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第九話:月曜日の方違さんは、ウインター・ワンダー・ランド
9-2 明るいところで見ると
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トイレ休憩と飲み物のために、コンビニに寄った。
明るいところで見ると、方違さん姉妹はほんとによく似てる。
ただ、ちこりちゃんは帽子から足元まで見事にピンクだ。
小学生のときでも、方違さんがこんなかっこうをしてたとはちょっと思えない。
姉も感心したように言った。
「ちこりたんはタイツ以外ぜんぶピンクだねえ」
「うん。ピンク大好き」
「ブーツもピンクだ。もふもふでかわいいね」
「うん。お姉ちゃんがクリスマスに買ってくれたんだよ!」
「ふむふむ。くるりちゃん、いいお姉ちゃんなんだね」
「お姉ちゃんはうちでいちばんかわいくて、いちばんやさしいんだよ。いつも、いっぱいお話してくれるし」
「へえ、どんなお話?」
「んーとね……へんなお話。お姉ちゃんが出てくるの。まもるくんとまりなさんも」
◇
垂直の街、洪水、海の中の道、廃墟の遊園地。
再び走り出した車の助手席でちこりちゃんが話してくれたのは、僕がよく知っているストーリーばかりだった。
方違さんはちこりちゃんにたいていのことを話してるみたいだ。
ただ聞いてると、お話の中の「まもるくん」は、アニメに出てくるようないつも冷静で優しい男の子、「まりなさん」は大人っぽい美人らしく、なんだか現実とギャップがあるみたいだけど。
「でもちこりは、月曜日はお姉ちゃんと一緒にいちゃだめなんだって。おもしろそうなのに」
「だめだよ」と方違さんがきつく言った。「大変なんだから」
「ほんとぉ? お姉ちゃん、いつもまもるくんといっしょでたのしそうだよ」
「それは……まもるくんは、高校生のお兄さんだし、しっかりしてるし……。ちこりちゃんは、子どもだから」
「ふーん」
ちこりちゃんは疑いの目を僕に向けた。
「でもお姉ちゃん、こないだはひとりでシロクマと戦ったんだよね?」
「シロクマ?!」僕はびっくりした。
「ちこりのブーツのために大冒険したんだよ。ね、お姉ちゃん?」
「もう。なんでもしゃべるんだから」方違さんは眉をひそめて、僕の顔を見た。「心配させたくなかったのに……」
◇
今月に入って急に気温が下がり、スニーカーで走り回るちこりちゃんの足元が寒そうなのが気になった方違さんは、クリスマスプレゼントにしようと、ネットでブーツを注文した。色はもちろん、ピンク。
でも指定した配達日にちょっと問題があった。
クリスマス前の、月曜の午後だったのだ。
「でも、その日しか無かったの。一瞬玄関に出るだけだし、大丈夫かなと思って……」
日曜の午後から雪が降り始め、夜の間に少し積もった。おかげで配達は遅れ、チャイムが鳴ったのは月曜の夜だった。
インターホンで「ドアの外に置いといてください」と頼み、玄関から一メートルも出ないんだしと思って、よせばいいのに方違さんはパジャマのままでサンダルをはいて玄関ポーチに踏み出した。
その瞬間、足が滑った。
「ひゃっ」
ぎりぎり転びはしなかったけど、サンダルのつま先がプレゼントの箱に当たり、箱は凍りついたポーチをするすると滑り始めた。
「あっ、待って……」
あわてて追いかけようとした方違さんは、また足を滑らせ、今度は派手に転んだ。
◇
「箱がぽーんって飛んでっちゃったんだよね、お姉ちゃん?」ちこりちゃんが助手席のヘッドレストの横から顔を出して言った。「それで、電車が来て、シロクマとサンタさんに会ったんだよ」
「なるほど」運転席の姉がうなずいた。「さっぱり分からん」
「わたし、転んだときに、思いっきり箱を蹴っちゃったんです……」
◇
飛び出した箱は、勢いよく道を横切り、線路沿いのフェンスで止まった。
方違さんがあわてて起き上がり、拾いに行ったその時、目の前が突然明るくなり、鋭い警笛が宵闇を切り裂いた。
箱を抱えて固まってしまった方違さんの前を、特急列車が雪を巻き上げながら通過した。視界が真っ白になり、風圧で体がくるっと回転するのを感じた。
◇
風と雪が落ち着いたとき、方違さんは、自分が立ってるのが家の前じゃないことに気づいた。
うす明るい夜空の下は、雪。
というより、氷だ。どこまでも広がる、氷の地平線。
北極みたいな風景の真ん中に、方違さんはパジャマにサンダルばきで、リボンのかかった箱を抱えてぽつんと立っていた。
だんだん目が慣れてくると、少し離れたところに、オレンジ色の小さな明かりが見えた。
とりあえず、それを目指すしかないようだった。
さいわい、思ったほど寒くはない。
大丈夫。きっとなんとかなる、まもるくんといっしょにいろんなことを乗り越えてきたんだから。
ひとりは心細いけど、誰も巻き込まなくてよかった。こんなとこ来たら、まもるくん、また風邪ひいちゃう。
近づくと、白い毛皮みたいなものを着た、ものすごく大きな背中の人が座っていて、そばにランプが置いてあった。
氷の上に、長い長い影が伸びている。
「あの……すみません……」
「何かしら?」
振り向いた顔は、人間じゃなかった。
氷に開けた穴に釣り糸を垂らしている、巨大なシロクマだった。
「あら、どこのお嬢さん? かわいいわね」
とシロクマは言った。
明るいところで見ると、方違さん姉妹はほんとによく似てる。
ただ、ちこりちゃんは帽子から足元まで見事にピンクだ。
小学生のときでも、方違さんがこんなかっこうをしてたとはちょっと思えない。
姉も感心したように言った。
「ちこりたんはタイツ以外ぜんぶピンクだねえ」
「うん。ピンク大好き」
「ブーツもピンクだ。もふもふでかわいいね」
「うん。お姉ちゃんがクリスマスに買ってくれたんだよ!」
「ふむふむ。くるりちゃん、いいお姉ちゃんなんだね」
「お姉ちゃんはうちでいちばんかわいくて、いちばんやさしいんだよ。いつも、いっぱいお話してくれるし」
「へえ、どんなお話?」
「んーとね……へんなお話。お姉ちゃんが出てくるの。まもるくんとまりなさんも」
◇
垂直の街、洪水、海の中の道、廃墟の遊園地。
再び走り出した車の助手席でちこりちゃんが話してくれたのは、僕がよく知っているストーリーばかりだった。
方違さんはちこりちゃんにたいていのことを話してるみたいだ。
ただ聞いてると、お話の中の「まもるくん」は、アニメに出てくるようないつも冷静で優しい男の子、「まりなさん」は大人っぽい美人らしく、なんだか現実とギャップがあるみたいだけど。
「でもちこりは、月曜日はお姉ちゃんと一緒にいちゃだめなんだって。おもしろそうなのに」
「だめだよ」と方違さんがきつく言った。「大変なんだから」
「ほんとぉ? お姉ちゃん、いつもまもるくんといっしょでたのしそうだよ」
「それは……まもるくんは、高校生のお兄さんだし、しっかりしてるし……。ちこりちゃんは、子どもだから」
「ふーん」
ちこりちゃんは疑いの目を僕に向けた。
「でもお姉ちゃん、こないだはひとりでシロクマと戦ったんだよね?」
「シロクマ?!」僕はびっくりした。
「ちこりのブーツのために大冒険したんだよ。ね、お姉ちゃん?」
「もう。なんでもしゃべるんだから」方違さんは眉をひそめて、僕の顔を見た。「心配させたくなかったのに……」
◇
今月に入って急に気温が下がり、スニーカーで走り回るちこりちゃんの足元が寒そうなのが気になった方違さんは、クリスマスプレゼントにしようと、ネットでブーツを注文した。色はもちろん、ピンク。
でも指定した配達日にちょっと問題があった。
クリスマス前の、月曜の午後だったのだ。
「でも、その日しか無かったの。一瞬玄関に出るだけだし、大丈夫かなと思って……」
日曜の午後から雪が降り始め、夜の間に少し積もった。おかげで配達は遅れ、チャイムが鳴ったのは月曜の夜だった。
インターホンで「ドアの外に置いといてください」と頼み、玄関から一メートルも出ないんだしと思って、よせばいいのに方違さんはパジャマのままでサンダルをはいて玄関ポーチに踏み出した。
その瞬間、足が滑った。
「ひゃっ」
ぎりぎり転びはしなかったけど、サンダルのつま先がプレゼントの箱に当たり、箱は凍りついたポーチをするすると滑り始めた。
「あっ、待って……」
あわてて追いかけようとした方違さんは、また足を滑らせ、今度は派手に転んだ。
◇
「箱がぽーんって飛んでっちゃったんだよね、お姉ちゃん?」ちこりちゃんが助手席のヘッドレストの横から顔を出して言った。「それで、電車が来て、シロクマとサンタさんに会ったんだよ」
「なるほど」運転席の姉がうなずいた。「さっぱり分からん」
「わたし、転んだときに、思いっきり箱を蹴っちゃったんです……」
◇
飛び出した箱は、勢いよく道を横切り、線路沿いのフェンスで止まった。
方違さんがあわてて起き上がり、拾いに行ったその時、目の前が突然明るくなり、鋭い警笛が宵闇を切り裂いた。
箱を抱えて固まってしまった方違さんの前を、特急列車が雪を巻き上げながら通過した。視界が真っ白になり、風圧で体がくるっと回転するのを感じた。
◇
風と雪が落ち着いたとき、方違さんは、自分が立ってるのが家の前じゃないことに気づいた。
うす明るい夜空の下は、雪。
というより、氷だ。どこまでも広がる、氷の地平線。
北極みたいな風景の真ん中に、方違さんはパジャマにサンダルばきで、リボンのかかった箱を抱えてぽつんと立っていた。
だんだん目が慣れてくると、少し離れたところに、オレンジ色の小さな明かりが見えた。
とりあえず、それを目指すしかないようだった。
さいわい、思ったほど寒くはない。
大丈夫。きっとなんとかなる、まもるくんといっしょにいろんなことを乗り越えてきたんだから。
ひとりは心細いけど、誰も巻き込まなくてよかった。こんなとこ来たら、まもるくん、また風邪ひいちゃう。
近づくと、白い毛皮みたいなものを着た、ものすごく大きな背中の人が座っていて、そばにランプが置いてあった。
氷の上に、長い長い影が伸びている。
「あの……すみません……」
「何かしら?」
振り向いた顔は、人間じゃなかった。
氷に開けた穴に釣り糸を垂らしている、巨大なシロクマだった。
「あら、どこのお嬢さん? かわいいわね」
とシロクマは言った。
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