月曜日の方違さんは、たどりつけない

猫村まぬる

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第六話:月曜日の方違さんは、とくべつな一日

6-1 なにもかも普通どおりだ

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 うろこ雲がうっすらと浮いた秋空の下、乗換駅で電車を降りると、制服の方違さんがホームのベンチから僕に小さく手を振った。
「おはよ」
「方違さん! おはよう」
 僕は駆け寄って、思わず方違さんの姿をしげしげと見てしまった。

 今日の彼女は髪を下ろして、制服のブラウスの上にグレーのカーディガンを羽織っている。靴下はちゃんと指定の紺色、靴も指定のローファー。
 なにもかも普通どおりだ。

 ただひとつ、今日が月曜であることをのぞけば。

「なあに……?」
 方違さんはちょっと変な顔をして紺のスカートを直した。
「どしたの? 苗村くん」
 ちゃんと今日あれを持ってきててよかった。月曜だから会えないかもと思ってたんだけど。
「ちょっと待ってて」
 僕は隣に座ってバッグを開け、中をごそごそと探った。
「宿題忘れたの?」
「ううん、そうじゃなくて」
 僕は紙袋を引っ張り出し、その中から、ラッピングされた小さな箱を差し出した。
「はい、これ」
「あっ……? えっ……」
「えと、今日だよね? 十六歳、おめでとう」
「ありがと……。覚えてくれてたんだ」

 方違さんは両手でおずおずと箱を受け取ると、メレンゲでも乗せてるみたいに、そっと胸元に持って行った。

「朝にいきなり渡してごめんね。せっかく今日会えたから、今のうちにと思って」
「……ん、すごくうれしい……。開けてもいい?」

 箱の中身がとんでもないものに変わっている可能性もちらっと頭に浮かんだけど、そんなことはなかった。
 方違さんが大事そうに取り出したものは、朝の光で銀と青にきらめいていた。
「きれい……」

 県庁通りの丸菊プラザヤング館で半日悩んで僕が選んだのは、ヘアクリップだった。
 キキョウの花の形をした飾りに、もちろん本物の宝石じゃないけど、きらきらした青い石がはめ込まれている。

「つけてみていい?」
 方違さんは立ち上がって、髪をひとつにまとめ、手にしたばかりのヘアクリップで留めると、頭を右に向けたり、左に向けたりした。
「……どうかな?」

 それから方違さんは携帯をずっと自撮りモードにして、ホームでも、電車に乗ってからも、クリップで留めた自分の後ろ髪を色んな角度から眺めていた。
「わたし、すごく昔からこれが欲しかった気がする」

 電車の中で、彼女はずっと僕の右手を握っていた。
 もちろんそれは、月曜日だから、だけど。

   ◇

 駅を出ても手をつないだままで、ちょっと人目が気になったけど、そのおかげか、僕らは校門の手前の橋まで無事たどり着いた。
 もう安心かなと思ったとき、橋の上で方違さんが立ち止まった。

「どしたの?」
「見て、苗村くん、あの子……」

 小さな子どもが、橋の真ん中にうずくまって泣いている。
 長い髪を二つに結んでストローハットをかぶり、青地にヒマワリの柄のワンピースを着た、三、四歳ぐらいの女の子だった。

 方違さんは女の子の隣にしゃがみ、優しく声をかけた。
「どしたの? 迷子になっちゃった?」
 子どもは顔を上げた。かわいらしい子だ。方違さんよりもっと肌が白く、ピンク色のほっぺたが濡れていた。

 どこから来たの? おうちのひとは? という方違さんの質問に、女の子は黙って首を振った。
「お名前は言えるかな?」
 子どもは初めて口を開いた。
「……お……り」
 そう僕には聞こえた。

 方違さんは子どもに顔を近づけた。
「もういちど言ってくれる?」
「……お……うり」
 やはり僕にはそんなふうしか聞こえなかったけど、方違さんの顔からは微笑みが消えた。

「いい? もう一度きくよ? あなたの、お名前だよ?」
 方違さんは、子どもが怖がりそうなほど真剣に言った。
 子どもは下を向き、さらに小さな声で何か言った。

 方違さんは助けを求めるように僕を見上げた。
「苗村くん……どうしよう」
「駅前に戻って交番に連れて行こうよ」
「ちがうの、この子……知ってる子、っていうか……」
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