月曜日の方違さんは、たどりつけない

猫村まぬる

文字の大きさ
上 下
55 / 55
エピローグ

楽しそうに、軽やかに

しおりを挟む
 方違さんが先頭を歩いている。
 なんだかいろいろ入った大きなレジ袋を片手に、楽しそうに、軽やかに。

 今日の彼女は黄色のパーカーとデニムのスカートで、青いガラス玉のついたヘアゴムで髪をポニーテールにしている。
 かわいい。
 真剣な話、後ろから見ても分かるほどこんなにかわいい女子って、なかなかいないと僕は思う。なんで他の男子が誰も騒がないのか不思議だ。

 広い公園の木立の中の道は、ずっとまっすぐに続いている。
 僕は食べ物や飲み物の入った袋とか、折りたたんだレジャーシートとかを山盛り抱えて、彼女の後ろを歩く。

「♪さーくーらー、さーくーらー、まもるはくるりの愛の奴隷ー♪」
 ピンクのワンピース姿のちこりちゃんが、僕の隣でスキップしながら歌っている。
「姉ちゃん! ちこりちゃんに変な歌教えんなよ!」

 振り返ると僕の後ろには、姉と後藤と佐伯さんの三人が、それぞれに荷物を持って歩いている。後藤と佐伯さんは制服、姉は春色のカーディガンとロングスカートだ。

「わたしじゃないよ。ちこりちゃんが自分で作ったんじゃない? 子どもってよく観察してるよね」
「うそつけ」と僕はつぶやく。
 佐伯さんが笑いながら、
「お姉さんは、地元で後藤のこと、子どものころから知ってるんですよね?」と言う。
「んー、それが全く記憶にないのよねえ」
「やだなあ、まりなさん、俺っすよ。昔よく遊んでもらった後藤リュウジっすよ」
「ゴ、トウ……? ぜんっぜん思い出せない……。わたしのスカートに頭突っ込んで来ようとするから用水路に蹴り落としたら対戦ゲームのカードが散らばってぷかぷか流れてってギャン泣きしたクソガキしか思い出せない……」
「めっちゃ覚えてるんじゃないっすか!」
「あんた、そんなことしてたんだ」
「し、してねーし!」
「それがさ、わたしが高校に入ったぐらいからは、こんどはわたしが『リュウちゃん、おはよ』って声掛けるだけでこいつもう顔真っ赤で、会話もままならないわけ。ぷはははは。でさ、わたしわざと――」
「うわああああ! 俺のことなんかもう忘れてください忘れてくださいおねがいします」

 後ろはにぎやかだけど、方違さんは時々僕の方をちらっと振り向きながら、どんどん前へ進んでゆく。

「方違さん、道知ってるの?」
「ん……分かんないけど、たぶんこっち」

 前の方が明るくなって、視界がだんだん開けて来た。
 木々の並びが途切れたところで、方違さんは立ち止まった。

「見て、すごい……」

 そこから道は下り坂になり、その先にはもう建物も車も人も、緑の木も、余分なものはひとつも無かった。右も左も地平線まで、いや、そのさらに向こうにかすんで見える山の頂上まで、ぜんぶ桜の花だ。晴れ空の淡い青と、深いピンクをうっすらと宿した純白だけが、視界にあふれていた。

「♪春のうらららるぁぁぁぁー!」と叫びながら、ちこりちゃんは坂を駆け下り始めた。
 姉や佐伯さんたちもすぐに追いついてきて、「すごいすごい」「きれいね」と口々に言った。後藤だけは「どこだよ、ここ。おかしくないか?」と首をひねっていたけど。

 でもそんな絶景も、僕にとっては背景だった。
「見て、まもるくん、きれいだよ……」
 振り向いた彼女に、花びら混じりの風が吹く。

 いつの間に解いたんだろう? ほんの少し青みのある黒髪が、ふわっと広がる。早足で歩いて来たせいか、白い肌の下から桜色の光が透けて輝くようだった。
 みんながわいわい騒ぐ中でも、方違さんの視線はぴったりと僕から離れない。空間をいっぱいに満たすような四月の光の中で、彼女の瞳はどんな鉱石よりも深いブルーで、いくつもの光をちりばめてきらめいていた。

「きれいだね、方違さん」と僕は言った。「すごくきれいだ」
「ん……」と彼女はうなずく。
「花を見ろ、花を」
 と姉ちゃんが言った。




(了)
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

処理中です...