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最終話 月曜日の方違さんは、またここに来た
12-1 朝の電車の中で
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朝の電車の中でうっかり眠ってしまい、方違さんに肩を揺すられた。
「まもるくん、起きて、まもるくん。ねえ、降りなきゃ」
「えっ? あ、ありがと方違さん」
僕はあわててバッグをつかみ、もう片方の手で方違さんの手を引っ張って、開いたドアの外へ飛び出した。
ふしゅー、という音とともに、僕らの背後でドアは閉まった。
そこがいつもの駅じゃないことに僕らが気づいたのは、電車がごとごとと出ていったあとだった。
方違さんが、つないだ手にぎゅうっと力を込める。
空しか見えない。うすぐもりの春の空に、ただ風が吹いている。制服の紺色のスカートが、はたはたと揺れる。
そびえ立つ岩の崖にしがみつくように取りついた、プラットフォームだけの駅。見上げても、見下ろしても、垂直の崖が無限に続き、そのあちこちに木造の小屋みたいな家がへばりついている。
僕らがはじめて二人で迷い込んだ、あの街だった。
「大丈夫だよ、方違さん。一度来た場所だし、帰り方もわかってるじゃない」
安心させるつもりで言ったのだけど、彼女は責めるような目で僕を見て、ゆっくりと大きく首を横に振った。
そうか。
そうだった。
あれは、「縦浜スカイライナー」は、あんなポンコツだけど、たしかに「飛行機」だ。
◇
薄い雲の向こうには青空が透けて見え、春の光は明るいけれどまだまだ風は冷たい。
さえぎるもののないホームの地べたに、僕らは手をつなぎ、肩を寄せ合って座っていた。
錆びた時刻表によると、帰りの電車は夕方六時。あと十時間くらい待たなければならない。
方違さんはずっと口を利かなかった。怒ってるのかなとも思ったけど、力をゆるめないでしっかりと僕の手を握っていたし、肩もぴったりとくっつけていた。僕がときどき手にきゅっと力を込めると、彼女も同じように返してくれる。
薄い雲は少しずつ晴れ、僕らの上にも下にも青空が広がっていった。だけど風はますます強くて、制服にマフラーだけの僕らは、いくら体を縮めてくっついていてもだんだん体が冷えてくるのを感じた。
「方違さん、おぼえてる? この駅の真下に食堂があったよね」
「……るらっしゃいませ?」
「うん。しばらくあそこで待たせてもらわない?」
「電車の時間には、ぜったいここに戻る?」
「もちろん」
「じゃあ、行く」
方違さんは立ち上がって、スカートのおしりをぱたぱたとはたいた。
◇
駅から食堂へ降りる十数メートルのはしごは、大きなホチキス針みたいなコの字形の鉄を何十本か崖に打ち込んだだけのものだ。錆びてぼろぼろになったところも、ぐらぐらしているところもあるので、慎重に行かなければならない。
まず僕が、冷たい風の中を、体を縮めながら一段、一段下りてゆく。「縦浜驛前食堂 ゐらっしゃいませ」とペンキで書かれたトタン屋根が、少しずつ近づいてくる。
あと二、三段で屋根に降り立つことができる、と思ったところで、足をかけた段がかくんと動き、靴底が滑った。
「あっ」
落ちた、といっても大した高さじゃなかったし、片足でちゃんと着地できた、と一瞬思ったけど、傾いたトタンの上でバランスを失って、僕は後ろに転んだ。
打った腰はたいして痛くなかったけど、
だーん!
とものすごい音がした。
「まもるくん!!」
悲鳴混じりで叫びながら、上で待っていた方違さんがあたふたとはしごを降り始めた。
「方違さん、ゆっくり! 僕は大丈夫だから」
気が気じゃないけど、風にばたばたとひるがえるスカートを真下からじっと見守るわけにもいかない。僕は目をそらしつつ、彼女の影を視界の端に入れながら、何度も「ゆっくりだよ、ゆっくり」と声をかけることしかできなかった。
「まもるくん! だいじょぶ?」
声が近い。ちらっと上に目をやると、方違さんはあと数段のところまで来ていた。
「気をつけて、ゆっくりだよ。そこ、危ないから」
「だいじょぶ……。ふわっ!」
方違さんは僕と同じところで足をすべらせた。
そして僕と同じようにいったんは片足で着地したように見えたけど、姿勢を崩した。片方の足首が変な角度にぐにっと曲がるのが見えた。
僕は跳び上がって駆け寄り、倒れてきた方違さんの肩を抱き止めた。彼女は顔をしかめてしばらく息を止め、声も出さなかった。
「方違さん? 大丈夫?」
僕の膝の上で、こらえきれなくなったみたいに胸を上下させながら、荒い息を吸って吐き、方違さんはやっと声を出した。
「……だいじょぶ……」
「動ける?」
「ん……くっ、痛っ……足……」
「ごめん、僕がいっしょだったのに」
今日の僕は、判断がせんぶ裏目に出てる。自分はなんともないのに方違さんにけがをさせてしまうなんて。
落ち着かないと。冷静にならないと。
「まもるくん、起きて、まもるくん。ねえ、降りなきゃ」
「えっ? あ、ありがと方違さん」
僕はあわててバッグをつかみ、もう片方の手で方違さんの手を引っ張って、開いたドアの外へ飛び出した。
ふしゅー、という音とともに、僕らの背後でドアは閉まった。
そこがいつもの駅じゃないことに僕らが気づいたのは、電車がごとごとと出ていったあとだった。
方違さんが、つないだ手にぎゅうっと力を込める。
空しか見えない。うすぐもりの春の空に、ただ風が吹いている。制服の紺色のスカートが、はたはたと揺れる。
そびえ立つ岩の崖にしがみつくように取りついた、プラットフォームだけの駅。見上げても、見下ろしても、垂直の崖が無限に続き、そのあちこちに木造の小屋みたいな家がへばりついている。
僕らがはじめて二人で迷い込んだ、あの街だった。
「大丈夫だよ、方違さん。一度来た場所だし、帰り方もわかってるじゃない」
安心させるつもりで言ったのだけど、彼女は責めるような目で僕を見て、ゆっくりと大きく首を横に振った。
そうか。
そうだった。
あれは、「縦浜スカイライナー」は、あんなポンコツだけど、たしかに「飛行機」だ。
◇
薄い雲の向こうには青空が透けて見え、春の光は明るいけれどまだまだ風は冷たい。
さえぎるもののないホームの地べたに、僕らは手をつなぎ、肩を寄せ合って座っていた。
錆びた時刻表によると、帰りの電車は夕方六時。あと十時間くらい待たなければならない。
方違さんはずっと口を利かなかった。怒ってるのかなとも思ったけど、力をゆるめないでしっかりと僕の手を握っていたし、肩もぴったりとくっつけていた。僕がときどき手にきゅっと力を込めると、彼女も同じように返してくれる。
薄い雲は少しずつ晴れ、僕らの上にも下にも青空が広がっていった。だけど風はますます強くて、制服にマフラーだけの僕らは、いくら体を縮めてくっついていてもだんだん体が冷えてくるのを感じた。
「方違さん、おぼえてる? この駅の真下に食堂があったよね」
「……るらっしゃいませ?」
「うん。しばらくあそこで待たせてもらわない?」
「電車の時間には、ぜったいここに戻る?」
「もちろん」
「じゃあ、行く」
方違さんは立ち上がって、スカートのおしりをぱたぱたとはたいた。
◇
駅から食堂へ降りる十数メートルのはしごは、大きなホチキス針みたいなコの字形の鉄を何十本か崖に打ち込んだだけのものだ。錆びてぼろぼろになったところも、ぐらぐらしているところもあるので、慎重に行かなければならない。
まず僕が、冷たい風の中を、体を縮めながら一段、一段下りてゆく。「縦浜驛前食堂 ゐらっしゃいませ」とペンキで書かれたトタン屋根が、少しずつ近づいてくる。
あと二、三段で屋根に降り立つことができる、と思ったところで、足をかけた段がかくんと動き、靴底が滑った。
「あっ」
落ちた、といっても大した高さじゃなかったし、片足でちゃんと着地できた、と一瞬思ったけど、傾いたトタンの上でバランスを失って、僕は後ろに転んだ。
打った腰はたいして痛くなかったけど、
だーん!
とものすごい音がした。
「まもるくん!!」
悲鳴混じりで叫びながら、上で待っていた方違さんがあたふたとはしごを降り始めた。
「方違さん、ゆっくり! 僕は大丈夫だから」
気が気じゃないけど、風にばたばたとひるがえるスカートを真下からじっと見守るわけにもいかない。僕は目をそらしつつ、彼女の影を視界の端に入れながら、何度も「ゆっくりだよ、ゆっくり」と声をかけることしかできなかった。
「まもるくん! だいじょぶ?」
声が近い。ちらっと上に目をやると、方違さんはあと数段のところまで来ていた。
「気をつけて、ゆっくりだよ。そこ、危ないから」
「だいじょぶ……。ふわっ!」
方違さんは僕と同じところで足をすべらせた。
そして僕と同じようにいったんは片足で着地したように見えたけど、姿勢を崩した。片方の足首が変な角度にぐにっと曲がるのが見えた。
僕は跳び上がって駆け寄り、倒れてきた方違さんの肩を抱き止めた。彼女は顔をしかめてしばらく息を止め、声も出さなかった。
「方違さん? 大丈夫?」
僕の膝の上で、こらえきれなくなったみたいに胸を上下させながら、荒い息を吸って吐き、方違さんはやっと声を出した。
「……だいじょぶ……」
「動ける?」
「ん……くっ、痛っ……足……」
「ごめん、僕がいっしょだったのに」
今日の僕は、判断がせんぶ裏目に出てる。自分はなんともないのに方違さんにけがをさせてしまうなんて。
落ち着かないと。冷静にならないと。
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