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最終話 月曜日の方違さんは、またここに来た
12-5 月曜が終わったんだ
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「まもるくん!!」
◇
僕は目を開けた。
布団の中にいた。和室だ。僕の部屋じゃない。あの旅館の部屋だった。でもひとつだけ違う。天井が岩じゃなくて普通の木の板になっていた。
床の間の時計が、十二時ちょうどを指していた。遠くで車と電車の音が聞こえる。どこかの部屋の、テレビの音も。
窓の障子越しに、何かの光がぼんやりと見えた。
月曜が終わったんだ。
呼吸の気配を感じて、僕は右に顔を向けた。
そこにはもう一組の布団が敷いてあり、僕をじっと見つめる方違さんの顔が見えた。
僕らは、少し間を空けて敷いたそれぞれの布団から、片腕だけを外に伸ばして手をつないでいた。
しばらくの間、僕たちは何も言わずに見つめ合っていた。
やがて布団がもぞもぞと動いたかと思うと、つないでいた手が離れ、体操服姿にお団子の髪の方違さんが、四つんばいで布団から出てきた。
「どうしたの? トイレ?」
でも方違さんは猫みたいに無言で、僕の布団にもぐりこんできた。
僕の隣に横になり、僕の胸に顔を押し当てながら、僕の背中に腕を回して、方違さんはぎゅっと力を入れた。
僕は最初、なるべく全身が密着しないように必死で腰を引いていたけど、彼女はほんの少しでもすき間を作りたくないっていうみたいに、冷たいような、熱いような体をぴったりとくっつけてくる。お互いの体の形を隠しようもないくらい。
なんだよもう。知らないよ。方違さんが悪いんだからね。
僕は両腕と両脚で彼女の小さな体をがっちり捕まえて、甘い匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
方違さんは深い、長いため息をついて、僕の体操服の胸の名前の刺繍のあたりに鼻とくちびるを押し付けた。
彼女の息で僕の体操服は温かく湿り、僕らはもうそれ以上一ミリも身動きできないまま、ただ固く抱きしめあっていた
百年ぐらいが過ぎた気がした。
どこかで、なにかの音がした。
「どうして、飛行機に乗っちゃいけないの?」
と僕はたずねた。
「手紙に書いてあった」と方違さんは答えた。「あのオバサンの……もうひとりのわたしの」
「まもるを絶対に飛行機に乗せるな、って?」
「ん……そう」
「もしかしたら、あのひとの知ってる未来の僕は、飛行機に乗って……なんて言うか……つまり、帰ってこなかったんじゃないのかな?」
彼女は僕の胸で小さくうなずいた。
「わたし、ひどいことしたよね。一年前、目隠しまでして、まもるくん、嫌だって言ったのに、無理やり……もし……もし、あのとき……。わたし、もうちょっとで……」
「どうしてさ。あの時は、方違さんが励ましてくれて、おかげで帰ることができたし、それで僕たちは友達になれたんだから、すごく感謝してるよ」
「でも……」
「今までのことは何も問題ないし、未来は可能性の世界だから変えることができる。そういうことだよね? たとえば――別の人と出会ったもうひとりの方違くるりもいれば、僕と出会った君もいるみたいに」
「うん……」
「安心して。僕は絶対に、約束は守るから」
「ほんと……?」
方違さんの涙が、僕の体操服に温かく広がっていく。僕は汗の浮かんだ彼女の額に頬をくっつける。僕らはまるで融けてまじりあってるみたいだった。
「僕は、あのひとのまもるじゃなくて、君のまもるだからね」
「ん……」
「ずっといっしょにいるよ」
彼女はくちびるの先で僕の体操服を軽くくわえて、そのまま身動きもせず、また眠りに落ちていった。
僕はそんな火曜日の方違さんをしっかりと抱きしめながら、障子窓が少しずつ明るくなってゆくのをただ眺めていた。
(エピローグへつづく)
◇
僕は目を開けた。
布団の中にいた。和室だ。僕の部屋じゃない。あの旅館の部屋だった。でもひとつだけ違う。天井が岩じゃなくて普通の木の板になっていた。
床の間の時計が、十二時ちょうどを指していた。遠くで車と電車の音が聞こえる。どこかの部屋の、テレビの音も。
窓の障子越しに、何かの光がぼんやりと見えた。
月曜が終わったんだ。
呼吸の気配を感じて、僕は右に顔を向けた。
そこにはもう一組の布団が敷いてあり、僕をじっと見つめる方違さんの顔が見えた。
僕らは、少し間を空けて敷いたそれぞれの布団から、片腕だけを外に伸ばして手をつないでいた。
しばらくの間、僕たちは何も言わずに見つめ合っていた。
やがて布団がもぞもぞと動いたかと思うと、つないでいた手が離れ、体操服姿にお団子の髪の方違さんが、四つんばいで布団から出てきた。
「どうしたの? トイレ?」
でも方違さんは猫みたいに無言で、僕の布団にもぐりこんできた。
僕の隣に横になり、僕の胸に顔を押し当てながら、僕の背中に腕を回して、方違さんはぎゅっと力を入れた。
僕は最初、なるべく全身が密着しないように必死で腰を引いていたけど、彼女はほんの少しでもすき間を作りたくないっていうみたいに、冷たいような、熱いような体をぴったりとくっつけてくる。お互いの体の形を隠しようもないくらい。
なんだよもう。知らないよ。方違さんが悪いんだからね。
僕は両腕と両脚で彼女の小さな体をがっちり捕まえて、甘い匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
方違さんは深い、長いため息をついて、僕の体操服の胸の名前の刺繍のあたりに鼻とくちびるを押し付けた。
彼女の息で僕の体操服は温かく湿り、僕らはもうそれ以上一ミリも身動きできないまま、ただ固く抱きしめあっていた
百年ぐらいが過ぎた気がした。
どこかで、なにかの音がした。
「どうして、飛行機に乗っちゃいけないの?」
と僕はたずねた。
「手紙に書いてあった」と方違さんは答えた。「あのオバサンの……もうひとりのわたしの」
「まもるを絶対に飛行機に乗せるな、って?」
「ん……そう」
「もしかしたら、あのひとの知ってる未来の僕は、飛行機に乗って……なんて言うか……つまり、帰ってこなかったんじゃないのかな?」
彼女は僕の胸で小さくうなずいた。
「わたし、ひどいことしたよね。一年前、目隠しまでして、まもるくん、嫌だって言ったのに、無理やり……もし……もし、あのとき……。わたし、もうちょっとで……」
「どうしてさ。あの時は、方違さんが励ましてくれて、おかげで帰ることができたし、それで僕たちは友達になれたんだから、すごく感謝してるよ」
「でも……」
「今までのことは何も問題ないし、未来は可能性の世界だから変えることができる。そういうことだよね? たとえば――別の人と出会ったもうひとりの方違くるりもいれば、僕と出会った君もいるみたいに」
「うん……」
「安心して。僕は絶対に、約束は守るから」
「ほんと……?」
方違さんの涙が、僕の体操服に温かく広がっていく。僕は汗の浮かんだ彼女の額に頬をくっつける。僕らはまるで融けてまじりあってるみたいだった。
「僕は、あのひとのまもるじゃなくて、君のまもるだからね」
「ん……」
「ずっといっしょにいるよ」
彼女はくちびるの先で僕の体操服を軽くくわえて、そのまま身動きもせず、また眠りに落ちていった。
僕はそんな火曜日の方違さんをしっかりと抱きしめながら、障子窓が少しずつ明るくなってゆくのをただ眺めていた。
(エピローグへつづく)
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