三十五分また一人死んだ。
故人の名は、フランツ・ベッケンバウアー
この戦争の戦勝国、東国の軍医だ。
腹部を撃たれて、もう助からない傷を負ったベッケンバウアーは激痛と死の恐怖に耐え、最後の力を振り絞り、敵国の一人の青年を救った。
青年が不安にならないように、自らが負った傷を隠しながら。
世界の全てが敵だと憎んでいる青年。
バスティアン・シュバインシュタイガーがそれを知ったのは、軍医が絶命した十分後のことだった。
「ああ......痛っ......」
急所は外れているが、血が止まらない。
「.......ここで.......終わりか......」
孤児院で育ち、社会《たにん》から無視され続けた。
人は皆、自分さえ良ければいい。
他人は、利用価値があるかないか。
利用価値のある人間はもてはやされ、価値のない人間は見下され軽んじられる。
寄付や、社会貢献なんてのも、自分の評判を上げる為と税金対策でしかない。
だから、確信する。
空から爆弾が降り、左右から銃弾が飛んでくる、生きるか死ぬかのこの場所で、助けなどこない。
青年も助けを求める声を無視し『我先に』と逃げている途中に流れ弾を食らった。
動かない体で、二十年間の人生を、駆け巡らせた青年は呟く。
「クソみたいな、人生だった.....」
人に利用され、奪われ、踏みにじられる。
それが嫌だから、利用して、奪って、踏みにじる。
クソ野郎しかいない。
国を親を人々を、世界を呪って、目を閉じる。
こんな腐った世界、二度産れてきたくない......
バスティアン・シュバインシュタイガーの二十年の暗く孤独な人生の幕が閉じようとしていた.........
その時、
「君! 大丈夫か!?
まだ助かる! 気を強く持つんだ!」
救急セットを肩にかけた軍医が、苦しそうに走ってきて、シュバインシュタイガーの側に低く身を伏せた。
そして、慣れた手つきで手当てを始めた。
軍医が、腹部から銃弾を抜き出すと、刺すような痛みが走った。
シュバインシュタイガーは朦朧とする意識の中、必死に手当てをする軍医に問いかける。
「どうして......僕を助ける......」
シュバインシュタイガーには、軍医の行動が何一つ理解できなかった。
「当たり前だろう、私は医学の心得がある者だ」
軍医は、流れ続ける血を必死に止めながら答えるが、
「違う......あんたは東国の.....僕を助ける義務はない......」
軍医の腕章には赤い星。
シュバインシュタイガーの腕章には青い星。
「敵も味方もないさ......
目の前に患者がいれば助ける、簡単な話だろう」
嫌な汗をかく軍医は当たり前のことのように言うが、敵を助けて、この男に何の得がある......
ああ......そうか。
戦後の保身か。
戦況は西国に傾いていると聞いた。
近いうちに東国は西国に占領され、東国の軍人は軍事裁判にかけられる。
そこで、証言させたいってわけか......自己保身の為に僕を利用する気か。
悪意の中で生き、歪んだシュバインシュタイガーは勝手に納得して、死地において力を振り絞り、患者《シュバインシュタイガー》を安心させる為に笑顔を作る軍医を嘲笑う。
「僕を助けたって、偽善者《あんた》に感謝なんてしないし
誰にも偽善者(あんた)に助けられたなんて言わない.......
残念.....偽善者《あんた〉は死刑
よくて終身刑さ......ふふ」
シュバインシュタイガーは分かっている。
この状況で軍医を怒らせれば、自分の命がないことを。
それでも、善人の面を被った、クソ野郎どもに利用され続けた人生、これ以上、他人に利用されるくらいなら、死んだ方がまだましだった。
軍医は、歪んだ笑みを浮かべるシュバインシュタイガーに諭すように言う。
「偽善者か.......君がそう思いたいなら、それでいいさ
ただ私はね、こんな時代だからこそ国や自分以外の誰かが決めた関係に縛られずに、自分のやりたいことをしたいだけさ
君は私の中では敵でもなんでもなく、助けられる患者でしかない
だから、私は君を助けるんだ
国の為でも家族の為でも、まして君の為でもない
私の為にね......」
手当てを続けながら、優しい口調で語りかける軍医に、シュバインシュタイガーが返す。
「図星をつかれたからって長々と自己弁護かよ
誰が......騙されるか......
偽善者(あんた)は死刑だよ、死刑、死刑、死刑
無様に命乞いして死ね!」
腹部を撃ち抜かれ息をするのも辛い状態で毒を吐く、傷を負った青年。
青年の人生に何があったのか。
なぜ、心を病んでしまっているのか。
精神医学の専門ではないが、時間が許す限り、青年の話を聞きたい。
心を救いたい。
だが、今はもう、その時間がない。
だから、軍医は最後に言い残すことにした。
「君の心を癒やしてあげられるのは、君だけだ
君が誰かの為に何かを、やり続けた時
初めて君の心は救われるんだよ......」
軍医は笑った。
血が止まったシュバインシュタイガーは、利用されたことが憎たらしくてそっぽを向いた。
銃声鳴り響き、土煙が上がる戦場。
秒単位で人が死ぬ戦場で、東暦千九百十八年十月三十一日午後十七時三十五分また一人死んだ。
故人の名は、フランツ・ベッケンバウアー
この戦争の戦勝国、東国の軍医だ。
腹部を撃たれて、もう助からない傷を負ったベッケンバウアーは激痛と死の恐怖に耐え、最後の力を振り絞り、敵国の一人の青年を救った。
青年が不安にならないように、自らが負った傷を隠しながら。
世界の全てが敵だと憎んでいる青年。
バスティアン・シュバインシュタイガーがそれを知ったのは、軍医が絶命した十分後のことだった。
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