月曜日の方違さんは、たどりつけない

猫村まぬる

文字の大きさ
上 下
50 / 55
最終話 月曜日の方違さんは、またここに来た

12-1 朝の電車の中で

しおりを挟む
 朝の電車の中でうっかり眠ってしまい、方違さんに肩を揺すられた。
「まもるくん、起きて、まもるくん。ねえ、降りなきゃ」
「えっ? あ、ありがと方違さん」
 僕はあわててバッグをつかみ、もう片方の手で方違さんの手を引っ張って、開いたドアの外へ飛び出した。
 ふしゅー、という音とともに、僕らの背後でドアは閉まった。

 そこがいつもの駅じゃないことに僕らが気づいたのは、電車がごとごとと出ていったあとだった。

 方違さんが、つないだ手にぎゅうっと力を込める。
 空しか見えない。うすぐもりの春の空に、ただ風が吹いている。制服の紺色のスカートが、はたはたと揺れる。
 そびえ立つ岩の崖にしがみつくように取りついた、プラットフォームだけの駅。見上げても、見下ろしても、垂直の崖が無限に続き、そのあちこちに木造の小屋みたいな家がへばりついている。

 僕らがはじめて二人で迷い込んだ、あの街だった。

「大丈夫だよ、方違さん。一度来た場所だし、帰り方もわかってるじゃない」
 安心させるつもりで言ったのだけど、彼女は責めるような目で僕を見て、ゆっくりと大きく首を横に振った。

 そうか。
 そうだった。
 あれは、「縦浜スカイライナー」は、あんなポンコツだけど、たしかに「飛行機」だ。

   ◇

 薄い雲の向こうには青空が透けて見え、春の光は明るいけれどまだまだ風は冷たい。
 さえぎるもののないホームの地べたに、僕らは手をつなぎ、肩を寄せ合って座っていた。
 錆びた時刻表によると、帰りの電車は夕方六時。あと十時間くらい待たなければならない。

 方違さんはずっと口を利かなかった。怒ってるのかなとも思ったけど、力をゆるめないでしっかりと僕の手を握っていたし、肩もぴったりとくっつけていた。僕がときどき手にきゅっと力を込めると、彼女も同じように返してくれる。

 薄い雲は少しずつ晴れ、僕らの上にも下にも青空が広がっていった。だけど風はますます強くて、制服にマフラーだけの僕らは、いくら体を縮めてくっついていてもだんだん体が冷えてくるのを感じた。

「方違さん、おぼえてる? この駅の真下に食堂があったよね」
「……るらっしゃいませ?」
「うん。しばらくあそこで待たせてもらわない?」
「電車の時間には、ぜったいここに戻る?」
「もちろん」
「じゃあ、行く」
 方違さんは立ち上がって、スカートのおしりをぱたぱたとはたいた。

   ◇

 駅から食堂へ降りる十数メートルのはしごは、大きなホチキス針みたいなコの字形の鉄を何十本か崖に打ち込んだだけのものだ。錆びてぼろぼろになったところも、ぐらぐらしているところもあるので、慎重に行かなければならない。
 まず僕が、冷たい風の中を、体を縮めながら一段、一段下りてゆく。「縦浜驛前食堂 ゐらっしゃいませ」とペンキで書かれたトタン屋根が、少しずつ近づいてくる。

 あと二、三段で屋根に降り立つことができる、と思ったところで、足をかけた段がかくんと動き、靴底が滑った。
「あっ」
 落ちた、といっても大した高さじゃなかったし、片足でちゃんと着地できた、と一瞬思ったけど、傾いたトタンの上でバランスを失って、僕は後ろに転んだ。
 打った腰はたいして痛くなかったけど、
 だーん!
 とものすごい音がした。

「まもるくん!!」
 悲鳴混じりで叫びながら、上で待っていた方違さんがあたふたとはしごを降り始めた。
「方違さん、ゆっくり! 僕は大丈夫だから」

 気が気じゃないけど、風にばたばたとひるがえるスカートを真下からじっと見守るわけにもいかない。僕は目をそらしつつ、彼女の影を視界の端に入れながら、何度も「ゆっくりだよ、ゆっくり」と声をかけることしかできなかった。

「まもるくん! だいじょぶ?」
 声が近い。ちらっと上に目をやると、方違さんはあと数段のところまで来ていた。
「気をつけて、ゆっくりだよ。そこ、危ないから」
「だいじょぶ……。ふわっ!」

 方違さんは僕と同じところで足をすべらせた。
 そして僕と同じようにいったんは片足で着地したように見えたけど、姿勢を崩した。片方の足首が変な角度にぐにっと曲がるのが見えた。

 僕は跳び上がって駆け寄り、倒れてきた方違さんの肩を抱き止めた。彼女は顔をしかめてしばらく息を止め、声も出さなかった。
「方違さん? 大丈夫?」
 僕の膝の上で、こらえきれなくなったみたいに胸を上下させながら、荒い息を吸って吐き、方違さんはやっと声を出した。
「……だいじょぶ……」
「動ける?」
「ん……くっ、痛っ……足……」
「ごめん、僕がいっしょだったのに」

 今日の僕は、判断がせんぶ裏目に出てる。自分はなんともないのに方違さんにけがをさせてしまうなんて。
 落ち着かないと。冷静にならないと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...